第232話 片田舎のおっさん、変わらず鍛える
「そこまで!」
「ぶはぁ……!」
色々と出来事が重なった冬から幾分か時が進んだ頃。まあ何をやっているかと言われればいつも通り、騎士団での訓練である。
遠征やら何やらあったけれど、基本的にバルトレーンに居る時にやることってのは変わらない。朝起きて、レベリオの騎士を鍛えて、時々魔術師学院に顔を出し、夜はのんびりする。この流れだ。
変わったことと言えば、季節が廻ったくらいのもの。やっとこさ寒さ厳しい冬が終わり、芽吹きの季節がやってきた。お世話になった外套ともようやく一時の別れとなりそうな、そんな時期。
「やっぱりヘンブリッツ君は頑強だねえ」
「ふぅーー……恐れ入ります」
そして今やっているのは、以前地獄の基礎練と称したストップアンドゴーであった。サラキア王女の輿入れ前に追い込んだ時にやったメニューである。
俺としてはこれを頻繁にやるつもりはまったくなかったんだが、副団長であるヘンブリッツ君がこの訓練を結構気に入ってしまったのが地獄の始まりだった。いい感じに追い込めて、体力と根性も付く。さらには模擬戦などと違って怪我の心配が少ない。ならやらない理由はないよね、というのが彼の言である。
付き合わされる他の騎士たちはたまったもんじゃないだろうけれど、とにかくキツいだけでしっかり血肉にはなる訓練なので頑張ってもらうことにした。副団長様がやるぞと言ったなら、それに従わなければならないのが上下関係のあるべき姿だ。俺は絶対にゴメンだが。
「ぶへぇ……次は……勝つっす……!」
「クルニはちゃんと水分を摂ろうか」
「うっす……」
そしてこれをやるのは二回目だが、最後まで残った顔ぶれは変わらなかった。
つまりは、ヘンブリッツ君とクルニの一騎討ちである。
別にこれは意外でもなんでもなく順当な結果だ。総合的な能力で見ればクルニより優れている騎士は多数居れども、体力と根性の二点においてはかなりの上澄みである。まあそれを更に一段上回っているヘンブリッツ君は一体何なんだという話にもなるんだが。
「時折訓練に挟む分には最適ですな、これは」
「そ、そうかな……ならいいんだけど」
そう告げたヘンブリッツ君は疲労困憊なれど随分とスッキリした表情をしていた。やっぱりちょっとおかしいかもしれないこの人。こんな肉体と精神を虐めまくる基礎練にここまで熱意を持てるのはある種の才能と言っていい。
俺もひとかどの剣士になるために、そしておやじ殿の教えもあって走り込みはやっていたけれど、ぶっちゃけ喜んでやる部類の鍛錬ではない。俺だって面倒だしだるいなと思いながら走っていた。
必要に迫られてやるのと、好きだからやるのでは雲泥の差がある。これだけ熱意をもって走り込んでいれば体力も膂力も付くというもの。俺が二十年若くても彼に勝てないと思った理由は、そういうところにあるのかもしれない。
「入団試験も迫っておりますので、良い背中を見せるためにもここが追い込みどころです」
「ああ、そういえばそうだったね」
とはいえ、ヘンブリッツ君自身が時折と言っているように、これは毎日の訓練に盛り込むものでは決してない。
それを何故今やったかというと、レベリオ騎士団の入団試験が差し迫っているからであった。
俺はアリューシアから試験の行程自体は聞いたが、具体的にいつどこでやるのかは知らなかった。特に聞かなかったからである。
ただその辺りの掲示はしっかりしてあるらしく、庁舎内の日程と場所についての貼りだしを見て俺も詳細を知った形だ。
「騎士の卵かあ。どんな子たちが来るのかちょっと楽しみだね」
「おや、ベリル殿も気になりますか」
「そりゃあね」
希望、目標、信念。それらを抱いて新たな世界の扉を開く若人たち。
無論、田舎の道場と天下のレベリオ騎士では来たる若者に雲泥の差はあろうが、感じ入るものは同様にある。これからの国の未来を担う存在であることは変わりない。
当然ながら、その試験を突破した者も今後は俺が鍛えていくことになる。改めて責任重大だなと感じるとともに、やっぱりそこには育成者としての楽しみがあるのだ。
「実技のみであれば、見学も出来ると思いますが」
「えっ、出来るの?」
「ええ。筆記は不正対策、面接は守秘義務の観点から見学は出来ませんが……実技試験を見学する騎士は例年一定数おりますから」
「ふむ……」
筆記試験と面接試験は見学不可。そりゃまあ当たり前の話だ。何より不正を警戒しなきゃならないし、面接ということは本人の身の上話や他所に漏らしたくない話なんかも出てくるだろう。それを覗き見しようとまでは思わない。
しかし、実技か。実技試験を見学出来るというのはちょっと、いやかなりそそられる。どれほどの可能性を秘めた若者が門戸を叩くのかというのは非常に興味深い。
筆記試験が実技よりも先にあるということで、力自慢のみが通ることはまずないだろう。レベリオの騎士を志すほど腕前に自信があり、更に筆記試験を突破出来る賢さを持つ可能性の塊。
いかん、考えれば考えるほど気になってきた。これも教育者としての性だろうか。
「ちなみにヘンブリッツ君も見る派?」
「予定が空けば、ですね。前途有望な若者を見るのは昂ります故」
「はは、違いない」
副団長ともなればそうそう暇があるわけでもない。それでも時間を捻出してほぼ毎日鍛錬に顔を出しているのは流石だが、まさか試験監督を副団長が直々にやるわけでもなし。そこは都合が上手く付けば、という感じなのだろう。
彼は俺よりも大分年下ではあるものの、既に人の上に立つ気質というものが十二分に備わっている。俺のように、実家が道場だからその後継ぎでという話でもない。
この若さでここまで成熟している者も珍しいと思うくらいにはちゃんとしている。まあ比較対象が俺だから大体の人はちゃんとしてるように映るんだが。
彼は俺の剣から学ぶことは多いと言った。しかし、俺の方こそ彼から学ぶことは多い。人の上に立つ姿勢や考え方、若者を導く手法などは大いに参考にしたいところだ。
「試験を見学したい場合はどうすればいいのかな」
「実技であればこの修練場で行いますので、上から見て頂く形になります。教官役となる騎士は既に決まっておりますが、上から見る分には特別な許可は不要ですよ」
「なるほど、ありがとう」
お礼を言いながら、修練場をやや視線をあげて眺める。
この修練場はかなり広い。うちの道場なんて比べ物にならないくらいには。そして特徴的なのが、ちょうど二階の高さで壁沿いに伸びている二階席というか回廊というか、そんな感じのでっぱりであった。
あれ何のために使うんだろうと思っていたんだが、下での訓練風景を眺めるには確かにうってつけである。皆と同じ場で過ごすのと違い、俯瞰で見られるというのは興味深い。今までとは少し変わった気付きも得られそうで、なんだか俄然楽しみになってきたな。
「これは是が非でも見学したいところだね」
「やはり気になりますか」
「うん。未来を担う若者たちの情熱をね、浴びたいなと」
俺も今でこそ剣の頂に登ってやるという意欲が再燃しているけれど、実家に籠っていた頃はそんなものとうの昔に諦めていた。いや、諦めたつもりになって自分で自分を丸め込んでいた。
色々な出来事が重なって再びその夢を追いかけ始めたわけだが、実際問題、年齢というタイムリミットの枷は大きい。技術的には進歩していると思うが、肉体の若さだけはどうにもならんからね。
その辺りを補うためにもモチベーションの維持は欠かせない。そして維持するには外部から刺激をもらうのが一番手っ取り早い。それに頼りっ切りになるわけにはいかないにしろ、貰える情熱は貰っておくに限る。
何より、若者が頑張っている姿を見ると俺も若返った気分になれるしな。まあそれは本当に気分だけだが。それでも何もないよりは遥かにマシである。
「試験は朝から?」
「ええ。ですので、普段ベリル殿が来ていただいている時間帯では修練場が使えなくなりますが……」
「それは仕方がないさ。じゃあその日は見学が終わってからの指南になるかな」
実技試験にこの修練場を使うということは、当然ながらその時は鍛錬が行えないということだ。
まあ言った通りそれは仕方がない。というか基本的に午前中にしか現れない俺の方がどうにかしろという話になる。修練場は朝でも夜でも開いてるからね。
試験の日は午前中は見学と洒落込みつつ、そこで得た情熱をもとに昼下がり辺りから鍛錬に顔を出してみるとするか。普通ならそのまま帰りそうなものだけれど、若者たちの剣を見たら絶対に自分も振りたくなっちゃうからな。その程度には俺は自分のことを分かっているつもりだ。
「さてと。若者の未来を夢見るのはこのくらいにしておこうか」
「はっ。今は鍛錬あるのみ、ですな」
「その通り」
追い込み系の訓練をやってしまったから、今は騎士たちの体力の回復を待っていたところ。試験に関する雑談は時間潰しの延長だ。指南役の本分は騎士たちとの雑談に興じることではなく、彼らを鍛え上げることにある。
「よし、組打ちに入ろう! 怪我には気を付けて、真剣に!」
「はっ!」
パン、と手を打ち鳴らし、小休止の終わりを告げる。
後半の言葉は道場でよく言っていた癖のようなものだ。レベリオの騎士たちにこんな言葉は不要だと思うけれど、ついつい出てしまう。意識するに越したことはないからね。
騎士たちは片田舎の道場の門下生とは文字通り、比べ物にならない技術と情熱を持っている。その分打ち合いが白熱してしまうことも頻繁に起こるし、小さい怪我どころかなかなかの大怪我もしょっちゅうだ。末端の骨が折れたり結構きつい打撲を受ける程度は常に起こり得る。
ただ、それでもう嫌だと泣き出すような者はここに居ない。皆が皆、そうなってしまった己の不足を恥じ、物凄い速度で怪我を治し、何食わぬ顔で訓練に復帰する。
だからこそレベリオの騎士は強いのだ。別に根性ですべてを片付けるわけでは決してないが、なにくそという気概は強くなるためには絶対に必須である。
別にそれほど心配はしていないが、レベリオの騎士を志す者に対して腑抜けた騎士の姿を見せるわけにもいかない。しっかりきっちり仕上げていこうじゃないか。
「キエアアアッ!!」
「ちぃぇりゃああああっ!!」
「うんうん、いい発破だ」
組打ちを始めた途端、修練場内におおよそ人間が出せる声量の限界値ではないかと思うほどの怒声が響く。しかもそれが数十人規模で行われる。普通の人間なら、まずそれでビビって一歩も動けなくなるくらいの迫力だ。
それが一転、武に生きると決めた者たちにとっては実に心地いい空間となる。
互いの気合と気合が鬩ぎ合う瞬間は見ていて滾るモノがあるね。そう思ってしまう辺り、やはり俺も根っから武に絆された人種なのだなあと改めて感じ入る。今更剣以外の道に進もうとも思わないし、それはそれで良いことではあるのだろう。
願わくは、この空気に馴染み、そしてこの空気こそが騎士の本領だと言い張れるくらいの若者に門を叩いてほしい。あるいは、そう育ってほしい。
前者はともかく、後者は俺の役目でもある。教育者としてある種最大の腕の見せ所だ。そう思うと、指導する心にも張りが出てくるというもの。
さて、レベリオ騎士団の入団試験まであと僅か。どんな新芽が芽吹くのか、その先を大いに楽しみにしつつ。おじさんも張り切って剣を振ろうじゃないか。今は木剣だけどね。




