第226話 片田舎のおっさん、核を託す
「これを素材に考えているんだけど……どうかな」
「ふぅむ……硬ぇな」
ルーシーの家を訪ね、ロノ・アンブロシアの核を譲り受ける話をし、ミュイが学院を卒業した時には剣を贈る約束をした翌々日。俺は再びバルデル鍛冶屋のもとへと足を運んでいた。
昨日の今日でルーシーが宣言通りロノ・アンブロシアの核を俺に渡してきたのにはマジでびっくりしたけどね。
あいつ本当に一度動くと決めた時のスピードが半端じゃない。いや、あいつと呼ぶこと自体が大変失礼であることくらいは百も承知だけれど、如何せん彼女に対して敬う気持ちがイマイチ湧いてこないのも事実。戦って勝てる気は微塵もしないが。
そうして手に入れたこぶし大の核。あの時俺が真っ二つに斬ってしまったから綺麗に半分こされたそれを、バルデルに手渡したのが今この時というわけである。
核を手にした彼の第一声は、その硬度への感想であった。俺も斬ったとはいえ、こいつがとんでもない硬さを持った物質であることはよく分かっている。あのフィッセルの剣技でも斬るどころか傷を負わせることすら出来なかった代物だ。
俺がこいつを斬れたのは、偏にゼノ・グレイブル製の剣があったからこそ。
……少し前ならそう言って譲らなかったのだろうが、今なら多少、俺の剣技が合わさったからかな、なんて思うことも出来るようになっている。これもきっと、一つの成長だろうな。
「譲ってもらったルーシーの話だと、極微量な魔力は有しているらしいから……上手く使えるんじゃないかなと思ったんだけど」
「ルーシーって、あの魔法師団長か? 先生、どえらい相手と知り合いだな」
「ははは……」
入手経路とそれに付随する説明をしたところ、バルデルが幾ばくかの驚きとともに反応を返した。
普通に考えれば、田舎村出身のおっさんが魔法師団長とそこそこ話せる仲になる、というのはあり得ないことだ。その切っ掛け自体はルーシーが野試合を仕掛けてきたという散々なものだったけれど、そうなるに至った経緯を辿れば、フィッセルが俺について色々と吹いてしまったことが原因である。
結局俺のことについてどう語ったかは聞けないままだったが、余程大仰に伝えたんだろうなくらいは容易に想像がつく。そうじゃなければルーシー本人がわざわざ動かないだろうし。
「とにかく、それが今俺の出せる最高の素材には違いないよ」
「……まあなんとかやってはみるがよ。量が少ねえからあんまり試作も出来んだろうし、どう転ぶか現時点では何とも言えねえな」
「そこはバルデルの腕を信用するさ」
「はっはっは! 重てぇ信用だなぁ!」
語った通り、ロノ・アンブロシアの核が彼に預けることの出来る現時点での最高の素材であることは間違いない。流石に他の特別討伐指定個体を調べて狩りに行くわけにもいかんしね。
そもそもそんなことをして、生きて帰ってこれる自信もあんまりない。
今でこそ俺は自分のことを、人間の剣士という括りの中でいえばかなり強い方だと思えるようになった。だがそれもあくまで「人間の剣士」に限った話だ。当然剣士以外の人間には容易く不意を取りかねないし、人間以外が相手なら言わずもがなである。
更には地理的気候的要因も人間には多分に作用する。極端な話、前人未到とまでは言わずとも、まったく土地勘が働かない森や山などで満足に戦えるはずもなし。そういうシチュエーションを加味すると勝率はもっと落ちるだろう。
今までなんとか負けずに過ごせているのは無論、俺の努力もいくらかは作用しているものの、究極的には俺の運がよかった。それに尽きる。端的に言えば、俺より強いやつがたまたま敵に回っていないだけ。事実、ルーシーとガチでやり合えば勝てる見込みはほぼない。
まだ見ぬ強者と相まみえたいという欲求の炎は胸の内にある。あるが、もし仮に負けるとしても絶対に生きて帰ってこなければならない。少なくとも元弟子たちやミュイの未来を見届けるまでは。
俺には強者と心躍る戦いをしたいという欲求はあるものの、それで死んでもいいという気持ちは微塵もない。ここら辺は一見矛盾しているようにも感じるし、どうにも説明が難しい部分なんだけれど、とにかくそういう感じなのだ。
なので、まだ見ぬ最高の素材を求めて東奔西走、というわけにはいかないのであった。
「とりあえず削って、エルヴン鋼との反応を見てみるか。もし上手くいったとして、剣のバランスは前と同じでいいか?」
「うん、それで頼むよ」
前もって注文していた通り、アリューシアが長年使っていたロングソードに長さや重心は似せて作ってもらう。ある意味でこれもオーダーメイドと言えるのかもしれない。
そういえば俺は、このゼノ・グレイブル製の剣を作ってもらってから研ぎ直しなどで預けたことはあれど、剣のバランスに手を入れる類の修正は特にしていない気がするな。まあ今更というのも大いにあるし、今はこれで馴染んでいるから別に文句は何もないんだけれど。
「それと……代金は先生持ちでいいんだよな?」
「勿論」
そして話題は金の方向へと向く。
バルデルだって仕事でやっている以上、いくら関係値が良かろうとロハで、というわけにはいかない。技術の安売りは安易にすべきではないし、第一彼にだって生活がある。
ちなみにこの、剣の代金を誰が持つかについてはアリューシアと結構揉めた。俺は当然俺が出したかったし、アリューシアはアリューシアで自分で払う、それが駄目なら騎士団の経費で持つといって譲らなかったからだ。
まず俺が出すかアリューシアが出すかは俺が出す方向で押し通した。剣は買ってやるから金は頼む、なんてぬかす口で何が師匠と言えようか。懐事情などを考慮に入れても、今の俺なら出せるだけの財力がある。
次いで二の矢として彼女の口から出てきたのは、騎士団長の武器なのだからレベリオ騎士団の経費として落とすべき、という意見である。
この理屈は一見正しい。正しいが、騎士は叙任の際、王室よりロングソードの下賜を受ける。これは彼女自身が言っていたから間違いない。
その剣を使うかどうかは騎士個人の裁量に委ねられるにしろ、既に剣があるのだからそれ以上は不要という見方も出来る。クルニだって自前の金でツヴァイヘンダーを手に入れているしね。
無論、壊れたり失ったりすればその限りではないだろうが、彼女が今回失ったのは俺が過去に渡した数打ちの剣。アリューシアの手には騎士になった時に下賜された剣が変わらずあるはずだ。
つまり、業務を遂行する範疇でいえば騎士団が金を出す理由としては弱い。まあアリューシアの箔付けのためだとか宣伝だとか、政治的な辻褄は後からいくらでも合わせられるかもしれないけどね。
流石に王様からの勅令でそうしろなんて言われたら俺も逆らえないが、今のところはそのレベルでもない。故にここは師匠としての意地を押し通させてもらった形である。
「そうさな……実験に二日。いけると判断して製作に三日。最短で考えればそこら辺だな」
「なら、とりあえず三日後くらいに一旦様子を見に来る、くらいでいいかい?」
「ああ、そうしてくれ」
バルデルは最短で、と言った。つまりその通りにいかない可能性も大いにあるということ。
ロノ・アンブロシアの核が本当に使えるのかがまず分からない。仮に剣の素材としての利用に耐え得ると判明したとして、それを上手く扱えるのかという次の課題が立ちはだかる。
ゼノ・グレイブル製のロングソードを作る時も相応の時間がかかっていたから、俺に今出来ることは待つことくらいしかなさそうだ。今回の構想が上手くいくことを祈りつつ、俺はしばらく日常を過ごす他ない、というところかな。
「じゃあまたその時に。アリューシアも喜んでくれると嬉しいけどね」
「先生の肝いりだぜ。喜ばねえはずがねえだろうよ」
「そ、そうかな?」
「そうに決まってらあ」
バルデルからは太鼓判を頂いたものの、この類の不安というか心配というか。そういうものはどれだけお膳立てされていても完全にはなくならないものである。
良い素材は確保出来た。バルデルの鍛冶師としての腕も信用している。そしてアリューシアが長年愛用していたロングソードに合わせた調整もしてきた。
けれども最終的に、彼女がその剣を気に入るかどうかはやっぱり神のみぞ知るところ。無下に扱われることこそないだろうが、本心から喜んでくれるか否か、そこには絶えず一抹の不安が残るものなのだ。
「バルデルには不安とかないのかい?」
「ねえな。俺は俺の思う最高の武器を打つ。手に合わねえやつは居るし、使いこなせねえやつも居る。ただそんだけだ。新素材に対する興味と不安はまた別であるけどな」
「強いねえ……」
作り手としての矜持と言うのか、そういうものが感じられるバルデルの言葉。俺もそれくらい自信が持てれば色々と話は早いんだろうけれど、なかなかに上手くいかないもんだ。
「分かった。その自信と、自信に裏打ちされた技術を信じるよ」
「おうよ。なんとか形にしてやるさ」
でもまあ、頼む側としてもこれだけ前向きに捉えてもらった方が気持ちが楽なのかもしれない。どうなるか分からないです、なんて言われるよりはよっぽどマシだろう。
今回の件は、道場で渡していた餞別の剣とは話が違う。剣の腕と、剣士を育む腕はようやくそれなり以上のモノだと自負出来るようになってきたけれど、剣士に剣を贈るってのは緊張するね。
「じゃあ、あとは任せる。よろしく頼むよ」
「ああ、任された」
出来ればアリューシアのお眼鏡に適う剣が出来上がればいいのだが、そればかりは神どころかバルデルのみぞ知る辺り。あとは信じて待つだけだ。
素材として今用意出来る最高のものを渡した自信はあるけれど、彼も言った通り、素材そのものが少ない、というのは若干気になるところである。ぶっつけの素材、しかも少量となれば、鍛冶に詳しくない俺でも成功率は高くないだろうってことくらいは分かる。
もしそうなればどうするか。それこそスレナ辺りにでも声を掛けて、希少なモンスターとやらを狩りに行くか。そうなったら中々にハードな展開だ。出来れば遠慮願いたい。
そんな未来が出来れば訪れないことを願いつつ、やや足早に帰路を辿る。
毎日遅くなるとミュイにも負担がかかるからね。早めに帰れる時は俺がしっかり飯を作らないといかん。
今日のメニューを考えながら、まだまだ肌寒いバルトレーンの街を歩く。
もうちょっと季節が進めば過ごしやすい時期、すなわち春が訪れる。それまでは身体を縛る冷気に耐えながら、日々のお勤めをこなしていくとしよう。




