第157話 片田舎のおっさん、攻勢をかける
「よーし、皆揃ってるね」
「はい!」
サーベルボアの巣の一つを見つけてから幾日か経った後。
本日のお日柄はお袋の予報通りの快晴、朝からクソ暑いが雨が降るよりは大分マシだ。作戦決行にはもってこいの日だろう。
今日で村に降り注ぐ可能性のある脅威を一掃する。そのためのメンバーは十二分に揃えたつもりである。まあ俺が集めたわけでもないんだけどさ。
「バカでけえサーベルボアは俺も見てみたいが……ま、手柄は若いのに譲るとするか」
「頼むぞおやじ。万が一の時はアンタが防波堤なんだから」
「わーったわーった」
当初の予定通り、村の最終防衛ラインにはおやじ殿を置く。
やれ体力がだのやれ腰がだのぶつくさ呟いちゃいるけれども、こんなんでも俺の知る限り最強の剣士だからな。
マジで最悪のパターンは俺たち前衛が全滅してサーベルボアの群れがこの村に雪崩れ込むことだが、もしそうなっても皆を逃がす時間くらいはこの男なら十分作れるはずだ。もしかしたらそのまま一人で殲滅してしまうかもしれん。
まあそれくらいには、剣の腕に限っては信用している。逆におやじ殿以上に信用を置ける剣士を探し出す方が難しいくらいである。多分アリューシアかスレナくらいじゃないかな。流石にその二人を呼ぶのは無理筋が過ぎるけれど。
「あたしも山に入りたかったのに!」
「はは、今回で経験を積めばもしかしたら来年からは行けるかもしれないね」
「ぼ、僕は別に……」
「なによ!」
アデルが勢い付いているが、彼ら門下生はアフラタ山脈には入らせない。おやじ殿が構える地点から少し前進したところ、アフラタ山脈の麓付近に配置することになる。
先に言っておくが、これはかなり譲歩した結果である。本来ならばおやじ殿の手が届く範囲に弟子たちを置いておきたかった。だがアデルを筆頭に、それでは経験にならんと猛抗議された上での苦渋の決定だ。
気持ちは分かるけどね。折角自分の剣が試せる機会なのに、村の防御柵とおやじ殿にお守りされながら眺めるというのは中々に歯痒いものではあるだろう。
過去には実際、前線に近い位置に弟子を配置したこともある。ただそれはアリューシアやランドリドと言った、門下生時代からかなり信頼が置けた者に限ってではあるが。
ちなみに、アデルとエデルの他に俺とランドリドのお眼鏡に適った子は二人。弟子の中では計四人が初陣を飾ることになった。
本当は彼らの監督役にランドリドを置きたかったんだが、今回は相手のサイズがヤバいのでランドリドも討伐に連れて行く。逆に言えば、あのボスさえ仕留めてしまえば一人くらいは弟子たちの護衛につけてもいいだろうと考えている。そうなったらランドリドかヘンブリッツ君を下げたいところだな。
「再三言うけど、無理だと思ったら素直に村まで退くように。後はおやじが何とかしてくれるから。特にアデルは気を付けて」
「あたしだって状況の判断くらい出来るわよ! ……多分」
「エデルもちゃんと見てあげるんだよ」
「は、はい……!」
この中ではぶっちぎりで猪突猛進なのがアデルだからな。テンションが振り切ってしまえばサーベルボアと相討ち狙いとかしかねない。ここは一番状況を俯瞰で見られるエデルに指揮官を任せておこう。
俺やランドリドの目と手が届く範囲ならいいんだけど、それを加味してもやっぱりアフラタ山脈の中に連れ歩く方が危険だ。山という立地はそれほどまでに恐ろしい。
「その……頑張って」
「うん、頑張ってくるよ」
最後にミュイから、不器用な激励の言葉を受け取る。
これだけで百人力もいいところだ。彼女の言葉だけで、いつも以上に頑張れる自信がそこはかとなく湧いてくる。格好悪いところは見せられないからね。
無論ミュイはお袋やランドリドの家族と一緒にお留守番だから、俺の戦う姿を直接見るわけではない。それでも、こうやって応援を貰えるのは物凄く力になる。
「よし、行こうか」
改めて気合も入ったところで、皆を連れてアフラタ山脈へ。
勝負としては今日決め切りたい。そのための準備はしてきたし憂いがないと言えば嘘になるが、しっかりと戦える状況と情報は揃えた。後は各々の頑張り次第というところだ。
「しかし、群れ自体は少なそうで少し安心しました」
「そうだね。やっぱりあのボスが原因なんだろう」
アフラタ山脈へ向かう道中、今までの情報を整理する。
サーベルボアのボスと見られるあの個体を見つけた日以降、追加で一日山の偵察に充てていた。その時に分かったのだが、どうやら今回のサーベルボアはあのボスの集団以外はあまり群れていない様子であった。
色々と原因は考えられるが、一番有力なのはあのバカでかいボスが主原因じゃないかということだ。
と言うのも、今年は群れの数が例年よりかなり少なく、その帳尻を合わせるかのように単騎でうろついているサーベルボアが多く見つかった。
恐らく、元々はもっと大きな母集団だったのだろう。しかしあのボスが頂点に君臨してから、気に食わない個体をガンガン群れから追放していった可能性が考えられる。
結果として群れに集う個体数は減り、追い出された個体がそれぞれ単騎で動くこととなったわけだ。
その予想を裏付けるかのように、俺たちの手によって発見され討伐された個体は、どれも若いものだった。つまり群れを統率する立場に居る個体ではない。
多分だけど若いサーベルボアが増えた中、あの規格外のボスに挑んで負けるとか気に入られなかったとかで弾き出された結果、他の群れに混じるだけの柔軟性も時間的猶予もなく現状に至る、といったところか。まあその方が、撃滅する対象が絞れて助かるというのもある。
「逆に単騎が村の方まで足を伸ばすことがなかったのは僥倖ですね」
ランドリドが歩きながら呟く。
確かに、強力なボスが群れを支配し、それに従わない個体を物凄い勢いで追放したことによる弊害も考えられた。
はぐれの生物というのはあまり決まった縄張りを持たない。勿論ある程度の行動範囲というものは定まっているが、それでも群れを形成する集団と比べたら疎らに位置している。
それらの個体がたまたまアフラタ山脈を飛び出して平原の方にやってこなかったのは単純にラッキーだった。
「今回は多めにはぐれを叩けたから、一長一短だね」
「確かに。しばらく肉には困らないでしょうな」
山の偵察の最中に仕留めたサーベルボアは、回収出来そうなやつは回収済みだ。流石に山の奥で仕留めた個体を沢山運ぶのは無理だったけど、今回はこっちに最強の運び屋クルニが居たからね。
ちなみにそれらは全部ロブさんのところに預けてある。ロブさんはロブさんで嬉しい悲鳴を上げていたが、村が潤うならということで今は頑張って解体したり皮を剥いだりしてもらっている。一応あんなでも村の財源になるのは違いないから、使えるところは全部使ってしまおうということだ。
これで後は都合よく交易商人とかがビデン村に立ち寄ってくれれば皮や牙も売れていくんだけどなあ。流石にそこまでの幸運を勝手に期待するのはちょっと難しいかな。
とは言っても肉と違って皮や牙は長期保存が利くから、いつでも売り捌ける元手があるというのは精神衛生上とてもよろしい。その肉も村全体で振舞われるだろうから、全身余すことなく我々の糧になる予定である。
「でも、あの大きさの牙は高く売れそうっすよねー」
「ははは、出来れば綺麗な状態で仕留めたいところだね」
そして話題はボスであるバカでかいサーベルボアのことに。
確かにあのサイズの牙を綺麗に取り出すことが出来たら、結構な値段になりそうな気はする。そのためには勿論綺麗に仕留める必要があるため難易度は上がるが、狙ってみてもいい目標ではあるだろう。
大前提として負けないことは大事だけどね。あくまで必達目標ではなく努力目標といった感じである。
皮なんかも当然綺麗な方が高値が付きやすい傾向にあるが、剣士が綺麗に獲物を仕留めるのはめちゃくちゃ難易度が高い。相手は激しく抵抗するし動き回るわけだからな。
そこら辺は弓とか槍の使い手が適任なんだろうけど、俺の知り合いにそんな人居ないしなあ。俺自身が剣士だから知り合いは剣士しかいない。後は僅かな魔術師程度だ。
「っと、この辺りかな」
そうやって適度に気を緩めながら雑談を交えつつ歩みを進めることしばし。
眼前には壮大なアフラタ山脈が聳え、後ろを振り向けばなだらかな平原が続く。丁度山と平原の境目辺りに俺たちは位置していた。
「アデルたちはこの近辺で警戒待機。間違っても山には入らないようにね」
「分かってるわよ」
憮然とした態度でアデルが反応するが、本当に大丈夫かな。
最終的には信用するしかないんだけど、やっぱり不安は拭えない。今からでも村に帰した方がいいのではとも思うが、それを言って素直に聞く感じでもないし。
「大丈夫でしょう。彼女は確かに気は強いですが、聞き分けが悪いわけではありません」
「まあ、そうだね……」
ランドリドの進言もあり、結局は当初の予定通り進めることにした。
言う通り、彼女がただのきかん坊であったなら今この場に連れてきていない。弟子の選別にあたって剣の腕を重視したのは間違いないが、一方で剣の腕だけで判断したわけでもない。
どっちみち連れてくることを決めた時点でこうなるのは分かっていたことだし、俺とランドリドの人を見る眼を信じるとしよう。
「今回は今までの探索とは違う。目的地に進みながら、脅威は積極的に排除していく。いいね?」
「はい!」
目的地はサーベルボアのボスが居座っているであろうあの窪地。その間に出会う相手は今までと違い積極的に狩っていく。そのための戦力は十分。
基本的にあの窪地に到達するまでは各個撃破を中心に攻撃的に進み、目的地に到着したら改めて状況の確認。そして作戦を決めた上で突っ込む。大筋としてはこんな感じだ。
やや雑にも思える作戦だが、アフラタ山脈というフィールドの広さとこちらの手勢の少なさを考えれば致し方ない。これでこちらにまとまった数の軍勢があればまた状況は違うんだろうけど。まあ仮にあったとしても、俺に大軍の指揮なんて無理だからそれはそれで難しいが。
「じゃあ、気合い入れて行こうか」
「うっす!」
改めてこれから臨むアフラタ山脈へと視線を向ける。
さてさて、狩りの時間の始まりだ。気合い入れていかなきゃね。




