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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第五章

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第155話 片田舎のおっさん、発見する

「また糞ですね……これは群れの中心地が近いのでしょうか?」

「そうだと嬉しいけどね」


 翌日。

 俺たちは昨日のメンバーにランドリドを加え、再度アフラタ山脈にアタックをかけていた。

 昨日に引き続き天候は快晴。山だから平原よりも蒸し暑さがきつい。食料と飲み物は十分な量を用意してきているはずではあるが、あまり長引かせたくないなというのが正直な感想だ。

 それに、明日からの天候は少し怪しくなるらしい、というのはお袋の言である。今のところどんな占い師よりも信用が出来る彼女の言葉を疑う余地はない。今日中に諸々の目処を付けたいというのは誰しもが望む当然の結果だ。


 そんな中、今回はベテランのランドリドが新たに加わったことで前日よりは攻めの偵察が出来ている。

 もうここからは村の風景を覗き見ることが出来ない。それくらいには深く山に入っているのだが、その甲斐はどうやらありそうだった。


「しかし、ここまで入ってもはぐれしか居ないとは……少し予想外ですね」

「だね。何が起きているのかは分からないけれど……」


 サーベルボアの痕跡が見つかっていること自体は喜ばしい。確実に、今回の獲物がどの辺りに根城を構えているのかの範囲は狭められている。

 だが一方で、それらが分かるくらいには山に侵入しているはずなのに、一向に群れの気配がないのもまた少し奇妙であった。


「今日ここまでで何匹やったっすかね?」

「五頭だね。死体の回収は諦めたけど、全部単騎だった」


 クルニの問いに脳内で数えながら答える。

 そう。今日まだ日が天の頂点に昇ったくらいの時間帯にも関わらず、既に五頭のサーベルボアと遭遇していた。それらすべてを鎧袖一触で仕留められたのは良きことだが、出会った全てが一頭ずつであることには若干の疑問が呈される。


 どうして単騎ばかりで群れが見つかっていないのか。その理由はまだ分からないままだ。

 サーベルボアは基本的に家族単位の群れを持つが、はぐれが居ないわけではない。だがそれにしても、ここまで二頭以上一緒に出くわしたことがないのは気にかかるな。


「まさか群れなくなったということはないでしょう。何かしらの事情があちらにもあるやもしれません」

「そうだね。それが俺たちの手に負えるものだといいんだけど……」


 ランドリドの意見に同意する。

 生物の特性は急には変わらない。一世代前まで群れを作っていたモンスターがいきなり個別主義になるというのは、普通ならあり得ないことだ。つまり、種としての特性が突如変態したとは考えにくい。

 百歩譲って仮にサーベルボアの生活様式が一世代で一変したとしても、それはそれで大きな問題になりにくいというのがまた難しいところである。


 前述した通りサーベルボアはそこそこの脅威度を持つが、何もこのアフラタ山脈の頂点に立っている生物ではない。

 なので、群れずに全個体が単独で行動した場合、他のモンスターに狩られる可能性が上がる。更に個体同士の縄張り争いなども発生するだろうから、個体数は現状維持から緩やかな減少を描くはずである。


 同時に一体一体が山脈全体に薄く分布することになるので、相対的に人間の住む場所への影響は低くなる。サーベルボアの立場から考えれば、そんな事態は避けたいはずだ。それは知性というよりも本能と呼ぶべきもので、殊更に考えにくい状況にあった。


「考えられるのは人為的な何かだけど……見当もつかないし何かする利点もなさそうだ」

「同感ですね」


 めちゃくちゃ穿った見方をすればモンスターを使って誰かが人為的に実験して、その副次的効果でこんなことになっちゃってる、というのは出来なくはない。が、それこそ現実味がない。何よりこのアフラタ山脈でそんな大それたことをやるリスクとリターンが見合ってなさすぎる。


「とりあえずは探索を続けるしかないかな……」


 考えたところで何の根拠もない推論にすらならないわけで、結局俺たちが出来ることというのはその真相を確かめるために先へ進むことだけだ。あとついでに見つけたサーベルボアの間引き。


「例年だとどの辺りに現れることが多いんでしょうか」

「まちまちだね。ただそこまで山脈の奥にはいかないはずだ」


 アフラタ山脈の奥地とか絶対に歩を進めたくない。それは人間であっても動物であってもモンスターであっても同じである。

 流石に特別討伐指定個体(ネームド)クラスがどんどこ棲み付いているとは考えたくもないが、それでも大型種のモンスターは普通に居るからな、グリフォンとかキングアロサウスとか。多分俺が知らないだけで他にも多種多様な中型種や大型種がいると思う。

 そんな中に突っ込むのは命がいくらあっても足りないし、それはサーベルボアも同様だ。いくら突然変異が起きたとしても、サーベルボアごときが大型種に勝てるとは思えない。


 よって例年通り、麓からやや山中にかけてうろちょろしているんじゃないかという読みである。

 たまたまビデン村から遠くの場所に集中していて今年は対策するまでもない、というのが一番楽な線だが、はぐれのサーベルボアがこれだけ潜んでいるとなるとそれはそれで面倒臭い。普通の人間からすれば、一頭だけでも十分な脅威だからな。


「獣道も増えてきましたし、近付いているとは思うんですが……」

「それは間違いないだろうね。俺たちの運が悪いのか、相手の警戒心が強いのかは分からないけど」


 別に俺たちもこの広い山脈を当てずっぽうで動き回っているわけではないからな。糞のような分かりやすい痕跡から木々に付いた跡、獣道の走り方など見るべき箇所は複数ある。

 そしてこういう探索が初めてであろうクルニは別として、俺とランドリドにはサーベルボア討伐の経験があるし、ヘンブリッツ君も類似した経験は持っているだろう。


 ないとは思うがサーベルボアの長がめちゃくちゃキレる存在で、俺たちの存在を感知して群れごと移動している、なんてことになったらかなりしんどい。いや、ないとは思うけどさ。

 というか、言っちゃ悪いがたかだかサーベルボア相手に考えることが多すぎるだろ。何か段々イラついてきたぞ。


「学者さんでも居れば少しはこの謎が分かるんっすかねー」

「どうだろうね。モンスターの学者か、会ったことはないが」


 クルニが零した言葉に相槌を打つ。

 確かに俺たちはサーベルボアの討伐経験があるし、どんな生物かは大体分かる。けれどそれは専門的にそういう知識を修めたわけではなく、あくまで経験論からくるものだ。

 知識よりも経験が有利に働くことは多くあるが、一方でこういうイレギュラーにはめちゃくちゃ弱い。なんせ自分の中に前例がないから、一から経験を構築し直すことになる。


 でもまあ世界広しと言えど、モンスターの生態を好き好んで研究するような人が多いとは思えないけどね。それで金が入ってくるのなら別だと思うけど。


「そう言えばベリル殿。門下生の方たちの出番というのはどこになるのでしょうか」

「うん? そうだね……」


 確かに彼の懸念通り、こんな状況で弟子たちをどこで活躍させるのかという話にもなる。

 例年では俺とかおやじ殿とかの先遣隊がサーベルボアの群れを発見、数を減らしながら追い立てて、それで麓の村近くまで逃げてしまったやつらの処理をお願いしていた。流石に未熟な彼らをアフラタ山脈に放り込むのは危険が大きすぎる。

 俺たちが上手く動けば村まで一匹も出てこなかった年もある。村全体としてはラッキーだが、貴重な経験を積める機会と見ていた門下生にとっては少し肩透かしになることだろう。


「基本的には村の防衛に充ててるよ。山に入るのは俺たちだけだね」

「なるほど。まあ無理もさせられませんからな」


 そう、無理はさせられない。

 どれだけ才気に溢れていても、優れた素質を発揮したとしても、一瞬の不幸で命を落とすのが剣の世界、もっと言えば戦いの世界だ。安全マージンはどれだけ取っていても取り過ぎるということはない。


 幸い今のところサーベルボアの討伐で命を落とした門下生は居ないが、それでも怪我くらいは全然あり得るし実際にあった。

 しかしながらいくら稽古を積んで木人を叩き続けても、実戦の経験値というものは一向に貯まっていかない。その道を志すのなら、どこかで一歩危険に身を置かねばならないのだ。


 勿論こちら側としては、十分な実力を身に付けた人選を徹底しているつもりだし、本人のやる気も考慮に入れている。しかしそれでもやっぱり事故は起こる。

 可愛い弟子たちに成長して欲しいのも事実だが、命を危険に晒してほしくないのもまた事実。剣の指導者としてのジレンマとも言えるかもしれない。


「ん……? これは、いよいよ近そうだね」

「ふむ、マーキングの一種ですか」


 諸々考えながら歩いていると、今までよりはっきり踏みしめられた獣道と、その周囲に荒々しい傷をこさえた木々が現れる。つけられた傷は動物の爪のような跡ではない。もっと大きく尖ったもので真っ直ぐに打ち据えられた傷穴であった。


 サーベルボアに限らず群れを形成する生物というのは、各々の縄張りがある。その縄張りを示すものはこういった傷だったり糞尿だったりするわけだが、サーベルボアの場合はご自慢の牙で木や岩などをどついたものになる。

 これがあるということは、いよいよもって群れの近くまで俺たちが接近しているということ。しかし、懸念点が一つあるとすれば。


「……でかくないっすか」

「大きいね。相当なサイズだろう」


 一本の木の幹に刻まれた傷痕。それがあまりにデカいのである。

 牙も身体のパーツの一部である以上、そこだけが肥大化することはあまりない。人間だって歯だけが異常に大きい人が居ないように、それはモンスターであっても同じ。つまり牙がデカいということは相応に身体もデカいということになり、今回の痕跡を見るにそのサイズは相当である。


「線としては、強力な個体が群れを統率している、というところですかね」

「まあそうだろうね。このサイズの傷は早々お目にかかれない」


 ランドリドの考察も恐らくは当たっている。突然変異的な何かが生まれてそいつが集団を支配するなんてことは、どんな世界でも起こり得る。特にモンスターの世界なんて強さの序列が全てなわけだから、今回もそのタイプかな。

 単純に身体がデカいというのはそれだけでめちゃくちゃ強い。

 個人の骨格によって搭載出来る筋肉量と出力の限界は決まっているからな。例外で言うと魔術師と、そこに居るクルニくらいのものだろう。なんでこの子はこのサイズであそこまでの出力を出せるんだろうな。謎である。


「一層警戒しながら進もう。不意打ちには気を付けて」

「はい!」


 群れの中心が近いということは、周囲をサーベルボアがうろついていても何らおかしくない状況というわけだ。

 森よりはマシとはいえ、山中も視野が十分に確保されているとは言い難い。横や後ろから急襲されたらたまったもんじゃないから、しっかりと警戒してもらわねば。

 まあここら辺はお願いというより確認みたいなものである。ランドリドもヘンブリッツ君も練達だ。クルニだってそんなポカは流石にやらかさない。信頼出来る面子であった。


「……あっ! 先生、あそこ」

「ん、どうした?」


 そうして慎重に歩を進めることしばし。進行方向から右を主に警戒していたクルニから声が上がる。声色から察するに何かを発見した様子。


「……お手柄だクルニ、よく見つけたね」

「えっへへへ。私もやる時はやるっすから」


 大きな声を出すと勘付かれる恐れがあるので、小声で褒める。クルニも状況が分かっているのか、その反応は普段とは違う静かなものだった。


 クルニに指差された先。背の低い草と疎らに生えた木々の合間。どうやら自然の力でやや窪んでいるらしく、普通に行軍していては中々見つけにくいようなスポットに、十頭弱のサーベルボアの群れを発見した。

 窪みの周辺を囲うように数頭のサーベルボアがうろついている。どうにも周囲を警戒しているのか、しきりに牙と鼻を動かしていた。

 その窪みの中心部に、いかにも私がボスですと言わんばかりにふんぞり返るサーベルボアが一頭。

 まあ群れを率いるボスが居るだろうということは容易に予測出来ていた。なのでこの状況自体は何ら不自然ではないし、むしろ当然である。

 問題は、ふんぞり返っているサーベルボアにあった。


「えぇ……」


 いや、めちゃくちゃデカくねえかあれ。

野生の世界だと基本的にデカいが正義


本作の累計PV数が1億を突破しました。

拙作にお付き合いいただき本当にありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 穿ったと表現がありましたが、訝った、なのかなぁと思いました。
[良い点] どうなるかドキドキです。 [一言] 楽しく読まさせてもらってます。 クルニ頑張れ
[良い点] 巨大な奴等の群れなら脅威だけど デカイ奴一匹くらいなら ネームド装備のおっさんで対処出来ちゃいそう 裏ボスで大型モンスターも出てきそう
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