第125話 片田舎のおっさん、誕生日会に行く
「よし、行くか」
シンディの誕生日会のお誘いを受けた週末。
いつも通りに朝起きて、昼にちょっと街を散策して適当に時間を潰し、フィッセルとの待ち合わせ時間に近付いたところで家を発つ。
ちなみに今日は魔術師学院の講義も休みなので、本来はミュイも家に居るはずなんだが、彼女は一足先に出て行ってしまった。どうやら俺と一緒に歩くのは未だに恥ずかしいというか、そんな感じらしい。
流石に嫌われてはいないはずなんだけど、未だにここら辺の距離感はちょっと分からないままだ。まあでも、俺とミュイでは三十くらい年が離れているわけで。年頃の女の子からすれば冴えないおっさんの横を歩きたくない、というのは分からんでもない。
ファッションだとかそういうものは俺もあまり興味はないんだが、ミュイからの評判が下がってしまうことはちょっと避けたい。なので、とても今更ではあるものの俺もちょっと気にすることにしている。
とは言っても別に新しい服を買いまくるとかはせず、日頃から清潔感を気にするくらいだけどね。流行りの服とか分からないし。
「忘れ物は……うん、ないな」
普段持ち歩くのは最低限の金と剣くらいなものだが、今回はシンディへのプレゼントもあるからね。これを忘れましたとなってはお話にもならない。折角お呼ばれしたのだから、ちょっとは年長者らしいところも見せておかなければいかんだろう。
ちなみにプレゼントを選ぶのには、都合数日かかっていたりする。
毎日の騎士団庁舎での鍛錬後にぶらぶらと西区を歩き回ってはいたんだが、中々ピンとくるものがなかったのである。
何を贈るべきかミュイにも聞いてみたんだけど、「知らない」の一言で終わってしまった。かなしい。いやまあ、いい年した大人がそんなことを義理の娘に相談するなって言われたらその通りなんだけどさ。
結局俺が購入したものは、革製のちょっといい手袋に落ち着いた。普段俺が使っているものより明らかに上物で、剣を振ったり何か作業をする時には使えると思う。
シンディは魔術師の卵ではあるが、講義の様子を見ている限り剣を振ること自体が楽しそうであった。なので、その楽しさが少しでも続けばいいなと思い至ったが故のチョイスだ。
年頃の女の子に贈るものとしてどうなの、と問われれば難しいかもしれない。けれど、俺には最近の流行なんて分からないし、そもそも女の子がどんなものを欲しがるのかもよく分からない。
リサーチしろよって話なんだろうけど、一番身近に居るはずのミュイですらあの反応だったもんな。アリューシアとかクルニはなんでもいいって言いそうだし。
あとある程度親しい人と言えばヘンブリッツ君なんだけど、彼は武に一直線だからなあ。あの容姿と性格ならさぞモテそうなはずなのに、そういう話はなーんにも聞かない。
いやもしかしたら俺の知らないところで何かやっているのかもしれないけれど。ただまあ、レベリオ騎士団副団長という立場ではそんな火遊びも出来ないだろうから、つまり彼は清廉ということだ。
ちなみにミュイにも、友達の誕生日なんだからプレゼントを用意しなさいと言って、ある程度のお金は渡してある。
俺と一緒にそういう買い物に出かけるのは恥ずかしいだろうから、内容は彼女の感性に任せているわけだが、果たしてどうなることやら。
ある意味で俺よりも世間に疎いのがミュイである。今回の場合相手がシンディだから、基本的に何を贈っても喜んではくれるだろう。
結局彼女も、暇を見つけてはこそこそと出かけていたようなので、ちゃんと気にかけてはいるらしい。何を買ったかは教えてくれなかったけどね。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
「フィッセル。お待たせ」
「ん。先生。こんばんは」
「はい、こんばんは」
そんなことをつらつらと考えながら、日が西に傾いた街並みを歩いていると魔術師学院はすぐそこまでというところまで近付いていた。正門前で先に待っていたフィッセルに声を掛ける。
フィッセルは普段のローブ姿ではなく、肩の出たトップスに緩めのズボンといった出で立ち。そういえば、正装以外のフィッセルを見るのはなんだかんだで久しぶりな気がする。道場に居た頃は練習着しか見てこなかったけれど、こういう女性らしい私服の彼女を見るのは随分と久しぶりだ。
それでも帯剣をしているのは、剣士としての矜持だろうか。
ファッショナブルな格好にロングソードというややアンバランスな構成が目立つ。しかし、一人の剣士としてその気持ちはよく分かるのだ。どんな時にどんな格好をしていても、腰が空いているというのはどうにも落ち着かないからね。
「フィッセルは何か買ったかい?」
「うん。先生も?」
「ああ、つまらないものかもしれないけどね」
「そんなことはない。きっと喜ぶ」
夕暮れに染まった学舎を横目に、普段入ることのない学生寮の方へと進む。
弟子たちにプレゼントだとかそういう類の相談をいまいちしにくいのは、この反応があるからなんだよなあ。なんだか彼女たちは俺からの贈り物なら無条件に喜びそうなので、どうにも参考にならない。
流石に変なものを贈り付けるつもりはないけれど、こういう評価に囲まれていると自分の持つ常識がいつの間にか狂ってしまいそうでちょっと怖いのだ。
まあ、困ったらミュイを頼りにしよう。彼女はそういう忖度だとか贔屓だとかから結構遠いところに居るからね。その点で言えばルーシーもそうだが、あれはまた違う意味で相談を持ち掛けにくい。
学生寮は、学舎よりも一回りは小さい建物であった。それでも普通の建物に比べたらめちゃくちゃでかいんだけど。
なんだかここに来ると、色々と常識的な尺度が通じなくて少し笑えてくる。俺が最初に使っていた宿なんかよりもはるかにデカいからな、ここ。
「あ、フィッセル先生、ベリルさん」
「やあ、こんばんは。お邪魔させてもらうよ」
寮に入ってすぐ、明らかに広いスペースに足を踏み入れると、既に剣魔法科の生徒たちは五人とも集まっていたらしい。やや隅っこの方のテーブルに、五人が腰かけていた。
今日は講義もなく休日ということで、皆制服ではなく思い思いの私服を着ているようだった。これはこれでなんだか新鮮だな。彼らとは普段学院の講義でしか会わないから、ミュイを除けば制服以外の格好で会うことがない。
「皆さん! 本日は私のためにありがとうございます!!」
「おう、誕生日おめでとさん」
「おめでとうございますわ。この一年もともに精進してまいりましょう」
ここで本日の主役たるシンディからお礼のお言葉。
どうやら俺とフィッセルの到着が最後だったらしい。ミュイを除いた他の四人は寮で暮らしているだろうし、集まるのもすぐだろうしな。
テーブルの上には恐らくそれぞれが買い揃えてきたであろう料理が並んでいた。肉だったり豆だったりパンだったりと、比較的安くて腹が膨れやすいレパートリーだ。
心身ともに成長が著しい時期だから、こういう量が取れる感じのメニューに自然と寄っていくんだろう。我が家でもミュイは年齢と性別から考えたら結構食べる方だし。
「それじゃ、乾杯しましょうか」
「だな。おら、主役は座ってろ」
「はい! お言葉に甘えて!」
取り揃えられた木製のジョッキに、ルーマイトやフレドーラが飲み物を注いでいく。
流石にお酒ではない様子でおじさん一安心。いずれその味も覚えさせるべきだろうが、ミュイにはまだ早い。
「それでは、シンディの誕生日と、この一年の健康と躍進を祈って――」
「かんぱーい!」
「……ん」
簡単な祝辞をルーマイトが述べ、ジョッキが打ち鳴らされる。流石子爵家の出と言えばいいのか、こういう進行や手配に手慣れている感じがする。
ミュイも遠慮がちにジョッキを掲げ、こつんと控えめの音を鳴らしていた。
「いやー、やっぱり持つべきものは友達ですね!」
にこにこと大きな声で喋りながら、勢いよく料理に齧り付くシンディ。
さて、俺も付いてきてただのお地蔵でいるわけにもいかないし、ちょこちょこと料理を摘まみつつ会話に混ざってみようかな。
「シンディは友達が多そうだね」
「どうだろうな。傍から見りゃ、こいつはただ喧しいだけの奴に見えるかもな」
何となく零した感想に、ネイジアが答える。
俺は片田舎の育ちではあれど、ずっと剣術とともに生きてきたという一応の自負がある。その経験から言わせてもらうと、大人しい者よりもこうやって常に元気でいる者の方が好ましく映ってしまう。
勿論、勤勉さや真面目さが大事なのは言うまでもないことだが、やはり活力に溢れている人間の方が、剣を振るには似合っているとは思う。
「学院にはやっぱり、大人しい人が多いのかい?」
「どうでしょう。流石にシンディみたいな人は少数ですけど」
「はっはっは! それほどでも!」
「いや今のは別に褒めてねえと思うぞ」
シンディはとにかくポジティブだ。どんな言葉でも直接的な誹謗中傷でもない限りはプラスの方向に捉える。これは一つの才能であると同時に、ミュイなんかは逆にすべてをネガティブに捉えがちだから、この辺りは見習わせたいところだ。
「おっと、そうだ。忘れねえうちに渡しとく」
皆が思い思いに食事を楽しんでいたところで、ふいに思い出したようにネイジアが呟く。
「ん? おお、ありがとうございます!」
そして小さな包みをシンディに半ば投げるように渡すと、彼女は一層の笑顔を咲かせてお礼を述べていた。
なるほど、プレゼントを渡すタイミングはここだな。ネイジアのお陰で助かった。この流れに乗って俺も渡してしまうとしよう。
「俺も用意してきたよ。誕生日おめでとう」
「ベリルさんまで!? ありがとうございます!!」
反応からすると俺からの贈り物はちょっと想定外だったようだ。そんなに礼儀知らずに見えたのかな、なんて冗談は置いといて、臨時とは言え教師から貰うというのは中々ないことなのかもしれない。
「私もあげる。これで一層勉学に励むといい」
「はい! ありがたく頂戴します!」
続いてフィッセルが、明らかに角ばったアイテムを手渡す。
ほぼ間違いなく、何らかの本である。勉学に励めと言う言葉から、魔術師らしく魔術書とかそんな感じのものだろうか。
俺も剣術に関する書物はいくらか読んだことはあるが、魔法についての本ってどんな感じなんだろう。俺には無用の長物ではあるものの、多少の興味は湧いてきちゃうね。
「じゃあ僕も渡しておきますね。誕生日おめでとう」
「おめでとうございますわ」
「皆さん! ありがとうございます!」
ルーマイトとフレドーラもこの流れに沿って、それぞれシンディにプレゼントを手渡していた。
両手で抱えきれないほどの包みを貰ったシンディの顔はほっくほくである。中身の検めはまだだが、それでも誕生日プレゼントを貰えたという事実が彼女の中では割合が大きいらしく、普段にも増してにこにこ笑顔であった。
「……おめでと」
「ミュイさん……! ありがとうございます!」
最後にミュイが、少しばつが悪そうに小包を渡して終える。
うーん、こうしてみるとミュイも少しずつではあるものの、しっかり成長していると感じる。今までの彼女ならこんな催しに参加し、あまつさえ贈り物を選ぶなんて行為、絶対にしなかっただろう。
それだけでも魔術師学院に入れてよかったというものである。今後も今までのことを取り返すくらい、心身ともに健やかに成長していってほしい。
「あとは剣魔法科を選ぶ人たちが増えれば言うことなしですね!」
「……むー」
まとめとしてシンディが放った言葉に、フィッセルが頬を膨らませて反応した。
これは不機嫌、というわけではないな。ただ現状に満足が行っておらず、そしてどう打開すればいいのかいまいち分かっていない顔である。
「……やっぱり、人気ってあんまりない感じ?」
「そうですね。最初の頃はもう少し人数も居たんですけど……」
遠慮がちに聞いてみると、代表してルーマイト君が答えてくれた。
まあ受講している人数が五人という時点で察してはいたが、全体の人気としてはいまいちらしい。その原因が剣魔法というもの自体にあるのか、フィッセルの教え方が問題だったのかは分からないが。
「先生の道場はもっと人が居た。だから、剣魔法科ももっと人が居ていいはず」
「うーん、そうは言うがね……」
別に俺は道場のことをことさら喧伝していたわけでもないし、そもそもビデン村自体がかなりの片田舎だ。何故か他所からやってくる弟子たちも多かったが、じゃあどうしてうちの道場がそこそこの人気を獲得するに至ったのか、理論立てて説明しろと言われたらちょっと難しい。
「フィッセルは、剣魔法科をもっと沢山の人に学んでほしいんだね?」
「うん。そうなったら……嬉しい」
改めて聞いてみると、彼女は小さめの声ながらしかしはっきりと答えた。
「じゃあ、そうだね……。そもそもフィッセルはどうして、剣を学んだのかな」
俺の問いかけに、フィッセルの表情が神妙なものに変わる。あわせて、それまで騒いでいた生徒たちまでも俺の言葉に耳を傾けている様子だった。
あれ、なんか結構真面目な感じ?
困ったな。そんなにいい話は出来そうにないんだけど。




