第112話 片田舎のおっさん、申し出る
「そう言えば! ベリルさんはお強いのですか!?」
「うん? うーん……」
一通り皆の素振りを見せてもらっているところに、シンディからの質問が飛ぶ。
うーん。強い。強いかあ。どうなんだろう。俺自身、弱いとまでは思っていないが、それでも自信をもって強いです、と言うのはちょっと難しい気もする。
ヘンブリッツ君やスレナ、アリューシアとの立ち合いは、彼らの弱点を突いておこぼれを取ったようなものだし、ルーシーと無理やりやらされたやつは彼女の手加減ありきの引き分けだったしなあ。
「強い。すごく強い」
なんて考えていたら、シンディからの問いかけにフィッセルが答えていた。
そしてやっぱりドヤ顔である。なんだかいい加減見慣れてきたなこの構図。
「フィッセル先生が強いのは知っておりますけれど……」
「私よりも強い。文句ある?」
「い、いえ……そういうわけではありませんわ……」
「どうどう」
フレドーラの遠慮がちな声に、フィッセルがやや語気を強める。
落ち着いてほしい。別に直接見られたわけでもなし、俺の技量に疑問を持つのは至極当然のことだ。特に今回はただ見るだけでなく、俺は教える側に立っている。その相手の力量を知りたいというのは妥当な考え方だろう。
「じゃあ見せてくれよ。その方が一層身が入るってもんだぜ」
「ふむ……」
見せてくれ、と来たか。
まあ確かに、ネイジアの言葉は尤もではある。突然現れた得体のしれないおっさんの強さとは果たして。気になるのは当たり前だ。
「フィッセル。今から外に移動することって出来るかな」
「出来る。多分この時間なら校庭は空いてる」
それに、実を言うと今回は俺もちょっと興味があるんだよね。剣魔法というものを一度体験してみたいとは考えていた。
フィッセルの剣魔法は、西区でスリを撃退した時に目撃している。それと、レビオス司教を捕える際に加勢してくれた時も。
勿論一目見て凄い技だとはすぐに分かったわけだが、じゃあ実際に相対した時に俺は果たしてどうやって戦うのか。そこへの興味と好奇心は、一介の剣士としてはやはり持ってしまうものだ。
「よし、じゃあフィッセル。外で軽くやってみようか」
「……うん。分かった」
と言うわけで。
素振りの監督を一旦中断し、フィッセルと軽く剣を合わせるために俺たちは教室から外へと移動するのであった。
「楽しみですね!」
「ええ、いい勉強になると思います」
うっきうきなシンディと、興味を前面に押し出しているルーマイト君。
いやあ、楽しみにしてくれているところ悪いけど、彼らのお眼鏡に適う手合わせが出来るかどうかはちょっと保証出来ないけどね。
興味があるとは言ったが、俺が勝てるとは一言も言っていないのである。はっきり言って、中遠距離から矢継ぎ早にあの斬撃を繰り出されたら、俺が完封される未来も十分あり得るのだ。
「……ふん」
教師陣の手合わせというイベントに生徒たちが浮足立つ中、五人のうち唯一俺の力を知っているミュイが興味なさげに鼻を鳴らしていた。
ただ仮に俺が剣魔法に負けるとしても、情けない姿だけは見せられないなと思う。せめて実りのある敗北にはしたい。
それはフィッセルの手前というのも勿論あるし、生徒たちの手前というのもある。だが最大の理由は、ここにミュイが居るからだ。
彼女は、俺の剣に憧れを持っていると聞いた。これはあくまでルーシーがぽろっと零した話で、本人の口から直接聞いたわけじゃない。
けれど、間接的とはいえそんな話を聞いてしまって、じゃあ負けてもいいかとはならないのである。おじさんにはおじさんなりの矜持というものがあるのです。
「……ふふ」
「……フィッセル? お手柔らかにね? 生徒たちに見てもらうのが目的だからね?」
「分かってる。ふふ」
教室から外へと移動している間、ずっと不気味な笑みを浮かべていたのはフィッセルだった。
多分、物凄くやる気になっている。流石に全開で魔法をぶっぱなされたら勝ち負け以前の話になってしまうので、あくまでこれは生徒たちに見てもらう手合わせですよ、というのを伝えてみるが、感触はイマイチよくない。
大丈夫かな。なんかちょっと不安になってきた。
「うん、空いてる。ここなら問題ない」
「流石に広いねえ」
で、学舎内を歩いてしばらく。広大な敷地を誇る魔術師学院の一角に俺たちは足を運んでいた。
初めて来た時から思っていたが、ここ本当に広い。学生たちがのびのびと過ごすために必要な広さなんだとは思うが、それにしてもとんでもない予算の割き方だと感じる。
それだけレベリス王国という国が、魔術師の育成に投資をしているということだろう。実際それらの予算が回収出来ているのかは分からないけれど。今度ルーシーにでも聞いてみようかな。
「じゃあ、先ずは魔法無しで軽くやろう」
「分かった」
剣魔法も大事だが、剣魔法の前提となっているのは剣術である。
なので最初は魔法はなしで、純粋な剣術とはどういうものかというのを見てもらうことにする。
「なんだ、魔法は使わねえのか」
「ああいや、正確には使えないんだ。俺は純粋な剣士だから」
「そうなのか……」
あ、ネイジアのテンションがちょっと下がった。ごめんね魔法が使えないのにしゃしゃり出てきて。
でもそれは俺の責任でなく、そんな俺を推しやがったルーシーのせいなのでおじさんは気にしない。だってそれでもいいと言ったのは他ならぬ学院長様なのである。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
互いに木剣を構えたところで、フィッセルが腰を折る。
皆そうだけど、うちの道場で教えていた礼儀がこういうところで生かされているのは素直に嬉しい。剣魔法科を受講している五人にも、ただ剣を乱暴に振り回すだけの荒くれ者にはなってほしくないからね。
さて、道場で学んでいた頃から天才と持て囃されていたフィッセルの剣技。
魔術師学院に入ってその腕が錆びついていないか、しっかり見させてもらうとしよう。
「……ふっ」
挨拶を終え、ある程度の距離を取った途端。
フィッセルが鋭く踏み込み、その切っ先を伸ばす。
「ほい……っとぉ」
繰り出された突きを、半歩動いて躱す。
しかし躱したと思った次の瞬間、一度は引っ込んだ木剣の先がすかさず二度目の進撃を見せた。
突き出された木剣を横に弾く。カカン、と、木剣同士がかち合う甲高い音が響く。
「……ッ!」
踏み込んだフィッセルはその勢いを殺さず踵を入れ替え、切り払いを仕掛けてくる。
「よいしょ」
切り払いを木剣の腹で受け、返す刀で打ち下ろし。
しかしフィッセルは冷静に軌道を読み、俺と同じように半身をずらすことでその剣撃を躱した。
「ほっ」
「……むんっ」
俺もそのまま踏み込み、切り上げ、切り落とし、手首を入れ替えての切り払いと、連撃を仕掛ける。
決して全力ではない、しかし手緩いとも言えないスピードとパワーで攻めてみるが、それらの攻撃はそれぞれ躱され防がれ、そして距離を取られて有効打とはならず。
「うん、いい動きだ」
「ぶい」
たたん、と軽快なステップを踏み、二歩三歩距離を取るフィッセル。
剣捌きも足捌きも、俺の知るフィッセルの動きそのものだ。むしろ、道場に居た頃より一層洗練されているようにすら感じる。
魔術師となった後も鍛錬を欠かしてはいなかった様子。剣士の先達としては喜ばしい限りだね。
「ひゅう。すげえな」
「速い……!」
「おおおお! 凄いですね!」
観戦している生徒たちから感嘆の声が漏れる。
勿論俺もフィッセルも、本気でやり合っているわけではない。まだ準備運動と様子見の段階だ。それでも、俺はともかくフィッセルの剣技はかなり完成度が高い。
そう。完成度と言う点において、彼女はかなり高い位置に居る。弱点の少なさと言ってもいい。
弟子の中で限って言えば、剣士の完成形に一番近いのは恐らくアリューシアだ。体力と手数の多さはスレナが一段抜けているし、パワーの面ではクルニがかなりのモノを秘めている。防御の巧さはロゼに軍配が上がるだろう。
しかし、それらの要素すべてを高い次元で備え、更に剣魔法という遠隔手段を加えた手札の多さは彼女独自の強みだ。
戦局に対する柔軟性と万能性という面では、フィッセルの技術は群を抜いている。
「じゃあ、そろそろ使う」
「分かった。楽しみだね」
言うと同時、フィッセルの構える木剣にヂヂヂと魔力が迸った。
これを見るのは都合三回目だが、やっぱり緊張するね。あの鋭く速い剣撃が遠距離から飛んでくると考えただけで、こっちは冷や汗すら流れる。
……ていうか、本気じゃないよな? スリを捕まえた時みたいに手加減してるよな? なんか魔法の素養のない俺から見ても、木剣の纏う魔力がかなりゴツい気がするんだけど。どうか気のせいであってほしい。
「……むんっ!」
「うおっと!?」
次の瞬間。
先ほどまでとは比べ物にならない速度で、フィッセルの木剣が振り下ろされる。
剣速と同じくらいのスピードで放たれた魔法の剣撃が、俺の服の端を掠めた。
あっぶねえ! 今の絶対本気に近かった気がするゥ!
おじさんの方から手合わせに誘うのは結構レアなシーンです。
それだけ剣魔法への興味が強かったのでしょう。




