第111話 片田舎のおっさん、教鞭を執る
「ん、先生。何かあった?」
俺の制止に対し、フィッセルがいつもの様に反応を返す。
いやいや、何も疑問に思ってないのかよ。こちとらびっくりだよ。確かに彼女は道場に通っている時にも、とにかく素振りを繰り返していた印象はあるが、それにしたっていきなり千回はやりすぎである。
「……いきなり素振り千回はちょっとやりすぎじゃないかな」
ただ、彼女の授業を真っ向から否定するのはちょっと憚られる。なので、出来る限りふんわりと駄目じゃないかな、みたいな感じで伝えてみた。
「一回一秒でやれば千秒。二十分もかからない」
「いやいやいやいや」
なんだその脳筋理論は。おじさんそんなもの教えた記憶ありません。
これはルーシーが「へったくそ」と評するのもなんだか納得出来る気がしてきたぞ。
なんというかこう、剣魔法とは言え魔法の授業なんだから、もっと魔法の発動のさせ方はとか、魔力の練り方はとか、そんな感じのことをやるのかと思っていた。
しかし今の指示を聞くに、魔法のまの字も出てきていない。やろうとしていることは剣術道場と同じような感じだ。それも随分とスパルタな部類の。
しかも相手はフィッセルより年下、せいぜいが同年代くらいだ。これがはっきり、身体も出来上がっている成人が相手なら百歩譲ってそれでもよかったかもしれないが、流石に素振り千本は身体への負荷が大きすぎる。
「私はやってた」
「そうかもしれないけどさ……」
確かにフィッセルはメチャクチャ素振りしてたよ。それは認める。けれど、だからって万人に一律でそれをやらせるのは無理があるのではなかろうか。相手の数はたった五人とは言えども。
「私は大丈夫です! 千回でも二千回でも振ります!」
そんなやり取りをフィッセルと交わしていたら、元気な挨拶をしていた女の子がこれまた元気な声でやりますと主張していた。
うん、その元気は素直に凄いと思う。けど、もっと元気の使い道を考えれば君はもっと強くなると思うよ。
「その気持ちは素晴らしいものだと思うけど、ただ振るだけじゃ中々、ね?」
暗にそのままでは上達しませんよ、と伝えてみる。
確かに素振りは大切だ。俺の道場でもやっていた。しかし、それだけやっていれば剣が上手くなるというものではないのである。
「むむむ……! 難しいものですね……!」
「ははは、でも元気があるのはいいことだよ」
その子は俺の言を受け、頭に手を当てながら考え込んでいた。
懐かしいなあ、うちの道場にもこういう元気だけが取り柄です! みたいな子はちょくちょく居た。大体そういう子は気前も好いので、教えているこっちも気持ちがよかったものだ。
まあこの子は元気だけじゃなくて、魔法の取り柄もあるんだろう。だからこそこの魔術師学院に通っているわけだ。
「あの」
「ん?」
続いて、先ほど俺の存在に疑問を呈した男の子が口を開く。
やっぱりオーラがあるなあ。そしてよくよく見れば、なんとも利発的な瞳をしている。もしその通りなら、フィッセルの素振り地獄にも一言呈してくれればよかったのに、とも思ってしまうが。
「ええと……では、ベリルさん、はどのような……?」
「ん、そうだね……」
どのような、とはつまり、お前はどんな教え方をするつもりだ、ということだろう。
まあここまで口を挟んでしまった以上、何かしら代替案は出しておかないと収まりが付かない、というのは確かにありそうだ。俺だって、否定ばっかり繰り返す人間には成り下がりたくない。
「先ずは、それぞれがどういう剣筋をしているのか見てみないと。ああ、もしよかったら自己紹介とかしてくれると助かるね」
これ以上話を進める前に、一応口を出す子たちの顔と名前は一致させておきたい。
教える立場を奪われたフィッセルからは、特に否定的な感情は見られなかった。それはそれでありがたいと言えばありがたいのだが、何と言うか、彼女にも教える側のことを教えるべきなのかもしれない。
「はい! シンディ・ラビュートです! 十五歳です!」
「ルーマイト・バファンです。父は子爵位を賜っています」
元気の良い子とオーラのある子がまず挨拶を述べ。
「……フレドーラ・エネックですわ」
「ネイジア・ガンド。なんでもいいけど、早くやろうぜ。時間が勿体ない」
俺たちのやり取りを静観していた二人が、次いで自己紹介を続け。
「……ミュイ・フレイア」
最後にミュイが、一応という感じで口を動かした。
「うん、皆ありがとう。改めてになるけど、ベリル・ガーデナントです」
よし、これで皆の顔と名前が一致したぞ。しかしやっぱりルーマイト君は貴族の出だったか。溢れ出てるもんね、気品みたいなやつが。
その貴族の御子息が、言っちゃ悪いが主流ではなさそうな剣魔法科をどうして受講しているんだ、という別の疑問は出てくるが、まあそれを俺が言ったところで仕方がない。
で、後の二人はフレドーラとネイジアか。年齢で言えば、二人とも成人まではしていないくらいかな。シンディが十五歳だと自己紹介してくれたけど、大体皆そこら辺の年齢層かな、と感じる。
多分だが、ルーマイト君がこの中では年長者かつ皆のとりまとめ役になっているのだろう。
「そうだね、先ずは五回。皆の素振りを五回見させてほしい」
とりあえず現状を知らねば教えようもないので、一旦は彼ら彼女らの素振りを見させてもらうことにする。
しかし、いきなり素振り千回は何度でも言うけどきついと思う。もしかしてフィッセルはずっと素振りをやらせていたんだろうか。
もしそうであれば、今は五人と言った彼女の言葉も分かる気がする。つまり最初はもうちょっと居たが、素振りに嫌気が差して講義を受けるのを止めてしまったパターンだ。
「はい! では振ります! とりゃー!」
俺の発言を受けて、いの一番に木剣を振り出すシンディ。
うんうん、元気があって非常によろしい。ただし、その剣筋はお世辞にも良いとは言い難い。振る度に重心がぶれているし、脇も締まっていない。
「シンディ、少し身体を触ってもいいかな?」
「はい! どうぞ!」
こういう時は口で言うより、実際に身体を触らせてもらって矯正する方が早い。なんでもそうだが、言うだけで全てを飲み込めるくらいの才能がある子は限られてくる。俺の道場だとそれこそアリューシアくらいだった。
「足幅はもうちょっとこう……で、振る時に重心がぶれないように。振り下ろす時はこんな感じに脇を締めて……そうそう」
「おお! なるほど!」
シンディの後ろから身体を矯正させつつ、再度素振りをさせてみる。
うんうん、さっきよりはいくらかマシになった気がする。やはり素振りは正しい姿勢で振ってなんぼである。
「ベリルさん、僕もお願いします」
「ああ、うん。振ってみて」
次いで、ルーマイト君が木剣を振り下ろす。
んー、シンディよりはちゃんと振れている感じがするけれども。
「肘が必要以上に伸びてるね。何も真下まで振り下ろす必要はないんだ。大体自分の目線くらいの高さまでを意識して、肘の跳ね返る感覚を掴もうか」
「分かりました。……こんな感じですかね?」
「そうそう、上手い上手い」
真剣な目付きで木剣での素振りを繰り返すルーマイト君。中々に筋がよろしいようで何よりである。
しかし、この国は貴族の御子息であっても俺のことを馬鹿にしたり、身分を鼻に掛けたりといった人が少ないように思える。まあ、俺が貴族と会ったのはルーマイト君が初めてなんだけども。皆が皆こんな感じだったら嬉しいね。
「……わたくしもお願いしますわ」
「俺もだ、見てくれよベリルさん」
「よしこーい」
シンディとルーマイトを見ていたら、フレドーラとネイジアが参加してきた。
なんだか道場の頃を思い出して俺もテンションが上がってきたぞ。よーし、じゃんじゃんやっていこう。
「ふふ。やっぱり先生は凄い」
そしてその様子を見て、何故かフィッセルが満足そうに感想を漏らしていた。
しかし今後の彼女のためを思えば、現状のままというのはあまりよくない。
「フィッセル。君も、剣を教えるのはどういうことか、ちゃんと考えなきゃ駄目だよ」
「……うー」
少し窘めてみれば、彼女は表情こそ変わらないもののちょっと拗ねていた。
まあ、気性というか性格的なところを考えても、フィッセルに何かを教えるのは性に合わないというのは確かにあるだろう。しかし、じゃあ苦手だからやらなくていいや、とはならないのである、残念ながら。
剣魔法科の講師の話を受けちゃった以上、彼女もそれなり以上には頑張らなきゃいけないし、講義を受けている生徒たちへの責任も多少なり発生する。
その意味では、俺がここに呼ばれた意味もあるのだろう。しっかりと生徒たちを導きつつ、フィッセルの成長も促さなきゃいけないのは少し荷が重い気もするけれど。
それに、剣の振り方であれば俺も教えられるが、剣魔法のことを聞かれると辛い。すべてを任せられても困るが、まあ適材適所というやつだな。どうか剣魔法については、まともに教えてくれることを願うばかりである。
「……ふん」
そんな俺たちのやり取りを尻目に、ミュイも剣を振っていた。
彼女は他の人と違い、身体が出来てなさすぎるのが何よりの問題だ。今までの生活レベルが悪すぎた弊害だろうな。これからも美味いものを腹いっぱい食べさせねば、という確かな使命感が胸を過る。
「ミュイ、身体がぶれてる。腕だけで振ろうとしちゃ駄目だよ」
「……分かったよ」
ミュイへの指導も行いながら、魔術師学院での時を過ごす。
道場で教えていた時とやっていることこそ似通っているが、場所と面子は中々に新鮮だ。ちゃんと言うことも聞いてくれているし、今のところは悪くない滑り出し、といったところかな。




