第一話 想像と現実
娯楽施設(希望)『殺さずのダンジョン』は本日も無事に通常運営。皆様、お元気でしょうか? 北のダンジョンこと、通称『殺さずのダンジョン』のダンジョンマスター聖です。
……などと、脳内でナレーションを展開するくらい、今日は平穏な一日ですよ。重傷者も出ておらず、問題のある挑戦者――稀に、柄の悪い人達が来る――も来ていない。
そんな中、私は一階層にある休憩室を給仕としてお手伝い。
ここはダンジョン攻略に疲れた人達が休憩したり、今後の方針を話し合ったり、待ち合わせに使ったりしている場所。椅子やテーブルが設置されていることもあり、あまり無人になることはない。
安価で軽食や飲み物の販売も行なっているし、ここで飲み食いすることも可能なので、保存食を残しておきたい人々にとっては、食堂のような認識だ。実際、『食堂』って呼んでいる人達もいるくらいだしね。
で。
さっきから、あるテーブルでは二人の冒険者が休憩中。片方はお馴染みジェイズさん、もう一人は初めて見る人だ。ただ、私が会ったことがないだけという可能性もあるのだけど。
……『怪我をする可能性がある』という理由から、営業中は休憩室といった安全な場所にしか居ないからね、私。
ダンジョンはダンジョンマスターが死ぬとリセットがかかってしまうので、戦闘能力皆無の私に対し、魔物達は過保護気味だ。
……。
いや、実際に紙防御というか、下手をすれば村人以下の身体能力しかないけどね!?
元の世界で便利な物に慣れまくっている私から見れば、この世界で肉体労働に従事する人々はとっても逞しい。というか、ダンジョンに挑む挑戦者達はほぼ、この『肉体労働者』に該当する。
たまに、已むに已まれぬ事情で『何故、ここに来た!? 他のダンジョンには絶対に行くなよ、死ぬぞ!?』という人が来るけれど、それは本当にレアケース。
基本的に、冒険者になるような人達は肉体労働者志願と見ればいいんだと。まあ、体が資本の職業だし、間違ってはいない。
そんなわけで、私にはいつの間にか『華奢』というステータスが追加されていた。というか、挑戦者達からそう認識されている。
元の世界では普通でも、この世界的には貧弱という一言に尽きるもの。日本人って、元の世界でも小柄だもんね。
余談だが、ダンジョンにやって来る挑戦者達はそんな私を見て『この子絶対、戦闘用魔物じゃない』と思うそうな。畑仕事をしている子の方がまだ、まともに武器を振り回せるだろう、と。
女性としては良い意味のはずなのに、可哀想な子扱いに聞こえるのは何故だろう……?
冒険者には女性もいるので、彼女達からは特にそう思われているらしい。うん、骨格からして違うものね! 筋肉がないどころか、戦闘能力皆無の最弱ダンジョンマスターですからね……!
そんな私は現在、給仕中。何やら苦悩(?)しているらしい若者をよそに、彼らのテーブルへとジェイズさんご所望のハンバーガーセットをそっと置く。
「ありがとな、聖の嬢ちゃん」
「こちらこそ、いつもありがとね。冷めるとポテトは美味しくないし、温かいうちに食べて」
「おう! ほら、お前もいい加減に気持ちを切り替えろよ」
慰めている(?)ジェイズさんの声にも、後輩らしき冒険者は反応しない。年齢的に、後輩君――まだ名前を知らないので、これでいく――は十五・六歳くらいだろうか? 彼は相変わらず俯き、時に肩を震わせていた。
「一体、どうしたの? 怖い思いでもした?」
死ななくとも怪我はするので、新米冒険者な挑戦者の中には、いきなり現実が見えて泣き出す人もいる。『魔物と対峙する』――その意味を、初めて実感して。
だが、彼の場合は違うらしい。ジェイズさんは笑いながら、首を横に振った。
「いやいや、そういうことじゃねぇんだ。こいつはもう幾つか依頼をこなしててさ、新米冒険者と言っても、そこそこ経験を積んでいるんだよ」
「へぇ……頑張ってるじゃない」
素直に称賛すれば、ジェイズさんは我がことのように喜んだ。
「おう! 俺もこいつみたいな時があったから、後輩が成長するのは嬉しいさ。でな? こいつ、どうやら他の国のダンジョンにちょっとだけ入ったみたいでなぁ……」
言葉を切って、ジェイズさんは面白そうな顔で後輩君を見た。自然と、私の視線も後輩君へと向かう。
「なんでも、それなりに怖い思いをしたらしいんだ。勿論、同行者もいたんだけどな。だけど、魔物が怖くちゃ冒険者は務まらねぇ。ダンジョンを怖がっても、チャンスを潰すだけだ。だから、ここなら練習に丁度いいと思って連れて来たんだよ」
「ああ、なるほど。確かに、怪我はしても死なないし、閉鎖空間での戦闘を学ぶには丁度いいかもね。外で自由に動ける戦闘とは、また違った戦い方になるだろうし」
外での戦闘ならば逃げることも可能だろうけど、ダンジョン内で魔物に出会った場合はそうもいかない。ここならば怪我をするだけだが、他のダンジョンの魔物達は殺る気で襲い掛かってくる。
逃げようにも、やみくもに走り回った挙句、迷子になってそのまま……ということもあると聞いた。逃亡一つとっても、決して安全ではない。ダンジョン内で力尽きた人達は、魔物だけが原因でそうなったわけではないのだから。
ジェイズさんもそれらの理由を思い浮かべたのか、深く頷いている。もしかしたら、死にかけたことの一度や二度、あるのかもしれない。
「まあ、そんなわけでな。こいつを連れて、ちょっとここに潜ってみたんだが……」
「みたんだが?」
「……前に潜ったダンジョンとの差に耐えきれなくて、混乱してるんだ」
「当たり前でしょうっ!」
ジェイズさんが原因を口にするなり、後輩君が勢いよく顔を上げる。その表情に浮かぶのは『恐怖』というより、『困惑』だった。
「僕は危険を承知で、冒険者という道を選んだんです。ダンジョンで死ぬ覚悟も当然、してました! なのに……なのに、ここは一体、何なんです!? 僕が初心者と悟るや、魔物達は攻撃の手を緩めるし、逃げても追い駆けてこない! どうなってるんですかぁっ」
ダン! と後輩君はテーブルを拳で叩く。対するジェイズさんは腕を組んだまま、視線を泳がせ。
「まあ、今回は俺が事前にエディに頼んでいたしなぁ」
舞台裏を暴露した。思わず、私も納得とばかりに頷いてしまう。
「ああ……そりゃ、そうなるでしょうね。エディならば、新人教育の一環だとスタッフに伝えるだろうし、皆だって快く協力してくれるでしょうよ」
エディは一階層の責任者を務める獣人だ。この世界の獣人は乱暴者という印象を抱かれやすい――全てが該当するわけではないが感情的になりやすく、本能に影響された行動をとりやすいらしい――ため、当初は挑戦者達にも警戒されていた。
……が、実際のエディは読書が好きな知性派獣人。見た目からして、眼鏡をかけた優しそうなお兄さんである。……獣人に『知性派』なんてものがあるかは判らんが。
獣人ゆえに、エディはそれなりにガタイが良い。力だって、そこそこあるだろう。だが、それは種族の特徴であり、本人の性格は至って温厚だ。ジェイズさんとてそれを判っているからこそ、今回のことを頼んだと思われた。
「良い経験だって思えばいいじゃない。さっき『逃げた』って言ってたけど、他のダンジョンだと冗談抜きに命の危機だよ?」
「う……そ、それは判っているんですが」
私の指摘に、後輩君は顔を赤らめて俯いた。そんな彼の様子に、苦笑が漏れる。
この子、基本的に素直な性格なんだろうな。逃げたことを事実として受け止めているし、それを情けなく思ってもいる。この様子では、先輩達からの助言もきちんと聞いているだろう。
ちらりと視線をジェイズさんに向けると、微笑ましいものを見るような優しい目をして後輩君を眺めていた。ジェイズさんの家族構成は知らないけれど、弟を見守る兄のような、そんな目だ。
「だったら、学べばいーじゃん! ここは『殺さずのダンジョン』……ここの魔物達は挑戦者を殺さない。だからジェイズさんみたく、後輩を案じて経験を積ませようとする人が結構いるんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。だって、自分達も通った道なんでしょ? 最初から危険な目に遭わせて、経験を積む前に死なせたくはないんじゃない? ……このダンジョンができる前は、そういった場所がなかっただろうから」
「……」
全くないとは言わないが、かなり限られた場所や依頼になるだろう。そんな状況だったとしても、確実に生き残れるとは限らない。『確実な明日』や『約束された安全』なんて、ありえなかった。
「他と違って混乱する気持ちも判るけど、ここは特殊な『そういう場所』なの。それにさ、ダンジョンってのは基本的に異世界の知識を活用してたりするから、驚くことは結構あると思う。そんな状況でも冷静さを保たなきゃならないんじゃないの?」
「その通り! 聖の嬢ちゃんの言う通りだぞ? ゼノの兄貴やシアの姉御なんて、滅多に慌てねぇんだ。周囲を観察する冷静さってのは、それくらい重要なんだ」
私達の言葉に、後輩君は無言だった。だけどそれは嫌な沈黙ではなく、自分の中できちんと理解しようとするための時間に思える。
やがて、後輩君は顔を上げると、ジェイズさんに向かって頭を下げた。
「すみません。僕、混乱するあまりに失礼なことを言いました。ジェイズさんは僕のことを考えてくれたのに、最低ですよね」
「気にするな。俺達だって、ここに初めて来た時には混乱したものさ」
ジェイズさんは笑って首を横に振る。その姿に安堵したのか、後輩君にも笑みが浮かぶ。そして、彼は私に対しても頭を下げた。
「えっと……聖、さん? もごめんなさい。貴女の言葉で、頭が冷えました。今日会った魔物達にもお礼を言っておいてくれると嬉しいです」
「気にしなくていいよ。これからも頑張って」
「はい! きっと僕が奥に進めるのは、ずっと後になると思いますけど……それまで、何度でも挑戦させてもらいます」
「うん、頑張れ。私はこのダンジョンの魔物達が一番大事だけど、貴方みたいに努力する人にも死んで欲しくないからね」
「ありがとうございます!」
笑顔でお礼を言う後輩君に、私にも笑みが浮かぶ。良い子だなー、ジェイズさんが面倒を見る気持ちも判るなー!
……素直過ぎて、お姉さんは君がちょっと心配です。気を付けるんだぞ。
「よし! じゃあ、飯を食おうぜ。ここの飯はちょっと変わってるけど、何でも美味いぞ」
「あはは! さすが、ポイント全てを食券につぎ込んだパーティだね!」
「いいだろ、マジで美味いんだから!」
私達の言い合いに、後輩君も楽しそうに笑っている。……こんな和やかな時間を過ごせるならば、私のダンジョンの在り方は間違っていなかったんだろう。そう、思えた。
その後、ダンジョンの料理の美味しさに感動した後輩君はダンジョン常連と化し、魔物達と友好を深めていくことになる。時折、凪やエリクでさえ剣の相手をしていることもあるので、彼の成長が楽しみだ。




