第二十一話 『アマルティアVSダンジョン面子』(アストゥト視点)
目の前にいる『奇妙な生き物』に私は呆れ、冷めた目を向けるばかりでした。
これは私だけではないのですが、面倒見の良い性格ゆえか、エディとソアラは辛うじて微笑みを浮かべております。……まあ、その笑みも実に表面的と言うか、社交辞令のようなものでしょうけど。
あからさまに不快感を表しているのは、真面目な性格をしているルイとアマルティアを嫌悪している凪。この二人は聖至上主義なところもあるので、単純に『アマルティアが嫌い』という点も大きいのでしょうね。
「こんな所にいるよりも、城で私達に仕えた方が輝かしい未来を得られるでしょうに……ダンジョンマスターに逆らえないなんて、お気の毒ですわね」
謝罪に来たはずの王女。けれど、その言動の節々にこちらを見下す影は消えておらず。
寧ろ、怒らせに来たとしか思えない言葉の数々に、不快感を覚える始末。
国がこの王女の扱いに困り、こちらを巻き込む形で処罰にもっていこうとしているならば、王女を諫めない騎士達の態度も納得です。
納得は致しますが……利用されるこちらからすれば、面白いはずはありません。とりあえず、きっちりと反論致しましょうか。
「そのようなことはございません。我ら、誰もが望んでダンジョンマスターに仕えているのです。勝手な想像をすることは止めませんが、それが事実のように口にするのは止めていただきたい」
「そ……そんなつもりでは……。私は貴方達のことを想って、口にしましたのに」
「くだらない妄想のどこか、我々のためなのでしょう? もしや、現実と妄想の区別がつかない方なのですか? 人の話をまともに聞くことができないならば、早々にお帰りください。いつまでも貴女に付き合っていられるほど、我々は暇ではございません」
「酷いですわ……!」
「……」
遣り取りに疲れ、つい溜息を吐いてしまいます。私の言葉を理解する気がないとしか思えない王女の態度に、視線と態度が冷たくなっていくのも仕方がないことでしょう。
このような状況だけでも不快だというのに、王女……アマルティアは。見目の良い異性に頬を染めたり、媚びるような態度を取っているのです。まったく、呆れてしまいます。
「アストゥト様は真面目過ぎるのです。ルイ様やエディ様ならば、私が皆様を案じていただけだと判ってくださいますよね?」
「いえ、僕には全く判りませんね。僕はアスト様と同意見です」
「そうですね……貴女様は少々、お言葉が過ぎるのではないかと」
私に何を言っても無駄と悟ったのか、今度はルイへと標的を定めた模様。勿論、冷たくあしらわれておりますが、エディにも話を振ることで巻き込み、会話を続けておりました。さすがに、凪を巻き込む度胸はなかったようです。
無駄な時間が過ぎる中、嗜めるようなソアラの声が割って入りました。
「ねえ、お姫様? 貴女は一体、何のためにここに来たのかしらぁ? そろそろ、本題に入るべきじゃなぁい? アスト様が仰ったように、私達にも仕事があるのよ」
正論です。ですが、女性であるソアラに言われたことが気に食わなかったのか、アマルティアは蔑んだ目でソアラを見ると、嫌悪感を露にして反論をしてきました。
「ならば、貴女だけお仕事に戻れば宜しいではありませんの。……そのような服装をなさっているところを見ると、冒険者達の『お相手』を務めていらっしゃるのかしら?」
「な!?」
アマルティアの嫌味――暗に、ソアラを娼婦のような立場と蔑んだ――に反応したのは、嫌味を言われたソアラ……ではなく。
「姉への侮辱はやめてください。だいたい、ここに暮らす者達にいかがわしいことを生業にする者はいません! ……いえ、そうした職に就いている方であろうとも、馬鹿にすることはしないでしょう。それは『生きる術』であり、望んで就いた者は殆どいないはず。その場合、責められるべきは国です。そんな真似をしなければ生きていけないような状態なのですから」
弟のルイでした。しかも、よっぽど頭に来たのか、アマルティアが蔑んだ職種を『国の政策が悪い』という風に言い切っています。
ここで迂闊に反論すれば後々、そういった職種に就く方達への救済を考えなければならなくなるような言い方をするあたり、ルイの本気が窺えます。
ルイは大変な努力家ですから、王族でありながらも無知であるアマルティアの怠慢が許せないのかもしれません。
「ルイ様……! で、ですが、卑しい職に就く如きに、気遣いなど……!」
「その思い込み、いい加減にしてくれませんか。貴女の頭が弱いのはどうでもいいですが、僕達に迷惑をかけるのは止めていただきたい。好き勝手し過ぎて、政略結婚の駒にもなれない『出来損ない』の戯言など、不快なだけです」
「……っ」
強い口調でルイに言い切られた途端、アマルティアの顔色が変わりました。あちらの騎士達も顔色を変えていますが、私がそこに感じるのは『焦り』。
ルイの言い分に怒ったというより、まるでアマルティアの反応を危惧するような……。
「お……お前達如きに何が判るのよ!」
「 っ!? これは……」
「ひ、姫様! 落ち着いてください!」
激高したアマルティアは、騎士の言葉など聞こえていないようでした。相対していたルイも驚いたようですが、私達にも緊張が走ります。
一言で言えば『豹変』。そう感じるほどに彼女は顔を醜く歪め、憎悪を露にしたのですから。
しかし――
「判るわけないでしょー? 他人事だもん」
「きゃ……っ!?」
スパーン! という音を立てて、アマルティアが転がりました。視線を向ければ、アマルティアの背後には巨大なハリセンを担いだ聖……。
聖は背後からハリセンでの一撃を見舞ったのでしょう。ただ、顔を狙って横にフルスイングしたようですが……。
「あんたの状況は自業自得! この期に及んで異性に媚びるとか、どれだけ男好きなのよ! うちのスタッフ達は、あんたに媚び売ってた奴らと違うの。そんな義務もなければ、柵だってないんだから、あんたに色目使われても迷惑に決まってるでしょ! あと、ソアラはうちのダンジョン一の美女で、高嶺の花と評判だ。面倒見のいい、皆のお姉さんだ! あんた如きに見下される謂晴れはない! それ以上言ったら、また問答無用に張り倒すからね?」
肩にハリセンを背負い、不機嫌な表情のままに言いきる聖。そして、聖を認めたアマルティアは即座に、標的を彼女へと移したようです。
「相変わらず、野蛮ですこと! 貴女如きが、何故、彼らを好きにできるのよ!」
「私はここの正式な支配人。仕事を割り振れるのは、皆が従業員だから。そんな基本的なことも判らないの? もう少し、お勉強した方がいいんじゃない?」
「こ……この……化け物のくせに! 高貴な存在である私相手に、なんて無礼な!」
「敬って欲しけりゃ、それなりの能力と尊敬されるだけの甲斐性を見せてから言え!」
顔を歪めて罵るアマルティアに対し、聖は鼻で笑って言い返します。子供の喧嘩のような遣り取りですが、感情だけで罵るアマルティアの分が悪いことだけは、誰の目にも明らかでした。
……。
二十一歳児の聖の方がまともに見える時点で、人として終わってますね。
ある種の感動――聖に我々の主という自覚があったことについて――と、微妙な気持ちを抱えたまま、私はアマルティアを眺めました。
悔しげに俯き、ぶつぶつと何かを呟く彼女ははっきり言って不気味ですし、まともな精神状態にあるとは思えません。
聖も同じことを思ったのか、アマルティアではなく、彼女に付いてきた騎士達へと向き直りました。……さすがに思うところがあるのか、騎士達もばつが悪そうな顔になっていますね。
「謝罪と言うなら、最低限、それができる状態にして来るべきでしょう。それが成されていない上、アマルティア自身も納得はしていない。つまり……最初から、こちらを怒らせることが目的だったってことかな? それなら、アマルティアの処罰も周囲に受け入れられやすいもの」
「……。ええ、その通りです。アマルティア様の扱いは非常に難しく、降嫁させようにも、野心のない家でなければなりません。それに、アマルティア様もご覧の通りなのです。苦渋の選択とはいえ、こちらにご迷惑をおかけしたことは事実です。申し訳ございませんでした」
疲れた表情で頭を下げる騎士達の姿は哀れみを誘います。おそらく、アマルティアの精神状態にも問題が見られ、形振り構っていられなくなったのが真相でしょう。
問題があると言っても、王女なのです。彼女を利用しようとする者達とて、処罰の妨げになっているのかもしれません。
ちらり、と視線をアマルティアへと向けます。今は落ち着いているようですが、聖の一撃がなかったら、どうなっていたのやら。
「哀れですねぇ……」
これまで我儘放題に過ごし、周囲からもちやほやされてきた王女にとって、これまでの生活が一変した状況は耐えられなかった。
豹変したとも言える凶暴性は、『自分は悪くない』という想いゆえ。アマルティアは他者に責任転嫁することで、自分を保っているのかもしれません。
――まあ、同情はしませんが。私としても、彼女は自業自得にしか見えませんので。
最後まで聖を睨み付けるアマルティアを促し、騎士達は帰っていきました。エディが先導しますが、これまでの遣り取りで危機感を持ったヘルハウンド達が周囲を固めます。
……不快そうな唸り声に騎士達が顔を引き攣らせていますが、この程度の嫌がらせは許して欲しいものですね。
さて、少々、お話しをしなければなりません。うちのアホ娘、どうしてくれましょう?




