掛け合う ~瑞穂~
修也の姿が見えたので、あたしは読んでた単行本を閉じる。
この喫茶店に入って読めたのが10ページやから、修也は5分の遅刻。
「ごめん少し遅れたわ。」
「修也にしては早かったほうや。5分やからな。」
「なんや嫌味っぽいなあ。ま、ごめんやで。」
いつものように掛け合いながら修也はあたしの前に座ると、水を運んできた女の子に珈琲をオーダーした。
地下街にある喫茶店は、休日やからか結構席は埋まっていた。
それぞれに結構な音量で話しているせいで、かえって他の人に話は聞こえないもんなんよね。
だから大阪人って声が大きいんかな、なんてあたしは思った。
「あ。これ、先に渡しとくわ。」
修也は黒い鞄の中から薄いファイルを取り出すとあたしに差し出した。
「これで大丈夫やと思う。よお出来てたで。」
「ほんま?このまま提出していいんかな?」
フリーになって初めての確定申告。
書類の出来が心配で修也にチェックをして貰った。
「うん。プロが言うんやから安心せぇや。」
修也は税理士だ。多分本当に依頼したら結構な顧問料とやらを払わなあかんのやろな。
・・・今回は甘えてしもたけど。
「ありがと。」
「それにしても瑞穂、独立一年目にしちゃ頑張ってるやん。ライターってそんなに食っていけるもんやないやろ?」
「どうなんかなぁ。他の人のことはわからんけど・・・何とかって感じやな。」
あたしはフリーのライターだ。雑誌にいくつかの連載を貰っている位のまだまだしょぼい物やけど。
元々はただのOLやったんやけど、書くことが好きでつらつらネットでブログなんか書いてるうちにそれが本になってしもた。書くことが仕事になるなんて思ってもみいへんかったけど、それが縁で本業になってるんやから人生どう転ぶか判れへんもんや。
まあ、今書いてるのが「恋愛の営業力」なんていう連載物で・・・って事は、一人もんのまま今年32になるあたしには痛いとこやけど。
「それでもえらいわ。俺にはできん事やからな。数字やったら何とかなるけど文章書くのはあかん。小学校の頃から作文は苦手やったしな。」
二つ年上の修也がそう言いながら笑う。
その笑顔が小学生の修也を連想させた。
「作文と一緒にするのはどうなん?」
「似たよ~なもんや。」
「ちゃうわ。」
ああ。大阪人の会話って何でこんな笑いながらきついこと言えんのやろ。
文字にしたら多分喧嘩してるのかって思うような会話やのに、これが心地ええのやからたちが悪い。
考えてみれば修也とは知り合った頃からそうやった。
何となく楽って言うのかな・・・。
掛け合いがうまく行くというのか。
これ、あたしにはすごく大事なことやねん。
「とりあえず、これで頼まれてた用事は終わったんやけど・・・。」
その言葉にあたしは心がちくりとする。
そうやねん。
これであたしが頼んでた用事は終わってしもた。
いつも優しい修也やから、頼んだら断れへんとあたしはわかってて頼んだ。
・・・修也に会いたくて頼んだ。
もう用事あれへん。
「・・・どないしよか?まだ時間あるん?」
「あるっ」
あ。思いっきり肯定してしもた。
あたしの気持ちがバレバレな感じがして恥ずかしくなった。
修也はまた、あたしの好きな優しい目をして笑った。
「そか・・・なんかしたいことある?」
したい事・・・。
したい事・・・なんやろ?
「・・・したい事なぁ。なんでもええ。」
「いっつもそればっかりやな。たまには瑞穂も考えてや。」
したい事なんかあらへん。修也と一緒に話してたいだけやねん。
・・・やばい。32の女の言うことやないわ。
恥ずかしすぎて言葉に出来へん。
「・・・思いつかへん。」
「ほんなら帰ろか?」
「それは嫌や」
はあ。修也は短いため息をついてみせた。
「わがままなお嬢さんやなぁ。」
「だって思いつかへんねんもん。」
修也がおってくれたらそれでお腹いっぱいなんやもん。
・・・絶対に言えないけど。
「そやなぁ・・・。じゃあ選んでや。」
優しく笑いながら修也は続ける。
「1番このままここでしゃべる。」
1って、人差し指を立てて。
「2番ぶらぶら町を歩く。」
「歩いて・・・どうするん?」
「それは歩きながら考える。」
あたしはつい笑ってしまう。
でも修也は続ける。
「3番映画に行く。」
「なに見るん?」
「今から調べる」
携帯を取り出す。
見たい映画あったかなぁ・・・。
「でもな映画見てたら話はできへんけどな。」
あ。それは・・・。
「・・・嫌そうやな。」
見透かされた。
「じゃあ3番はなしと。」
なんか修也が楽しんでるような気がしてきた。
そう思うとあたしも楽しくなった。
「こんなことしてるうちに時間がたつんやな。」
「それもええやん。」
だって修也が目の前にいてるから、それでええねん。
「そうか。それでええのか。」
修也はまた笑った。




