第一話 勇者は辛いよ#5
今回は色々説明回となります。
「さて、取り敢えず一段落つきましたけど」
レティシアさんがパンパンと手を叩く。
「ともかく内容について詳しい話をしてあげましょう。勢いだけで押し切るのは、公平さに欠けますよ」
「あぁ、うん」
三人がいる部屋に戻るなり、なんとも刺々しいレティシアさんの言葉が耳に入ってきた。
ちなみに先程までお相手していたカミンさんについては、屋敷の件に関してはそもそも第三者であることと、離れに対するアイカさんの大幅な譲歩(と彼女は思っている)についてご理解頂き、教会での務めもあることから先にお帰り頂いている。
「それが『魔王』らしいやり方と言われればそうなのかもしれませんが」
『魔王』の部分に妙な力がこもったレティシアさんの言葉に、アイカさんが小さくなる。
「興が乗って羽目を外しすぎたことは謝るが……ところで、レティシアと勇者は、その、知人なのか?」
「どちらも先祖は『魔王』討伐を目指したパーティーメンバーですからね。そう深い付き合いではありませんが、子供同士の顔合わせぐらいはしてますので……まぁ、まさか食堂でウェイトレスをやっているのは予想外でしたけど」
「親の因果は子に巡るのさ。なんとも理不尽なことにね……それより、よくよく考えたら自己紹介がまだだったね」
わたしの方を向きなおし、それまでの丁寧語を一転、フランクな口調になる勇者さん。
なるほど。よそ向きのポーズはやめて、ざっくばらんに行くことにしたみたい。
「ボクの名前はクリスティアナ・フォールティア・ユーストース。面倒だしクリスって呼んでくれればいいよ。そして今の立場は、家なき勇者さ」
こっちが素の彼女なのだろう。
「そこの魔王様が、寛大にもボクに家の一部を譲ってくれたけど、それでボクになにをさせたいのさ? 領主館でも襲撃して魔族の勢力圏でも広げれば良いのかな?」
おぉう、なんとも物騒。世界の半分でももらえるならまだしも、家──それも離れだけ──と引き換えにそんなことをされたのでは、領主館の人達もたまったものじゃない。
「だから、元だと言っておろう」
いえ、実際にはまだ現役ですけど。
もちろん賢いわたしは内心でそう思うだけで、それを口にだしたりはしない。
「私達から見たら、元でも現役でもそんなに大差ないですよ」
レティシアさんがため息交じりに続ける。
「一角の身分の方だろうとは思ってましたけど、まさか頂点の人だったとは……どうりで私程度では見抜けなかったハズです」
「エリザに口止めされてたからあえて公言はしておらなかったが……」
アイカさんがなんとも複雑そうな表情で言葉を続ける。
「それにしても、お主ら余が元魔王だと簡単に信じるのだな? 隠していた余が、なんとも間抜けに思えてくるぞ」
「だって、ねぇ……勇者としての勘で身体が勝手に動く相手だし」
「賢者の力を持ってしても正体を探りきれなかったのですから。これで一般的な魔族と言われた方がショックです」
アイカさんの言葉に、お互いの顔を見合わせるレティシアさんとクリスさん。
「……なんか、こう。もっと劇的な反応を期待しておったのだがなぁ」
「その件に関しては後ほど思う存分追求しますので、まずは置いておきましょう……大分時間も立ったことですし」
そう言われてみれば結構な時間がたっている。クリスさんだって暇ではないだろうし、話を先に進めるべき。
「ともかく、今の余は単なる一探索者に過ぎぬ。人族の世を存分に楽しむつもりはあるが、余計な混乱を起こすのは本意ではない」
「そんな言葉を信じろと?」
「信じる信じないはお主の自由ではあるが、少なくとも実績がそれを証明していると思うがな」
「とにかく、クリスもこれ以上話を巻き戻さないでください」
バチバチと音が聞こえてきそうな勢いでにらみ合うアイカさんとクリスさんに、レティシアさんが言葉を続ける。
「私達は辺境外周部へと向かい、急増しているオーク被害に対する調査と人探しを行います。極力平穏に調査を行いたいですが、なにしろ相手のいる話。荒事になる可能性は決して低くない。探索者としてクリスに協力して欲しいのです」
「オークだって?」
クリスさんの右眉を跳ね上がる。
「レベル五〇は欲しい相手じゃないか……ってレティシアに魔王なら、問題ないか」
そこまで言ってから、クリスさんがわたしに視線を向ける。
「でも、そこのキミ。エリザだっけ? こう言っちゃぁなんだけど、そこまでレベルが高そうには見えないんだけど?」
基本的にレベルは測定してもらわない限り、本人にすら漠然と感じ取れるだけで正確な数字はわからない。
こう、レベルとか能力値とか具体的に数値化して見られる安価で小型の魔道具か魔法でもあれば良いけど、世の中そんなに甘くないワケで。
レベルの測定には大掛かりな魔道具と複雑な手順が必要で、そしてなにより時間がかかる。ついでに言えば手間がかかる分お金だって必要。
だからなんとなく自分がレベル上がったなぁ……と感じたタイミングで改めて測定してもらうのが一般的。仕方ないから基本的には最後に測定したレベルを名乗ることが普通。
でも、レティシアさんのようなスキル持ちや、アイカさんのような実力者は相手のオーラみたいな物を感じ取って大体のレベルを知ることができる。
・・・ ・・・ ・・・
さて『レベル』と呼ばれている概念だけど、これ自身は複雑な仕組みだったり特別な要素じゃなかったりする。
この世界は魔力に満ちていて、人はただ生きているだけでもその魔力を取り込んでいる。また近くに大きな魔力があれば、それも自然に取り込んでゆく。
体に取り込まれた魔力は、僅かずつだけどその人の能力を底上げしてゆく。簡単に言えば魔力を取り込めば取り込んだだけ強くなるって寸法。
そして取り込んだ魔力の量は特殊な魔道具を使うことで計測でき、その魔力量を『経験値』と呼び、ある程度溜まった『経験値』を『レベル』と呼んでいる。
その性質上『レベル』は誰でも上がる。その辺の農民のおじさんでも、街の通りにいる屋台の売り子のおばさんやお姉さんでも。
ほら、よく言うじゃない? 亀の甲より年の功って。長く生きてればそれだけレベルが上がるってことだから、他の人よりうまくやれるのは当たり前。
ただ街中や村中の魔力はとても薄いから、普通の人はそれほど高いレベルまで上がることはない。
対して探索者はその殆どが資源を求めて魔力の濃い地域を行き来し、場合によっては魔物や魔獣――それ自身が大きな魔力の塊みたいなモノ――を倒したりと、より多くの魔力を取り込む機会に恵まれることが多い。
つまり一般人よりも『経験値』を得やすいってことだから、レベルも上がりやすい。
探索者じゃない働き盛りの青年が大体十レベルで、探索者として一人前と呼ばれる基準が同じく十レベルなのは、この辺の事情が影響している。
『レベル』が高ければそれだけ能力も底上げされていることを意味するから、高レベルの人は単純に強いって話になるワケ。
ある意味とても簡単且つ確実な評価基準だから人族の社会では『レベル絶対主義』とも呼べる状況を生み出していた。
一方『スキル』はその人が持っている特殊技能を、簡単に説明するために考えられた概念。『レベル』と違って自然に上昇することは絶対に無いし、取得するためには原則師について学ぶか文献などで学習して身につける。
またその腕前を上げるには、地道な訓練と実践で文字通り『経験を積む』しかないのも大きな違いかな。
スキルは『レベル』と違って具体的に数値化できる方法が無いため、『素人』『初級』『中級』『上級』『最上級』と大雑把なランク分けをされている。
このランクに関しては必要に応じて師匠や組合・ギルド等で試験を受け、結果によって認定されている。殆どの人はランクなんてあまり気にしないけど、探索者同士だとパーティーを組む際何をどれだけ出来るのかをはっきりさせるためにランク認定を受けている人が多い。
なお認定を受けていなくても、独学で身につけた『スキル』を自称するのも本人の自由。レベルと違って具体的に確認・判断する方法が乏しい以上は自己申告が原則となるし、実際にその行為ができるなら認定ランクなど問題にならない。
こうして見ると重要そうに思える『スキル』だけど、実のところは重視している人は少ない。
なぜなら、殆どの『スキル』は、別にそれを持ってなくても似たような事を行うことができるから。
例えば『剣術』スキルを持っていなくても剣を振って戦うことはできるし、『探索』スキルが無くても周囲の様子を伺ったり敵の気配を察知することは出来る。
そして『レベル』が上がる――言い換えれば慣れることによってスキルを持っているのと遜色ない結果を得ることができる。
同じレベル同士ならスキルを持っている方が有利なのは確かだけど、スキルを鍛えるために時間を割くぐらいなら、レベル上げした方が早い。
例外があるとすれば、魔術師の『魔術』のような『そもそもスキルを持っていないと試すことすらできない』モノや、『毒耐性』や『麻痺耐性』のようなレベルだけでは代替が効かないモノぐらい。
もっとも後者の類に関してはそのあまりに高すぎる習得難易度から敬遠されていて、スキル所有者なんて殆ど会ったことはないけど。
あと家系や血筋・遺伝等で継承される特殊技能・技術も、便宜上『スキル』の中に一括にされている。
・・・ ・・・ ・・・
さて、問題はわたし。
今のわたしのレベルは……聞いて驚け、なんと『七』! 一人前の探索者と呼ばれる基準にすら到達していない。
四年近く探索者を続けていてこのレベルというのは、正直才能が無いと言われても言い返せない。
ちなみにわたしと同じぐらいの歳ならその辺の町娘でもレベル六~七ぐらいはあるものだから、これが探索者としてどれだけ悲しい数字なのかは言うまでもない。
これには色々理由があるけど、ともかくその低いレベルを補うために、わたしはそれはもう聞くも涙語るも涙な努力の末にいろいろと有用なスキルを身に着けた。残念ながら同業者の間であまり評価されたことは無いけれど。
お陰でアイカさんに出会うまではずっとソロ探索者だったし、たまにパーティーに参加してもスポットのヘルプ要員だったしね。
ちなみにアイカさんはレベル九九以上、レティシアさんは七〇ぐらい、らしい。
あ、今更ながらなんだか気分が落ち込んできた。
「まぁ、エリザは訳ありでな。レベルに関してはお世辞にも高いとは言えぬ」
そんなわたしに気を使ったのか、優しげな口調でアイカさんが続ける。
「だがその分色々な技術に秀でておるし、調査や人探しなら余やレティシアよりも数倍は秀でておるぞ」
「つまり、戦闘面に関しては大して期待出来ないってことだね」
うん。一言で真理を突かないで欲しい。
「そうだな。それ故にエリザを守り抜けるだけの実力者の助けが欲しいのだ……どうだ? お主にとっても悪い話ではあるまい」
「なるほど……それは確かにボク向きの仕事かもね」
クリスさんが低く笑う。
「元魔王がなにか企んでいたとしても、ボクとレティシアの二人がいればどうとでもなるし――まぁ、レティシアが味方になってくれるかはちょっと心配だけど」
「酷い言われようですね」
レティシアさんが唇を尖らせる。
「それではまるで、私がアイカさんの魅惑のボディに惑わされているみたいじゃないですか」
「いや、誰もそんなこと言ってないけどさ……語るに落ちてないかい、レティシア?」
「ノーコメントで」
気のせいかもしれないけど、レティシアさんの言動が最近とみにおかしくなってきた気がする。
いつぞやアイカさんにひん剥かれたのが効いているのだろうか。
「はぁ……仕方ない」
クリスさんが軽くため息をつく。
「わかったよ。ボクも離れの権利は欲しいし、その仕事引き受けようじゃないか」
「ふむ。では契約成立だな」
クリスさんの返事にアイカさんがニヤリと笑う。
「精々アテにさせてもらうぞ、勇者様?」
「馴れ合うつもりはないけれど、報酬分の仕事はするさ、魔王殿」
こちらも悪い笑みを浮かべるクリスさん。仲が良いような悪いような……。
昔みたいに因縁があるわけではないにしても、やはり微妙な心境になるのは仕方ないのかな。
「まったく、面倒な人達ですね」
そして苦笑をもらすレティシアさん。この人はこの人で本心が読みづらい。少なくともアイカさんに悪い感情を持ってないのは確かだけど、ちょくちょく奇天烈な行動を取るのはなんとも。
かくして『魔王』『勇者』『賢者』というなんとも豪華で不思議なパーティーが、なんともおかしな流れで臨時結成されたのでした。
アレ? わたし完全に場違いじゃない? このメンバーに混じっていて、本当に大丈夫なの??
††† ††† †††
話は一週間前に遡る。
場所は領都。ギルド地下にある秘密の場所『錬金術・実験室』。
信じられないほど広い地下室でありながら、所狭しと並べられたテーブルと棚のせいで妙に圧迫感のあるその一室で、三人の人影が厳しい表情を浮かべ一つのアーティファクトを見つめていた。
「アテクシも、色々珍しい物を見てきたと自負していたケド」
ギルドマスター・クリフがポツリと漏らす。
「これほどワケのワカラナイ物にお目にかかったのは、初めてヨ」
アルケミスト・アルヘナ、そして『賢者』レティシアも同感だとばかりにうなずく。ここにいる三人は、辺境における魔法技術の頂点と呼んで良い面々だ。
その三人をしても、このちっぽけなアーティファクトは手に負えない厄介な存在だった。
『オリジン・ギア/プロトⅡ』
その名前以外は何一つ手がかりはない謎のシロモノ。
「これは、絶対にギルドの外へ漏らしてはダメ」
今の所わかっていることはただ一つ。
「色々なテストの結果、この『オリジン・ギア』というアーティファクトは、注ぎ込まれた魔力に応じて様々な生物を生み出すことができると判明したワ」
そう。このアーティファクトは、魔力から物を――それも命を持った生物を、誕生させることができる。言い換えれば『魔力壺』を人工的に再現したものだ。
「こちらの実験では、ウッド・ウルフまで出現させることには成功したの」
まじまじとオリジン・ギアを眺めるレティシアに、クリフが続ける。
「これはウチの研究担当が、使えるだけの魔力をありったけ注ぎ込んでだけド」
どこか疲れたようなアルヘナの表情。相当な試行回数を重ねる羽目になったのだろう。
「これ以上の魔力を注ぎ込んだらどうなるか……ギアから産み出される限界が、獣の類までならまだなんとかなるワ」
そう言いながら、オリジン・ギアを軽く指で突く。
「だけど、もし――万が一にでもコイツが魔物やそれに類する物、つまり高度な知性を有する生物を生み出すことができるなら」
仮に魔力を消費するだけで知的生物を無尽蔵に産み出すことができるとすれば――その所有権を巡って熾烈な争いが始まるであろうと、簡単に予想がつく。
「このまま隠し通すにしろ、破壊して無かった事にするにしろ、諦めて公表するにしろ……ともかく限界を知っておくのは決して損にはならないはずヨ」
この先これをどう扱うにしろ、出来ることの限界を知っておくのは悪くない。
「……確かにそうですね。まぁ、正直言えば私もそれに興味が無いとは言いませんし」
僅かな沈黙の後、レティシアが軽く息を吐いてから答える。
「ただ手持ちの魔力結晶が、今は通常使用分しかありませんが」
「あぁ、それなら心配ないわヨ」
言葉と同時に大量の魔力結晶が詰まった籠を、クリフがドンとテーブルの上に載せる。
「費用は気にしなくていいから、好きなだけ使って頂戴」
目前に積まれた魔力結晶は、それだけで中級探索者なら一ヶ月は遊んでいられそうな量だ。それだけクリフが本気だということもレティシアは理解した。
「それでは、やってみましょう」
人族は魔力結晶から魔力を引き出すことができるが、その量は無制限ではない。人によって一度に引き出せる量には差があるし、一定期間に使える魔力の量にも制限がある。
もしその限界を越えて魔力を使えば、よくて意識不明。悪くすれば脳を焼き切られて廃人と化す。
魔力結晶さえあれば無制限に魔力を使えるというわけではないのだ。
「………」
レティシアが魔力結晶の山に手を突っ込み、目を閉じる。僅かに遅れて魔力結晶の山全体が青白い光を放ち初め、やがてパキンパキンと音を立て始めた。
「ヒュ~♪」
口笛を吹くクリフ。賢者が本気で魔力を集めているところなど、そうそうお目にかかれるものではない。
そうこうしている内に音が連続し始め、魔力結晶が次々と割れ始めた。
「この山だけで、その辺の魔術師百人分の魔力は補えるんだけどネェ」
平均的な魔術師が扱える魔力の限界を一とすれば、レティシアのそれは百以上となる。『賢者』とはそれぐらい圧倒的な存在だ。
そうこう言っている間に次々と魔力結晶は崩壊してゆき、ついにはすべてが割れ砕けた。
「まさか全部魔力変換しちゃうとわねェ。これは大きな反応が期待できるんじゃなぁい?」
クリフの軽口に答えず、レティシアが慎重な動作でオリジン・ギアに手を触れる。
「………」
レティシアの手からオリジン・ギアへと魔力が注ぎ込まれ、キーンという低い音と同時に本体が淡い光を放ち始める。
その光はだんだんと強まってゆき、部屋の中を眩いばかりに照らし出す。
一瞬後にその光は消え去り、オリジン・ギアから薄っすらとした直立する小さな人型の影が出現した。
「これは……期待以上ネ」
軽い調子で言うクリフの言葉が僅かに震えていることをレティシアは聞き逃さない。
「グギャッ?」
「……コボルト!」
オリジン・ギアから出現したのは、一匹の犬のような頭を持つ子供サイズの生き物だった。
アルヘナが驚愕の表情で叫ぶ。そこにいたのは最下級の魔物一種、コボルト。
「ギャーッ!」
自分の置かれている状況に困惑しつつも、コボルトは本能的に周囲へと敵意を剥き出しにする。武器こそ持っていないものの、その牙や爪は充分に脅威だ。
「ふん!」
唖然とする二人の横をすり抜け、今にも暴れだしそうなコボルトの顔面にクリフが迷いもなく拳を叩き込む。
「グゲッ?!」
顔面が潰れる勢いのパンチを受けたコボルトは、クルクルと回転しながら反対側の壁まで吹き飛んで行き、派手な音を立てなら潰れた肉塊となった。
「いやー、危なかったわネェ」
右腕で額の汗を拭うような仕草をしつつクリフが言う。実際には冷や汗一つかいていないのだが。
「思わず殴り倒しちゃったけど、もう少しエレガントにやりたかったワ」
「……とんだ破壊力ですね」
ふーっと、軽く息をはきつつレティシアが言葉を続ける。
「コボルトとはいえ、素手で殴り殺すのは中々大変でしょうに」
「男の体になっちゃった時は、ホントにどうしたものかと思っちゃったケド」
レティシアの言葉にクリフは軽く肩を竦める。
「この腕力は単純に便利よねぇ」
「マスター……アレを」
アルヘナがコボルトの方を指差す。
肉塊となって床の上に転がっていたコボルトはやがて黒くて脆い塊となり、まるで最初から何もなかったかのように消滅していった。
「オリジン種なら、死体も残さず消えてしまうのもわかります」
その様子を見つめながらアルヘナが言葉を続けた。
「ですが、それならオリジン・コアが残る筈」
それはオリジン種共通の原則だ。逆に言えば、コアを残さないのはオリジン種ではない。
「でも、逆にオリジン種でないというなら、死体がそのまま残るはずでショ」
オリジン種は死体を残さない代わりにコアを残す。通常種はコアの代わりに死体を残す。
「それが最大の問題ですね。このオリジン・コアから生成されたモノは、既存の生物の外見を持っているにも関わらず、既存の生物とは違う存在なのです」
ところがこのオリジン・ギアから産み出された生物は、その両方に従わない。明らかに既知の仕組みから外れた存在だ。
「そもそもこんな短時間で死体が消滅するなんて、魔法生物でも無い限りあり得ません。少なくとも、私の知る限りそんな生物は存在しません」
アルヘナの言葉を、レティシアが引き継ぐ。
「まるで、残された死体を調べられるのを避けているかのようにさえ見えます」
調べることさえできればなにかヒントが得られるかも知れないのに、現状では打つ手がない。
過去に出現した獣を生きたまま解剖しようとしたこともあったが、サンプルも死体と一緒に消滅してしまうだけだった。
「頭の痛い話よネ」
クリフが盛大なため息を漏らす。
「これが世に出してはならないシロモノってことだけはわかるのに、その正体がなんなのかは結局わからないんだから」
「世界は、私が知っている以上に広かったということですね」
レティシアもため息をつく。『賢者』などと持て囃されていながら、この危険なアーティファクトに対して何の手立ても思いつかない。どう考えても破壊してしまうのが一番だが、この手の物が簡単に壊せた試しはない。
「『賢者』などと呼ばれていても、所詮は人族の世界でだけの話。とんだ井の中の蛙だったということです」
脳裏を一瞬、エリザの顔がよぎる。もしかしたら、彼女ならもっと重要な情報を持っているかもしれない。
今の所、意図的にこのアーティファクトを動かしたのは彼女だけだ。
だけど、それを問い詰めるのも躊躇われる。
なぜならあの時のエリザは、明らかにいつもと違っていた。彼女自身がオリジン・ギアを操作したというより、別の誰かが彼女に乗り移って操作させたようにも見えた。
(それに、アイカさんの件もありますし……)
エリザを問い詰めるのは、アイカの不興を買う可能性が高い。二人して何かの秘密を抱え込んでいるのは確実で、残念なことにそれを打ち明けられるほどの信頼はまだ得られていない。
いずれタイミングを計る必要はあるけれど、それは今ではない。
「予想していなかったワケじゃないけど、実現化するのは悪夢以外の何者でもないわネ」
短い思考の後、クリフは決断した。
「この『オリジン・ギア』は破壊も含めてなんとか無力化する方法を探すワ。この世に残しておいて良いものじゃないから」
「良いのですか?」
アルヘナが念を押すように尋ね返す。
「このアーティファクトは、魔道具の技術を飛躍的に進化させる可能性をも持っています。それを完全に無かったことにするのですか?」
「将来の進歩よりも、今現在の安定を選ぶワヨ」
アルヘナの質問に、クリフはきっぱりと答えた。
「コイツがなくても魔道具はいずれ進化するけど、コイツが原因で起きうる危険を許容するつもりはないワ」
「そこまで決心されているのなら、私も色々調べて見ます」
クリフの決断を、レティシアは支持する。
「ただ今の私は探索者としての仕事もありますので、その合間ということになりますが……アカデミーにも協力は要請しないほうが良いでしょうし」
「そうね……アカデミーの偏屈連中にこんな玩具を与えたら、どんな反応をするかわかったものではないしネ……」
アカデミーの研究者達は権力や政治力に興味が薄い反面、魔法技術や魔道具に関してはどこまでも貪欲だ。
そんな連中に新たな生命を産み出すことができるアーティファクトの存在を明らかにすれば、全員揃って辺境まで押し掛けて来かねない。
そして、どう考えてもロクな結果にならないだろうことは、火を見るより明らかだ。
「ともかく、コイツについてはここにいる三人だけの秘密とするわヨ。少なくとも無力化になんらかの目処が立つまでは、新しい協力者も募らない……いいわネ?」
クリフの言葉に、二人は無言のまま頷いた。
(んもぅ。残りのオリジン・ギアの行方についても調べたいのに……あぁ、ギルドガードが何人居ても手が足りゃしないんだから!)
二人の反応に満足しつつ、クリフはさらに思考を進める。
(『プロトⅡ』というからには当然『プロトⅠ』が存在するはずだし、『プロト』が試作品を意味しているなら完成品が存在する可能性すらあるのよね)
つまり、このオリジン・ギアが幾つあるのかすら不明なのだ。先に発見されたこの一つを死守したところで、別のそれが別人の手によって発見されれば、秘密を守ることはできない。
(まったくもって面倒なことになったモンだワ)
長生きはしてみるものだ。常に新しい刺激がもたらされるから。
そして、長生きなんてするものじゃない。
面倒事に巻き込まれる可能性は、人生の長さに比例するのだから。
※次回投稿は、3/13の予定です。本業多忙のため、当面の間二週間毎更新となります。
誠に申し訳ございません。
お読み頂きありがとうございます。
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