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ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~  作者: 十六夜@肉球
第三章 過去に蠢くもの

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第一話 勇者は辛いよ#1

 新しい家を手に入れ、意気揚々と入居作業を始めるアイカ達一行。そこに慌てふためくクーリッツが訪ねて来て……。

 新章、始まります!


挿絵(By みてみん)




「クソッ……オレとしたことが」

 左肩の大きな傷跡が熱い。出血は止めることができたので、致命傷だけは辛うじて避けられた。

 失われつつある体力は回復の魔法具によって食い止められているが、怪我は少しづつしか治らないから今すぐ派手な行動はできない。

 このタイミングで敵に襲われたら――無事にしのげる可能性は低いだろう。

「こんなドジを踏むとはな……そろそろ引退時か?」

 複数の大木が複雑に絡み合ってできた狭い空間。その中に身体を小さくし息を殺して潜み隠れている。まるで肉食獣に怯える無力な小動物の如くだ。

 数いるギルド・ガードの中でも『最優』と言われる、このブラニット・クライツェルが!

「くくく……」

 馬鹿なことだ。探索者だろうが傭兵だろうが、その実力は結果のみで評価される。その点から言えば、半ば任務をしくじりつつあるオレは、駆け出しの連中と大差ないということだ。

(甘く見すぎていたな)

 辺境でオークのならず者の行動が今までに無いぐらい活発化しつつある――そんな噂がギルド内でヒソヒソと語られ始めたのはいつぐらいだったか。

 オークのならず者が人族の領域に現れ暴れるのは昔からある話であり、今更珍しいものでもない。だが、ここしばらくその回数と規模が異常に増えている。オーク族と人族はその生活圏が大きく離れており、辺境に拠点を持っているオークなど僅かなハズなのだが……。

 だがエリザ達が『遺跡』からなにやら持ち帰ってから有意にオークの目撃例が増えた事実は無視できない。

 『遺跡』とオークの間になにかの関係があるとは思えないが、だとしてもタイミング的には最悪だ。

 あの探索はギルドが依頼した仕事であり、これが切っ掛けだったとなれば、責任問題に発展する可能性すらあるのだ。

 事態を重く見たギルドマスターは、探索者達とは別にギルドガード、つまりオレに調査を命じた。

 それ自体はいい。オレはギルドに雇われている身であり、仕事の内容に好きも嫌いもない。だが、オレは慢心してしまったのだろう。

 一人の方が身軽でいい――それは事実だ。元々オレは単独行動が多かったし、大抵の事態には対応出来る自信もあった。

 それに仕事内容もあくまで調査という名の様子見であり、こちらから余計な手出しをしなければそれほど危険な事態にはならない。そう考えていた。


 昨日の現実は、明日の出来事を保証しない。


 慎重には慎重を期し、誰か仲間を募るべきだったのだ。辺境には多くの危険が潜んでおり、何が起きるのか予測はできないのだから。

 現役探索者を退いてから、そんな基本的なことすら忘れている。


(それにしても、一体なにが起きている……)

 オークの活動が活発になっているというのがそもそもの話だったが、実際には活発なんてレベルの話では無かった。

 調査の結果わかったことは、大人数のオークによる辺境荒らしだった。少数だと思い込みうっかり排除を試みた結果、次から次へと現れるオークの数に押されてしまった。

 二桁ものオークが群れを成して人族の領域で暴れるなど、今まで聞いたこともない。

 オークは人族に匹敵する知的生物であり、言葉は悪いが『許容されるギリギリ』のライン、即ち正式な討伐隊が派遣されない範囲で手出しをしてきていた。

 だと言うのに今回出くわしたオーク達は、そんなことはお構いなしといった様子で目につく物なんでもかんでも襲いかかり破壊しようとする。

 そう、破壊する。略奪など一切せず、ひたすら破壊しつくすのだ。

 物資欲しさに強盗を働くなら理解できるが、ただただ衝動の赴くままに破壊の限りを尽くす。オークが人とは違う価値観を持っているとしても、理解に苦しむ行動だ。

(ともかく、なんとしてでも生還しなくては……)

 懐に隠し持った袋を強く握りしめる。この中にはほぼ失敗した今回の任務で唯一の成果が入っている。

 何人かのオークを斬り殺した際、その一匹の体内に埋め込まれていた水晶のような結晶体。単なるガラス玉のようにも見えるが、体内に埋め込むなど尋常じゃない。生憎オレは魔法具に詳しくないのでその正体はわからないが、アルヘナならなにか掴むことができるかもしれない。

「こんなところでくたばってたまるか」

 自身を奮い立たせるため、小声ながら強く言葉を口にする。

「アデレーナ、アリア……お前達の為にもオレは絶対に戻ってみせる」

 妻に娘。二人を残して死ぬなど絶対に許されない。

(だが、今は体力の回復を待つしかない)

 手持ちのアイテムは殆ど使い尽くしてしまったし、装備品もかなりガタがきている。

 あとどれだけ残っているかもわからないオーク共相手に、正面突破など試すだけ無駄だ。充分に体力を回復させ、あとは見つからないように慎重に……。

「チッ。ギルドガードでも武闘派で知られるオレが、コソコソとまぁ」

 ため息が漏れるが仕方ない。ヘマの報いとしては、まだマシな方だろうさ。

「………っ!」

 そう決めた矢先に、ピリッと感じる気配。間違いない。何者かが近づいてきている。

(援軍……なワケはないな)

 現状をギルドに伝える手段が無い以上、救援が来る可能性はない。異変を感じ取ったギルドが誰かを手配したとしても、オレが隠れている場所に偶然たどり着く確率などバカバカしい限りだ。

「クソッ! イチかバチかだ」

 気配の持ち主はまっすぐこちらへと向かってきている。どんな方法を使っているのか知らないが、こちらの位置がバレているのは確実だろう。

 であれば、取るべき手段は一つ。幸い相手の気配は一人。先手を打って仕留めてしまえば問題はない――。



   ††† ††† †††



 ツヴァイヘルド商会との契約をまとめ、新しい家へと入居を開始したのは、幽霊退治を済ませてから約一月後の話だった。

 家屋の清掃や必要な家具の搬入。それに屋根や壁、その他細かい部分のリフォーム等が必要だったりでこんな時期まで延びてしまった。

 その間にあったことと言えば……クーリッツさん相手取ったアイカさん主催必要家具の値切り(物理力)から、大量に入手したヘッドドレスの処分まで押し付けるという荒業交渉。

 更には何故か始終にこやかな笑顔を浮かべているレティシアさんに圧迫されていたのだから、当人から見れば悪夢の一ヶ月だったに違いない。

 同情はするけど止めはしない。ここ暫くで今までの人生合計に匹敵する収入を得たものの、ここ暫くで今までの人生合計に匹敵する支出を行ってしまった。

 つまり何が言いたいのかというと、家まで買って手持ちが乏しくなったからクーリッツさんにはほんの少し、そう少しだけ涙を飲んでもらいたいということ。

 うん。まぁ、ほら。クーリッツさんもこの屋敷の扱いには困ってたみたいだし、ここはWin-Win.ということで飲み込んで欲しい。

「……しかし今更の話ではあるし、余の方から誘っておいてなんだが」

 よいしょよいしょと荷物を運んでいたわたしの耳にアイカさんの声が入ってきて、思わずわたしはそちらに顔を向けた。視線の先で、アイカさんとライラさんがなにやら話し込んでいる。

「其方、随分と魔族を敵視しておったようだが……余の下で働いても構わぬのか?」

 そういえばエルダーゴースト……じゃない、ライラさんは人族と魔族が争っていた時代の人で、最初に会った時は敵意マシマシ。コミュニケーションすら成立しなかったほど。

 結局はアイカさんが力づくでねじ伏せ、最終的には使用人として雇用するという傍から聞いたら訳が分からない状態に落ち着いている。

「はぁ?」

 なに言ってんだこいつみたいな顔でアイカさんの方を見るライラさん。

「いいですか、人族と魔族の戦争はとっくに終わり、今ではそれなりに交流もあるというではないですか」

 まるで物分りの悪い主人に、言い聞かせる熟練のお付き人みたいな貫禄。見た目は若いけど、百年単位で過ごしているんだよね、この人。

「であれば、生活の為には職が必要。乱世ならばともかくも、今は平穏な時代であり腕自慢だけでは食って行けません。お仕事の話、それも条件がよければ飛びついて当然です」

 実際その通りなんだけど、割り切りが早すぎるんじゃないかな?

「もちろん、契約内容は遵守して頂ける前提ですけれど」

「……お主が納得しておるのであれば、余は構わないが」

 どこか腑に落ちないという表情のアイカさんだったけど、それ以上つっこむつもりはないらしく、首を振りながら歩きさってゆく。

「………」

 なんとなしに反対側を見ると、アカリさんがその辺をフヨフヨしているゴーストさん達になにか絡んでいた。

 前回の戦闘中はさんざんな目に合わされたゴーストさんだけど、別に苦手とかそういうのは無いみたい。

 というか、ゴースト達って床を磨いたり窓を拭いたりしているんだけど、どうやって雑巾を使っているんだろう? それにあの、ヘッドドレスはどこから? どうやって? 全部売ったよね?

 怖いから追求はしないけど。

「………」

 ニコニコしたアカリさんが指先でゴーストさんを突くと、まるでイヤイヤでもするようにプルプルと震えながら上の方へと登ってゆく。アカリさんの指先から逃げているのかな?

 一方の彼女は、その仕草をニコニコと見ている。

「………」

 確かにその動作は可愛く見えるんだけど……でも、アレって昔魔族と戦った人の魂が元になっているハズ。

 つまり中身はおっさん騎士だったり壮年傭兵だったりする可能性が非常に高いワケで。

 まだ若い少女が、むくつけき男たちをツンツンしている絵面……うわー。なんというか、うわー。

 あー。うん。アカリさんにはなにも言わないでおこう。いたずらに人の夢を壊したところで、なにも得はない。

 それに、ほら。女性騎士とか女戦士とかだったりする可能性だってゼロではないし、ね。

 だけどこの調子だと、幽霊屋敷って噂だけは消せそうにもないなぁ……。

「御主人様、お客様がお出でになっております」

 ぼんやりと考え事をしていたわたしの背後から、声がかけられた。

 振り返った視線の先で、ライラさんがゴーストの一人に力を与えることで人型となった元ゴースト、ハウスメイドのシータさんが恭しくわたしに告げる。

「え、わ、わたし?」

 御主人様なんて呼ばれたのは、人生で初めてのこと。頭では理解できても行動が付いてこない。

「少なくとも、今、この場所ではそうなります」

 どこか無機質な響きの声。シータさんは、ライラさんのいわゆるサーヴァントに当たるゴースト。人型を持ったばかりだし、まだ慣れていないのかも知れない。

「そ、それでは応接室に案内してあげてください」

 アイカさんはどこかに行ってるし、アカリさんは――アテにならないし。心細いけど、ここはわたしが対応するしかない。

「ところでお客様って、どちら様でした?」

 敬語が滅茶苦茶なのは勘弁して欲しい。メイドさんなんて遠くからみたことしかないんだよ? 探索者を廃業してメイドになる可能性ならともかく、まさか自分が使う側になるなんて考えたこともないし。

「ツヴァイヘルド商会のクーリッツ代表様です」

 最後に会った時には顔色も悪く胃の辺りを押さえていたけど、こんなに早く訪ねてきて大丈夫なのかな?



「お忙しいところ申し訳ないのですが」

 応接室に案内されていたクーリッツさんは、いつもと違いどこか落ち着かない様子で言葉を続ける。

 訪問先で挨拶もそこそこに用件を切り出すのは、マナー的にあまり褒められることじゃないのはわたしですら知っていることなのに、どうやらそこに思い至る余裕がないみたい。

「貴女方に急遽引き受けて欲しい仕事がありまして……」

 声までどこか疲れているような感じだけど、一体何事だろう? この人がここまで焦る事態なんて想像も付かない。

「ところで、アイカさんとレティシアさんは?」

「アイカさんなら別の部屋に、レティシアさんはギルドの方に行っています」

 そう言えば最近のレティシアさんはよくギルドに行ってるけど、一体何の用事なんだろうか? なんとなく剣呑な雰囲気なので聞けずにいるけど、必要な時がくればきっと教えてくれると思う。

「そうですか。それではアイカさんをお呼びして貰っても?」

 さっきから見ていると、ソワソワした感じを隠しきれないでいる様子。いつもスマートな姿勢を崩さない彼にしては本当に珍しい姿だ。

「その必要はないぞ」

 バーンと応接室の扉が開かれ、足音高くアイカさんが部屋に入ってくる。

「エライ勢いで馬車が走ってくるのが窓から見えた故な、なにごとか思えば……まさかそなたであったとはな」

 椅子を勢いよく引き、ドスンと腰を下ろす。本来なら咎められるべき無作法だけど、クーリッツさんは何も言わない。

「ふん……お主程の者が嫌味の一つも言えぬとは、よほど切羽詰まっているようだな」

 アイカさんの言葉にクーリッツさんが弱々しく首を振る。

「えぇ、えぇ。お恥ずかしい話ですが、非常に切羽詰まっていましてね……とあるお方が貴女方に指名依頼を行いたく一度話をしてみたいという話でして」

 指名依頼――それは特定の探索者を直接指名し仕事を任せるという話。基本的にギルドはこの手の依頼を嫌っている為あまり多くは無いけど、それでも高ランクの探索者であればちょくちょくある。

 依頼主は確実な仕事を望むし、探索者側は多額の報酬と名声を得ることができるから。お互い良いとこ取りの話に聞こえなくもないけど、不正の温床にもなるから世の中は本当に面倒くさい。

「指名依頼ね……」

 行儀悪く組んでいた足を反対に組み直しながらアイカさんが鼻を鳴らす。

「御高名な『金』以上の探索者殿達であればともかく、その辺にいくらでもいる『鉄』級の余らに指名などと言われても、胡散臭さ以外は感じぬぞ」

 ま、まぁ……それについては同意だけど、もう少し手心というか加減を……。

「仰っしゃりたいことはわかりますが、私も断るのは憚れる相手からの依頼でして。どうでしょう、依頼料は色をつけますので、一つこちらの顔を――」

 ドン! という大きな音が部屋中に響く。アイカさんが右足を踵からテーブルに落とした音だ。

 テーブルに置かれたカップがガチャガチャと音を立てて揺れ、部屋の端で控えているシータさんが眉を顰めている。

「お主、道化の才能は無いの。なんのつもりか知らぬが、さっさと用件を申せ」

 そんなアイカさんの態度にクーリッツさんは一瞬呆気にとられた表情を浮かべ、やがてやれやれとばかりに首を振った。

「はぁ……哀れな仲介者を装えば、少しは同情を引けると思ったのですが」

 軽くため息を漏らしてから、いつもの調子に戻るクーリッツさん。

「これでも気を利かせたのですよ? 断ることのできない状況を作る為にね」

「ふん。ならばもう少し演技の厚みを増す努力をせよ。あまりに見え見え過ぎて、話を合わせる気にもならぬわ」

 クーリッツさんの言葉に、アイカさんが不機嫌そうに答える。

「で、どこのどいつが余らに会いたいなどと申しておるのだ?」

「レディ・エミリア・メディア姫殿下……辺境伯の長女様ですよ」

 クーリッツさんの口から出てきたのは、あまりに予想外な人物の名前だった。

 領主の娘さんなんて、名前すらろくに聞いたことがないし、文字通り天上の人だ。関わり合いになる機会があるなんて考えたことすらない。

「辺境最高権力者の娘が、余らに会いたいだと?」

 これには流石のアイカさんも驚きを隠せないみたいだ。

「ギルド内では多少名が知られているかもしれぬが……上から見れば無名も良いところの余らを、なぜ指名する」

「それは私がそう推薦したからですよ」

 対するクーリッツさんの答えは、実に単純明快だった。

「はぁ?」

「ここだけの話ですが、メディア殿下は我々ツヴァイヘルド商会の大手スポンサーでしてね。あの騒ぎを収めて見せた貴女方を、無名の内に囲んでしまおうと……まぁ、そういうワケです」

 あの騒ぎというのが、ホブドというケイブオーガの一件というのは言われなくともわかる。クーリッツさんがオリジン・コアを欲しがった理由もこれで納得いった。

 アレを手土産に、クーリッツさんはわたし達を売り込んだのだ。将来の手駒として。

「余らがおとなしく囲われるようなタマに見えたのか?」

 いかにも面白くなさそうなアイカさん。ほっぺたをプクーと膨らませて不本意さをアピールしている。

「そうならなければ、別にそれでも構いませんでしたよ。要は、貴女方との繋がりができれば良い。それだけの話ですから」

 一方クーリッツさんの方もどこ吹く風だ。

「それにこれは私の勘ですが、恐らく自由にして貰っていた方が一番効果的だと考えていますので」

「……まぁ、良かろう」

 これ以上言い合いしても仕方ないと思ったのか、アイカさんが折れる。

「今は差し迫った仕事があるわけでもないし、お主には多少の借りもあるでな。その話、取り敢えずは受けてやろうではないか」

「あれだけ値切りまくられた家具類を、多少の借りで片付けられるのはこちらとしても色々言いたいことがあるのですがね」

 いや本当に。その節は本当にお世話になりました。お陰様で市場価格の半額近い値段で一通りの家具が揃いまして助かりました。

「細かいことを申すでない。お主も大手商家の代表であるならば、損して得取れというではないか」

「取れる得があるなら良いのですがね……ともかく、日程を調整して後日迎えを送りますよ。二・三日後になると思いますが、スケジュールはあけておいてください」

 ま。偉い人は色々スケジュールが大変そうだから、即日面会というわけにもゆかないのだろう。にしたってもう少し具体的な日程を組んでから話をもってきて欲しい。

 スケジュールを開けておいてとか簡単に言われても――まぁ、用事はないけどさ。

「一応言っておくぞ。会うだけは会うが、依頼を受けるかどうかはまた別の話だからな」

 帰り支度を始めたクーリッツさんに、アイカさんが言葉を投げかける。

「いかに権力者相手でも、こちらの事情に合わぬ仕事を引き受ける気はないからな」

「それはご自由に」

 アイカさんの言葉に、クーリッツさんがさも当然だとばかりに答える。

「面会のお膳立てまでは私の仕事ですが、それから先はメディア殿下と貴女方の問題です。余計な口を挟むつもりはありませんよ」

 そう言い残すと、シータさんに案内されて応接室を出ていった。



   *   *   *



 たまには行ったことのない店で食事にしよう。そんなアイカさんの提案で、わたし達三人はいつもとは違うギルドとは反対側の通りをのんびりと歩いていた。

 この街は東西でほぼ対称的に作られており、どちらにも似たような店が並んでいる。だから街の一方側で過ごしても生活上困ることはほとんどなく、わたしもあまり足を運んだことはない。

 いつもはギルド側のレストランや食堂を利用していたけど確かにマンネリ気味だったし、たまには遠出して食事をするのも悪くない。

「そう言えば」

 適当に店を眺めながら歩いていると、レティシアさんが思い出したように口を開いた。

「こちらの通りには『金の麦穂』亭とかいう、そこそこ名の知れた店があります。特にアテがあるわけでもありませんし、そちらに行ってみませんか?」

「そうだな……」

 アイカさんが考え込む素振りを見せたものの、結論は決まっている。

 なにしろこちらの通りにどんな店があるのかという前情報も無く、ただ彷徨っているだけ。確かにレストランや食堂らしき建物は見かけるものの、これといった決め手もなく選びかねているのだから。

「名が知られておるのであれば、少なくともマズイ飯がでることはなかろう。他にアテがあるわけでもないし、まずはその店に行ってみるか」

 このまま無駄に歩き続けても時間の無駄だし。というかお腹すいた!



 『金の麦穂』亭。の場所はすぐにわかった。通りすがりの親切な人に道を尋ねつつ通りを進み、ある程度進んだ先で人だかりのある店があったから。

「どうやら、あの店がそれのようだな」

 夕飯にはまだちょっと早い時間。まだまだ客が少ない頃合いだというのに、このお店にはそれなりの人が集まっている。

 なるほど。人気店というのは間違いないみたい。

「ふむ。これ以上遅れたら、席が取れなかったかもしれぬな。丁度良かったぞ」

 この時間で人が集まっているのだから、もうわずかに迫っている夕食時ともなれば更に人が増えて満員御礼になっていても不思議はない。

 なんというグッドタイミング! 神様、ありがとう!

「邪魔するぞ」

 そう一声掛けて開けっ放しの扉から店内に入るアイカさん。そう言えば彼女はお店、特に飲食店に入る時は必ずこの台詞を口にするのだけど魔族の習慣かなにかだろうか? 相手は店なのだから別に無言で入って問題ないと思うんだけど、異文化とは面白い。

 店の席は三分の一ぐらいが埋まっており、さっそく出来上がった酔っぱらいの姿もちらほら見られる。時刻的には夕方入ったばかりなので出来上がるにはちょっと早い気もするけど、逆に言えば早い時間から直行したくなるぐらいには良い店ってこと。

 普通の店なら夕方から酔っ払ってる輩など、ディナーの邪魔だと即刻つまみ出してしまうだろうから。

 おまけに厨房からは料理の良い匂いも漂ってきてるし、これは期待できますねー。

「お客様、三名様ですか?」

 なんとも目立つポニーテールなウェイトレスの少女がこちらに駆け寄ってきて、にこやかに話しかけてくる。

 手慣れた仕草とはきはきした言葉使いが好感度高い、いわゆる看板娘かな。料理はもとより接客にも期待できるとは、なかなか侮れない店。

「それではこちらの席を――」

 わたし達の顔を順繰りに見回して、そして彼女の言葉が止まる。

 やば。変な事考えてたのが表情にでたかな。

「ん……っ、まさかっ!」

 少女の営業スマイルが驚愕のそれに変わり、そして明確な敵意へと変化し――それからの出来事は、あまりにも目まぐるしすぎるものだった。

「剣よ我が手に!」

 短い言葉と同時に少女の手に輝く片手剣が出現する。そして次の瞬間には、スカートを閃かせながらわたし達の方へと飛びかかってきた。

 いえ、狙いはアイカさん?!

「ぬっ!」

 あまりにも唐突な出来事過ぎて身動きできないわたしと違い、アイカさんの反応は劇的だった。

「客に対するもてなしとしては、随分と過激だな!」

 目にも止まらぬ速度で振り下ろされた剣先を、電光石火の動きで抜き放った夕凪の刀身で打ち払う。二つの剣が火花を散らす勢いでぶつかり合い、壮絶な金属音を立てた。

 その金属音もやまぬ間にアイカさんは夕凪を横へと払い、少女は剣を立ててその一撃を受け止める。

「………!」

 一瞬の間を置いて少女は後ろに飛び退いて距離を開き、その間にアイカさんも刀を構え直す。剣を構えたお互いの間に、なんとも言えない緊張感が漂っている。

「お主、只者ではないな?」

 いつになく真面目な口調で問う。どんな時でも余裕を崩さないアイカさんには珍しい反応。

「しかも、その剣も特別製と見える……まさか、食堂でこのような腕利きと果たし合うことになるとは予想外だぞ」

 アイカさんですら反応ギリギリの一撃を繰り出してくるなんて、確かに只者じゃない。場所柄アイカさんが油断していた点を考慮しても、クロエさんやアカリさん相手ならもっと早く反応できていたと思う。

 いやでも。もしかしたら。そんなことが可能な人は一人だけ心当たりがある。


 『剣よ我が手に』


 魔族であるアイカさんは知らないだろうけど、わたし達人族はその言葉を良く知っている。

 幼い頃、おとぎ話や吟遊詩人の詩で何度も聞かされた台詞。

 魔族を相手に大立ち回りを演じるその瞬間に告げられ、一本の剣を召喚するためのキーワード。

 それにキーワードもさることながら、なにもない空間から突如として出現したという事実。

「まさか――『聖剣』?」

 世界にただ一本のその剣は、『聖剣』とだけ呼ばれ特に銘は付けられていない。神から授かったと言われる剣に名前をつけるなど、人の身ではあまりに恐れ多いことだから。

 そして、その『聖剣』を持つことが許されるのはこの世界でただ一人――。

「……『勇者』がこんなところでウェイトレスとか、一体何のギャグかしら?」

 そう呟いたレティシアさんの言葉が、その答えだった。


※次回投稿は01/16の予定です。ただし、仕事の都合で多少遅れる可能性はあります。


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