第四話 スールズ・カプリッチョ#2
領都外壁の衛士駐屯地を襲撃する魔族の少女。
騒ぎを大きくすることを望まぬ衛士側の依頼を受け、アイカ達は少女の捕獲を目指す。
果たしてその顛末は?
翌日、わたし達はトーマスさん経由で紹介された東端にある衛士駐屯地へと足を運んだ。
壁外にある駐屯地の中では一番規模が大きく、それだけに被害にあった回数も多いという話。話を聞くならここが一番だ。
そんなこんなでギルド経由で面会に来たことを門番に伝えてから十分後、そろそろ文句の一つでも言ってやろうかと思った頃ようやく責任者がやってきた。
そろそろアイカさんの笑顔が怖くなってきたなんともベストなタイミング。
「お持たせして申し訳ない。ダグラス・ヴェルバーニュ上級衛士長です」
短く刈り込んだ髪の毛と服の上からでもわかる隆々とした筋肉が特徴的な偉丈夫で、高すぎる身長とあわせてただそこに居るだけで威圧感を発している。
ブラニット氏なんかも相当な迫力の持ち主だけど、それとはまた種類の違う迫力だ。
ただその態度は衛士にありがちな尊大さとは真逆で、どこか人当たりの良さを感じさせる。
なにより訪問者の一人が魔族だというのに、まるで気にする様子がない。
「なにしろ前代未聞の出来事でしてね……治安維持を任とする衛士が、まさか正面切って挑まれようとは」
嘆かわしいと言わんばかりに首を左右にふるダグラス氏。
「こう言っては何ですが、いっそ重傷者や死者がでれば話は簡単なんです。あるいは民間人に被害が及んだでも良いのですがね」
いやいや。ぶっちゃけすぎにも程があるでしょ。
「受けた被害は衛士数人が軽い怪我──それも捻挫や打ち身。持って行かれるのも二~三人分の食事のみ。これでも罪は罪だが、大ぴらに動く程かと言えば微妙すぎまして」
ようするに、重大案件として見るには被害の規模が小さすぎるってことらしい。
確かに数人が軽い怪我を負い少しの食料が奪われたぐらいでは、衛士を動員するほどの犯罪とは言えないかも。
だからといって無かったことにもできないから、うん。確かにこれは面倒な話。
「相手は一人なのであろう? であれば大勢で囲えばよかろう」
至極当然なアイカさんの疑問。
いくら腕が立つとは言っても、相手は一人。衛士全員で押し掛かれば、単純に数の暴力で抑え込めると思う。
まさかドラゴンばりに強いってこともないだろうし。
「確かにその通りなのですが」
ダグラスさんが頭を掻く。
「衛士といえども、戦時でもなければ勤務時間というモノがありましてね……夕食前には定時ですから、当直以外は駐屯地に残らないんですよ。兵舎そのものは壁の内側で、ここには仮眠室ぐらいしかありませんから」
あー。そりゃそうか。衛士さんだって普通の人なんだから、いつまでも閉じ込めておくことはできないもんね。
「ともかく当直の人数を増やして対応しようとしたことはあるのですが、どうやって嗅ぎつけているのかその日は姿を見せない有様で。しかも複数箇所ある駐屯地のどこに来るのか規則性もないので、いつまでも衛士達を貼り付けることもできず……」
どうやら襲撃者は、身軽であることのメリットを最大限活かしているみたい。
なにしろ単身だから痕跡を残さないし、追跡するのも骨がおれる。
「その襲撃者が魔族というのはギルドで説明を受けましたが、本人の特徴をお聞きしても?」
レティシアさんがダグラスさんに尋ねた。魔族の少女ということだけは説明されたけど、それだけでは流石に情報不足。
「見た目はみつあみをした少女で、歳はまだ二十代に届いてないでしょう。なによりも特徴的なのは、二本の刀を両手で使うという手練ということです。見た目が見た目でしたので、最初は部下達も舐めてかかっていたのですが、瞬く間に叩きのめされましてね。勝った報酬とでも言わんばかりに食堂から夕飯を持ち去って行きました」
聞けば聞くほどシュールな話。わざわざ駐屯地を襲って食事だけ持って帰るというのは、本当に理解に苦しむ。
どう考えてもリスクとリターンの釣り合いが取れてないと思う。
「だいたいわかったぞ」
ダグラス氏の言葉を聞いて、アイカさんが軽く手を叩く。
「其奴は、修行と飯代稼ぎを同時に行っているのだ」
「修行に飯代稼ぎ、ですか?」
「そうよ。小娘にしてやられ、簡単に引き下がることはできまい?」
不思議そうな表情のダグラス氏に、アイカさんは言葉を続ける。
「であれば次に襲撃すれば腕利きを集めるなり、数を揃えるなりの反応があるはず。其奴から見れば、突けば突くほど強者を用意してくれるのだから、修行としては申し分ないという話だ」
えっと。それはなんとも豪快な修行ですね……。治安を担う衛士としては負けっぱなしではいられず、何らかの手を打たなければならない。そして、問題の少女はそれを良い修行相手にしていると。
「ツヴァイヘルドのクーリッツだったか、彼奴に言って高い食材でも用意するが良い。御馳走を餌に果たし状でも用意すれば、簡単に釣れるであろう」
「………」
ダグラス氏の目が点になっていた。うん。言いたいことはわかるよ。言いたいことは。
少し前までのわたしならそんな馬鹿な……と思ったかも知れないけれど、アイカさんと組んだ今ならわかる。魔族ならありえる──って。もう根本的な価値観が違いすぎる。わたし達の常識ではかってはいけない。
「……俄には信じがたいことですが、他でもない魔族自身がそう言うならそう手配しましょう」
目を白黒させながらダグラス氏が答える。用意するだけならそれほど手間がかかるものでもないし、仮に無駄に終わったとしても、特に損がでる話でもない。
とりあえず必要な物はこちらで用意し、果たし状についてはダグラス氏に預けて全部の駐屯地に置いてもらうことにする。
随分と迂遠なやり方になるけれど、どこに居るかもわからず何時どの場所にやって来るかもわからぬ相手を捕まえるにはこの方法が一番だと思う。
「それでですね」
事務的な話を終え、お暇しようとしたわたし達に、ダグラス氏が声を掛けてきた。
「ここからはあくまでも俺個人──というか、衛士隊のほぼ総意なんだが」
それまでいかにも任務に忠実な衛士らしい態度で話を続けていたダグラス氏が、不意に姿勢と言葉を崩す。
「嬢ちゃんをとっ捕まえるのは仕方ないにしても、できるだけ穏便にやって欲しい」
「ほぉ?」
ダグラスさんの言葉に、アイカさんが目を細める。
「正直言えば、問題の魔族の嬢ちゃんに対してそう悪い感情は持っていない。もちろん上には魔族を嫌う連中もいるが、下っ端の中ではそれなりに人気がある」
そんなアイカさんに、ダグラスさんは右人差し指を立てて軽く左右に振ってみせる。
「なにしろあの嬢ちゃんの強さは本物だ。一切手を抜かず常に全力で向かってくるし、必要以上の傷を負わせたりもしない。負けた相手を馬鹿にすることもないし、怪我人に回復魔法を掛けるほどの礼節も弁えている」
そのうえ可愛いしな。とは余計な付け足しだと思う。これだから男ってのは……。
「おまけに駐屯地の料理番なんざ、あの不味い食材から少しでもマシな飯を作ろうと躍起になる本末転倒ぶりだからな……」
苦笑いを浮かべるダグラスさん。確かに持ち去られる前提で用意するのはどうなんだろう?
つまるところ衛士全体としてみればとんだ不祥事だけど、現場レベルでみれば大した怪我も大きな損失もない、一種のアトラクションのような感覚なんだろう。
「同郷人が受け入れられているというのは喜ばしいことだが……」
腕を組んだアイカさんが微妙そうな表情を浮かべる。
「そなたらも一端の戦士であろうに、小娘に翻弄されて少しは面子やプライドが傷ついたりはせぬのか?」
続けられた、どこか呆れたようなアイカさんの言葉。
「面子……面子ねぇ」
それに対するダグラス氏の返事は、なんとも醒めたものだった。
「そんな崇高なモンはどっかに置き忘れてきたよ──こんな壁の外の駐屯地に配備されてる連中の素性など、あえて語るまでもないだろう?」
そう言いつつ、軽く肩をすくめる。
時間も天気もお構いなしに出現する魔物を追い払い、時には山賊や盗賊を討伐する必要もある。城壁に守られた内部とは違い、外部の衛士は常に危険と隣合わせだ。
そんな場所に貴族やエリート、主流派閥の者が派遣される筈もない……ってことだろう。
(便利に使われるだけのコマ……か)
ある意味、その少女は救いだったのかも知れない。利害など知ったことでもなく、真正面からぶつかってくれる相手として。
「だからまぁ……俺から言えたことではないが、あまり酷いことにならないよう手配してもらえると助かる。なんならまた『遊び』に来てもらっても構わないぐらいだぜ」
そういって、ダグラス氏は豪快に笑ってみせた。
* * *
ダグラス氏経由で駐屯地に回された果たし状は、アイカさんの期待を裏切らぬ効果を発揮した。
「まぁ、任せるがよい。魔族の剣士としての誇りがあれば、無視などできぬからな!」
わたしとレティシアさんは半信半疑のまま、アイカさんは自信たっぷりと、果たし状で指定した日に街から少し離れた指定場所の平野へと向かうと、そこには既に一人の少女が岩に腰掛けて待っていた。
その少女はこちらの姿を認めるや、ぴょんと立ち上がり手を振りながら走り寄ってくる。
「お肉! ……じゃなかった、おねえさまなら絶対来てくれると思ってました!」
三編みにまとめられた黒色のくせっ毛がしっぽのように跳ねている。身体中から溢れている元気が、なんとなく眩しい。
「……ある程度予測はしていたし、その可能性も高いとは思っておったが……」
心底嫌そうな表情を浮かべるアイカさん。
「やはりお主であったか……アカリよ」
「はいっ! あなたの運命のいもうと、アカリですッ!」
なんとも嬉しそうに答えるその魔族の少女は、わたしと同じか少し若いぐらいに見えた。
これが、噂の魔族の少女なのだろうけど……想像してたのとはだいぶ感じが違う。
「さっそくお二人も側女を侍らせるとは、流石はおねえさまです!」
え? 側女? 出会い頭に凄いことを言われてしまった。
「誰が側女で、誰がお主のものか!」
わたしが反論するよりも早く、アイカさんが突っ込む。
「以前から思い込みの激しい娘であったが、治まるどころかより悪化しておるな……」
「英雄色を好むって言いますしね! それよりもです」
アカリと呼ばれた少女は、アイカさんを前に子犬が如く嬉しさを身体全体でアピールしている。
「おねえさまに認められる為に武者修行に出てみたその先で再会が叶うなんて……あぁ!」
「人の話を少しは聞け」
アイカさんが強く言うけど、アカリさんはまったく聞く耳を持たない。
「アイカ様がアカリのおねえさまになるのは、もう運命って言ってもいいと思うんです!」
言葉と一緒に手をブンブンと振り回す、熱烈ボディ・ランゲージ。彼女がとてつもなくアイカさん好きだということはよくわかっちゃった。わたしには負けると思うけど。
「アカリとお姉さま。『ア』で始まる三文字名で、しかも『カ』も被ってるんですよ! これこそ運命の証拠です!」
「『カ』の位置は違うがな」
熱弁するアカリさんに、短く突っ込むアイカさん。
「そもそも余の妹は、この天地にオシアただ一人。勝手に増やすでない!」
あ。アイカさん妹さんいたんだ。そういえば結構な付き合いになるけど家族の話なんてしたことないや。
「そもそもお主はトヨカの妹であろう。世の道理を捻じ曲げるでない」
「オシアさんは実の妹さん。アカリは愛でるいもうとさん。問題ありませんね!」
「もうよい」
アイカさんが頭を左右に振る。どうやら説得を諦めたみたい。
うん。はたから見ても堂々巡りだし。このまま続けても……ねぇ。
「己が願望を押し通したければ、実力でもって為すのが、我らが魔族の流儀。忘れておるまいな?」
腰の刀を抜き放ちながらアイカさんが告げる。
「その希い、力づくで通してみせよ!」
「望む所!」
アイカさんの声を受け、アカリさんも叫び返す。
「アカリが修練の成果。見て驚かないでよね!」
右手の脇差を正眼に置き、左手の脇差を逆手に持った独特の構え。こっちで言えばレイピアとガードダガーの組み合わせに近いポーズだけど、防御より攻撃を重視しているように見える。
「二人は見届け人よ。手出しは無用!」
アカリさんが構えるのに合わせて、アイカさんもまた抜いた刀を真正面に構えた。
それまでどこか緩かった空気が、二人の間に走った緊張感に合わせ一気に引き締まる。
「――はっ!」
一瞬何がおきたのかわからなかった。
少なくとも三メートルはあったハズのアイカさんとアカリさんの距離が、一瞬でつめられていた。
「お覚悟!」
短い一言と同時に右手の脇差――刀がアイカさん目掛けて突き出される。わたしの目では動きを捉えるのが精一杯で、とても反応はできない。
「甘いわ!」
しかし、当然ながらアイカさんはその動きに軽々とついて行く。
「戦いにおいて速度は何よりも重視されるべき要素ではあるが」
キーンという澄んだ金属音と同時にアカリさんの刀が弾かれる。
「威力が伴わなければ意味をなさぬ。もっと工夫を凝らすが良い!」
全体的に小柄なアカリさんは、その見た目の通りスピードに秀でて威力に劣る典型的な軽量戦士みたい。
「反射に頼るな! 本能のままに剣を振るうなど三流の証ぞ。剣士であるなら頭を使え! 身体の勝手にさせるでない!」
「この……っ!」
振り下ろされたアイカさんの一撃を、歯を食いしばりながら刀を交差させて受け止める。刃と刃が甲高い音を立て、火花が飛び散るのが見えた。
「負け、ません、からね……っ!」
驚いたことに、アカリさんはそのままジリジリと刃先を押し上げ、アイカさんの一撃を跳ね返す。
単純な腕力では負けているだろうに、なんとも凄いガッツ。
「そうでなくては面白くないからな!」
そう言いつつ放たれるアイカさんの回し蹴り。その一撃をアカリさんは軽く後ろに飛び退いて避けたけど、それはアイカさんの誘いだった。
「ハァッ!」
蹴りが空振ると同時に左掌を突き出し、気合と同時に衝撃波を放つ。ジャンプしたことで両足が空中に浮いてしまったアカリさんは、その衝撃波を耐えることは出来ない。思いっきり受けてしまい、そのまま地面へと吹き飛ばされてしまった。
「まだまだぁ!」
地面を数度転がった後、流れるように立ち上がり、そのままアイカさんの方に突進する。
「応さ!」
右左と連続で繰り出される切っ先。その切っ先を、アイカさんは全て刀で弾き、受け流す。
「どうした? その程度か?」
「ぬぬぬぬ……!」
まだまだ全然余裕なアイカさんに比べ、アカリさんの攻撃はそれで一杯一杯なのは傍から見ててもわかる。
アカリさんも決して弱くはないのだけど、アイカさんと比べると見劣りするのは仕方ない。
というか、アイカさんと互角を張れるのって、それこそ『勇者』ぐらいしかいないような気がする……。
「大人しくアカリのおねえさまになってくださーい!」
埒が明かないと思ったのか、両手の刀を構え直し今度は一度に両方の刃を叩きつけ、威力重視の攻撃に切り替えている。
「うむ! そうやって頭を使ってこそ武士よ。修練の結果が出ておるな!」
二本の刃を刀で受け止めつつアイカさんが言う。
「だが、一つの行動に集中しすぎだ」
アイカさんの左パンチが、アカリさんのお腹に炸裂する。両手をアイカさんの攻撃に向けているアカリさんにそれを避ける術はない。
「ぐっ……」
身体をくの字に曲げるほどでは無かったけれど、それでも体勢が崩れてしまう。そして、その隙を見逃すほどアイカさんは甘くない。
「これで一つ学習になったな!」
アカリさんの剣先を振り払い、アイカさんが上段からの一撃――いわゆる袈裟斬り――を加える。
その一撃はアカリさんの魔力障壁に遮られ一瞬火花を散らしたけど、そのまま押し切られ、アカリさんの左腕を斬り飛ばした。もしアカリさんが身体をひねるのに失敗していたら、真っ二つにされていたかも知れない。
「……仕事だとは言え、容赦ないことで……」
レティシアさんがボソっと漏らしたけど、わたしも同感。
同族でしかも知人らしい相手の腕を容赦なく斬り飛ばしてしまうなんて、魔族って本当に戦いに関しては容赦ない。魔族にとっては平常運転なのかもしれないけど。
「………っ!」
血の吹き出す左腕の跡を庇いながらアカリさんが後ろに下がる。痛みが無い筈はないのに、歯を食いしばってそれに耐えているように見えた。
それでも逃げるのではなく、仕切り直しのために距離を開けるというのは流石だと言わざるを得ない。
「あの……その辺にしておいた方が……」
とはいえ流石にこれ以上は……とわたしはアイカさんに声を掛ける。
なにしろアカリさんは片腕を失っている。早めに手当をすれば繋げるかもしれないし、仕事としても命を取るまで続ける必要もないのだから。
「相手があの者でなければ、余もそれで良しとしたであろうが」
しかし、アイカさんは引く気配を見せない。
「片腕が吹き飛んだぐらいで……まさか、この程度で音を上げまい!」
ニヤリと唇の端を曲げながら、ジリジリと距離を詰める。
「『死なずミスマル』、その真価を見せてみよ!」
なんか凄いこと言い出した!
「その容赦のなさ……流石はおねえさまです!」
言われた方のアカリさんも、顔色こそ悪いものの、こちらも引くつもりはないみたい。
「はぁぁぁっ!」
アカリさんが気合を入れると同時に左肩からまばゆい光が放たれ、次の瞬間切り飛ばされた腕が再生する。
以前ケイブ・オーガと戦った時にアイカさんも同じようなことをしていたけれど、その範囲も速度もそれ以上。
人族ならば、聖女か聖者レベルでようやく真似できるレベル。
「アカリ……滾ってきましたよ!」
言うなりアカリさんは地面の刀を瞬時に拾い、そのままアイカさんに飛びかかる。
右手の刀でアイカさんの刀を抑え、左手の刀でその隙を狙う。クロエさんもそうだったけど、熟練の二刀流は恐ろしいほどの手数で相手の動きを制限する。
「であれば、余をも滾らせてみろ!」
だけど、その手数もアイカさんにはあまり通じていない。キンキン金属音を立てながら刀でその全てをあしらう。
一本の刀で二本の刀を相手取っているというのに、少しの焦りも見えないのはさすが。
「手数だけで多くて、それで余に通じると思うたか!」
強引に刀を振り上げ、アイカさんはアカリさんの攻撃に無理矢理割り込む。
無理が祟ってアイカさんは右肩に一撃を受けて切り裂かれたけど、お構いなしに突きを放ち、アイカさんの左脇あたりを思い切っり貫いた。
「………!」
そのまま二人とも同時に後ろへと飛び退き、お互いの傷を瞬時に治す。アイカさんと違いアカリさんの方はどうみても致命傷だったけど、それでも問題はないらしい。
「この程度の傷では、お互い牽制にしかならぬな!」
人族だったらダブルノックアウトで両者、治療院送りです。魔族、ホント、コワイ。
「だったら!」
軽く身体を低くしたと思った瞬間、全身をバネとしてアカリさんが飛び出し鋭い蹴りを放つ。刀による攻撃に備えていたアイカさんは、流石に一瞬反応が遅れてしまう。
「見せてくれるではないか!」
刀を使うのを諦めたアイカさんも回し蹴りでアカリさんを迎え撃つ。二人の脚が激突するやなにか嫌な音が響き、アカリさんが青い顔でうずくまっていた。
よく見ればアイカさんとぶつけ合った脚が変な方向にネジ曲がっており、明らかに骨が折れているのがわかる。
「この程度!」
流石に止めるべきでは? と思ったわたしの目の前で、アカリさんは躊躇いもなく折れた脚を付け根から自分の刀で斬り落とす。
「おねえさまからの一撃なら、ご褒美みたいなモノです!」
その言葉が終わらぬうちに斬り落とした脚が光り、もとの状態に戻った。先に斬り落としされた脚は、まるで砂のように崩れ去り消えてゆく。
えーっと……折れた骨を戻すより、部位ごと再生させた方が早いって、なにそれコワイ。
「どうした? その程度では、余に何一つ押し通すこと叶わぬぞ!」
アイカさんが吠える。その言葉に乗せられた凄まじい威圧感に、わたしもレティシアさんも思わず身構えてしまう。まるでわたし達が狙われているかのような感覚だ。
「それじゃぁ、アカリの本気、見せてあげます!」
だけどアイカさんの威圧を受けても、少しも臆する様子がないアカリさん。両方の刀を鞘に戻しつつそのまま後ろへと下がる。一体なにをするつもりなのだろう?
見守るわたし達の前で一つ深呼吸した後、アカリさんが動いた。
「閃!」
今までのそれよりも更に早い踏み込み――縮地歩法とか言うらしい――と同時に右手が一閃し、鋭い切っ先がアイカさんへと襲いかかる。
「おっと!」
一方のアイカさんは、ステップで距離を――開かず、前に詰める。
「抜刀術は、剣速こそ真髄よの。そのためには、充分な踏み込み距離が必要なワケだが」
襲いかかった切っ先はアイカさんの脇腹を捉え、そして魔力の障壁に遮られる。
「距離が狭まれば、それを活かす威力を出すことはできぬ。余に刃を届かせるためには、もうひと工夫必要であったな」
言ってることはなんとなくわかるけれど、それって実行できる人って、どれぐらいいるんだろう?
だけど、アカリさんのターンは、まだ終わったわけではなかった。
「斬!」
右手の攻撃が不発したとみるや後腰にまわしていた左手が動き、更なる一撃がアイカさんに向かう。
「二段抜刀……久し振りに見たが、確かに技の冴えは増しているようだな!」
しかし、その一撃もアイカさんは左腕の篭手で防がれてしまう。
「距離を取ろうとはせぬその判断や良し」
そう言いつつ篭手で防いだ刀を、思いっきり跳ね上げる。
「お主の技を予め知っておらなければ、余でも一撃受けたやも知れぬ……残念であったな」
言葉と同時に振り下ろされるアイカさんの刀。
「………!」
その一撃はアカリさんの目前を斬り裂き、同時にアカリさんの前髪が数本ハラリと落ちる。
「流石に脳天から心臓まで一断すれば、お主も死んでしまうやもしれぬな」
カチンという小気味よい音を立てながら鞘に刀を収めるアイカさん。それは勝負はついたという意思表示。
「あ~あ」
一方、こちらも両方の刀を鞘に戻しながらアカリさんが心底残念そうに言う。
「かすり傷ぐらいは負わせられると思ったんだけどナァ」
「ふん……お主のような若造相手に、後れなどまだ取らぬ」
アカリさんの言葉にそう答えた後、少し声のトーンを落とす。
「まぁ、多少は腕を上げたと認めるも吝かではないがな」
アイカさんは見た目通りの姉さん気質の持ち主だけど、意外とツンデレの素質があるのかも知れない。
珍しがるべきなのか、新しい魅力発見と見るべきなのかは判断に困るけれど、貴重なシーンであるのは間違いない。
同郷人とそれ以外で反応が違うってだけの話かも知れないけど。
「それで、アカリはどうなるの?」
なんともサバサバとした口調のアカリさん。負けて悔しいとか、これからどうなるのかとかいう不安は一切感じてないみたい。
往生際が良いというか、アイカさんに対する信用が厚いというか……。
「奉行所に連行されて、白洲で厳しい取り調べでも?」
「お主にそれをやったところで大した意味があるとも思えんがな……」
奉行所とやらがなにかはよくわからないけど、続きの言葉からして牢屋みたいな場所のことを指しているのだろう。
えーっと、今回の仕事の内容から考えるに、それはちょっと不味い。いや、あの衛士達ならノリノリで迎えてくれるかも知れないけれど、ことが領主館まで届いてはだめなのだ。
「取り敢えずお主の身はギルド預かりになる。ことを荒げたくない者が大勢おるでな」
そのことはアイカさんも充分に承知しており、アカリさんに言い聞かせるように言う。
「えー? 確かにアカリの身体は魅力的ですけどーぉ。上から下まで全部おねえさまの物なんです!」
う。確かにあの歳に似合わぬ巨大な胸部装甲は、その、ずるい。半分ぐらいわけてくれても良いじゃない。
というか、今の所知っている魔族の人ってみんな大きな胸の持ち主なんだけど、種族特性だったりするのかしら?
だとしたら、来世はぜひとも魔族に生まれたい!
「人族ごときに辱められるぐらいなら、大暴れして全員道連れに──」
「なぜそうなる……相変わらずの耳年増な上に妄想癖は治っとらんのか」
とんでもないことを口走りだしたアカリさんの頭を、アイカさんが軽く叩く。
「迷惑を掛けたからには、その罪を贖う必要がある。まぁ、確かに『身体で返す』結果になるだろうがな」
「やっぱりアカリの魅惑の肉体が目的──」
「次はグーで殴った方が良いか?」
「あ、ごめんなさい。本気で痛いのでやめて」
アイカさんとアカリさん。この二人が知り合いなのはよくわかるけど、実際のところどんな知り合いなんだろう?
単なる同郷人というには親しすぎるし、友人というにはちょっと親愛表現が強いというか、距離感が近いというか。
かと言って、親戚家族の線はアイカさんに否定されている。師弟──ってのもなんか違う気がするし、う~ん……なんだかモヤモヤする。
「まぁ、あやつは変態ではあるが悪人ではない。悪いようにはならんだろうから安心するがよい」
正直な話、安心できる要素が一欠片でもあるとは思えなかったけど、なんともはっきりとしないモヤモヤを抱えたまま、わたしは黙っていることにした。
「それはそれとしてですね」
アカリさんが鼻をスンスンさせながら言葉を続けた。
「果たし状にあったお高いお肉。残念賞でもらえますよね!」
残念賞って……あー、うん。もう魔族と人族の感性の違いはいい加減慣れないと仕方ない……慣れるかなぁ……。
「欠損部位を治すのって、結構魔力を使うんですよー。アカリ、もうお腹ペコペコですぅ」
ぐうー、っというなんとも間抜けな音が周囲に響き渡り、実にしまらぬ結末となったのでした。
※次回投稿は11/21の予定です。ただし、仕事の都合で多少遅れる可能性はあります。
この所、年末が迫った為に予定が不安定になっております。
誠に申し訳ございません。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマークや評価を頂き誠に感謝致します。
もしこのお話を気に入って頂けましたら、評価を入れて貰えると幸いです。
また感想・コメント等ありましたら遠慮なくどうぞ。大変励みになります。





