第四話 迷宮狂想曲 #3
ダンジョン奥深く、アイカとエリザはついに『ソレ』を目にする。
今回の騒動を起こした、その根源――。
今までとは違う強敵に、二人はどう立ち向かうのか?
またまたアイカさん大暴れ回です。
ただ、今回の相手はちょっと今までとは勝手が違うようで……。
わたしにとって『ダンジョン』下層部は、全く馴染みのある場所ではなかった。
間違えてもソロで挑めるような場所じゃないし、まともにパーティを組んだ経験がないわたしにとっては、下手をすれば一生縁がなかった場所だ。
だからこそ下調べは怠らなかった。
ガルカさんを始めとする『ダンジョン』によく潜る経験豊かな探索者達にお酒を奢ったり、情報料を払って話を聞いたりして情報を集める。
そもそもギルドってのはこんな情報交換を円滑に行う為にあるもの。単なる仕事仲介業者ではないのだ。
ただ正直言えば、思ったほどロクな情報が集まらなかったのが現実。三時間ぐらい飲み話に付き合わされた挙げ句、重要な話は三十分もないなんてざら。
なぜなら皆の興味は『ダンジョン』四層で、新しい宝箱が複数発見されたってニュースでもちきりだったから。
いえね、ダンジョンで宝箱が発見されるなんて十数年に一度の快挙と呼ばれるレベルの出来事で、しかもそれが複数だなんて百年単位での奇跡と言ってもいい。
もっとも、宝箱そのものは罠の再設置と並ぶ『なぜそうなっているのかわからない』シリーズなのだけど。未踏地域はもとより、既に誰かが調べた筈の場所から見つかったりもするのだから、わけがわからない。
そして、誰がわざわざ目立つ箱に宝物を入れて残しておいたのかは知らないけれど、宝箱は一つ見つければそれだけで当分の間は遊んで暮らせるレベルの儲けになる。
そんなお宝が発見できるとなれば、多少危険があるとしても敢えて奥へと進もうとする探索者達もいるのも当然なわけで。
そしてその大半が戻ってこなかったワケだ。
ともかく集められるだけの情報を元に色々な準備を整えた。これ以上の準備は無いと自負できるぐらいまで。
そして、わたしは思い知らされる。
ダンジョンは、そんなに甘い場所ではないのだと。
どれほど準備していても、それは往々にして無駄になるものだと。
「お主はこの後、どうするべきだと思う?」
ゴブリン・キングの死体を一瞥してから、アイカさんはわたしに話しかけてきた。
「この階層についてはなんの情報もない手探りだ。おそらく到達した者すらおらぬだろうからな」
「……一つ言えるのは」
感知スキルで周囲を探りながら、わたしはアイカさんに答える。
「わたし達は、完全に嵌められたということです」
周囲から多勢の気配がこの『キングの間』めがけて集まりつつある。今更確認するまでもない。
ざっと数えてもゴブリン四十匹以上。うへぇ……とんだ大盤振る舞いじゃない。
素早く空間認識で確認すると、ここいらの壁もあちこちに通路が掘られているのがわかる。
「開けた平原ならどうとでもなるが、こんな狭い場所では流石の余も苦戦は免れぬな」
実際に初めて会った時、森にいた三十匹以上のゴブリンを薙ぎ倒しているのを目撃している。
そのアイカさんをして苦戦は免れないと言わせしめるのだから、状況は本格的にマズいのだろう。
「どれだけ嫌味言われても、四層から戻った方が良かったかなぁ……」
報酬もボーナスも美味しいけれど、お金は命あってこその物。というか、死んだら一リーブラだって貰えない。
ギルドもわざわざお墓を作って報酬を供えてくれたりはしないだろうし。
「えぇい、せっかくの新エリアだぞ? お主も探索者の端くれであるならば、この展開に少しは胸が弾んだりはせんのか?」
わっさわっさとその豊満な胸を揺らしながら、体全体を使って力説するアイカさん。
生活のために探索者やっている身としては、波乱万丈な冒険より安全第一で。
それに、どうせわたしには弾む程の胸はありませんしー。ちくせう。
「このままだと、胸より先に頭が地面で弾みますよ」
アイカさんの手に負えなければ、当然わたしの手に負えるはずもないわけで。
「ふむ。確かに状況は余らに不利であると言わざるを得んな」
ただでさえ二対四十などという洒落にもならない人数差。しかもこちらの強みであるアイカさんの一撃も活かしづらい地形。
「ゴブリン共を使役している者は、中々の策士だな。奇策を弄さず、正道を用いるか」
どれほど数が多くてもそれがまとまって押し寄せてくるなら大威力の一撃で消し飛ばせば良いのだけど、少数が別れて次々に現れるのではその手は使えない。
一般的に戦力の逐次投入は良くないことって言われるけど、ことアイカさん対策にすれば覿面に効く。連続した戦闘を強要され、徐々に消耗させられて、いずれは押し切られる。
もちろん相手の被害もとんでもないレベルになるだろうけど、それでアイカさんを止めることができるなら、決して割の悪い取引じゃないだろう。
「良いぞ、良いぞ。力を競うだけなら畜生でもできる児戯だが……」
それがわかっているのかわかってないのか、上機嫌を隠そうともしないアイカさん。
「知と勇を競ってこそ戦いであり、戦士の本懐であるからな!」
エー、マー、ソウデスネ。アイカさんならそう言うと思ってました。
この状況下でその反応は如何なモノかと思わなくもないのだけれど、今回ばかりはその脳筋思考が頼もしい。
「まずは場所を変えるぞ」
アイカさんが言う。
「劣勢を切り抜けるのも腕の見せ所ではあるが、好んで苦戦する趣味を余は持たぬ故な」
どう見てもこの場所は大群を迎え撃つのに向いている場所じゃない。見晴らしが良くて障害物が無いから正面からの衝突にしかならないし、幾つか仕掛け罠は手持ちにあるけど、部屋全体をカバーできるほどの数も時間もない。
「部屋の奥に隠し扉があります。先は見えませんが通路が続いているみたいですね」
空間認識で部屋を探った結果、壁一枚で隠された向こうに比較的広めの通路があることがわかる。
先程から感じていた違和感の正体はこれだ。予想される広さに対して、肌で感じる空気の動きがあまりに妙だったから。具体的にどうとは言えないのだけど、
この調子だと、まだまだ他にも隠された通路や部屋がありそう。
「ふむ……なにはともあれそちらに行くしかなさそうだな。どうにも都合が良くて気に入らぬが、少なくともココよりはマシであろうよ」
うん。行き止まりに見えた部屋に丁度よく隠し通路があって、逃げ道はそちらにしかないってシチュエーションはいかにも出来すぎた話。
とはいえ、先に進むしか無いのも事実。
「……そうですね」
不安を押し殺し、わたし達は奥壁の隠し扉を慎重にくぐり抜けた。
* * *
隠し扉の先にある通路は、思いの外整然としている空間だった。
岩肌を磨いて作られた壁と通路は移動しやすく、天井近くに群生している光苔のお陰でランタンが無くとも充分な光量が得られている。
四層までは如何にも自然の洞窟といったナリだったのに、この層はどちらかと言えば人工物っぽい雰囲気が強い。過去に作られた遺跡の一部とでも言われた方が納得できる。
「これだけ明かりがあれば、罠なども見つけやすくて助かるな!」
周囲の様子に細心の注意を払っているわたしと違い、アイカさんはどこまでも気楽にズンズンと先に進む。
「まぁ、そんなモノが存在するならば、だが」
アイカさんの言うことにも一理ある。磨き上げられた岩肌にトラップを隠すのは殆ど不可能だし、無理して設置しても不自然さでバレてしまう。
もちろん、世の中にはわたしの知らない技術や魔法があるかも知れないから、アイカさんほど気楽に構えてはいられないけど。
もう気配感知をする必要もない。まだ小さな音ながら、背後からゴブリン達のギィギィ言う喚き声やドタドタとした足音が聞こえているのだから。この調子だとそろそろ部屋の中に乱入してきそう。
「全く煩い連中だな」
フン、と鼻を鳴らすアイカさん。
「要するにこの先に進んで欲しいのであろう」
追手のことなど全く気にした様子もない。そのままドンドンと先へと進んで行く。
「折角の熱烈招待だ。遠慮せずに受けてやろうではないか」
結局の所、先へと進むしか無いワケで。ため息一つもらして、わたしもアイカさんの後を追った。
「広めの直線通路……見通しが良いのは助かるんですけど」
この構造なら敵の発見も容易だし不意打ちされる心配も無い――逆に言えば相手からもこちらが丸見えってことだけど。
しかもこの隠し通路はそうとわかる程度に下へと傾斜しながら、ただまっすぐと続いているだけ。延々と似たような景色が続くのだから距離感も時間感覚も怪しくなってくる。
「逆に安心できないというか、嫌な予感しかしないというか」
「ふふん」
わたしの不安に、アイカさんが不敵に笑う。
「小細工無し正面切っての戦いであれば、むしろ望むところよ。誰ぞ知らぬが、己の愚かさを悔いるが良いわ」
「トーマスさんから極力戦いは避けるように言われましたよね?」
一応は釘を刺しておく。展開から考えてこの先にあるのは間違いなく今回の騒動の中心だ。
効果があるかどうかはともかく、トーマスさんのお願いはできるだけ配慮しておきたい。
「こっちからは突っかからん、としか約束はしておらぬ」
案の定な返事。
「あっちから突っかかってくる分には正当防衛だ」」
「こどもの屁理屈じゃないんですから!」
「えー」
「えー、じゃありません!」
「とはいえ相手が問答無用で襲いかかってくれば、こちらも反撃しないと殺られてしまうだけだぞ?」
うん、それはそうなんだけど……この先に強敵がいたとして、地形的に考えて逃げ切れるとは思えない。
追手ゴブリン達の気配はいつの間にか感じられなくなっていたけど、常識的に考えればあの部屋に引き返したか通路のどこかで待ち受けている可能性が高いし。
「……適切に判断しつつ柔軟に対応するのって、大切ですよね」
まぁ、その。わたしも命は惜しいワケで……トーマスさん、ゴメンナサイ!
通路の傾斜がだんだんと緩くなり、水平へと近くなって来る。壁に生えている光苔の数も増えて周囲は日中のように明るくなってきており、いかにもゴールが近いということを示していた。
「はてさて……いかにもボスが居そうな雰囲気になってきたが……」
それまでズンズンと進んでいたアイカさんが、うってかわって慎重な足取りになる。
「今度こそ肩透かしなんてオチは無しにして欲しいモノだな」
半分は同意。依頼で来ている以上はなにか目立つ成果が欲しい。だけど、あまり危険な目に会いたくないのも事実な訳で。だからと言って無成果だとボーナスが……うむむむ……。
そんな馬鹿なことを考えつつ更に進んだ先に、ついに新しい部屋……広間? の入り口が見えてくる。
「……止まれ」
いつになく真剣な声でアイカさんがわたしの前を手で塞ぐ。
「この先は、まず余が様子を見てくる。エリザはここで待っておれ」
「え?」
初めて見るアイカさんの険しい表情。これは軽口で茶化していい場面じゃない。
慌てて感知スキルで周囲を探ってみたけど、気になる反応は感じ取れない。
「様子って、なにも危険は感じないですけど……」
「臭うのだ」
わたしの言葉にアイカさんが短く答える。
「気配や存在感は消せても、その身体からしみ出る『臭い』は消せぬ……こいつは中々の臭いだな」
それだけ言うと、わたしが止める間もなく奥へと進んで行く。
入り口まではまだ結構な距離があり、一瞬迷ったけど言われた通りここで待機することにする。わたしでは気づけないなにかを、『魔王』であるアイカさんが察したとしても不思議はない。
スキルは便利だけど、決して万能ではないのだから。
ゆっくり、ゆっくりと広間の方へと足を進めるアイカさん。
その姿が広間中央辺りまで辿り着いた時、事態は急変する。
「グルゥガァァァァァァァッ!」
突如として響き渡る巨大な咆哮――そして壁が何かが崩れる音。間違いない。それは近くに強敵が存在することを意味している。
薄暗い奥の広間からドスン、ドスンと大きな足音を立てながら巨大な影がアイカさんに迫る。アイカさんの方は刀を抜いて、完全に戦闘モードだ。
「あれは……!」
やがて大きな影の持ち主は、光の届く中央まで到達してその姿を露わにする。
「……ケイブ・オーガ?!」
その名のとおり洞窟を住処とする大型魔物の一種で、極めて強力な敵だ。
その体格に見合う豪腕から繰り出される一撃は、手慣れた重戦士であっても一撃でぺしゃんこにしてしまうし、どれほど強力な一撃を加えてもなかなか倒れない。
この手の怪物のお約束どおり知性は低く、魔法に対する防御力は高くないが、ありあまる体力と金属鎧にも匹敵する硬い表皮がその弱点を補っている。
「こんな化け物が潜んでいたなんて……」
間違いない。このケイブ・オーガが今回の問題を引き起こした元凶だ。生半可な探索者では到底歯が立つ相手じゃない。
誰にも気づかれず、ダンジョンの奥深くにこの化け物は潜んでいたのだ。
ゴブリン・キングを殺し、その配下を使役しているのもコイツだろう。
「アイカさん!」
取り敢えず広間目掛けて走り出す。ケイブ・オーガ相手にわたしが出来ることなんて殆どないけど、牽制ぐらいはできるし、もしゴブリンの取り巻きを呼び出されたとしても対処できる。
「クククッ! 面白いではないか! ゴブリン共など何匹倒しても興が乗らぬが、お主なら多少は楽しませてくれそうだな!」
アイカさんが刀を振りかぶって一歩を踏み出した瞬間、ケイブ・オーガが左腕で近くの壁を殴りつける。
(一体、なにを……?)
答えはすぐに解った。
ガラガラという金属音と同時に天井から鉄柵が落ちてきて背後の通路を塞ぐ。同時に、激しい音を立てて通路の天井の一部分がゆっくりと降りて来始めた。
「吊り天井!?」
呆気にとられるのも無理はない。確かに色々手が加えられているとは思ったけれど、まさかここまで大げさな仕掛けが用意されているとは予想外。地面にはそれなりに注意を払っていたけれど、天井を軽く見ていたのはわたしの落ち度。
(このままでは間に合わない……)
天井は思いのほか速く降下を続けており、このままでは押し潰される未来しかない。
「エリザーッ!」
わたしの状況に気付いたアイカさんが、背後のケイブ・オーガを無視して振り返る。今にもこちらに走り寄ってきそうな勢いだ。
(だめっ!)
それだとアイカさんまで巻き込まれるか、ケイブ・オーガの直撃を受けてしまう! どちらになってもアイカさんは大きなダメージを負うことになる。
(そんなの……認めない!)
――ソウ。ソンナノハ認メラレナイ――
わたしの中で何かが蠢く。普段は押し殺しているわたしの中の何かが急速に覚醒しつつある。
わたしはゆっくりと目を閉じ、息を整えた。
天井が降りきるまでの時間は数十秒。それは、『ワタシ』なら一瞬で駆け抜けられる距離。
あとは、それをイメージするだけ。
「オッケー……走れ!」
目を開いた瞬間に世界がもの凄い勢いで歪み――ワタシはアイカさんのすぐ側に立っていた。
「お主……」
アイカさんが驚いたようにこちらを見ているが、今はそれどころじゃない。
「後で絶対に話を――」
「まだ! 早く!」
アイカさんの腕を掴み強引に横へと身体を投げ出す。ワタシ達がいた場所をケイブ・オーガの棍棒がものすごい勢いで掠めた。
同時に背後で、吊り天井が轟音を立てつつ床へと激突した。これで逃げる道は、もうない。
「グルゥガァァァァァァァ!」
仕掛けが外れたことが気に入らないのか、足で床を激しく踏みつけるケイブ・オーガ。
一旦の危機は乗り越えたみたいだけど、まだ危機は終わったワケじゃない。むしろこれからが本番。
怒れるケイブ・オーガが棍棒を振り上げつつ、床に倒れているワタシ達へと一撃を食らわせようとしているのだから。
「甘いわっ!」
脚のバネの力だけで器用に飛び上がり、アイカさんはその一撃を刀で弾き返す。
「ふん……大した見世物だったが、これでお終いというワケではないだろうな!」
刀の切っ先をケイブ・オーガに向けつつアイカさんは不敵に笑う。
「お主の力が虚仮威しではない、と期待しておるぞ!」
そう言い放つと、アイカさんは、一気にケイブ・オーガへと斬り掛かった。体格の比率から言えば人と猫程も差があるけれど、わずかにも怯む様子はない。
魔族は戦いを好み、その果てに命を落とすことこそ栄誉だと考える者が多いと聞いたことがあるけど、アイカさんを見ている限り本当のことみたい。
「んじゃ、後は任せたわよ」
どちらにせよアイカさんのサポートは『わたし』の役目。
そっと目を閉じ、もう一度息を整える。
「……言われなくても解ってるわよ『ワタシ』」
目を開くと同時に身体を襲う脱力感。
毎度の感覚とはいえ、やはり慣れることはできない。
「背後は塞がれ、前には大物と……」
置かれている状況は良いとは言えない。
唯一の逃げ道である通路はたった今落ちてきた天井の岩盤で塞がれている。
他に通路があるとしても、それはケイブ・オーガを越えた先だ。
「アイカさん!」
あの化け物は打ち倒すしかない。だけど、それ以上に注意すべき点がある。
「この場所で『焔月』を使うのは絶対にダメですからね!」
「なんだと?」
ケイブ・オーガと派手に打ち合っていたアイカさんが、その最中に器用にもこちらへと顔を向ける。
「『焔月』を使えば、この程度一撃で片がつく。わざわざ舐めて掛かって余計な苦労をする意味もあるまい」
「違います!」
そりゃアイカさんの強さから考えれば、ケイブ・オーガと言えども勝ち目は薄いし、その上『焔月』を持ち出せば一瞬で勝負はつくだろうけれど。
「後ろが塞がれ先の様子がわからない以上、ここは密閉された空間みたいなものです。そんな中で大規模な火炎なんか使ったら、オーガより先にこちらが窒息するか燃え死にしちゃいますから!」
「ちっ……面倒なことよ」
わたしの言いたいことを理解したアイカさんが舌打ちする。
「偶然か知らぬが、本当に面倒な場所に陣取りおってからに!」
「偶然……?」
脳裏を過る違和感。
隠れようともせずこれ見よがしに自分を見せつけるケイブ・オーガ。
見通しの良く長い通路。
退路を塞ぐ吊り天井。
大技を使うことを許さない限られた空間。
(……こんな都合の良い条件が偶然に?)
そんな偶然があり得るのだろうか?
ケイブ・オーガは強力なモンスターではあるけれど、決して知性の高いモンスターじゃない。
それだけで充分に強力な怪物だから、そもそも知恵を働かせる必要すら無いのだろう。
にも関わらず、このケイブ・オーガは罠を発動させるという行動を見せた――なにかがおかしい。
一方でケイブ・オーガとアイカさんの戦いは、いよいよ白熱していた。
「ぬっ!」
勢いよく振り下ろされた棍棒を、アイカさんが刀で受け止める。
魔力を帯びている刀が折れないのはわかるけれど、あの見るからに重い一撃を受けて押し負けないアイカさんの腕力も相当なもの。魔族の筋密度って一体どうなっているのだろう?
「流石の余も、貴様のような筋肉達磨と真正面から殴り合うのは、少々骨が折れるな」
ギシギシと迫り合っていたケイブ・オーガの棍棒とアイカさんの刀の間から、ピシッというなんとも不気味な音が響く。
「故に早めに片付けさせて貰うぞ!」
言葉と同時にアイカさんが勢いよく刀を押し上げ、ケイブ・オーガの棍棒を両断する。
力を込めて棍棒を押し付けていたケイブ・オーガは体勢を崩し――いえ、してやったりと言わんばかりに笑み表情を浮かべた。
「ガァァァァァツ!」
背中に手を回したかと思うと、後腰から隠し持っていた片手斧を抜き放ち、横合いからアイカさん目掛けて振り払う。
「甘いわっ!」
アイカさんも負けてはいない。片手斧が振るわれた瞬間、左手をそちらに向け腕輪状の篭手を斧の刃にぶつけて軌道を大きく逸らさせる。
ケイブ・オーガの方は憎々しげな表情を浮かべつつも、それ以上強引な攻めはせずに後ろに一歩下がった。
「棍棒は囮で、本命の斧を隠しておったとは……」
およそオーガとは思えぬ動きを見ながら、アイカさんが軽くため息を漏らす。
「無意識ながらも相手を軽く見るとは……余も精進が足らぬようだな」
ケイブ・オーガの方も、迂闊に攻め込めば酷いことになると悟ったのか、威嚇するように低い唸り声を上げつつも、積極的に襲いかかる様子を見せない。
それは、明らかに知的な行動だ。本能に任せた戦い方ではなく、きちんと頭を使った戦士としての。
「しかし、わかったぞ……亜種であろうとも、貴様は紛れもなく『鬼』だな」
アイカさんが納得いった様子で口を開く。
「これだけの力と知恵を手に入れるまでに、そなた……一体何人『喰らった』のだ?」
アイカさんの衝撃的な言葉。それが意味することを、一瞬で理解できずポカンとした表情を浮かべてしまった。
「く、喰った……?」
「鬼は人を喰らうことで、その者が持っていた知識や技術を我が物とする」
そんなわたしの様子に説明の必要を感じたのか、アイカさんが言葉を続ける。
「多くの人を喰らった鬼は、それだけ強力な存在になる――そこにおる、ケイブ・オーガもそうであろうな」
つまり行方不明になった探索者達は、このケイブ・オーガに食べられてしまったということ?
そして食べた探索者のスキルや知識を蓄え、このケイブ・オーガは『進化』を遂げたってこと?
「……ソ、ソレヲ知ッタトコロデ、キ、サマタチニ逃ゲ道ハ……ナイ」
片言で喋りながら、ケイブ・オーガが嗤う。
……え? ケイブ・オーガが、人の言葉を喋った?!
「ゴブリンをけしかけるなど、つまらん小細工を弄したのも貴様か?」
「ソ、ソウダ……」
なるほど。あのゴブリン達に追い立てられた探索者達はどんどんと下に向かわされ――そしてこいつの餌食にされたワケね……。
逆に言えばゴブリンの大群にある程度は対応できるパーティーだけが、追い込まれたってこと。
「ア、アノ程度デモ、オ、オレノ役ニ、タ、タツ」
ケイブ・オーガの返事に、はぁ……っとアイカさんが頭を振る。
「面白い奴だな。よかろう、名を名乗れ。聞くだけは聞いてやる」
こういう状況でも、アイカさんはアイカさんだった。色々と衝撃を受けているわたしと違い、飄々とした態度を崩そうともしない。
「オ、オレハ……『ホブド・ドーア』……オ、オボエル必要ハ、ナ、ナイ」
そして律儀に名乗りを返すケイブ・オーガ。
今日一日だけで、わたしの中の常識が随分と崩れてしまった気がする。
「笑止」
ケイブ・オーガ――ホブドの返事に、アイカさんが肉食獣めいた笑みを浮かべる。
「知恵を付け小手先の技に浮かれているのはわかるが、その程度で勝った気でおるのはあまりに滑稽だな!」
「ツ、ツヨガリヲ!」
アイカさんの言葉を侮辱と取ったのか、ホブドはもう一つ斧を取り出し、それを両手に構える。
「死ネ!」
「力強く単純且つ明確で、わかりやすい言葉だが」
両手で持った二つの斧の攻撃を、片方は弾き、もう片方はステップを踏んで交わす。思わず見惚れてしまう華麗な動き。
「礼儀がなっとらんな……余の御前だ! 跪け!」
言葉と同時にアイカさんから発せられる強力なプレッシャー。ゴブリン・ナイトやソルジャーの動きを止めたあの威圧技だ。
「ウゴォォォォォッ!」
驚いたことに、それで動きを止められるホブドではなかった。大声を上げながら、再び斧をアイカさんに叩きつけようとする。だけど、それでも一瞬。ほんの一瞬だけど動きが引きつったように鈍っていた。
しかし、その一瞬の隙を、アイカさんが見逃す筈もない。
「ハハッ! お主の頑強さに免じて、一つ本当の強さを見せてやろう!」
アイカさんがテンションを上げる。
「然と見よ! 龍連斬!」
そこからの動きは、わたしの目で追うことのできるレベルを、大きく超えていた。
ともかくアイカさんの刀が二回光ったのはわかる。そして、その輝きと同時にホブドの両手が握った斧ごと斬り飛ばされたことも。
「ア……ガッ?」
それはホブドの方も同じだったのだろう。空中を舞う己の両手を呆然と見送っていた。
「まだ終わりではないぞ!」
空中を舞ったホブドの両手が斧を先頭にして地面に落ち、鈍い音を立てて突き刺さる。
「戦いの最中に余所見とは、随分と余裕があるではないか!」
そして両手を失い何も出来ないままのホブドを、アイカさんの刀が右肩から左腰にかけて一刀両断にする。
「ガ……ッ……」
何が起きたのかわからない――そんな表情を浮かべたまま、ホブドの身体は切れ目からずり落ち、二つの肉塊となって崩れ落ちた。
「ふむ……まぁまぁであったか」
血糊を振り払うように一振りしてから、アイカさんは刀を鞘に収める。
「取り敢えずあのデカブツは討ち取った。これで一件落着であろうな」
そう言いつつアイカさんはホブドの死体に背を向けわたしの方へと近づいてくる。
「とんだ仕掛けもあった物だが、お主無事で――」
わたしはアイカさんの言葉を聞いていなかった。アイカさんの背中越しに見える信じられない光景が、わたしの意識を奪っていたから。
「………」
倒れたホブドの死体が薄く輝き始め、切断面同士から光の帯が延びお互いを結びつけている。
それに合わせてどこからともなく魔力が集まり始める。
「エリザ?」
わたしの様子がおかしいと気がついたのか、アイカさんが怪訝な表情を浮かべる。
「最後の最後にお主の活躍がなかったのは残念だが、そう気を落とす物でも――」
集まった魔力がホブドの死体を覆い隠し、次の瞬間信じられない光景が展開される。
嘘っ! 真っ二つにされた胴体か……引っ付いた! 切断された手までしっかりと戻っている?!
「アイカさん! 後ろっ!!」
「……此奴!」
わたしが叫んだのと、異常を感知してアイカさんが振り返ったのと、どちらが先だっただろう?
切断された身体の全てが引っ付き、再び命を取り戻したホブドは、大声で吠えながら斧をアイカさんへと容赦なく叩きつける。
「しま……った!」
最初の一撃は刀によって弾けたものの、次の一撃は間に合わない。咄嗟に左腕の篭手で受けようとしたものの、その動きはわずかに間に合わない。
「ぐっ……がっ!」
斧が肉に食い込み、切断する嫌な音――そして、うめき声。
「………ッ!」
アイカさんの左腕の肘から先が、血飛沫を撒き散らしつつくるくると回りながら飛んでゆくのを、わたしは呆然と見つめているしかなかった。
※次回投稿は6/20の予定です。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマークや評価を頂き誠に感謝致します。
もしこのお話を気に入って頂けましたら、評価を入れて貰えると幸いです。
また感想・コメント等ありましたら遠慮なくどうぞ。大変励みになります。





