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ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~  作者: 十六夜@肉球
第一章 魔王様拾っちゃいました!

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第四話 迷宮狂想曲 #1

アイカさん大暴れ回です!

魔王様の本領発揮で、彼女が決してドジっ子キャラでないことを大アピールしています(笑)


あと、地味にエリザも活躍しますよ!

挿絵(By みてみん)




「あー、もう! 鬱陶しい!!」

 薄暗闇の中から迫りくるゴブリンに狙いを付け、矢を放つ。

 視界がよくない中での射撃という悪条件ではあるけれど、一直線にこちらに向かっている的を外すほど下手な腕前はしていない!

「ギャッ!」

 放たれた矢は狙い違わず胸板を貫き、ゴブリンはそのままもんどり打って倒れた。

 とはいえ気は抜けない。一番近いゴブリンを無力化したものの、相手はまだまだいる。

 というか、無駄に数の多いゴブリンを、矢の一本や二本で阻止することなんて出来ない。今まさに倒れたゴブリンを乗り越えて新手がこちらに飛び掛かってきている。

「ふはははは! 中々楽しませてくれるではないか!」

 振り下ろされた短剣を、その構えた腕ごと斬り飛ばしながらアイカさんが笑う。

「たとえ雑魚であろうとも、数が揃えばそれなりに楽しめるものだな!」

「全然楽しくないですから!」

 三匹程のゴブリンに追いかけ回されている身としては、とても楽しいなんて言ってられない!

「これ以上増えたら、ホント、わたしじゃ手に負えませんよ!」

 場所は薄暗いダンジョンの中、若干広い広間のようになっている場所。この地形のお陰で走り回りながらの弓で対抗できているものの、逆に言えば閉所に追い詰められている形になっている。

「ギャギャギャッ!」

 わたしの方が与し易い相手だとわかっているのか、強気で攻めてくるゴブリン。

「ほんとに、もう!」

 明かりは咄嗟に地面へと投げつけたライティングの魔道具の光のみ。壁際や天井には光苔もあるけれど、とても充分な光量を持っているとは言えない。

 飛び掛かってきたゴブリンを弓で叩き落とし、その隣から飛び出てきたもう一匹を蹴飛ばす。

 転ばされたゴブリンはなんとか姿勢を立て直そうとするけれど、その隙に素早く番えた矢を至近距離から叩き込む。

 運良く右目を貫いた矢じりは脳まで到達し、そのゴブリンの生命活動を停止させた。

 その頃にはもう一匹のゴブリンも立て直しを済ませてこちらに向かってきたけど、既に右手で用意していたショートソードで迎え撃つ。

「あまく、見ないでよね!」

 わたしの剣技なんてアイカさんに比べれば児戯みたいなモノだけど、それでもゴブリン一匹ずつなら充分相手できる!

 わたしのショートソードがゴブリンの横腹を捉え、そのまま右から左へと身体を斬り裂いた。

「ニギャーッ!」

 甲高い悲鳴と派手な血しぶきを撒き散らしながらゴブリンが倒れ、その後ろから更に新手が襲いかかって来た。

「そんなの、こっちも予測済み!」

 一対一では分が悪いと悟ったゴブリンの取る行動なんて知り尽くしている。一匹が殺られている間にその隙を他のゴブリンが狙う――簡単ながら効果的な連携なんだけど、ここは場所が悪い。

 確かに薄暗い環境はわたしたちの不利に働いているけれど、ゴブリンも夜目がそこまで良いわけじゃない。

 となれば連携の為には距離を詰めるしかないし、お互いが近くにいるなら次にしてくることなど簡単に想像がつく。こちとら伊達にソロ歴は長くない!

「そこっ!」

 ゴブリンを斬ったショートソードをそのまま返し、柄頭をゴブリンの横っ面に叩きつける。

「ンギャ!」

 情けない悲鳴を上げながら吹き飛ばされるゴブリン。そしてその先にいるのは――。

「ふむ。ドンピシャという奴だな」

 刀を構えたアイカさんがニヤリと笑う。

「褒美に一息で死なせてやろう!」

 そのまま刀を振り下ろし、ゴブリンを頭から両断した。

「それとだな」

 そのまま振り返りもせずに裏拳を放ち、今まさに飛び掛かってきたゴブリンの顔面を打ち抜く。

「女性を背後から襲うのは、マナー違反という奴だぞ」

「……!?!!……ッッ!」

 アイカさんの裏拳をまともに受けたゴブリンは顔が完全に潰れ、激痛にのたうち回っている。いっそスッパリと斬られた方がマシだったんじゃないだろうか。

「ついでにな」

 のたうち回るゴブリンを脚で踏み潰し、出っ張っている岩の方に近づきながらアイカさんが言う。

「隠れて不意打ちを狙うのであらば、殺気を抑えよ」

 刀の峰で自分の肩をトントンと叩く。両刃剣を使い慣れている身としては、いつ見てもハラハラする。

「そして、必要以上に視線を向けるな。狙いがバレバレになる上に、自らの存在をアピールしてなんとなる」

「………!」

 アイカさんの言葉を受け、岩の影に隠れていたゴブリンが何か行動を起こした――と思う。

 ただそれよりも早くアイカさんの腕が動き、岩ごとゴブリンを一刀両断にしていた。

「そして露見したと思ったなら、即行動を起こせ。悠長に喋っている暇を与えるとは、呑気にも程があるだろうが」

 うわー……。生まれて初めてゴブリンが気の毒だと思ったかもしれない。

 いくらなんでも岩ごと叩き切るなんて荒業、アイカさん以外に出来るとは思えないし、ゴブリンだって岩の裏側まで近づいてくるのを待ち受けてたのだろうに。

「ふむ……これであらかた片付いたか?」

 周囲を見回しながらアイカさんは刀を鞘に収める。

「えーっと、ですね……」

 床の照明具を拾い、腰の専用ランタンに収納する。本当ならアイカさんにも同じ物を持って欲しいけど、魔族の人が魔道具を持つと良くても動作不良だし最悪爆発するからなぁ。

 予備として通常の携帯ランタンを持ってもらってはいるけど、必要な油の量を考えると点けっぱなしというのも現実的ではないし……。

 あとアクションが一々大仰なアイカさんに火の着いたランタンをもたせておくのは普通に危ないというか、それぐらいなら焔月で代用してもらった方がいいというか……。

 わたしは魔法具ランタンの明かりを頼りに周囲の死骸を数える。

 まずはわたしが仕留めた三匹とアイカさんに仕留められた二匹。ええっと、それに……。

 ランタンの光を奥に向けてみる。

「うわぁ」

 光の先にあったのは、数え切れないほどの血と肉の塊だった。

 いや、これでも長年探索者やってますから、今更あわわあわわとはなりませんけど。それにしたって限度ってモノがあるんじゃないかなぁ……。

 おっと、今はそれは置いといて。それにしても困った。もう残骸としか言いようの無い有様なので、数を数えるのは難しい。

 えーっと、ざっくりと数えてみて……大体二十匹ぐらい? 最初に襲ってきたゴブリンは三十はいないぐらいだったから、二~三匹ぐらい勘定が合わない感じ。

「数匹ぐらい、逃げられたみたいです」

「ふむ。そうか」

 わたしの言葉に、アイカさんが眉を顰める。

「せめて一匹ぐらい仲間の所へたどり着き、徒党を組んで出直して来ると良いが……草原ならまだしも、このような入り組んだ場所ではこちらから探し出すのはちと骨である故な」

「デスヨネー」

 えぇ。そういう反応になりますよね。ワカッテマシタヨ。

 前の森ゴブリンの時の反応を思えばこうなるってのは簡単に予想つくし。

 できるだけ避けようじゃなく、できるだけ殲滅しようって発想。流石は魔王様ってことかしら。



 アイカさんの希望は、数十分後に叶うことになった。

「……止まってください」

 周囲を探るわたしの感知スキルに、十数匹の移動する魔物の気配が引っかかる。それも重装備と思しき気配が。

「む。新手か?」

 わたしの様子を見たアイカさんが、小声で聞いてくる。こころなしかウキウキしているように見えますね。

「はい。十二匹ぐらいの気配が近くにあります。動きからして多分、結構な重装備だと思いますね」

「つまり、少しは期待できそうだということだな?」

 アイカさんにそのまま待機しておくようハンドサインをした後、わたしは明かりを消してゆっくりと先の通路に進む。

 十メートルほど進んだ先の左に折れる通路で足を止め、岩陰からそっと伸縮鏡を突き出した。

(………)

 次第に近づく足音。

 暗闇に慣れたわたしの視界に映ったのは、牙を剥き出し武器を振りかざしながらこちらへと近づいてくるゴブリンの一団だった。

(あれは……ゴブリン・ソルジャー?!)

 しかもただのゴブリンじゃない。

 ゴブリン・ソルジャーは、いわばゴブリン社会におけるエリート戦士で、探索者にとって大きな脅威になる存在。

 ボロボロの衣服しか身に着けず武器もガラクタ程度でしかないゴブリンと違い、粗末ながら革鎧を身に着け小盾と短剣で武装している。

 ゴブリンだと思って舐めた対応をすれば、ベテランでも酷い目に遭う。

 そのゴブリン・ソルジャーが十匹に、まって、あれは……!

(……ゴブリン・ナイトが二匹も!!)

 ゴブリン・ソルジャー達の背後に一際大きな影が見える。ゴブリン・ソルジャーも大柄だけど、それよりも更に頭一つ分は大きい。

 しかもゴブリン・ナイトは金属製防具を身に着けているし、持っている武器のランクも一段階は上だ。

 ゴブリン・ソルジャーとナイトは、恐るべき近接戦闘能力を発揮する最悪の組み合わせだ。

 いえ、本当の『最悪』はもっと別にあるのだけど。

(ともかく早く伝えないと)

 いくらなんでもこれは只事じゃない。あの戦力はゴブリン四十匹に相当すると言っても過言じゃないのだから。

 伸縮鏡をしまって、わたしは足早にアイカさんの所に戻る。

「ほぅ。ようやく面白くなってきたというワケだな」

 わたしの言葉を聞いたアイカさんの反応は、薄々予想していた通りのものでした。

「ようやく余らを驚異として認識したようだが、浅知恵よ。最初から出し惜しみなぞしなければ、あるいは一太刀ぐらいは浴びせられたかもしれんが」

 自信満々に言い切るアイカさん。なにしろ実績があるので異論は口にできない。

 ただそれでもわたしは何かが引っかかっていた。

 ゴブリンはそう賢くない。それは間違いないのだけど、こちらに向かってくるエリート・ゴブリン達の動きがどうにも腑に落ちない。

 知恵はなくともずる賢さは充分に備えているゴブリンが、脅威に対してなんの工夫もなく迫ってくるなんて不自然すぎる──。

 その答えは向こうからやってきた。わたしの感知スキルに新たな動きが引っかかるという形で。

「……アイカさん、人気者ですね」

 二足歩行の気配が三つに、小型の四足歩行の気配が十二程。速度は遅めだけど、確実にこちらに向かっている。

 明らかにゴブリン達の増援だけど、このダンジョンの構造上ここまで来るには結構な大回りが必要。

 挟み撃ちにされるかと思ったけれど、これならまだまだ時間の猶予はある。

(………?)

 チリっとした違和感。わたしの直感が危険を告げる。

「………」

 無言のままわたしは周囲を見回した。特におかしなものは見当たらない。

 このダンジョンは、自然洞窟を魔力結晶の鉱山として利用していたのが始まりで、その構造も入り組んだ洞窟と考えて良い。上層から中層に掛けては完全踏破されたされたようなモノで、地図も情報も豊富にある。

 いわば知り尽くされたダンジョン。


 だからこそ気付いてしまう──明らかに相手の動きは変だった。


 だってその移動ルートは、少なくともわたし達が知っている情報ではダンジョンの岩肌であり、通行可能な場所ではないのだから。

 強いて言うならダンジョンの壁を掘り進みながらこちらへと迫っているような状態だけど、いくらなんでもこの強固な洞窟を、歩くようなスピードで彫り抜くなんてできるハズがない。

「……まさか!」

 一つの可能性に思い至ったわたしは、新たに『空間認識』のスキルを使い周囲の様子を探る。

 このスキルによって得られた周囲の様子が、立体的な地図としてわたしの脳裏に浮かび上がる。

 あちこちへと続く洞窟通路。その所々に存在する広がる広間的空間──そして今までの情報にはなかった、複数のくり抜かれた穴。

 せいぜい子供か大きめの犬ぐらいしか通れそうもないサイズのその穴は、ゴブリンやそのペットが通り抜けるのに最適なサイズ……!!

「横から新手が来ます!」

 つまり、ゴブリン達はこのダンジョンの中に自分達用の通路として新たな穴を掘り抜き、不意打ちを仕掛けるための通路として利用しているってこと。

 一体どれほどの時間と労力を費やしたのだろう?

「お主は、本当になぁ……いや、それよりもだ」

 わたしが何をやったのか瞬時に悟ったらしいアイカさんが、半ば呆れるように口を開く。

「ふっ……まさに絶体絶命、って奴だな」

 口にした言葉とは裏腹に、楽しげな表情を浮かべるアイカさん。

「たとえ雑魚でも、技巧を凝らせば充分な驚異となりえる。使えるモノはなんでも使ってこそが戦いよ!」

 岩肌の一部がボコッと壊れ、ケイブ・ウルフが飛び出してくる。巧みにカモフラージュされた出口は、不意打ちに最大限の効果を発揮する。

 もっとも牙を剥いて飛び出して来たものの、アイカさんに一刀両断される運命でしかなかったけど。

「さぁ、さぁ。余を滾らせてみよ!」

 アイカさんの声に触発されたかのように、更に別の壁から二匹のケイブ・ウルフが飛び出してくる。

「クィック・シュート!」

 一匹は額をわたしの弓に貫かれて絶命し、アイカさんに思いっきり蹴り飛ばされたもう一匹は反対側の壁に叩きつけられそのまま動かなくなる。

 瞬く間に三匹のケイブ・ウルフが無力化された。

「ケイブ・ウルフは単体で行動しません! 近くに飼い主がいます!」

 森での生存競争に破れ、洞窟に追い込まれてしまったケイブ・ウルフは自分たちだけではもう種族を維持できない。食事となるような動物は洞窟内には存在しないので、寝床や餌の面倒を見てくれる者がいなければ生きてゆけないから。

 一方ゴブリンは全体としてみればそれほど強い種族じゃない。徒党を組むことである程度の力を持てるけれど、逆に言えば数が揃わなければ弱い。

 少食でそれなりに戦闘力もあり、さらには騎乗すら可能なケイブ・ウルフは、ゴブリン達にとってはもってこいのペットだ。ついでに『やくたたず』になった同族の処理にすら利用しているとか……。

「………!」

 壁から顔を出したゴブリンが、アイカさんの背中に向けてスローイングナイフを構えていた。

 咄嗟に矢を放ちそのゴブリンを仕留めたけど、ナイフは既に投擲された後。

 だけどアイカさんは振り返りもせず無造作に背中へと刀を向けただけで、そのナイフを弾き返す。

「エリザよ」

「はい?」

「ケイブ・ウルフとその飼い主、どの方向が一番多いのだ?」

 意図がわからない質問だったけど、わたしは感知スキルで相手の動きをざっと把握して答える。

「えっと……アイカさん右手前側の壁、そちらの穴通路に集まってます」

 時間差攻撃が通用しないことを悟ったゴブリン達は、どうやら戦術を変えることにしたみたい。

 それまでは広く包み込むように散開していた気配が、一箇所に集中し始めている。

「多分、一度に飛び出してくるつもりです!」

 小出しにして都度撃破されるぐらいなら、数にまかせて押しつぶそうという考えなのだろう。

「ふむ。であらば一度に片付けるか」

 言いながら腰の鞘に刀を収めるアイカさん。

 え? 戦闘中に武器をしまうって……え? 確かにアイカさんは素手でも相当強いけど……。

「この技を使うのも久しぶりだな」

 鞘に収めた刀の柄に手を添えながら呟く。

「刀技、絶・龍牙斬!」

 言葉と同時にアイカさんが刀を振り抜いた――んだと思う。あまりにも早いその動きは、わたしの目では捉えられない。

 わたしが辛うじて理解できたのは、抜かれた刀の先から衝撃波のような物が撃ち出され、そのまま右手前の壁を数メートルに渡って文字通り粉砕したという事実だけだった。

「グギャーッ!」

「キャーン!」

 岩肌が崩れる轟音と、破壊に巻き込まれた複数の悲鳴が交差する。

 全滅したわけじゃない。わけじゃないのだけれど、わたし達に迫っていた脅威の片方は、完全に無力化されてしまったのだった。

 その一撃に恐れをなしたのか生き残り達の気配はすっと遠のき、こちらを覗うような位置まで移動している。

「頂点の一つに位置する技だ。誇るがよい」

 カチンという小気味よい音を立てながら再び鞘に収まる刀。

「連中が逃げ出す前に片付ける。お主は後方を注意し、怪しい動きがあれば適宜伝えよ!」

 そう言い残すや否や、異常を察して慌てて角から走り寄ってくるゴブリン・ソルジャー達へと駆け出した。

「あぁ、もう!」

 腰のポーチから複数個ライティングの魔道具を取り出し、アイカさんの背中を追うようにして地面に投げつける。

 最大出力で投げられたそれは、一瞬の間を置いてから周囲に眩いばかりの輝きを放った。

「グワーッ!」

 光に対して背中を向けているアイカさんと違い、その閃光を直視するハメになったゴブリン・ソルジャー達が目を潰されて悲鳴を上げる。

「修練が足りぬ奴らよな……龍牙斬!」

 アイカさんが刀を振ると同時に真空波のような物が発射され、瞬く間に三匹の首が斬り飛ばされた。

「ガァツ!」

 瞬時に仲間が倒れされたのをみたソルジャーが怯えたように一歩下がるが、後ろに控えるナイトに一喝され、動きを止める。あのナイトが指揮官なのだろう。

 ソルジャー達の顔に浮かんでいるのは明らかに恐れ。

「ガッ!」

 指揮官らしきナイトが剣先をアイカさんに向けまた叫ぶ。それが攻撃指示だったのか、ソルジャー達が散開しつつジリジリとアイカさんとの距離を詰める。

「クックックッ……どうやらようやく頭を使う気になったようだな」

 真正面からぶつかれば瞬時に粉砕されるから、今度は多方面から一度に襲いかかろうというのだろうか。

 いや、違う。

 先程のアイカさんの一撃から生き残ったケイブ・ウルフが別の通路に移動を始めていた。アイカさんの注意をソルジャー達に向け、横合いから同時攻撃をしかけるつもりなのだろう。一度は撃破した――その考えの隙を突くつもりだ。

「ケイブ・ウルフがまた狙っています!」

「二度も同じ手を仕掛けられるとは、随分と軽く見られたものだな」

 わたしの警告に、アイカさんは鼻を鳴らす。

「エリザよ。お主、犬ころ共の相手はできるか?」

「今の状況なら――出来ます」

 ソルジャーやナイト級のゴブリンは、到底わたしの手に負える相手じゃない。だけどケイブ・ウルフなら充分相手できる。

「ならば良い」

 どこかホッとしたような表情を見せるアイカさん。

「そもそも小奴らは目的ではない故に、さっさと片付けるとしようぞ」

 言葉と同時にソルジャー達をぐるりと見回す。

「余は得意ではない故に、魔術の力にはあまり頼らぬようにしておるのだが……」

 アイカさんの左手から、うっすらと陽炎のようなものが立ち上る。

「偶には使ってやらぬと、術も錆びついてしまう故な」

 確認するまでもない。アレは魔力が収束される現象。

 魔族は魔力結晶が使えない代わりに、自らの魔力を使って魔法を行使することができる。そのため、魔法を使う際にはあのように魔力を集中させる必要があるってことらしい。

「燃えよ!」

 アイカさんが左手を振るうと同時に二匹のソルジャーが炎に包まれる。

(……うそっ!)

 ファイヤーボールのように火球が撃ち出されるとかではなく、目標となったソルジャーが瞬間的に燃え上がっていた。空中を掻きむしるようにのたうち回った後、そのままバタリと倒れて燃え続ける。

 それは狙った目標を直接燃やしてしまう魔術。高ランクの探索者でも、こんなことができる人はまずいない。

 領主に使える高位の魔術師ならあるいはというレベル。

「ふむ。三匹は焼いてやるつもりでおったが、まだまだ修練が足りぬな……」

 いや、アレで修練が足りないって……距離に関係なく目標を燃やせる魔法って、驚異にも程があるんですけど!? え? 魔王的な貫禄には足りないってこと??

「むっ……」

 おっとアホなことを考えている場合じゃない。

 このままではマズイと思ったのか、ケイブ・ウルフ達の方に動きが出る。つまり、突撃してくる前兆。

(この場所を選んでくれたのは、ホントにラッキーだったわ)

 地の利は相手にある――けれど、この瞬間だけはその地の利が連中にとって致命的になる。

「ウォーターフォール!」

 今まさに飛び出そうとしたケイブ・ウルフ達の目の前に、一塊の水を出現させる。

「ンワ?」

 もしこの場所が開けた平原だったり、あるいは壁が土だったらこの魔法は大した意味がない。

 ウォーターフォールは文字通り水を浴びせる魔法であり、基本的には攻撃魔法じゃないのだから。

 魔法で作られたとはいえ、単なる水に殺傷力なんてあるわけないし。

 でもここは硬い岩肌に掘られた狭い穴。そこに水が流し込まれたら……?

「ンワワワーーー!!」

 岩肌に爪をたてることもできず、かといって避けることもできず、水の中でもがくケイブ・ウルフ達。

「せっかく掘った穴が、命取りになったわね」

 そんな有様の目標を、次々と射殺す。

 正直なにか思うことがないわけじゃないけれど、情けなんてかけている余裕なんてない。

 もしケイブ・ウルフが飛び出してくれば、レベルの低いわたしなんて一撃で噛み殺されてしまうのだから。

「お主らと相対するは初めてだが、なるほど雑魚とは違うというワケだな」

 一通りケイブ・ウルフを始末したわたしの耳に、アイカさんの声が届く。

 そちらに視線を向けると既にゴブリン・ソルジャーは全員が消し炭になるか両断された肉塊になっており、残った二匹のゴブリン・ナイトが戸惑いの表情を浮かべつつも、アイカさんに武器を向けていた。

「修練さえ積んでおれば組頭程度の実力はあっただろうが……ふむ。よく考えればその程度、別に惜しくもないか」

 言葉は通じなくとも馬鹿にされているということは理解できたらしく、歯を剥いてアイカさんを威嚇し始めた。

 そのうち怒りが恐れを上回ったのか、剣と盾を構えてアイカさんににじり寄る。

 そんなゴブリン・ナイトの動きを、アイカさんは涼しい表情を浮かべて眺めていた。

 一歩、一歩、また一歩。確実に縮まる距離。

 牽制するべきかどうか迷うけど、アイカさんが特に反応しない以上、横から余計な手出しをするのはやめておいたほうが良いかも。

「戯けどもめが」

 ゴブリン・ナイトの剣先が届こうかという位置まで迫った瞬間、アイカさんは徐に口を開いた。

「余の御前であるぞ。そなたらは、誰の許しを得て動いておるのだ?」

 言葉に力がある──というのは喩えとしては知っていたけれど、それが現実でありえるということを、わたしはこの時初めて知った。

 アイカさんの言葉が耳に入った瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように身体が動かなくなる。

 心臓の鼓動が信じられないほど早くなり、額からは脂汗が滲み出る。口を開いても、ただパクパクするだけで言葉にならない。

 少しでも気を抜けば、そのまま地面にへたり込んでしまいそう。

「愚か者めが……元魔王から逃れられると思うたか」

 それは向こうのゴブリン・ナイト達も同じみたい。口をパクパクさせてはいるけど、うめき声一つ上げられずブルブル震えながら盾を構えているだけだった。

 そんなゴブリン・ナイト達に、アイカさんは氷のように冷たい視線を向ける。美人さんが怒ると本当に怖い。

「少しはやるのではないかと期待しておったが、こそこそ・こそこそとつまらん手ばかり使いおって」

 ゴブリン・ナイトに説教を始めた。いや、うん。なんというか、とことん常識に囚われない人だなぁ……。

「不意打ちとて立派な戦術でなれば、余はそれを否定せぬ。だが、そればかり繰り返されては興ざめであろうが」

 アイカさんの刀が一閃する。

「生まれ変わることがあるならば、次はもっと上手くやるのだな!」

 アイカさんに威圧され身動き取れずにいたゴブリン・ナイト一匹目の身体が構えた盾ごと斬り伏せられ地面に落ちる。

 そのまま二匹目の身体に刃が迫り──甲高い音と同時に盾で弾かれた。

「む?」

 アイカさんが僅かに表情を変える。迫りくる刃を受け止めたその盾は、薄ピンクに光っている。

「魔法盾……」

 間違いない。アレは魔法でエンチャントされた盾だ。

 というか、攻撃を受け止めたゴブリン・ナイト自身も呆気にとられたような表情を浮かべているんだけど……。まさか持ってる本人も知らなかったの!?

「ゴブリンごときが、随分と似合わぬ玩具を持っておるではないか」

 感心するようなアイカさんの声。エンチャント装備というのは、それはもう本当に貴重な物で、めったにお目にかかれない代物だ。

「……グッグッグッ」

 我に返ったゴブリン・ナイトが強気の笑みを浮かべる。

 どうやら自分の身を守れることに気づき、自分が優位に立ったと『勘違い』したのだと思う。

「出どころは知らぬが、確かにその盾を破るのは些か骨が折れそうだな」

「ガーッ!」

 剣を振りかざしたゴブリン・ナイトに対し、アイカさんは大きく足を振り上げる。大きく開いたスリットの隙間から覗く太ももが本当に綺麗。

 アイカさん。胸も凄いけど、そのお御足もまた美しいのだ! 眼福眼福。

 一方、ゴブリン・ナイトの方はアイカさんの意図を掴みかねているのか困惑の表情を浮かべていたけど、埒が明かないと思ったのか改めて剣を構えて突進してきた。

「だが、無視してしまえば良いだけのことだ」

 突っ込んできたゴブリン・ナイトの脳天にアイカさんの踵落としが突き刺さる。

 刀での一撃を警戒して前方に構えていた盾は、頭上からの攻撃には全くの無力。ゴブリン・ナイトの頭は熟れたザクロの実のように弾け飛んだ。

 うわー。アイカさん容赦ないなぁ……。

「ふん! 雑魚め」

 不機嫌さを隠そうともしないアイカさん。だけど、わたしはそれどころじゃなかった。

 ダンジョンの改造に、ゴブリン・ナイト――この二つは重大な可能性を示している。

(うーん……これは、聞いてたよりも遥かに骨が折れそう)

 そもそも今わたしたちがこのダンジョンを探索しているのは、ギルドから直接依頼を受けたから。

 面倒ごとになるのは、ある意味必然だったのかも知れない……。


※次回投稿は6/6の予定です。


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