4つの告白(4)
「私とデートしてッ」
風華からそう言われた時のことだ。
突然の誘いだった。
予想もしていなかった、想定外の誘いだった。
だが、三人から、好意を寄せられている可能性がある。
その可能性を知りつつも「良い……けど……」と朗太は了承していた。
なぜならもしそういった可能性が『ある』のなら、なおさら風華からの誘いは断れない。断ってはならない。そう思ったからだ。
人によってはこの朗太の在り方に眉を顰める者もいるかもしれない。
だが朗太はそう判断したのだった。
風華は朗太にとって大切な相手なので、その思いを尊重したのだ。
しかし、朗太の中にあったのは何も義務感だけではない。
風華は憧れの女性だ。
そんな女性とのデートとあって、朗太は浮き立つような感覚を覚えていた。
おかげで風華の誘いがあってから眠れない日が続いていて――
デート当日の、朝のことだ。
ピピピピッピピピピッと電子音が鳴り響く目覚まし時計を止めその画面を見ると『AM8時30分』と表示されていて朗太は度肝を抜かれていた。
風華との待ち合わせは朝9時半、上野だ。
今からでは急がないと間に合わない。
「やべぇ!!!」
朗太は跳ね起きると顔を洗い髪を整え選んでおいた服に着替えリビングへ降りた。水を一杯飲むと玄関へ向かう。
背後から「お兄ちゃん朝ごはんはーー?!」と叫ぶ弥生の声が聞こえるが、食べる時間もないしどうせ何も喉を通らないだろう。
「急いでるから行くわー!!」
そう言うだけ言うと朗太は家を飛び出した。
そして駆けること数分、無事電車には間に合い朗太は車両に乗り込んだ。
プシューという空気音と共にドアが閉まると車内は日曜日ということもあり行楽客で賑わっていた。
朗太は車内中央の辺りまで行くと照り返す窓で身なりをやや整えながら思う。
今日は粗相をするなよ、と。
確かに義務感めいた想いもあるが、仮にも風華は憧れの女性である。
そのような女性と出かけるとあって、朗太の胸には、不安と緊張、そして高揚感のようなものが渦巻いていて、粗相をする可能性が十分あるように思われたのだ。
だが――
「おはよう! 凛銅君早いね!!」
(うおおおおおおおおおおおおおお!!!)
待ち合わせの場所にいた風華があまりに可愛くて早くも衝撃を受けていた。
それほどまでに今日の風華は可愛かったのだ。
格好はシャツに英語の書かれたジップパーカーを合わせショーパンというファッションだ。
だがその飾り過ぎないスタイルが、風華のボーイッシュなイメージもあいまり信じられないくらい決まっていた。
それにより朗太は返す言葉を失うが
「じゃ行こうか!」
風華はそんな朗太の手を掴むと爽やかな笑みを浮かべ歩き出しデートは始まったのだった。
風華の柔らかい手の感触が自分の手を通して伝わってきた。
◆◆◆
それからしばらく、朗太は風華に腕を引かれている。
風華は、黒や茶の防寒具を来た人が行き来する、木々はすっかり落葉し落ち葉が隅に寄せられた区画をぐいぐい進む。
そして券売機の前まで来ると朗太の手を引いていた手は自然と離れ
「凛銅君はよく動物園行く?」
「よくは行かないなぁ。白染はよく行くの?」
「私もよくは行かないね! でも動物は大好き!」
「そっか」
と言って朗太たちは動物園のゲートをくぐったのだった。
今回のデートは某有名動物園デートなのだ。
◆◆◆
「見て見て! 凛銅くん!」
ゲートをくぐってすぐ。
朗太たちは早速入口から一番近くにあるパンダ舎にやってきていた。
ガラス張りの屋外放飼場では数年前に生まれたパンダが高台の上でむしゃむしゃと熱心に笹を食べていた。
「可愛い~~!! めっちゃ笹食べてるよ?!」
「だな。すげー食ってる……」
無邪気に声を弾ませる風華に朗太は胸をときめかせていた。
「美味しいのかな?!」
「どうだろう……。でもあんだけ食べるなら美味しいんじゃない?」
「だよね~~。絶対美味しいよね~~」
風華は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で奥の放飼場へ向かった。そして「気持ちよさそうだね~~!」寝ているパンダを指さし、はにかんだ。
「落ちちゃったりしないのかな?」
「落ちそうではある」
「うん、落ちそう。パンダって少しドジっぽいところあるから」
「確かに」
朗太も一緒になって寝ているパンダを眺めた。
そしてそのどこか抜けた寝姿を見ていると丁度いい話を思い出した。
「そ、そういえばこの前さ」
「うん?」
「動物特集でパンダの動画が流れててさ。中国の動物園の動画だったんだけど、あそこってパンダ複数頭、纏めて放し飼いしてるのな」
「へ~、そうなんだ~」
風華の食いつきが良くてとても話し易い。
「うん。それで子パンダが七匹ぐらいいるところでさ、いきなりスプリンクラーが作動してさ」
「おー」
「子パンダが一気に逃げ出して、すぐそばの背の低い木に全員登りだしてちょっと面白かった」
「それは良いね! 実際に見たら面白いかも」
「うん、結構面白かったし可愛かったぞ。パンダが実る木みたいになって。母親はそれ見て悶絶してたんだけど、弥生はこりゃ絶滅するわって言ってた」
「絶滅って……ッ」
弥生のセリフに風華は『弥生ちゃん最高~~~ッ』とケラケラ笑い、実際にその動画をネットで見つけて視聴すると目に涙を溜めて爆笑していた。
「は~~~ホント面白い。これは確かに絶滅するわ…………」
風華は苦しそうに呼吸を整えつつ涙を拭いた。
一方でその姿を見て朗太は密かに安堵の息を吐いていた。
こういう下らない話が上手く行くと、その後一気に会話が回りだすこともあるからだ。
朗太は風華の笑みに、肩から力が抜けるのを感じた。
「でもこれはアレだねッ」
「うん?」
「可愛いは正義!」
「だなぁ」
朗太は首肯した。
本当にそう思う。
確かにパンダも可愛いのだが、朗太にしてみれば横にいる風華の方がよっぽど可愛いのだ。何をされても許してしまいそうだ。
そしてこの少女が自分を好いている可能性があるわけで……。
そのことを想うと朗太の頬は自然と顔が熱くなるのだった。
パンダ舎の後はゾウ舎だ。
「ゾウだーーーーッ!!」
ゾウがユーモラスな動きでえっちらおっちら歩くのを見つけると風華は子供の様にダダダッと駆け出した。
遅れて朗太もフェンスまで来ると風華は目をキラキラさせてその巨躯を見上げていた。
「うわ~~~おっきいねぇ……」
「大きいなぁ」
「良いなぁ……」
「良いのか?!」
ゾウの巨体に羨望のまなざしを向ける風華に朗太は思わず突っ込んだ。
だが混乱する朗太を他所にゾウはのっそのっそと歩くだけではなく
「うおあ?!」朗太は悲鳴を上げた。
「ウンコだ!!」風華は無邪気に指をさした。
「しかもしょんべんまで?!」
「おしっこも凄い!!」
と朗太たちの目の前で、排便と排尿を見せつけ始めた。
風華とのデートで何かましてくれてんねんという思いもある。
だがそれ以上に、小の排出量が尋常ではなく
「こ、洪水だよ凛銅君!」
「止まんねぇな……」
朗太たちはまるでダムの放水のような圧倒的放水量に驚嘆していた。
排泄されたそれらは大地の低い場所に川を作っていた。
「なんてもん見せやがる……」
「でもさ凛銅君」
衝撃の光景を目撃しひとしきり他の客と盛り上がった朗太が嘆息すると風華は言った。
「なに」
「こんだけ沢山出たら気持ちいいだろうね」
「……」
朗太は目の前で自分たちに放水ショーを見せつけてくれたゾウを見上げた。
「確かに」
そのゾウの表情は心なし気持ちよさそうに見えた。
それからも動物園デートは続いた。
下らない会話が上手く行ったこともあり、風華とのサシの会話は軌道に乗りつつあった。
「見てみて凛銅君! ワシ!!」
「おおおお~~。ワシだ」
「かっこいい!」
「イケメンだよなぁ」
「あ、飛んだ!!」
風華はキリッとした顔立ちのワシを指さし頬を紅潮させ、そのワシが大きな羽を広げて枝から枝へ飛び移ると歓声をあげた。
「あ~~見て寝てるよ~~!!」
「眠いんだろうなぁ~~」
また透明のゲージで複数頭のカワウソがスヤスヤと寝ているのを見た時には、そのゲージに手をつき覗き込み風華は瞳を輝かせた。
途中訪れた爬虫類館では
「ぎゃぁぁぁぁ蛇!?」
「え、白染、蛇苦手なの?!」
「うん、手足無いとダメなの!! 私!」
「じゃぁ何で入ったの?!」
「だって全部見ないとお金勿体ないじゃない!」
風華が蛇が苦手なことが判明した。
ここで貧乏根性を発揮しなくても……と朗太が呆れていると
「ぎゃぁぁぁぁ! また蛇だぁぁぁぁぁぁ!!」
風華が叫びながら腕に抱き着いてきて気が気ではなかった。
そしてデカいくちばしといかつい顔でお馴染みのハシビロコウの育舎では
「全然動かないね?」
「微動だにしないな」
こちらを睨み全く動かないハシビロコウに朗太たちは興味津々で、その一挙手一投足に注意を払っていた。
「疲れないのかな?」
「どうだろ……? でも普通なら絶対疲れるよな。校長の話も疲れるし」
「うん、ね。何考えてるのかな?」
「それは完全に無でしょきっと。俺たちと同じで」
「確かに」
微動だにしない怪鳥を前に息を顰めそんな会話をする二人。すると気難しい顔をしたハシビロコウがゆっくりと片足を上げはじめ
「あ、見て! 歩きそうだよ凛銅君!」
「ホントだすげぇ!!」
二人は歓声を上げたのだが、彼はそのまま足をもとの位置に戻し
「って歩かないんかーい!!」
「騙されたー!!」
二人はそろって仰け反った。
そうして二人揃って相手のオーバーリアクションに思わず笑う。
そんな風に動物園を堪能していると時間はあっという間にすぎ、いつのまにか時計はてっぺんを回っており
「じゃ、お昼にしよっか」
ある時、近くに大きな池のあるベンチまで来ると、風華は手提げ袋から弁当箱を取り出しそう言ったのだ。
「え、作ってきてくれたの?!」
「当ったり前じゃない!!」
驚く朗太に風華はどんと胸を叩いた。
広大な池には蓮の葉が浮き、その先には薄霧のかかった都心の高層ビルが見える。そんな池のほとりで朗太たちは昼食を食べることになったのだ。
訳分からんところで切れますが今回はここまででお願いします。
デート後編は次話です。




