旅行2日目(2)
「いやーいきなり来るっていうからビックリしたよ」
「す、すみません……」
「いーよ、気にしないで。丁度今日は他に宿泊客もいないし」
「え、それって今日がタマな休暇になる予定だったてことじゃ……」
「いーやいーや、それはないね。むしろ退屈な日になるとこだった。唯一の趣味だからね。君たちみたいな若者と話せるのが何よりの生きがいなのさ」
朗太たちは八時近く、名古屋市から少し外れた田畑の中にポツンと立つ民家へ訪れていた。昔ながらの農家の家を改造したような作りになっており敷地面積は相当に広い。木造平屋。庭には物干しざおが立てられてトラックや軽自動車やら乗用車が何台も留まっていた。
確かに敷地前の明かりの灯された表札の前には、『寺谷ライダーハウス』との看板もかかっており、ライダーハウスとしても機能しているようだが一見ただの民家にしか見えない。
現地に到着した朗太たちは、お前が行けよ、アンタが行きなさいよ、などと押し付け合い、最終的には朗太が先陣を切ってベルを鳴らした。
すると出てきたのはこの壮年の頬のこけた男性だった。
眼鏡をかけた、長髪を後ろで結わく男性は、固くなっている朗太たちに笑みを零した。
「待ってたよ」
その朗らかな物言いに朗太たちはほっと胸をなでおろした。
「先ほど電話くれた白染さん達だね。さぁ上がって上がって」
「はい、お邪魔します~~」
言われるがままに朗太たちはドアをまたいだ。
通されたのは二十畳近い面積の広いリビングだった。六人掛けのテーブルがあり部屋の隅には大きなソファと背の低いテーブルがある。
部屋の隅には畳まれていない衣類が重ねられていたが、埃や水拭きといった面では部屋の隅々まで手入れが行き届いていてオーナーの寺谷さんの気配りが感じられた。
そして四人が初めてのライダーハウスにぎくしゃくしていると
「こういう場所は初めて?」
「は、はい……!」
「そうかい。なら固くならなくていいよ。あとライダーハウスは色々あるけどここは食事風呂付だから。ま、今から僕がさっさと夕飯作るから君たちはそこらへんでのんびりしてなさい。そのなりじゃ、かなり今日も漕いだんだろ?」
「「ありがとうございます~~」」
言われた瞬間、朗太たちは地べたに崩れ落ちた。
それほどまでに今日の行程は堪えたのである。
「うがー」とか「ひぃ~ようやく座れる~」とか「うえええ」だとか言いながら一様にフローリングの上に足を投げ出しそのまま自ら背負ったバックパックに反るように身を預けた。
「あ゛あ゛ああ」朗太も彼女たちと同時に尻餅をつく。身を投げ出すとどっと疲れが溢れもう一歩も動けそうになかった。
「フフフ、相当疲れてるね。今日はどこから」
「静岡からです」
「ふーん、でもその様子じゃ一日目じゃないだろ? スタート地点は?」
「一昨日東京を出ました」
「一昨日! おー! 結構漕いでるねぇ」
感心したように声を上げるとオーナーはキッチンへ去って行った。
すぐに夕飯の調理をする音が聞こえてきた。
「箱根はどうだった?!」
「死ぬかと思いましたよも~~~」
そうしながらもオーナーと朗太たちの会話ははずみ冒頭の会話などが交わされる。
「自転車旅は初めてなのかい?」
「自分は完全に初めてですね。今後は乗るとは思いますけど」
「初めての自転車旅で京都まで箱根越えは気骨があるな~、感心したよ。お嬢さんたちは大丈夫だったの??」
「いやここの女性陣は基本的に自分よりも逞しいんで。唯一纏が辛そうにしてましたけど」
「あ、凛銅君、何その言い方~。まるで私が鉄人みたいじゃない?」
「いや今日の白染は間違いなく人の域を一歩出た存在になってたろ」
「フフフ、確かに。凛銅君は後半死んでたよね~」
「ま、まぁそうだな……」
「ハハハ、そっちのお嬢さん方は健脚なんだね~」
このように朗太や風華がオーナーと会話する一方で
「あ、かわいい~~~~!」
「ゴールデンレトリバーですよ!!」
「あ、早速ララがやってきたか」
朗太たちが休み始めてすぐに、えっちらおっちらララという名のゴールデンレトリバーがやってきていた。
やってきたララは姫子や纏の匂いをしきりに嗅いでいた。
姫子は「よーしよしよし!」と言いながら満面の笑顔を隠そうともせずその大型犬に抱き着いており、纏も自分の下へ寄ってくるとその豊かな毛を撫でまわしていた。
しばらくするとララは朗太の下へもやってきて、朗太がぎこちないながらもその体を撫でていると、ララは店主の下へ向って行った。
だがおりしも丁度料理が出来た頃合いで
「ホラ、ララどいて、邪魔だよ。お前のご飯はこの後だ」
店主がララを退けつつ食器を抱えキッチンから出てきた。
そうしてテーブルの上に並べられたのは
「あ~~~!! おいしそう!!」
「天ぷらだ~~~!」
金の衣をまとった夏野菜のてんぷらとざるそばだった。
四人は感激していると店主は気恥ずかしそうに頬をかいた。
「そんな感動しなくても。うちの畑で取れたものだよ。温かいうちにさっさと食べなさい」
「良いんですか?!」
「良いに決まってるよ。あとからも随時作って持っていくから」
「ありがとうございます~~!! いただきます~~!!」
そうして朗太たちはさっそく食べ始めた。
出された料理はどれも頬が落ちるほど美味しいものだった。
後から出された焼きえんどう豆やら揚げ豆腐なども大変美味で、うめぇうめぇと言いながらそれら料理を朗太たちは瞬く間に平らげていた。
「フフフ、そんな反応を見るのが何より好きなんだ」
嬉しそうに食事をする朗太たちを見て店主は破顔した。
食事を終えると順次風呂場を借りることになった。
「アンタは一番最後よ」
「はい」
「先輩、私たちが入った後だからってお湯飲んじゃだめですよ」
「しねーよ」
「フフフ、ホントかな~」
「ホントだよ!」
朗太をからかうだけからかうと少女たちはじゃんけんで順番を決め民家に備え付けられた風呂場に次々に向かっていった。
そして順次髪を濡らし半袖ショートパンツのような簡素な衣服になり戻ってきてついに朗太の番になった。
のだが……
――これは色々考えさせられる光景だな
朗太は浴室に棒立ちになって考えふけってた。全裸で。
朗太の前には湯の張られたつるりとした浴槽がある。
この湯に実際にあの美少女たちが浸かったわけだ。
纏たちに言われるまで深いこと考えていなかったがこれは非常に倫理的な問題を孕んだ事案に感じられた。
果たして同じ高校の女子、しかも美少女が入浴した湯に浸かって、良いのか、否か。
恐らく否という意見も多い気がする。多分。
だからこそ朗太は悩んだ。
入ったものか、入らぬものか、全裸で悩み続けた。
ケツを丸出しにし、懊悩した。
だがしばらくすると
「店主もなかなか良い仕事をする……」
浴槽の底にどっかり座り込み湯船につかる朗太の姿があった。
ぬるめに設定された湯は疲れを取るのに最適で、朗太は大きく息をついていた。
朗太は思考を放棄し入浴することにしたのだ。
何より疲れもあったのでそれを取るためにも入浴しないことはあり得ないことのように思われたのだ。
そう、これはヒーリングのため。仕方がなく入浴したのだ。
別にやましい気持ちがあったわけではない。
うん、そう。その通りだ。勘違いしてもらっては困る。
……
だが、入浴している間も色々なことを考えさせられ、
「先輩!? 大丈夫ですか?!」
「アンタどうしたののぼせちゃってるじゃない?!」
「凛銅君大丈夫!?」
「だ、大丈夫だ……」
朗太はヘロヘロになりながら出てきた。
その様子を店主の得心した様子で眺めていた。
その後朗太たちはストレッチをしたりオーナーと話したりして過ごしていたのだが
「お、姫子か」
「あ、アンタも、どうしたの?」
折を見て朗太がノコノコ玄関にやってくると姫子が外履きに履き替えていた。
「飲み物買おうと思ってな。近くに自販機あったろ」
「あ、私もよ。奇遇ね」
「女一人だとさすがにアブねーだろ。一緒に行くぞ」
こうして朗太と姫子は来る途中見かけた自販機を目指しふらりと外出した、
のだが――
「超真っ暗ね……」
「一寸先は闇だぞマジで」
名古屋市周辺といえど田畑の広がるエリアともなればそこは都民は体験したこともない闇が広がっている。日々街灯のある暮らしに慣れ切ってしまった彼らなら簡単に遭難できるほどの闇がそこにはあった。
なるほど街灯がないと本当はこんなに暗いものなのか。
そんなことに朗太は感心しながら歩いていたのだが、横の姫子はそこそこ怖いらしい。
朗太の腕にぎゅっとしがみついてきた。
彼らはスマホのライトを駆使し闇夜の中を進んでいた。
「おいちけーよ……」
「うっさいわね!! 怖いんだから仕方ないでしょ!!」
姫子が苦言を呈すると「ふ、ふん! こんな美少女と歩けるなんて儲けもんなのよ!?」などと言っていたが姫子に慣れ切ってしまっている朗太からすると儲けるものもさしてなかった。
それどころか――
「あ、あれ何!?」
「なんか光ってるな……?!」
農地一角に朗太の背よりも高い台が設置されていて、そこだけ煌々と明かりの灯っている。
そして道の関係上その横を通らざるを得ず朗太たちがそこへ近づいていくと
「イィ~~~~~~~~~!?!?!」
「あぁ、地蔵か……」
十数体のお地蔵さんが闇夜の中煌々と照らされ立っていた。
「……」
朗太はうっそりとその地蔵を見上げた。
夏の闇夜の畦道を歩いていると農地のど真ん中に無数の地蔵が立ち、こちらを見下ろしているのである。
普通に怖い。
そう思ったのは姫子も同じだったようでほとんど抱き着くような格好で朗太の方にしがみついている。その体は小刻みに震えており本当に怖いようだ。だがそれだけなら可愛いで済むのだが、もはやその拳は握った先の朗太の腕を壊死させにかかっている。
「姫子……、帰るぞ……!!」
地蔵に気圧されるやら、自分の腕の状態が心配やらで朗太が撤退を提案すると姫子はコクコクと頷いた。
「なんだ、コーラが飲みたかったら言ってくれればいいのに。あるよ冷やされているのが」
宿に戻り事の顛末を話すと店主は呆れながら朗太たちに良く冷やされた清涼飲料水を出してくれた。
神かな。
「てかいてぇよ」
「悪かったわね! 怖かったんだから仕方ないでしょ!」
コーラなどを飲みながら言い合う朗太と姫子。
一方でリビングでは風華がなんとかゴールデンレトリバーのララと関わろうとしていた。
だがララは風華に呼ばれても基本無視。
もし風華に触られようものならスルリとその場から離れていった。
そのつれない様子に風華は眉を下げた。
「私、基本動物にあまり好かれないのよね……」
「風華さん、生物としての強者のオーラが出てますからね。それがそうさせるのでしょう」
「動物でもこいつと関わったらヤバいって分かるのよ。クマでも相手にしなそうだわ」
「強者オーラが漏れてるってのはなんか分かるな」
「も~~凛銅君まで酷い! 私は動物こんなに好きなのに!!」
普段自分の味方の朗太までが同意すると風華は涙をちょちょぎらせながララに抱き着いていた。
ララはさして嬉しそうでもなく困った表情だった。
そしてその光景を見て、朗太は思う。
ララ、そこを退け、と。
そこは俺の行きたくて堪らない場所だ、と。
寝床は4人一部屋になった。
六畳間の部屋に二段ベッドが両サイドに併設されている間取りの部屋だ。
「悪いね、急だったものでもう片方の部屋の準備が終わってないんだ。申し訳ない。それともどうする? 凛銅君はリビングのソファで寝るかい? もしそうするならキッチンの電気が少し眩しいかもしれないけど、リビングの電気は落とすよ」
「良いわよね。アンタ、別に私たちと一緒の部屋でも」
「え、まぁ勿論そっちが良ければだけど」
軽い調子の誘い方に、念のため伺いを立てる朗太。だが風華も纏も
「凛銅君なら全然オッケーだよ!」
「先輩なら大丈夫です」
と異を唱えず
「何より疲れてるんだししっかりした場所で寝た方が良いでしょ」
という姫子の言葉に従い朗太は同じ部屋にお邪魔することになった。
なんというか男として見られていないような気がして残念な一幕である。
だが朗太視点での彼女たちの推察は流石の精度であり二段ベッドの上にもぐりこんだ瞬間、二日間漕ぎ通しの疲れもあり、案の定速攻で朗太は睡魔に襲われており
「なんか4人で同じ部屋なんてドキドキするね!」なんて言いながら風華が電気を消した直後、引きずり込まれるように意識を失った。
そして朗太はすぐに寝息を立て始めると
「「「………………」」」
朗太が知る由もないが、三人の美少女達は顔をしかめていた。
しばらくすると暗い部屋で風華が口を開いた。
「姫子、纏ちゃん、ちょっと良い?」
「良いわよ」
「はい、何ですか」
「……もうちょっと……なんかあると思ったんだけど?」
「はい」
「そうよね」
「めっちゃ凛銅君、寝てない?」
「寝てるわね……」
「布団に入って秒で寝ましたよ……」
「ちょっとはドキドキした私がバカみたいなんだけど」
「私もです……。先輩が緊張してる姿見たかったのに……」
そこに朗太のぐぉぉぉぉという遠雷のようないびきが響き
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ、じゃないのよこの馬鹿!!」
バスンと二段ベッド下階の姫子が朗太の寝床の底を蹴り上げ
「じ、地震か?!」
朗太は跳ね起きるがすぐに自分の勘違いだと気が付くと
「何だよ勘違いかよ」
と誰に対してでもなく愚痴を呟くとばたりと崩れ落ちた。
そしてすぐに気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきて
「何だよじゃないのよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
姫子は小声で唸った。
声に出したのは姫子だけだったが皆同じ気持ちだったに違いない。
だがしばらくすると怒るだけ無駄だと悟った三人は
「なんか、私もう寝るわ」
「私も寝ます!」
「まだ、まだ! 旅行初めて二日目だもんね! まだチャンスはあるはずよ!」
愚痴りながら眠りについたのだった。
こうして京都旅行二日目は幕を下ろした。




