第十七話 『優しい王子は太陽の国の夢を見る ~始動~ 』
王宮――敷地内の施設を含めて「王宮内」というが、そこに亜人が働くようになったのは、意外なことにアノンがその「力」による統治を開始して亜人の地位が向上するよりも、はるかに早い時期であった。
「皇」ではなく、「王子」の時代から亜人たちの扱いが変わったということは、現代にも伝統文化として行われている「賢しき隠者の会」の初期に、牛角族の労働士が参加していたことからも良く知られている。
だが、アノン王子の幼年期から、一部の土小人族――「職人」と言われる匠の技術を持つものたちを重用していたことは、あまり認知されていない。
しかしながら、これこそがアノンのその天性の才が、「あの力」だけでなく「知」においても類まれなるものであったことの、ひとつの証拠とも言われており、アノンに関わる歴史をかじるのであれば、必須ともいえる事柄であろう。
多くの者達が亜人――「見放された者達」を軽視する中で、アノンはその立場からの反発も恐れず、卓越した知性を持って彼らの才能を見出したのである。事実、王子の常識を超えた知性によって考え出された様々な発明、発見、技術は彼ら土小人たちの協力があったからこそ、成しえたことであった。
彼ら土小人の力なくして、アノンの「あの力」が発揮されることは無かっただろうとまで後世の研究では言われており、彼らが国としても知られるアフェバイラの礎であったことは、疑いようも無いことである。
幼きころから亜人に対して公平に接していたアノンではあったが、さすがに当時は権力といえるものはそれほど強くなく、王宮内の規約、制度を覆すことは不可能であった。にも関わらず、彼は多くの土小人の職人たちを、自分のお小遣い(ポケットマネー)で雇い、専用の工場を与えて作業に当たらせていた。
その内容の多くは、王宮内の人族、そして「許された者達」がやりたがらないような下賤な作業(工場で排出される汚染物や危険物の除去など)であったり、必須ではあるが労力の高い雑用だったが、それに加えてアノンの私的な思いつき、実験への対応があった。
当然であるが、当時のアノンの様々な思いつきは、非常に軽視されている。
人々から好かれたアノンであったが、「子供のわがまま」や「遊び」に付き合うのは、相手が王族のアノンとはいえさすがに嫌がる者も多く、土小人たちがそれらを受け持ったのは、周りから見れば非常に妥当且つ嘲罵に値するものであった。
つまりは、彼らは態のいい「アノンの玩具」として周囲から認識されていたのである。
しかも、アノンに従事する土小人の多くが、長老、長、と呼ばれる彼らのトップの者達であることも、人々の矮小な自尊心を満たしていた。
亜人たちの高位のものが、アノン王子の玩具としての立場に甘んじる。
なんとも愉快なことではないか、と。
だから、離れとはいえ王宮敷地内に粗末ながらも工場を与えられ、道具を貸し出され、人と比べるべくもないが、アノンより賃金が与えられても誰からも苦言が出されずに済んでいたのだ。
人の7割程度の身長に、ぎっしりと詰まった筋肉を持つ、ずんぐりむっくりの亜人。
伝説の夜叉族までとは言わずともその頑健な体を生かし、灼熱の火山から極寒の雪地まで魔石を求め、時には自らの成果物を商品としながら旅をする。
男は槌を、女は研磨紙をその手に掲げ、鉱石と酒の体臭をほのかに放つ、この小さき職人たち――土小人族。
人間たちに勢力圏と、作り出した多くの道具を奪われながら、その業だけは種族の命と受け継がれている。
まだ、人々は知らなかったのだ。
彼らの本質が、「匠の業」ではなく、何よりもその「生き様」にこそ、表れていることを。
鉛筆。
消しゴム。
ボールペン。
シャープペン。
Gペン。
サインペン。
コンパス。
分度器。
カッター。
セロハンテープ。
ガムテープ。
エトセトラエトセトラ……
さて、これらは僅か数年間で、王子の「戯れ」であったはずの土小人の職人たちが生み出していった文具の「一部」である。
あるとき王子がボールペンを学習中に使っていたのを「教師」の四腕族が気づくと、アノンがいくつかの試作品を彼に渡したことがきっかけで、王宮内にあっという間にその実用性が伝えられていった。
そしてそれを王宮内に出入りする一部の御用達商人たちの目に留まれば、すぐに外部の貴族たちへ。貴族たちが別の貴族に自慢すればさらに別の者へと広まっていく。
商人たちは、試作品を持つ王子に直接「仕入れ」を持ち込み、その売り上げはそのまま次の道具の開発費用となった。
このとき、もっとも重要なことは、アノンが売れると判断した文具をすぐに量産に持ち込まなかったことにある。
「資金稼ぎ」としてある程度一部のまとまった数の生産と流通はあったが、それらに集中するよりも、彼は、そして彼の命を受けた土小人たちは文具のよりよい改良、そして新たな種類の作成こそに重きを置いていたのである。
そのために粗悪品ではあるが人族、許された者達の職人たちや商人に真似されたために、独占的な荒稼ぎはできなかったが、彼らには問題の無いことであった。
なぜならば、金などよりも、もっと重要なものを手に入れたからだ。
「土小人族そのものに対する認識の変化」。
それこそが、土小人たちの手に入れた大いなるものであった。
なにしろ、次から次へと、新しい文具、道具が彼らによって作成されていくのである。
アノンが原案を出しているということを踏まえたとしても、それを実現させていく彼らの技術の高さは、便利な道具という目に見える形で表されていく。
土小人を笑うのなら、その道具を使わなければ良いのだが、いかんせんその利便性を知ってしまえば、それから離れることができなくなってしまう。
それも、「文字を書く」「計算をする」「資料を作る」という、極めて高度な学力を必要とするものにこそ、土小人の成す道具の素晴らしさを体感するのだから、トップダウンによるその認識変化の影響力は大きかった。
一時的な利益であれば、確かに発明したばかりのボールペンを大量に作り、売りさばくことで大きな利益が上がっていただろう。
だが、それでは大量生産が確立された時点で、まだ権力の少ないアノンから多くの貴族たちが生産インフラごと奪われていたに違いない。
そして、土小人たちはそのための労力として使われ、新たな道具の開発や改良は、数十年単位で遅くなったと思われる。
人々は、「下賤な土小人もたまには役に立つものを作るではないか」と、それだけの認識をもたれただけだっただろう。
実際、ボールペンの有効性が広まったとき、王宮内では「王子の戯れが金を生んだ」として、それらの技術を王家が召し上げ、利益を上げようとする者達は多くあったのである。
だが調べたところ、土小人の持つ特有の「魔の力」である『目』と『手』によらなければ、現在の技術では量産は難しいとわかったのだ。
ならば土小人を大量に集めて量産をさせようとしたところ、彼らは口を揃えて「王子の命にのみ従う」と告げたのである。
我らはあくまで王子を支持し仕えるものであり、アノンの命でのみその要件を受け入れる、と。
直接王子に従事していない土小人に声をかけても、その返答は変らなかった。
「我らは、王子のためにこそその腕を振るう」と。
土小人の者達の中でも高位とされる存在を王子が重用していたことが、ここで効いてきた。
直接アノンの人柄を知らない土小人たちも、市井での噂程度は当然聞いていたが、なによりも自らの同族のトップの者達が、口を揃えて支持しているのだ。
当然、彼らの中でのアノンに対する忠義は強かった。
さて、それではアノン王子にその命を下させようとすれば――
「私は彼らを雇っているのではない。また、王権を用いて命令しているわけでもない。私のお小遣いで私的に『お願い』しているに過ぎない。だが、それを国の事業として彼らに『依頼』するというのであれば、発案者である私が責任者となり正式な雇用として標準的な給与、待遇、そして功績に対する特別報酬を支払うことの確約を持って、彼らに『依頼』しよう」
この言葉に、多くの者が難色を示す。
だが、すでに法廷でもその弁湾ぶりの才を発揮していたアノンは、淡々と告げる。
「確かに『見放された者達』は現在は官士や公務士などの特定の職業にはつけないと法で定められている。そして多くの者達が慣例的に低賃金且つ悪質な職にしかつけていないが――後者については、あくまで慣例であって『法』で定義されたものではないぞ?」
私は、私の発案が源とはいえ、彼らの功績を慣例で無視するほど恥知らずではない。
そう閉めめくり、アノンは彼らの要求を突っぱねたのである。
この発案を飲むか飲まないかで1年近くの論議があるうちに、アノンと土小人たちは次々と新しい道具を作り出していった。
その結果土小人への認識の変化に加え、「アノンの言うとおりの賃金の正当化と待遇改善を認めたとしても、アノンの管轄としたほうが大きな利益が出る」という現実的な利点が証明され、結果、一般的な平均技術職の8割という、当時としてはありえないほどの待遇にて、土小人たちはその「産業」に属することになった。
この8割というのが、貴族院としても当時の社会としてもぎりぎりのラインであったことは、幼いながら聡明なアノンはすでに理解していたようで、無言で頷いたという。
そして、正式にアノンの支持の元、大量生産と新技術の開発とが併用され、『土小人技術団』と称されるアノン直属の工兵部隊が発足されていくのであった。
結局は土小人がやるかやらないかなのだから、最初から大量生産に着手していたとしても同じではないか、と思う人もいるかもしれないが、それは違う。
もし、アノンがすでにボールペンの大量生産を彼らに「お願い」していたのであれば、それはそのまま国の利権として取り上げられていただろう。物を大量に国内外に流通させるのは、国家の法案を通すことが必須であるためだ。
となれば、アノンへの「お小遣い」を今度は国の予算で負担し、現在の「アノンのお願い」という構図を変えないままボールペンの販売管理だけを国がすればいいのだから。
もちろん、アノンには功績としてそれなりの報酬は得られるだろうし、売り上げからの定期的な収入も与えられるだろう。そしてボールペンの発案者として注目されただろうが、それだけだ。
アノン個人のお金が増えるだけであり、それ自体はアノンにたいした意味を持たせない。
土小人としてもアノンから任された頼みごとを「管理するもの」が新たにできただけであって、立場が変るわけではないため、それを断るというのは単純に王子アノンのお願いを拒否した、という構図になってしまう。
これは、彼らの立場的に非常にまずいことになる。
王族からの依頼を正当な理由無く断るというのは、たとえそれが人間族や四腕族であろうと、何らかのお咎めが合っても仕方ないのだから。
つまり、土小人がボールペンの作成をなんの問題なくやめるには、「アノン自らが現状のお願いを取り消す」というアクションが必要なのである。
それは、現状で確立されている王国の利益をアノンが私的理由で損失させるということであり、王族としてのアノンの立場と現在の権力では、とても難しいのである。
子供の我侭で突っぱねることもできなくはないが、それはアノンへの評価の失墜となることは明白である。この場限りは良くても、その後何かを成そうとしたときに、大きな影響が出てしまう。
それを理解できてしまうからこそ、彼は動けなくなるのだ。
では、大量生産をこれから命令する場合はどうなのか。
こちらはさきほどとは状況ががらりと変ってくる。
土小人からしてみれば、現状は王子のお願いを優先しているに過ぎない。つまり、貴族たちが大量生産を求めてきたところで、「文句があるなら王子に言ってくれ」と言える。
そして王子からしても、「そういう新たなことを行うのであれば、『正式な手続き』をとることにしよう」と、前述したように先ほどのような条件をつけることができる。
理由は単純だ。
アノンは「権力」としては貴族たちより小さくとも、「権威」は遥かに上だからである。
王族であるアノンが、その権威を持って「私の王族の誇りを貶める心算か」と問うてくれば、いかに権力があれどおいそれと無視することはできないし、なにより王子自身が「発案者であり責任者である」のは間違いないのだから、法的に『真っ当』な雇用を提唱するのに、反論ができるはずもない。
できるとすれば、現在の王やアノンの兄である継承権の高い王子たちであるが、よほどのことでないかぎり、彼らはアノンの意思を尊重する。
この時点で、この案件の落とし所はアノンの意に沿う形になるのはほぼ確定的になったのだ。
権威があるからこそ、それを失墜させる行動は行えない。
だからこそ制限されることがあり、そして可能となることがある。
この、大人でも難しい見極めを、まだ幼少のアノンが確信しておこなっていたことは、その後の様々な政策からも事実であったと考えるべきで――
・
・
・
・
「よっしゃあああああ! 王子の言っていたセロリン? セロなんとかテープ、王子のOKでたどおおおおお!」
鍛冶と魔力石、そして土小人たちの熱気溢れる工場にて。
彼らの実質的なナンバー1である土小人の老人が、その太く短い腕を高々と上げて、闘犬を思わすような潰れた笑顔と共に声を上げた。
「うおおおおおおお!」
「ついにやったか!」
「苦労したよな!」
「あれ接着面の魔力反応がなかなか定着しなかったんだよなー」
「え、王子来てるのか? こっち今、カッターとホティ……ボチキス? とかいうのの試作品ができたんだけど!」
「よし、見てもらえ見てもらえ!」
そして、それに呼応するかのように絶叫する土小人の職人たち。
ひゃっはー、とどこぞの世紀末よろしく、妙なテンションのままアノンに向かって押し寄せてくるものまで居る。
「土小人の職人たちがガチで変態職人すぎる件」
ぼそりと呟いたアノンの声は、彼らの雄たけびにも似た騒音にかき消され誰にも届くことは無かったが、誰かに聞かれたいわけでもないためアノンは引きつった顔をどうにかごまかすように笑みへと変化させた。
そして、彼らが献上するかのように恭しく差し出したその新たな「文具」を手にとって、使い心地を確かめてみる。
「すごいな……まだカッターは刃を折って使う部分が危なっかしいけどカチカチとホールドさせるのは完璧だ。ホチキスなんてこれフラット止め仕様かよ! なんで教えても居ないのに技術が一足飛びなんだよ!」
思わず素で突っ込んでしまうアノンであるが、やはり周囲の喧騒にまぎれてしまい、その言葉は誰にも伝わらなかった。
ただ、笑顔のまま頷いた彼に、また彼らは「ヒャッハー」とさらなるテンションを持って騒ぎ始めたのである。
こうなればあとは宴と、酒宴が勝手に始まってしまった。
さすがに、立場上その宴に参加することはまずいため、彼は長である土小人を伴って、工場を出て行く。
どうせこうなってしまえば明日の夕方までまともな話などできるわけが無いことを、すでにアノンは知っているからだ。
ため息混じりに外に出れば、日差しの強い午前の太陽がアノンと土小人の二人を照らす。
王宮内とはいえ、かなり寂れた場所ではあるのだが、それでも風と太陽の光だけは、一等地のそれと変らない。
見た目だけの豪華さがある人と四腕の研究所よりも、質実剛健をいくこの工場のほうが、アノンには素晴らしいものに感じるのは、決して気のせいではないだろう。
そう呟いた彼の言葉は、こんどこそ余計な喧騒で消されること無く、隣に居る土小人の老人へと伝わり、二人は相貌を崩した。
「ところで聞きたいんだが、最初に作ったボールペンとか前回のシャープペンとかもそうなんだが、これ大量生産すりゃ儲かると思うんだけど、なんでしたくないんだ? おそらく私経由になるとは思うが、今よりもっと君たちにお金を回せると思うんだけど」
アノンは前々から気になっていることを、隣の土小人に告げると、彼は苦笑いをしつつ頬をかいて、
「あー、研究資金とか開発資金回してもらえるってのはありがたいんですがね。あっしら、すでに出来上がってるものを延々と作るのって、性にあわないんすわ。それよかより性能のいいのを作るとか、まったく知らん新たなものを生み出すとかの方が気分がのってくるでの」
どこまでも職人気質なのが、土小人であった。
もちろん、中には単純作業が好きという変り者もいるのであるが、種族的に見ればレアケースといっていい数である。
そんなことより、新しいものを作ってみたいし、今の合格品をより高度に作り変えたいし、小型化したいし軽量化したいし簡易化してみたいのである。
彼らはとにかく、職人であり、そして研究者であった。
一言で言えば――土小人族は、変態的なまでの凝り性なのである。
一方で、単純作業こそ得意とするのは、豚鼻族だ。
特別器用でもないのだが、それでもある程度慣れてしまえばそれなりのことができる。
そして、愚鈍で短絡的と、「見捨てられた者達」同士においても比較的下等に見られがちである彼らであるが、悪く言えば愚直、よく言えばきわめて真面目に作業をこなすのである。
彼らのその本質がアノンによって見出され、そして彼らの種族の持つ特有の「魔」の力が土小人の生み出した技術とかみ合い、アフェバイラの産業を爆発的に変化させることになるのだが、それはまだしばらくあとの話である。
アノンは、土小人の言葉に納得しながらも、少しだけため息をついて言葉を続ける。
「みんながそうしたいなら、その意思を優先するけどさ。でも、貴族院からもっと作ってくれってせっつかれてなー。この前私の先生にシャープペンとか見せたらなんか感動して泣いてたし、文官たちも街のみんなも欲しがってると思うんだ。可哀想だしできればある程度作ってくれると助かるんだよ。お金ならもっと出せるように頼んでみるし、みんなの待遇も変えたいからね」
「現状でも他の国とか考えれば、破格の条件なんですがねえ……というかアノン王子……あっしらが言うことじゃないんですが、大丈夫なんですかい? あっしらをこんな風に重用しちまって。そもそもそういうのは本当はあっしらが王子に命がけで陳情する立場だとおもうんですがね」
自分たちの立場、そして忘れそうになるが目の前の四腕の少年の本来の立場を思い、土小人の老人は少しだけ心配そうにアノンを見やる。自分たちが不敬と罰せられるのは我慢できる。
だが、この目の前の変った四腕の少年がそれで立場が悪くなるのは、耐えられない。
しかし、そんな王子はといえば、その年齢らしい飄々とした笑みを浮かべて、肩をすくめる。
「いいよ、面倒くさい。だいたい今は君らでなければこういうの作れないだろう? もしこれらが誰でも作れるようになったとしても、まだまだ作ってもらいたいものはあるし、それを作れるのってやっぱり君たちだけだもの。こっちがお願いするんだから待遇を良くするのは当然だろう」
君たちにしかできない、と「許された者達」である四腕、それも王族に言われ、矛盾するが心地よい悪寒とも言える震えが走る土小人の長。
お金より、待遇より、名誉より――この自らの誇りをくすぐられる言葉にこそ、アノンへの忠義に紐付く原動となっていることに、アノンは気づいてはいない。
ごく僅かではあるが、身分に囚われないものや差別意識の無い高官たちはいるが、こうあけすけに「欲しい言葉」を心から言ってくれる「許された者」、それも王族など、この幼き四腕の王子意外は決していないだろう。
この土小人は知っている。
アノンが様々な種族に対して、その種族特有の「性格」、そして「魔」を賞賛していることを。
自らを「祝福された」、そして「許された」と奢る者が蔑む、亜人たちの特色を、アノンはいつだって素晴らしいと褒め称える。
「物覚えが悪い? だが、彼の種族は覚えたことは忘れないではないか。簡単なこと間違える? だが、彼の種族は同じ間違いはしないではないか。丘で愚鈍なあの種族は、湿地であれば誰よりも俊敏である。非力な腕を持つ彼らは、誰より固い皮膚を持つ。
四腕の我らは、長命であり、手をそれぞれ独立して精密に動かすことに長けるが、代わりに病魔に弱く足が遅い。人族は全てのことに適正を持ち――そして特出する才能が無い。それらを同一に比べることこそ、無駄である。
だから、私は様々な種族に頼むのだ。私が求めることを最も得意とする者達に。
――それだけのことだろう?」
彼が、どこかで語ったとされる言葉である。
それがどんな状況で、どのよう者に言った言葉なのかは、定かではない。
しかし、多少の形は変えても、彼のあり方を端的に表しているとして、様々な文献に記述されている。
この言葉をよくよく聞いてみれば、アノンは別に亜人を特別に優遇しているのではないことがわかる。
ただ、彼にとって一番効率が良く、且つ当たり前のことを追求すれば、必然的に「見放された者達」は評価に値する、という極めて単純な事実にのっとっているだけなのだ。
だからこそ、そのアノンの言葉がうれしい。
「正当に評価される」という、ただそれだけのことが、土小人たちの琴線に触れたのである。
さて、と、アノンは四腕を空高く突き出し、大きく伸びをする。
そろそろ、彼も「職務」である学習の時間であるらしい。
土小人に向き直り、最後の言伝をして、王宮へと足を向けた。
「それでは、また私が何か思いついたらいろいろ頼むと思う。とりあえず、今できてる文具の改良と、あとそっちでも便利そうな何かを思いついたら、提案してくれ」
「わかりやした。最近は人間族や四腕族の職人も相談に来てましてね、紙の改良に取り掛かってるんでさあ」
どうやら、「職人」というある種の変人たちの集まりにおいては、差別意識より出来上がる「モノ」のほうが重要であるようで、様々な交流が生まれているらしい。
アノンは、そうか、と興味なさそうに答えたが、その口元が緩まっていることを、土小人の長は見逃さなかった。
ゆっくりと去っていく王子の後姿に深々と頭を下げる。
彼は振り向きはしないだろうが、見ていないからこそ、心からの所作を持って、土小人は礼を尽くした。
しばしの時間のあと、顔を上げたときには、すでに王子の姿は無かった。
そして後ろをふと気にすれば、土小人たちの陽気な歌声が聞こえてくる。
トンカンテンカンと奏でる楽器は鍛鉄の槌、ごおんごおんと唸るコーラスは鞴の息吹。
お仲間のあまりに暢気なほろ酔い加減が伝わってくるようで、土小人の翁は苦笑いをして――
そして、自らも楽しむべく、その宴へと身を投じるのである。
一方そのころ、王宮内総合図書室では―
「こんどは、シャープペンだってさ……最初はボールペンでこの前鉛筆が作られてさらに消しゴムができてさらに紙もなんか改良されはじめててとんでもなく便利になってきて……それつくったのが土小人たちだっていうから色々根回しとか過激な差別主義者とか抑えつつ普及させるための準備とか流通の準備とかでも血反吐をたくさん吐いたのに、今度はシャープペンだってさ……」
「……お茶、入れてきますね?」
なんか四腕の法税官の男と司書の女性が、ロマンスのかけらもないまま、妙に距離を縮めていたりした。
恋愛の色気などどこにも無いが、ただ哀愁が伝わってくるこの四腕の法税官を、司書の女は生暖かい目で見るくらいしかできることが無かったのである。
せめて、お茶くらいは美味しいものを煎れてあげたかった。
「……すまん、あと何か、胃に優しいおかゆとか……」
「ここ、軽食屋じゃないんですけど……私のお弁当が多めなんで、それを白湯で薄めてきますね……」
「ありがとう……それを食べたら、ちょっとだけ、ここで眠らせてくれ……」
「はい、ゆっくりしていってくださいね」
そんな、なんともいえない空間に、テンションの高いアノンがセロハンテープやらカッターやらホチキスやらを持って現れるまで、あと数時間。
次回、第十八話 『優しい王子は太陽の国の夢を見る ~暴走~ 』
アノン「そろそろ権力とか欲しいし、ちょっと地球の科学知識チート…やっちゃったりするか!」
やっちゃうらしいです。
次回がこの章のラスト話です。




