7,0 呪いのビデオ HD-DVD・起
今回から連載版第壱蒐(第一章)の最終話になります。
短編版で好評だった『呪いのビデオ HD-DVD』回、加筆修正もあるのでお楽しみください。
先日、祖父が心臓発作で亡くなりました。
その遺品整理をしていた時、奇妙なディスクを見つけたのです。
真っ黒な円盤の表面には、赤文字でこう印刷されていました。
『見たら死ぬ呪いのビデオ』
と。もちろんそんなオカルト信じていません。
なんとかして中身を確かめてやろうといろいろと試行錯誤してみました。
しかし妙なことに、DVDらしきそのディスクをプレーヤーに入れても何も再生されません。
「読み取り不可能なディスクです」と表示されるだけだったのです。
このディスクはいったい何なのでしょう?
これは、イタズラ好きな祖父が生前に仕掛けた”最期のイタズラ”なんじゃないかと思います。
きっと中には「ドッキリ大成功~」なんて笑う祖父の顔が記録されていることでしょう。
孫としては、祖父への手向けとして意地でもこのディスクを再生してあげたいと思うのです。
でも一人では行き詰まってしまいました。
お二人はこういう”謎解き”が得意と聞きました、どうか力を貸してください。
この手紙と共に、例のディスクを送付します。
件名:呪いのビデオ
投稿者:山﨑
「なるほどな。そりゃ再生できないワケだ」
先輩は黒い円盤をじっと見つめながら呟いた。
ここは図書準備室。ぼくと先輩は放課後になるといつもこの部屋に集まって学園の内外から集まった”都市伝説”を調査している。
今回は学内じゃなくて学外の人からの依頼だった。最近はぼくたちも知名度が上がってきたのか、こうした学外からの依頼・相談も珍しくなくなった。
むしろ珍しかったのは、依頼の方法がメールじゃなくて郵便だったことだ。開けてみればなるほど、中に”ディスク”も同封されていたのだ。
先輩はディスクを光に照らしたりしていろいろ検証していたけど、早速何かわかったみたいだった。
「何かわかったんですか?」
「コイツは『HD-DVD』だ」
「えっちでー、でーぶいでー? え、なんかエッチなヤツですか?」
初耳すぎる単語が飛び出してきて混乱したぼくは、つい中学生男子みたいな思春期丸出し発言をしてしまった。
ちんぷんかんぷんなぼくの様子を察したのだろう、先輩はコホンと咳払いをして「全然違う。順を追って説明する」とゆっくり話し始めた。
「まず、このディスクは市販されている映像作品のパッケージじゃあない。『~の呪いのビデオ』のようなタイトルのホラー映像作品はよくあるが、検索しても該当する商品はなかった。メーカーや映像規格の印字も為されていない。表面の赤い印字は、家庭用プリンタで作ったものだ。間違いなく一般消費者向けに発売されていた『録画用ディスク』だろう」
先輩の説明はいつものように理路整然としていた。
「そして裏面の読み取り側だ。『Blu-ray Disc』ならば青みがかって光るが、このディスクは銀色。つまり投稿者の推測通り、DVDなのだろう」
「だったらなんでプレーヤーに入れても再生できないんですか?」
「そこだ。さっき俺も学園内の視聴覚室で試したが再生不可能だった。ファイナライズされていないんじゃあないかとも思ったが、どうやらそういうワケでもないらしい」
「あの……そもそもその、”ファイナライズ”ってなんですか?」
「ファイナライズというのは、DVDレコーダーで録画用ディスクに映像を焼いた際に、ディスクを”録画用”から”読み取り専用”に変換する処理のことだ。ファイナライズ処理を施されていないディスクは、録画したプレーヤー以外の機器では再生できない。互換性を一切持たないということだ」
「は、はへぇ〜」
なんとなくは分かるけれど、専門用語が多くていまいちピンとこない。
そんな態度が露骨に顔に出てただろうけど、先輩は軽くため息をつく程度で話を続けた。
「知らないのも無理はない。映像作品をネットストリーミングで視聴するのが当たり前の時代になったからな。特に今の高校生からすれば、ディスクメディアなんてもんはとっくに廃れた前時代の遺物に過ぎない」
「先輩だって高校生じゃないですか。どうしてそんな古い規格に詳しいんですか?」
「オタクだからだ」
先輩は力強くそう断言した。
「オタクってのはいまどきアニメのブルーレイディスクを買う前時代的な生き物なんだよ。ネット配信でいつでも見られるにも関わらずな。特典だとかオーディオコメンタリー目当てで手を出しちまうんだ」
「へ、へぇ……」
ふいに現れた先輩のキモオタっぷりに若干引いてしまった。
とはいえ、そのおかげで今回の依頼は進展しそうでもある。
先輩のキモキモっぷりに感謝!
そんな諦観と共に先輩を冷ややかな視線で見ていたら、先輩はバツが悪そうにメガネをクイッと直して「続けるぞ」と言った。
「PCのディスクドライブに挿入して調べたが、このディスクにはファイナライズされた映像データが間違いなく録画されているってコトまではわかった。再生まではできなかったがな。ここまで条件が揃っていてもなお再生不可能となれば、このディスクは内部の『データが破損している』か『HD-DVD』かの二択になる。消去法ではあるが、おおむね間違いないだろう」
「データが破損していたらぼくたちで復元するのは難しそうですね」
「専門の業者に頼むしかないだろうな」
「それで、さっきから先輩の言っているHD-DVDっていうのは何なんですか?」
「HD-DVDは簡単に言えばDVDの進化版だ」
「え?」
そこで引っかかった。
ぼくだってさすがにそれが違うのは知っている。
「DVDの次って『Blu-ray Disc』ですよね?」
「その通り。だが規格の変わり目には”規格競争”ってのがつきものなんだよ。古くは『VHS』と『ベータマックス』が争ったみたいにな。HD-DVDはブルーレイの対抗規格として一部のメーカーに推進されていたが、結局はブルーレイに負けて廃れていったんだ。それまでにある程度商品が生産され、発売されてはいたが。現在となっては所持している人間は少ないだろう。いずれは誰からも忘れ去られるのを待つだけだ。諸行無常だな」
そういうわけで、先輩によりこの”再生できないディスク”の謎は解かれた。
仮説1.ディスク内部のデータが破損したDVDである。
仮説2.HD-DVDである。
この内容を依頼への返信として、ぼくはレターパックにディスクと手紙を封入した。
これで今回の依頼は解決になるだろう。
だけど、疑問がある。
「破損したデータだったら業者に頼むしかないですけど、もし本当に廃れた規格のディスクだった場合、もう再生機器なんて手に入らないんじゃないですか?」
「いいや。今調べたが、ネットオークションで対応プレーヤーがある程度出回っているようだ。中古家電を売っているような店でも探せば見つかるだろう。なんなら、探せば依頼人の祖父の遺品の中に対応しているプレーヤーが見つかるんじゃあないのか? なんにせよ、あとは依頼人に任せる。謎は解けた。俺たちの仕事は終わりだろ」
こうしてこの日のぼくらの”謎解き活動”は幕を閉じた。
一見順調に終わったこの依頼のことは、一週間も経てば頭の片隅からスッポリと抜け落ちてしまった。他愛ない、簡単な依頼として印象にも残っていなかった。
たぶんもう思い出すこともないだろう。そう思っていた。
一ヶ月後、依頼人の山﨑さんが亡くなったと知らされるまでは。
ΦOLKLORE:第壱蒐最終話 7 ”呪いのビデオ HD-DVD”




