72 高いところがお好き
ミュウレア、レイ、コルベットの三人は人造神の屋上に立つ。
地上から七百メトロンという高さだ。
いくら帝都に超高層ビルが多いといっても、これほどの建造物は人造神だけである。
よって視界を遮られることなく、遙か彼方まで見渡すことが出来た。
「おお、凄いなぁ! 妾は高いところが好きなんだ!」
ミュウレアはつい興奮してしまい、フェンスによじ登って帝都の街並みを見下ろした。
網の目のように走る道路。隙間なく立ち並ぶビルの数々。
そんな大都会に巨大な影を落とす物体が宙に浮かんでいる。
真紅の円盤。
それがついに帝都の上空に侵入を果たしたのだ。
朧帝國にはもはや、あの円盤と戦う力は一欠片も残っていない。
帝都を守るために戦い、とうの昔に壊滅してしまったのだ。
だからこそ、ミュウレアたちがテロリストになって人造神を占拠し、親切にも迎え撃ってやろうとしているわけだ。
「殿下……もうちょっと緊張感もちましょうよ」
「なんだよぅ。お前が緊張しているみたいだから、場を和ませようとしているのに」
とは言いつつ、ミュウレアも当然、緊張していた。
なにせ相手は朧帝國軍すら蹴散らして進撃してきた超古代文明の最終兵器。
人造神を味方につけたとはいえ、たった三人で挑むというのは、自殺行為に近い。
巫女たちには偉そうなことを言ったが、やはり怖いものは怖いのだ。
正直、逃げ出したい。
レイからすれば、朧帝國は祖国だから是が非でも守る価値がある。
一方、ミュウレアにとっては他人事だ。命を懸ける義務も義理もなかった。
しかし、神滅兵装に続いて人造神まで失われたら、もうあとがない。
あの円盤がいつまでも暴れているつもりなのか知らないが、ガヤルド王国に攻め入る前に必ず倒す。
「ところで殿下。クライヴは本当に来ると思います?」
「ん? まあ、来るんじゃないか? 妾のピンチに駆けつけなかったことはないからなぁ」
ミュウレアはのんびりした声で適当に返事をする。
不真面目に聞こえるかもしれないが、自分でもよく分かっていないのだ。
クライヴは白の大陸で行方不明になった。
普通に考えれば死んでいる。
彼がここに来ると断言するにたる論理を、ミュウレアは持ち合わせていなかった。
頭ではそう分かっているのだが、どうしてか来ると信じて疑わない自分がいるのだ。
その理由はやはり、彼がクライヴだから、としか言いようがない。
幼馴染みの危機を無視するような男ではないのだ。
あえて我が身を危機にさらすことによりクライヴを召喚してやろう――という気持ちすらあった。
「主様は必ず来ル。レイ殿は疑っているのカ?」
「疑ってないわよ! 私が一番、クライヴの強さを知ってるんだから!」
ミュウレアだけでなく、残る二人もこのような調子だ。
まっとうに考えたら死ぬ確率のほうが高いのに。
クライヴの名を口にするだけで、心の奥から勇気が湧いてきた。
つまり、のろけている。
ここに集まった者は全員、クライヴという罪作りな男にひっかかり、馬鹿になってしまった女なのだ。
クライヴのことなら無根拠に信じることが出来る。
「さて。ボチボチ始めるか。向こうがなかなか攻撃してこないから、こちらから先制攻撃だ」
「ですね。クライヴが助けに来てくれるのを待っているだけというのは嫌ですから」
人造神へと接続。
ミュウレアは灮輝力を使って大砲を形成。
レイも周囲一帯に火球を浮かべて、撃ち出す準備を整えた。
コルベットもまた、スカートの中から小型自律兵器アサルト・ドローンを飛ばし、戦列歩兵の如く空中に並べる。
「こちらの準備もOKですよー」
そして通信機から琥珀の声が流れてきた。
出し惜しみなしの総力戦だ。
「よっしゃぁ! 全員撃てぇぇっ!」
ミュウレアの号令で、屋上から火線が伸びた。
灮輝発動者として最大級の火力を持つ二人に加え、アサルト・ドローンからの荷電粒子ビームも加わっているのだ。
この集中砲火の前には、戦艦ですらひとたまりもないだろう。
そして更に。
「帝都防衛システム起動です!」
琥珀の声とともに、帝都のあちこちから光が昇った。
ビルの屋上や公園、川の中などに偽装して隠されていた灮輝力砲が、円盤へと砲撃を始めたのだ。
帝都が万が一、外敵から攻撃されたときを想定して用意された帝都防衛システム。
本来なら軍の管制室から制御するそれを、琥珀たち巫女が外部からハッキングし、勝手に動かしているのだ。
人造神の制御を行ないつつ同時に防衛システムも動かしているのだから、本当に大した演算力といえよう。
それぞれが持てる力を全て絞り出している。
これ以上はない。
だが、敵とこちらの戦力差は、その程度で埋まるようなものではなかった。
昼間の空を夕焼けに変えてしまうほどの火力を放っているのに、円盤は無傷。
こちらを嘲笑うかのように、ただ黙って静止し、全ての攻撃を受けきる。
やがて灮輝力砲は冷却のために砲撃を止め、ミュウレアとレイも疲労困憊。コルベットのアサルト・ドローンもエネルギー切れを起こす。
そうしてこちらの攻撃が止まった瞬間、円盤から声が流れた。
「もう終いか? 最後の抵抗にしてはあっけないぞ、人類」
アークの最終兵器から聞こえるのだから当然、アークの残留思念の声なのだろう。
そう考えていたのだが。どうにも聞き覚えがある。
むしろ忘れるわけがない。
世界の覇権国家、朧帝國の皇帝、賀琉の声である。
一体これはどういうことなのか。
あの円盤を動かしているのは賀琉なのだろうか。
だとすると彼は、アークの最終兵器を使って自分の国に攻めてきたということになる。
わざわざ白の大陸まで行って遺跡を掘り起こした目的がこれなのか。
流石に意味不明だ。
「皇帝陛下! そこにいるのですか!?」
レイが愕然とした声を上げる。
帝都を必死に守っていたら、攻めてきた敵が自分たちの皇帝だったのだ。
誰だって驚くに違いない。
「ほう。その声は裏切り者の焔レイか。許しがたい。罰をくれてやる。帝都ともに死ね」
レイの呼び掛けに対し、賀琉の支離滅裂な返答をして、そして円盤が発光する。
太陽を直接見てしまったときのような痛みが目に走る。
「高エネルギー反応でアル!」
コルベットが大声を出した。
アンドロイドである彼女には、この光景が具体的な数値となって見えているのだろう。
しかし数値が分からなくても、危機的だというのは一目瞭然だ。
かつてないほど、死が眼前に迫っている。




