39 コルベットの秘密②
「いいですか姫様。まず冷静に考えて、あなたの身長で十五歳と言い張るのは無理があります」
「おいコラ。喧嘩売ってるのか!?」
「なので五センチばかり身長を引き上げました。胸も完全に平らでは幼児にしか見えないので盛りました。言っておきますが、どちらも十五歳の平均値から見ればかなり小さいのですよ」
「クライヴ。お前、不敬罪だぞ。切腹しろよ切腹」
「不経済なのは姫様の体格でしょうに」
「失礼すぎてビックリした!」
ミュウレアは目を見開き、後ずさる。
怒りよりも驚きでいっぱいだ。
おそらく気が動転して反応に困っているのだろう。
「クライヴ。影武者というのはな、見分けが付かないほどソックリじゃないと意味がないんだぞ。いくら顔が同じでも、これだと一発で偽物だと分かってしまうじゃないか。いや、それ以前に影武者だと思ってもらえない」
「ええ。しかし、作っているうちに悲しくなってきたので」
「妾の体は悲しくなるほど貧相だと言いたいのか!」
「はい」
「誤解の余地がないほど短い返答だな! 妾もお前にそう言われて悲しくなってきたぞ!」
ミュウレアは驚いたり怒ったり悲しんだりと百面相だ。
見ていて面白い。
クライヴはだんだん楽しくなってきた。
「あのぉ、髪がピンク色なのはなぜでしょう?」
琥珀もうちわをパタパタやりながら会話に混じってきた。
「それはもちろん、一目でアンドロイドだと分かるように人間ではあり得ない色にしたんだ。俺の作るアンドロイドは精巧ゆえに、人間と区別が付かない。それはそれで問題があるからな」
クライヴがそう答えると、ミュウレアは奇声に近い大声を上げる。
「うぉぉぉいっ! 一目で分かったら影武者じゃないだろ! コンセプトからして支離滅裂だぞ!」
「姫様。そもそも俺は影武者などという小賢しいやり方が嫌いなんですよ」
「じゃあ作るなよ!」
「しかし一度請け負った仕事ですし。せっかくなので、姫様が思い描く『こうなりたい』という姿を具現化して差し上げようかと」
「嫌がらせか!」
「はい」
「なっ!?」
ミュウレアは絶句して固まってしまった。
その哀れな姿を、コルベットが無言でじっと見つめる。
コルベットのベースになった玄武参式のAIは学習型だった。
ゆえに感情的なものが芽生える余地がある。
が、コルベットに搭載するにあたって、帝國への忠誠心や闘争本能といった性格面の初期化を行った。
よって今の彼女は赤ん坊も同然。
感情が宿るまでには時間がかかるだろう。
つまりコルベットは今、自分を成長させるため、周りを観察しているのだ。
「それにしても、クライヴさんとミュウレアは仲がいいんですね」
こちらのやりとりを見ていた琥珀が感心したように言う。
「幼馴染みだからな。多少の冗談は許される」
「幼馴染みであろうと婚約者であろうと、踏み込んではならないラインがあるだろうが! 今のは完全に冗談でも言ってはならないことだ!」
「いやいや。まだまだ踏み込めるでしょう」
「く、来るなぁ!」
ミュウレアがうろたえている光景というのも非常に珍しい。
琥珀ですら興味深そうに見つめている。
そのことに気がついたミュウレアは、少し恥ずかしそうに居直り、コホンと咳払いをした。
「あー、うむ……それからだな。玄武参式のAIを流用したのは、一から作るより楽からだというのは分かる。しかし、なぜメイド服なんだ? お前は亀にメイド服を着せる趣味があるのか?」
「何を言っているのですか姫様。お手伝いアンドロイドはメイド服と相場が決まっているでしょう」
「肯定。我はスティングレイの船体制御と平行し、炊事、洗濯、掃除などノ家事を行う能力がある。学習機能により、仕える相手の好みに合わせて融通を利かせることモ可能」
「それは知っているぞ。スティングレイに乗ってからのご飯は全部コルベットが作ってくれたし、実際、美味しかった。しかし、そうか。家事手伝いをするからメイドなのか。妾はてっきりクライヴがメイド萌えなのかと思ったぞ。あはは」
ミュウレアはどこかホッとしたように笑う。
しかし、だ。
「いえ。俺はメイド服が好きですが」
そう、何気なくクライヴが暴露すると。
ミュウレアはカッと目を見開いた。
目を充血させ、ランランと輝かる。
なにかこう、鬼気迫るものすら感じられた。
「本当か!? お前、メイド服が好きなのかッ!?」
「ええ。清楚だし、家事が得意そうに見えます。俺は家事が得意な女性が好きですからね」
別にそれほど深い意味を込めたわけではないのだ。
ただ、ちょっとした好みの傾向を語っただけ。
なのにミュウレアは、噛みつくつもりなのかというほど顔を近づけてくる。
更に琥珀まで詰め寄ってきた。
「たとえば私がメイド服を着たら、可愛いと言ってくれますか!」
そう叫ぶ琥珀は過去最大級に必死だった。
「……まあ、琥珀は似合いそうだな」
そして、死にかけていたはずのレイまでが体を起こし、大いなる真理を見つけた賢者のような顔を作る。
「そうか……クライヴにはメイド服が効くのね! いいこと聞いたわ!」
などと言ってブリッジから飛び出していった。
「ああっ! あいつ裁縫スキルを使って自分のメイド服を作るつもりだぞ!」
「大変です、どうしましょう!?」
「慌てるな琥珀。ここに家事の達人がいるぞ。おいコルベット。お前、裁縫は出来るんだろうな?」
「無論。主様が作った家事プログラムをインストールした我は無敵である」
コルベットの返答に、ミュウレアと琥珀は満足そうに頷き会う。
「ならば話が早い。妾と琥珀のメイド服を作るのだ!」
「作るのです!」
そして二人はコルベットの手を引っ張り、レイのあとを追うようにして走り去っていった。
黒猫も琥珀の後ろを付いていく。
「な、何のであるカ? 人間のやることは予測不能でアル」
「にゃーん」
コルベットは不思議そうな声を出しながら引きずられていったが、実のところ、クライヴにも何が何だかサッパリ分からない。
人間のやること、というよりも、女の子のやるこが予測不能と言うべきであろう。
やれやれ、と言いながら三人と一機と一匹を見送ったクライヴだった。
それにしても。
どうやらこれから美少女三人がメイド服になってくれるらしいのだ。
実に素晴らしい。
喜びのあまり震えてしまう。




