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24.女騎士と剣聖の怠惰な同居生活

 コンコン、というノックの音で意識が戻る。

 びくん、と屈伸していた足が伸びて、後頭部を壁にぶつける。

「いって!」

 どうやら、体育座りしながら気絶するみたいに意識を喪っていたらしい。

「うっわー、寝ていたのか、俺?」

 変な姿勢で眠り続け態勢で、足が痺れている。起き上がるのもしんどい中、コンコンコンと何度もしつこいぐらいにノックされる。愛音がまさか帰ってきたのだろうか。スマホで時計を確認すると、既に夕方になっていた。

「うわっ、まじか! 八時間以上寝ていたのか? 俺?」

 当たり前とはいえ、当たり前か。あれだけの死闘があってまだ一日しか日が経っていないのだ。しかも今日は、愛しの人に告白していないのに振られたのだ。心身ともに疲弊していたらそれだけ熟睡してもおかしくないか。

 コンコンコンコン。

 さっきからノックの音がうるさっすぎる。ゆっくり落ち込んでいる暇もない。

「うるさいなー。分かった、今すぐ出ます――よぶっ!」

 鍵を開けた瞬間、あちらから全力で開け放たれたドアが鼻にぶつかる。

「ああ、悪いな。少しばかり力加減を間違えた。まだこういうタイプのドアには慣れていないんだ」

「お、お、お、お前は――」

 ぶつかった衝撃で倒れてしまい、なおかつ腰が引けてしまって立ち上がれない。なにせ、訪問者はそれだけの危険人物だからだ。

「インフィア! なんでお前がここに?」

 視線だけ動かして武器になりそうなものを探すが、それらしいものが何もない。徒手空拳でどれだけ相手できる?

「構えなくていい。もう、お前らとは戦うつもりなんてないと言っただろ」

「……だったら、何しに来たんだ?」

「挨拶だよ。お前が学校に来たら挨拶してやろうと思ったら、思っていたより重症だったみたいだな」

「あっ、挨拶って、お前、ジェドレンに帰ったんじゃなかったのか?」

「? どうして?」

「どうしって! あれだけ格好よく立ち去っただろうがあ! 普通あれが今生の別れぐらいのノリだと思うだろうが! なんで普通にお前はここにいるんだよ!」

「私は一言もジェドレンへ帰還するなんて言っていいないはずだが? そもそも標的であるオリヴィアを処刑できずに私がのこのこジェドレンに帰ったら今度は任務失敗した私が消されてしまう。だったら帰れるはずがないだろ?」

「おいおい、ってことはずっとここにいるつもりなのか?」

「少なくともオリヴィアがこの世界に健在している間、私達は帰れないな」

「そ、そんな……」

 一時的な不戦の宣言はあくまで口約束。いつ破られてもおかしくはない。俺は目の前にいる宮廷騎士に命を狙われ、満身創痍になるまで追い込まれたのだ。そんな奴が近くに潜伏していると思ったら怖気がする。

 なるべく近づかないようにしないと心臓が持たない。

「どれ、その傷みせてみろ」

「お、おい……! やめろ!」

 お近づきになりたくないと心の内で願っていたら、物理的に距離を縮めてきた。気遣うその手を振り払う。そんなことされると思っていなかったのか、意外なほどに傷ついた顔をしたインフィアを見やって俺も反応が遅れてしまった。

「うわっ!」

「ぐっ!」

 インフィアらしくもなくバランスを崩して、俺に倒れこむ。

床への衝突から守ってやるために、身体を張って庇った。

「だ、大丈夫か?」

「まあ――なあ!?」

 こ、これは……。

 もみくちゃになったせいで、図らずもインフィアが俺を押し倒しているようにも見える体勢。顔近い。やっぱり綺麗だな。近くで見るとよりそう思う。なんかいい匂いがする。愛音とすれ違った時にふと匂うシャンプーと同じ匂いがする。もしかして、同じ物を使っているのか? そして、互いの胸が接触している。これはやばい。色々意味で!

「さ、さっさとどけ! お前だって俺なんかとくっついて不愉快だろ!」

 俺は急いで肩に手を当てて押しのけようとするが、その手を握りしめられる。

「いいや、別に……」

「なに?」

「お前とこういう体勢になっても不愉快じゃない。私はな、強い奴が好きなんだ。ましてや私を負かしたお前のような強い奴はな……」

「そ、そうか……」

 なんだこれ?

 カァァ、と頬が真っ赤に染めあがる。

 は、恥ずかしい。他人から否定され、揶揄される日常を送る俺にとって褒められることに耐性がない。飾り気のない好意ほど胸にストンと落ちてしまう。こんな俺チョロすぎぃ!

「……どうした?」

「いや、なんでもない! なんでもないから!」

 愛音がいなかったら思わず恋に堕ちそうだったとか、そんなことないから! どんだけ俺は女と縁がなかったんだ。どうせ、愛音もそこまで重要な意味で好きって言ったわけじゃない。俺もさらっと適当に流せ! ん? 待てよ。なんで俺、気がつかなかったんだ。今更気がついたが、適当に流せない恰好をインフィアがしていた。

「あれ? なんだ、その格好? それに、学校ってまさか、お前……」

「お前達の通っている逸話北高校の転校生だよ。……制服姿似合っているか?」

「に、似合っているけど」

「そうか。それは良かった」

 近所に住んでいるとは思ったが、同じ学校かよ!

 何を企んでいるんだ、こいつ!

「なんでわざわざ同じ高校に?」

「我が主を守るためだ」

「我が主って愛音のことか?」

「……ああ、どうやら本当に貴様に打ち明けたようだな。我が主はお前だけには知られたくないようだったが」

 我が主、我が主ってさっきから気になるな。

 しっかりと、愛音のことを主と認めているんだ。あれほどの強さを持ち、誰にも飼われない一匹狼のようなイメージだったのだが違っていたか?

「それにしても、本当に『異世界転移パートナー制度』ってあるんだな。でまかせかと思ったけど、お前みたいな奴でも誰かの下につくんだな?」

「――私達は元々宮廷騎士だぞ? 誰かに従うことに抵抗はさほどない。それに、我が主は尊敬できる。戦士の才覚はなくとも、策士としては天賦の才をお持ちのようだ。私にはない才能を持つ主を私は誇りに思う」

「……へえ。仲良いんだな」

「まあ、同居していたら距離も近くなる」

「えっ? 同居? もしかして今、俺の実家に住んでいるのか?」

「ああ、そうだ」

 俺が出ていなかったらインフィアが同じ屋根の下で暮らす、なんていうこともあったのか。

「だ、だから遊びに来てもいいぞ。私に――じゃなく、愛音に会うために」

「ああ、まあな、そのうち、時間ある時に。いつか、きっと、多分」

「本当か!?」

「あっ、ああ、うん……」

 パアアァ、と表情を子どものように輝かせる。

か、可愛い……。普段クールな人が笑うとこんなにも可愛いのか。しかし、意外に純粋な人なのかもしれない。

 時間がある時に、なんて遠回しなお断りの定型文なのだが、それも理解していないようだし、こんな無邪気に嬉しがっているインフィアの期待を裏切ることなんてできない。気は進まないが、今度本当に実家に帰って――


「何をやっているんですか? 剣聖様」


 降ってきた声に俺はビクつく。オリヴィアが帰って来ていたことに俺は全然気がつかなかった。インフィアならばオリヴィアが近づいていることに気がついたはずだ。よしんば気がついていなかったとしても、普通どいてくれるはずだ。なのに、どうしてだろう。まったく、どく気配がないのは。

「オリヴィア、いや、これはだな」

「オリヴィア、遅かったな。致命的だぞ、この遅さは。もしも私が刺客ならば、貴様の主は死んでいたぞ」

「――くっ!」

「パートナーの自覚が足りない証拠だ。気が緩んでいるぞ」

「そ、それは――」

「いやいやいや。なんなのこれぇ! なんでシリアスモード投入してんの! なんで悔しがってんの!」

 本気か? 本気でこのやり取りやってんのか、こいつら! それともふざけているのか! だとしたら本当はこいつら仲良いんじゃないのか?

「とにかく、どいてください!」

「むっ。お前に指図されるいわれはない! 強くなければ居場所を確保することすらできないんだ! 悔しかったら強くなってみせろ!」

「私、いつか強くなる! ううん! 絶対に今強くなってみせる!」

「なんでこんなところでいい顔しながら本気の決意表明!? お前ら暴れるならどこか余所でやってくれないか!」

 よりにもよって倒れている俺の上でキャットファイト。止めるために俺は腕伸ばすがタイミング最悪。バランスを崩して二人一緒に倒れてきた。

「むっ」

「きゃっ!」

 むにゅん、と違う感触の胸が俺の両の手におさまってしまう。二人の胸をわしづかみにしてしまった。

「お前ら帰れええええええええええ!」

 照れ隠し気味に叫ぶ俺の顔に乙女たちの鉄拳が打ち下ろされる。

「最低です!!」

「最低だ!!」

「ごふっ!」

 これが、女騎士と剣聖の怠惰な同居生活。

 どうってことないことでケンカができる平和な俺達の日常だった。



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