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16.最強の罪人

 カタカタカタ、と勝手に拝借した剣が震えている。武者震いと強がりたいところだが、どうかな。俺は全国であらゆる猛者を見てきた。練習試合では同世代どころか師範レベルの人達とも剣を交えたことだってあった。

 経験値はそれなりに積んでいるつもりだった。

 だが、眼前にいる銀髪の女は、その経験を根底から崩すほどに強い。

 鳥肌ものだ。

 ひと気がなくなって、すぐに非常事態と分かりオリヴィアを探しだした。だが、そこにいたのは真剣を振り回す女。今にもオリヴィアは殺されそうだった。落ちていた剣を拾って、とりあえず何も考えずにぶん投げた。

 相手は明らかに敵。

 異世界からの刺客。

 返り討ちにされないように、オリヴィアの格上が来るのは当然だとしても、規格外すぎる。

 修練を積めばそれなりに他人の実力は量れるものだ。剣の握り方、重心、姿勢、視線の動き、眼に見えるあらゆる要素と眼に見えないオカルトじみた勘によって力量が分かってしまう。まだ切り結んでいるわけではない。それなのに、実感してしまう。

 俺は――絶対にこいつには勝てない。

 今まで出会ったどんな奴よりも強い。

 底が見えない。

 全身が今すぐ逃げろと叫んでいる。

 冷や汗すら出ないほどに怯えてしまっている。

 凍えてしまうほどに寒気を感じている。

 そんなみっともない俺の姿を見て、銀髪の女は感心したように眼を眇める。

「――ほう。一見して私の強さが分かるぐらいの強さなのか。……惜しいな。貴様のような奴とはほとんど会えない。どうせだったらもっと貴様に有利な条件で戦いたいものだ。悪いことは言わない。できることなら、今は退いてくれないかな?」

「余裕だな、あんた。悪いが、そいつを殺そうとするなら俺が相手になってやるよ」

「……聴いていた話と違うな。もっと冷めている奴だと思っていたが、私の記憶違いか? 貴様、本当にあの黒木剣聖か?」

「いいや、合っているよ。俺はクレバーを気取ったただ斜に構えた餓鬼だ。熱くなることや戦うことに否定的な黒木剣聖本人だよ。だけどな、人生には逃げちゃいけない時だって必ず一度はあるもんだろ。――それがきっと、俺にとっては今なんだ」

 話しているお蔭で目的が明確化でき、覚悟が決まった。震えも収まってきている。

 フッ、と微苦笑している銀髪の女は、剣を持つ手を上げる。反対側の足に重心を置いたその構え方は剣の構えというよりかは、フェンシングの構え方だ。

 俺の剣道の構え方が突進系と見極めると、俺が向かってくるのを待ち構えるような姿勢になった。剣の握りも弱く、どうやら様子見、俺の査定といったところか。その余裕は強さの表れ。油断している今が最大のチャンスだ。

「構えた――。あの姉様が、あの構えを? に、逃げて、くださいっ! 話し合いなんか通じる相手じゃない! 私の姉様は、最強なんです! 誰もその人には勝てない!」

「姉様?」

 蓄積されたダメージのせいで起き上がれないでいるオリヴィアが、聞き捨てならない単語を吐く。

「姉妹だろうがなんだろうが、戦場から逃げるような弱い奴は殺す。それが宮廷騎士『七罪剣』たる私の務めだ」

「……姉妹の癖に妹を殺そうとするなんて、あんたの方がよっぽど冷たい奴みたいだな」

 自分の妹の遺体を思い出す。

 無残に死んでしまった実の妹を俺は助けられなかった。

 あの無念は一生忘れることはない。

 それなのに、こいつは妹を自らの手で殺そうとしている。

「当然のことだ。そいつは騎士の誇りを傷つけた。その汚名を注ぐ機会をもらったのだ。王には感謝すらしている」

「……あんたの名前、なんだったかな?」

「インフィアだが、それがどうかしたか?」

「……ただ単に、喋られるうちに聴いておきたかったんだよ。徹底的にぶちのめす相手の名前ぐらいなあ!」

 ギリッと奥歯を噛みしめて踏み込む。

 剣を小刻みに動かして攻撃の初期動作を見破られないようにする。

「速いな。直線的には、の話だが」

 インフィアにスピードの乗った突きが当たらなかった。インフィアは下へと逃げたのだ。屈みこんで、そのまま身体をコマのように回転させる。ただの回転ではない。そのまま遠心力を利用して、重い一撃を俺にヒットさせる――前に、ギリギリで剣を間に滑り込ませて鍔迫り合いになる。

「ぐっ!」

 相手は俺と違って剣を振るうのに片手しか使わないし、華奢そうに見える彼女に俺以上の腕力があるとは思えなかった。だが、この重さは……。

「剣道なんてものは、しょせんは型に縛られた剣術。どれだけ究めようが、実戦で鍛え上げられた殺人剣には到底及ばない」

 逆手に持った鞘で顔面を狙われる。

「くそっ――」

 鍔迫り合いになっているのを利用して、両手に力を込めた反動で後ろへと瞬時に下がって避ける。剣道の基本動作の一つだ。だが、その行動を予想していたかのように、距離を詰めてくる。今度は横回転ではなく、倒れこむような縦回転。重力の力も借りた必殺の一刀が振り下ろされる。

「がっ!」

 剣で受け流し切れずに、頭から肩にかけて縦に血の亀裂が入る。流血が眼に入ってくる。拭う余裕などない。

「メェエエエンッ!」

 片目を瞑りながらも、気合を入れた面打ち。だが、それはインフィアの髪の先にかすっただけ。しゃがみこんでまともや横回転する。

 しゃがまれると、剣道の全ての攻撃は封じられてしまう。

 面、突き、小手、胴。

 剣道の攻撃は全て上半身への攻撃に限られるからだ。

 だからといって、今さら戦闘スタイルを変えることはできない。それ以外の剣術なんて俺は知らない。付け焼刃の剣術が通用するような相手じゃない。足のばねを生かした剣の切り上げに対して、俺はタイミングを合わせて飛びのく。

「……ほう」

 相手の攻撃に臆してすぐさま飛び退いていたら、相手はさらに踏み込んでいただろう。ここは、刹那のタイミングで避けるのが正解。殺人剣とやらの一刀一刀は強力だが、それ故に隙が生まれやすい。

「テェ、メェエエエエエエン!」

 小手と面をほぼ同時に繰り出すが、剣と鞘の二刀流によって捌かれる。俺はめげずに、連続で攻撃をしかける。

「チィ」

 インフィアが初めて動揺する。

 攻守が交代する。

 面、小手、突きを多用して連続で仕掛けていく。

 インフィアが防戦一方となる。

 別に俺がいきなり強くなったわけではない。

 剣道の速さに驚いたのもあるが、動きが鈍くなったのもあるがそれだけではない。竹刀の時ほどではないが、剣道とインフィアが使っている剣技の大きな違いは、手首の返しの速さだろう。

 剣道は竹刀を振り切ることはない。身体の各部に当てることに特化した競技。威力は弱いが、その分隙が少ない上に手数は多い。剣道による通常の攻撃において、トリッキーな動きをするインフィアを捉えることができない。ならどうするか? 動きを予想できないのなら、動かなくさせてやればいい。

 俺は威力を捨てた。

 攻撃をより最小限に、そして速くした。

 インフィアは二刀流を使っているが、だからといって手数が倍になる――そんな簡単な話ではない。ただでさえ返しの遅い剣技を使っているインフィアが、二本の腕を攻守共に動かそうとするならば、さらに遅れることになる。

「うっ」

 何度も剣を交えていくが、お互いに有効打を浴びせられない。

 インフィアが後ろに引くと、俺も大げさに飛び退く。仕切り直しといったところか。安全に距離を置くが、決して剣は下げない。

「はあ、はあ、はあ」

 今ので随分消耗してしまった。インフィアは息一つ乱れていない。くそっ、こんなことならもっと普段から運動していればよかった。剣道部から逃げていたせいで、この程度の動きでバテてきてしまっている。

「す、すごい……」

 オリヴィアが眼を剥く。どうやらまだ動けないようだ。

「久しぶりだ。この私と剣を一合交えてまだ立っていられる人間というのは……。なるほど。剣道もなかなかやるな」

「あんたもな」

「そうか。褒められたのなら、そろそろ私も本気でいかせてもらおうか。……願わくば……すぐには死んでくれるなよ」

 鞘を腰にかけると、一刀流にして向かってくる。あちらも速度勝負にきたということか? だったらその勝負受けて立って見せる。

「逃げてください! 姉様のスキルは最強なんです! だから、速く!」

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。

 立てないぐらいの傷を負っている癖に、俺のことばかり心配しやがって……。

「お前を置いて逃げられるかっ!」

 突破口なら見つけることができた。

 とにかく距離を詰める。

 中途半端な距離を保っていると、あいつは回転する。回転することによって剣の速度と威力を上げる。ならば、回転できないぐらいの距離で戦うのが最善だ。

 俺の動きに合わせてカウンターぎみの攻撃ばかりしかけてくる。派手な見た目とは裏腹に、後の先を得意とする相手。こちらが主導権さえ握ることができれば、押し切れる。

「はっ!」

 鋭い面打ちをしかけるが、まだ距離があるせいでインフィアはしゃがみ込んでくる。焦り過ぎた。相手に反撃を与えるチャンスを与えてしまった。――そう、インフィアに思わせることができたようだ。身体を回転させるこの動き、確かに強力だ。

 だが、その動きなら何度も見た。

 その攻撃こそ俺の待ち望んでいたものだ。

「そうくるのは、分かっているんだよ!」

 回転して斜め上にきり上げるその一連の動作を完全に見切った俺は、最小限の首の動作で剣を躱す。躱すと同時に俺は剣を振り下ろす。

「それは、こっちのセリフだよ」

「なっ――」

 インフィアの振り上げた剣が途中で止まっている。俺が見切ることを判断した上でのフェイントだった。俺は剣を振り下ろす動作を止めきれない。インフィアは身体を翻すようにして俺の剣を避ける。それから鞘を地面に突き刺して、両足で胸に蹴りを入れてくる。

「うっ!」

 カモシカのような蹴りによって、俺は吹き飛ばされる。

「くそっ、蹴り技? そんなことしてくるなんて……」

 しかも、付け焼刃の蹴りではない。ちゃんと威力のある蹴りだ。練習で培ったものか。それとも戦いの中で身に着けた動きか。どちらにしろ、攻撃のバリエーションは圧倒的にインフィアの方が上。

 剣道でなくとも相手に背中を向けて蹴りをいれてくるなんて、路上の喧嘩でも考えられない。こうなってくると剣だけでなく、全ての攻撃を警戒すべきだ。

「さて」

 そう独りごちるとインフィアは剣を鞘におさめる。

「まさか、居合でもするつもりか?」

「――いいや。重いから捨てるだけだよ」

 油断させるための虚言と思いきや、本当にインフィアは剣を投げ捨てた。

「なっ――」

「侮っていたよ。ワンパターンな攻撃しか仕掛けてこられないかと思いきや、なかなかどうして奥深い。一つのことを反復することによって技の練度や剣の速度もそうとうなものだ。だが、それでも私に傷をつけることはできない。……本当に残念だよ。お前の生まれがこの世界でなければ、きっとお前はもっと認められただろうに……。運命は残酷だ。生まれた場所で全てが決まってしまうのだからな」

 インフィアが地面を蹴る。

 手には何も持っていない。だが、だからといって俺がやることは変わらない。剣で撃退するのみだ。

「まさか、本当に徒手空拳で?」

 いくらなんでも舐め過ぎだ。

 考えられるのは暗器。武器を隠し持っている可能性が高い。俺は慎重に小手で様子見をすると、ガキン、と金属の衝突音がする。

「なにっ?」

 インフィアは剣を握っていた。落ちている剣を拾ったのではない。

 隠し持っていた剣を取り出したのでもない。

 虚空から剣をいきなり取り出したように見えた。動揺していると、インフィアは追撃するように何も持っていない左手を振ってくる。

「まさか――」

 何も見えない。見えないが、俺は顎を引く。その一瞬の判断が、俺を救った。やはり、インフィアがどこからともなく剣を出して攻撃してきた。ブシュッ、と首から血が噴き出る。致命傷ではない。少し斬っただけだ。あと少しでも後ろに下がるのが遅れたら、首と胴体がお別れしていたところだ。

「よくぞ避けた」

「このスキル……まさか、オリヴィアのものか!?」

 オリヴィアと同じスキルを持っているのか、こいつ? 想像したものを創造できるとしたら、相当に強い。実際、出してきた剣はさきほどより短い。俺との戦いに応じて速く振るえるものを選別したようだ。

 長剣と短剣でもない長さの剣に俺は翻弄される。回転技を封印した連撃が俺に襲い掛かる。手数があり、さきほどよりも隙のない攻撃に、俺の腕や肩が斬れていく。全てを捌くことができない。

 一端安全地帯まで引く。

 そして、油断してしまった。剣道は距離を測る競技。だからこそ、今立っている場所が安全か危険かを測るのは正確無比。あの剣の長さならば、一歩踏み込んでこなければ届かない。

 そう思いこんだせいで、俺は反応しきれなかった。

 ポイ、とインフィアは剣を捨てた。

 手が滑ったのではない。

 瞬時に長い剣を生成すると、俺に斬りかかった。

「がっ――」

 斜めに赤い亀裂が入る。

 避けきれなかったのは、生まれた環境のせいか。剣道に囚われたせいで、ほとんど無警戒のまま斬られてしまった。最早全身傷だらけで、あちらは無傷。お互いに傷なしの時でさえも圧されていたのだ。勝ち目など本当にない。あと、俺は何分、何秒、立っていられるのか分からない。

「……さ、三刀流か?」

「いいや――」

 ポイ、と今度は寮手の剣を捨てると、さきほどよりも短い剣を生成する。


「無限流だよ」


 上から叩き付けられるような剣の一撃を、こちらも剣で防ぐ。その隙に、インフィアは剣を手放して、手を振り切る。素手の振りきり。それだけでは何もならないが、新しい剣を生み出して俺の身体を斬る。

 こんなの防げるわけがない。

 どんなタイミングでインフィアが剣を手放すかなんてわからない。生み出すタイミングもだ。こんなの、俺もスキルを持っていないとどうしようもない。戦いにすらなっていない。

「本当に、オリヴィアのスキルか? それにしては、全然使い方が違う……」

「当たり前だ。オリヴィアは剣を連発して生成できるほど、スキルの熟練度があるわけではない。スキルは才能や環境によっていくらでも変わるんだよ。お前も、最初から私達と同じ世界で生きていたら、もしかしたら私といい勝負ができたかもしれないのにな」

「――いいや、まだ――負けていないっ!」

 後手に回っていたら見切ることはできない。ならば攻めて攻めて攻めつくすしかない。やたらめったら剣を振りまわす。だが、そんな精彩を欠く攻撃など、熟練の戦士にとっては見切ることは容易い。


 ガキィ――ン! と、剣が折れる。


 いや、わざと折ったのだ。オリヴィアにはそれだけの技術がある。同じ硬度の剣であろうが、使い手の剣の振り方によって名刀もナマクラになり果てる。力の入れや剣の角度次第で、いくらでも折れるといった言外の主張。剣を折ると同時に俺の心まで折る一刀。

「いいや――お前の――負けだ」

 俺は絶望に目を瞑ったりしない。瞬き一つすらしない。見逃したくないから。俺は、折れた剣の破片を目線で捉える。落ちていく剣を中空でつかみとると、ブシュッと手のひらから血が溢れる。そんなものを気にせず、俺は切っ先を突き立てる。

「あああああああああああああああああっ!」

「なにっ――」

 虚を突いた。

 ようやく一撃。

 勝てないにしても、一撃を与えることはできた――はずだった。

 ガッ、と剣が停止する。

 インフィアの身体に確かに突き立てたはずの剣先は、身体に触れるか触れないかのところで止まっている。俺が力を緩めているわけではない。ブルブルと手を震わせて本気で推し進めようとしている。だが、それなのに、剣はインフィアの身体に届かない。

「驚いたな。ここまで私に抵抗する奴なんて数える程度しかいないぞ」

「な、なんだ、これ以上剣が進まないっ! まるで見えない壁に阻まれているように!」

 ズバッ、とインフィアの剣によって、斜めに深く傷をつけられる。

「がっ!」

「剣聖様!」

 今までなんとか致命傷を避けてきたが、もう、だめだ。血を流し過ぎたせいか、立ちくらみが酷い。

「くっ、くそっ……!」

 膝を折る。

 何だ今のは? まさか、本当にこいつ最強なのか?

「これが私のスキル『完全守護領域パーソナルグラトニー』。私より半径二十五メートル範囲に入った者のスキルをコピーすることができ、さらにはそいつのスキル攻撃を無効化することができる。全てを奪い取ることができる。それが、私のスキルだ」

「なっ、そんなの……」

「最強だろ? どんなに強いスキルを持っていても私に喰われる。この私には誰も勝てないんだよ」

 剣の腕前で最強。

 スキルも最強。

 まさに最強の相手。

 誰一人としてインフィアには勝てない。戦う前から分かっていたが、まさかここまで差があるなんて……。

「逃げて、逃げてくださいっ!」

「馬鹿が。我が妹ながら頭が悪いな。こいつは逃げないし、もう逃げられない。お前のせいで血を流し過ぎた。まともに立って走れるかも怪しいもんだ」

「そ、そんな……」

「ぐっ……」

 嘆くオリヴィアは立とうとしている。よし、どうやら回復してきたようだ。これなら、あとは俺がオリヴィアの盾になって時間稼ぎをすればどうにかなるかもしれない。

 グググ、と起き上がるために、腕に力を込める。

「話に聴いていたのとは違うな。もっと冷静だと思っていたが、有象無象を切り捨てることもできないとは、ずいぶん甘いな」

「ぐあっ!」

 腕を蹴られて転がる。仰向けにされても起き上がろうとしたが、


 右腕に剣を貫通させられた。


「あああああああああああっ!」

 起き上がることができない。

 少しでも腕を動かすと痛みが迸る。

「強者の最低条件は孤独であることだ。独りだから強くなれる。お前だっていつだって他人から疎まれてきたんだろ? 独りぼっちだったんだろ? だったら、他人は切り捨てるべきだったんだ。私に勝てないのなら、もっと修行して強くなってから挑めばいい。そんなこと、最初に対峙していた時から分かっていたはずだ。それをできなかったのは、ただの怠惰だよ」

 オリヴィアは絶叫する。

「やめてください、もう、私を殺して!」

「殺してやるさ。少しばかりこいつに質問してからな。――なあ、黒木剣聖。お前はどうしてこいつなんかと一緒にいる? どうして守ろうとする? その理由は何だ? ただの倫理観か? それとも使命感か? どちらにしてもくだらないがな」

 俺がオリヴィアを守る理由。

 そんなの分かる訳がない。

 だって、守る必要なんてない。オリヴィアのことを疎ましいと思っていたはずだ。少しは一緒にいて楽しいと思えた。だが、その程度のこと。メリットはそれぐらいのもの。そんな奴を助ける理由なんてない。俺は他人を守ることの無意味さを知っているはずだった。それなのに、どうして俺はオリヴィアを助けたのだろうか。それを俺も知りたい。

 助けるために命をかけるその理由を。


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