伸び行く調略の手
今年は、攻められない限りは関東から打って出ないと宣言した事で、穏やかな一年を過ごせると思っていた豊嶋家の家臣達だったが、その思いは見事に裏切られ、多くの家臣達が慌ただしい日々を送っている。
うん、打って出ないとは言った。
内政に力を入れるとも言った。
だが、内政に力を入れると言っても、主に働くのは家臣の家臣達、俺からしたら陪臣の者達であり、直臣などの多くは指示を出し、報告を聞いているに過ぎない…、はず…。
なので、そんな家臣達の中から、目星を付けた者に命じ、奥州に所領を持つ国人衆を調略すべく、使者として北に向かわせる。
実際は奥州だけでなく、信濃や越前にも送り込んだけど…。
現時点で奥州の国人衆で主だった所は、葛西、相馬、亘理、伊達、最上、大崎、蘆名、田村、小野寺と言ったところで、あまり奥州の奥深くまで調略の手は伸ばさない。
無理をし過ぎて失敗すると後が面倒だから…。
実際は奥州だけでなく、信濃や越前にも送り込んだけど…。
同族である葛西氏の元には俺の父である豊嶋泰経に行ってもらい、相馬氏、亘理氏の調略は、同族の誼で、本佐倉城を居城とする千葉兄弟に行ってもらう。
因みに白川結城氏に関しては、足利成氏に調略を依頼している。
佐竹の所領にちょっかいをかけていた岩城氏は、足利尊成によって大打撃を受け、古河足利家に臣従を申し出たので、白川結城氏の調略が成功すれば、白川の関を越えて郡山、猪苗代、二本松方面に兵を進められるうえ、葛西、相馬、亘理の調略が成功すれば、太平洋側を通り、一気に奥州の沿岸部を制する事が出来るのだ。
そのうえで、豊嶋家に従わない場合、山間部が多い奥州内陸部に所領を持つ国人衆に対し、沿岸部を押さえた豊嶋家が塩を含む荷留めを行うことで干殺しを行い、反対に豊嶋家に従った国人衆には適正価格で荷を売る。
適正な価格で様々な物を買う事が出来た国人衆は、荷留めで苦しむ国人衆に物を売るだろうが、そこで豊嶋家に従った者は利を得て、従わなかった者は困窮度を増すことになり、豊嶋家に従う事の利を見出すはずだ。
奥州は血縁関係が複雑に絡み合っているので、最初から無理に攻めて滅ぼすよりも、段階を踏んだ方が良いはずだ。
最終的に豊嶋家に従わない国人衆は攻め滅ぼすことになるけど…。
因みに、信濃の調略対象は主に上諏訪家の諏訪頼満に力を入れている。
諏訪を統一し、信濃の名家である諏訪家を一つにさせ豊嶋家に臣従させる事で、そこそこの数の国人衆が調略をかけなくても臣従を申し出るはずだ。
豊嶋家としては、信濃の統一を目指すより、美濃への道が出来ればそれでいい。
なので諏訪郡の他は伊那郡、筑摩郡、ついでに佐久郡を手中に収められば良い。
北信濃は、長尾景春が越後を攻略した後に上野、越後の2方面から制圧すればいいし、安曇郡方面は、小笠原家が豊嶋家の邪魔をしなければ、こちらから攻める必要もない。
恐らく、伊勢盛時辺りが信濃守護である小笠原長朝辺りを唆し、豊嶋家の信濃進出を邪魔するだろうが、その時は完膚なきまでに叩き潰せばいいだけだし。
うん、伊勢盛時からしたら、豊嶋家に甲斐を押さえられ、さらに信濃の伊那郡をも押さえられると、駿河を脅かされるだけでなく、これから手に入れようとしている遠江も豊嶋家に掠め取られる可能性があるので、伊那郡に割拠する国人衆達の調略に必死なはずだ。
まあ諏訪家を傘下に収めれば、信濃の国人衆達が豊嶋家に向ける目が変わって来る。
伊勢盛時に調略をされていても、豊嶋家に鞍替えする者が出て来るはずだ。
後は、越前。
現在の状況は、越前守護である斯波家が朝倉家に越前を奪われている状態で、斯波義寛は越前を奪還しようと気張ってはいるが、昨年の六角討伐では斯波家、朝倉家共に幕府方として近江に兵を出しており、幕府も朝倉家の越前統治を黙認している。
史実ではこのままいけば朝倉家が越前守護になるが、まだ斯波家の力が衰えていないので朝倉家からしたら脅威でもある。
なので、現朝倉家当主、朝倉氏景と通じておく…。
と言うのは建前で、朝倉小太郎、(後元服時に朝倉教景と名乗るはず)(後の朝倉宗滴)と知己を得ておいて、いずれ朝倉家を継がせる。
まだ11歳ぐらいだから、早い気もするが、優秀な武将は早いうちに押さえておきたい。
あとは、目ぼしい所で尼子家だが、尼子はまあ書状のやり取りだけしてればいいと思われる…。
史実と違い、今の尼子経久は、尼子に敵対する国人衆に謀反の疑いありと旨いこと、守護である京極政経を誑かして、討伐という大義名分を得る事に成功し、現在は破竹の勢いで出雲を席捲しているし。
やっぱり尼子経久は謀将の素質があるね。
風魔衆10名程を経久の元に送り出雲攻略の手助けをさせてるけど、報告では鉢屋衆とうまい事組み合わせて使いこなしているとの事だ。
いずれ鉢屋衆から祭礼や正月に演じる芸をなどを風魔衆に学ばせて諜報力の強化につなげよう。
風魔衆と言えば、実は今年の1月5日、豊嶋家で年始の大評定が開かれた日の夜、新年で人の出入りが多い山科本願寺に忍び込んだ風魔衆が、寺の各所に火を放ち、その混乱に乗じて本願寺蓮如、実如親子を暗殺しようとしたが、失敗し、本願寺蓮如、実如親子は僧兵や信者に守られて加賀に落ち延びてしまった。
風魔衆も加賀まで追跡をしたが、守りが硬く、加賀までの道中での暗殺も出来なかったらしい。
足が付かないよう、六角討伐の後で京に留まり雇い主を探していた足軽…、いや野盗の類を六角の名で雇い襲撃に加わらせたから、まさか本願寺蓮如、実如親子も豊嶋家が暗殺しようとしたとは思わないだろうな。
それにしても、暗殺失敗は痛い。
これで加賀で一向一揆が起きて本願寺が国持ちになってしまう。
一向宗は面倒なんだよね。
織田信長も手を焼いたぐらいだし。
本願寺対策を考えないと…。
とりあえず、畿内から本願寺勢力を追い出すよう、他宗派の寺社を支援し、本願寺勢力が根を張りそうな地域には悪い噂を流す。
あとは、朝倉家と本願寺がぶつかるように仕向けるしかないか…。
まず三河、安芸、越中、飛騨、そして雑賀衆と手を組ませないよう紀伊ってところか。
恐らく加賀は手遅れだろうから、守護家を中心に噂を流す程度で諦めよう。
安芸に噂を流すのは尼子経久に理由を説明し実行してもらい、尼子経久の力量を見極める。
他は風魔衆に命じ即座に実行に移す。
やっぱり、本願寺蓮如、実如親子を討ち漏らしたのは痛いな。
稚拙な文章ではございますがお読頂き誠にありがとうございます。
また誤字報告ありがとうございます。
本当に、誤字脱字、言い回し等、稚拙で申し訳ございません。
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