和議の使者
■日野の陣 豊嶋宗泰
「さて、其方に命じていた和議の条件案だが、如何相成った?」
「こちらを…」
日野の陣の一室で、足利成氏と和議を結ぶにあたり、斉藤勝康に、この条件ならば成氏が和議を結ぶであろうと言う条件を紙に書き出すよう命じていたのだが、どうやら案が纏まったらしい。
「ふっ、成氏に臣下の礼をとるのはともかく、扇谷上杉家から奪った所領の返還に加え、下総の返還か…、和議と言うより降伏だな…」
「恐れながら現状ではこの条件でも厳しいとは思いますが、某が必ずや纏めて見せまする」
「確かに多少厳しくとも、勝康なれば成氏を説き伏せられるであろう。 だが俺が出す和議の条件はこれだ。 纏められるか?」
そう言うと、下座に控える斉藤勝康に、和議の条件を書いた紙を渡す。
条件の書かれた紙を読み進める程に斉藤勝康の顔が険しくなり、最後には天井を仰ぎ見て、なんと言葉を発すればいいのかを考えていると言った表情になる。
「恐れながら…、この条件では到底和議は纏まりませぬ。 この条件で和議を結ぶには…」
「であろうな。 俺が成氏であってもこの条件では如何に弁舌に長けた者が使者として来ても追い返すであろう」
「では何故このような条件を?」
「最初から条件を落として居たら足元を見られよう。 なれば最初は強気の条件を出し、その後徐々に妥協案を出してゆけば良い。 もしかしたらその方が出した案より良い条件で和議が結べるかもしれぬであろう?」
笑いながらそう言うと斉藤勝康は苦笑いを浮かべつつ、俺に問いかける。
「殿は本気で和議を結ぶ気がございまするか? 某には和議の交渉をする事で時間を…」
「それ以上は言うな。 成氏を相手に和議の交渉をしに行く者がそのような事を考えていれば悟られるぞ。 其の方は依然として強気でいる主に命じられ、困り果てながらも来た使者を演じねばならぬのだ」
「失礼いたしました。 まずは殿の出した条件を伝えたうえで、向こうの出す条件を持ち帰りまする。 某の首が繋がっていればですが…」
「仮にも公方と名乗っておるのだ。 流石に条件を聞き怒り心頭となろうとも、使者として来た者の首を刎ねはすまい。 それに勝康は首を刎ねられることは無いと申しておったであろう。 しかも其方は京の公家衆と繋がりが深いのだ、首なぞ刎ねようものなら京で成氏は悪人であるとの謗りは免れぬ。 成氏も馬鹿ではないであろう故、無事帰って来れるであろう」
「そうであれば良いのですが…」
「それと、先程、風魔衆が道灌よりの書状を持ってまいった。 駿河は斯波が兵を引くと言い出した事で、慌てて和議を申し込んで来たとな」
「和議にございますか? して条件は?」
「富士川を境に富士郡を、そして駿東郡の割譲だ。 道灌の読みでは農繁期が終われば伊勢盛時と小幡満秀により家督争いが始まるだろうとの事だ」
「なるほど、このまま兵を進めるよりも、一旦和議を結び豊嶋の脅威を一時的に棚上げさせる事で伊勢と小鹿を争わせ両者の力を削ごうと言う事にでございまするな。 理に適っているかと」
「いずれ駿河は豊嶋が獲るが、今、無理に駿河を攻めて恨みを買うよりも、家督争いで疲弊したところで攻め込めば、無駄に兵を失う事も無いうえ、買う恨みも少ないと言う事だ。 この事も和議の交渉に使って成氏を揺さぶれ」
「承知いたしました。 しかし駿河の事を持ち出しても成氏様にとっては些事に過ぎず…、いや、何でもござりませぬ…」
流石にこれ以上問答をしても無駄と判断したのか、斉藤勝康は諦めたような表情を浮かべている。
う~ん、やっぱり、豊嶋、太田、三浦、成田、里見の所領である武蔵、相模、伊豆、下総、安房、上総の一部に、駿河の一部の安堵は流石に無理があるよな…。
使者として成氏の元に出向く斉藤勝康の首と胴が繋がった状態で帰って来ればいいんだけど…。
うん、きっと大丈夫だ。
多分…。
■川越 足利成氏軍 本陣
成氏が本陣としている屋敷の広間に集まった諸将は今にも太刀を抜き、斬りかかるのではないか、と言う程に殺気立った視線を1人の男に向けている。
だが殺気立った視線を一身に浴びている男は、そのような視線など気にならないと言わんばかりに堂々と、主から持たされた書状を読む成氏の顔を見つめている。
「はぁ~、馬鹿げている! 怒る気にもならん。 其の方、名は斉藤勝康と申したか。 この書状に書かれておる事を承知で和議の使者として参ったのか?」
「委細承知しております。 我が主、豊嶋武蔵守宗泰は、関東静謐の為、公方様と和議を望んでおりますれば、何卒ご英断の程、お願い申し上げまする」
怒りを通り越し、呆れた顔をしている成氏の言葉に対し、斉藤勝康は真面目な顔でそう述べて平伏する。
「恐れながら公方様、豊嶋はどの様な和議の条件を?」
成氏の表情と斉藤勝康の表情を交互に見ていた諸将の中から、豊嶋から和議を望んでいると言う事は、大幅に所領を割譲し、さぞかし平身低頭した内容であろうと満足げな表情をしながら上杉顕定が成氏に書状の内容を聞くと、周囲の者達からも「如何なる条件にございまするか?」などと声が上がり出した。
「はぁ~、顕定、書状を読み上げて皆に聞かせよ!」
投げるようにして書状を上杉顕定に渡すと、受け取った上杉顕定は声を大にして読み始めた…、が、直ぐに書状を持つ手が震えだし、読み上げる声が小さく、そして怒りを押し殺したような声になっていく。
上杉顕定が書状を読み終えた時には、本陣に集まった諸将の一部は鬼の形相で太刀手に取り、命があれば即座に斉藤勝康の首を刎ねると言わんばかりに身を乗り出している。
「斉藤勝康、もう一度聞くが、其方はこの書状に書かれている事を知ったうえで使者として参ったのか?」
「左様でございまする。 我が主、豊嶋武蔵守宗泰は関東の静謐の…」
「黙れ!! 関東の静謐だと? 武蔵、相模、下総、上総で好き勝手し、多くの者より所領を奪っていおいて静謐の為にと申すか!!! 豊嶋へ其方の首を送り返し、返事としてくれようぞ!!」
斉藤勝康の言葉を遮るかのように、怒号をあげた成氏は、手に取った太刀を鞘から抜くと、大股で勝康に近づき、上段に構える。
「公方様ともあろうお方が、使者を斬られますか? 無礼討ち…、そう言えば聞こえはようございまするが、この日ノ本に住む者達から、古河の公方様は怒りに任せ使者を斬り殺す程の粗暴者、気に入らぬことがあればすぐ太刀を抜き使者を斬り殺す癇癪持ちと謗られましょう。 朝廷を始め幕府も敵に回すやもしれませぬが、それでも使者である某をお斬りになられまするか?」
「余がそのような脅しごときに怯むと思うたか!!」
「恐れながら、脅しではございませぬ。 某は官位を賜る為に京に滞在し、多くの公家と昵懇になり申しました。 また、わが主、豊嶋武蔵守宗泰は朝廷の覚えも目出度く、公家の方々からも、また幕府の方々からも信頼が厚うございまする。 江戸の城下には公家の方々が屋敷を構え、今も滞在されておりますれば、某の申す事に偽りなどございませぬ」
振り上げた太刀が小刻みに震え、怒りに染まった顔で、物怖じせず堂々と成氏の目を見ている斉藤勝康を見下ろすように睨みつけた成氏の太刀が…、その場に居る者達の総意を乗せた刃が、右斜め上から斉藤勝康の肩口に振り下ろされる。
誰もが次の瞬間、その場で斬り捨てられ、息絶える姿を予測していたが、成氏の振り下ろした太刀は斉藤勝康の肩に触れる寸前で止まった。
「少しでも動くか、命乞いをしようものなら斬り捨てようと思うたが、微動だに一つせぬとは…、余に斬られぬと分かっておったか?」
「公方様のお考えは某如きでは計りかねまする。 ただ、ここで某が斬られれば主が朝廷、幕府を味方に付けこの合戦に勝利し、某が斬られず和議の話を進められれば、無益な争いが避けられる。 それだけにございまする」
「ならば帰って宗泰に伝えよ。 和議の条件は、長尾景春が兵を挙げる前の、豊嶋、三浦、太田、成田、里見の所領安堵、それ以外は差し出す事だ」
「では帰って主に申し伝えまする」
そう言うと、斉藤勝康は殺気立つ諸将の視線を受け流しながらその場を立ち、成氏の本陣を後にし、日野への帰路に就く。
「はぁ~、まったく、寿命が縮む…。 微動だにもなにも、身体が竦んで動けなかっただけに決まっておろうが」
「何か申されましたか?」
馬の背に揺られる斉藤勝康の独り言に、家臣が反応するが、「何でもない」と返し、その後、今後の事について頭を働かせる。
次から使者として成氏の元に赴いても殺されることは無いはず。
だが、次回は条件を多少なりとも妥協して見せねば和議の交渉を打ち切られる可能性がある。
殿も無理難題を命じられる…。
これならば、京の公家相手に腹の探り合いをしている方がはるかに楽だ。
事が成就すれば豊嶋家内で重きを成せる。
まあ成就せず豊嶋が滅んだら、成氏に仕えるのも一興だな…。
稚拙な文章ではございますがお読頂き誠にありがとうございます。
また誤字報告ありがとうございます。
本当に、誤字脱字、言い回し等、稚拙で申し訳ございません。
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