古河の密議
「それで、千葉孝胤は佐倉を失い仲島城(千葉県旭市)へ、真里谷信勝は真里谷城を落とされ庁南城(千葉県長生郡長南町)へ退いたと」
家臣からの報告を受け、古河公方こと足利成氏が不機嫌な顔をしながら、古河城に来ている長尾景春の方を見る。
「公方様が一旦兵を引き上げたとの報が間に合わず、また豊嶋の挑発に乗せられたものと思われまする。 某が公方様の元へ訪れるのが1日遅かった事、後悔しております」
「1日だと? 余はそのような事を言っているのではない!! 其方の策は的を得ていた故、此度は兵を引いたが、何故千葉、真里谷は豊嶋に攻めかかったのかだ! 権六!! そなたの手の者には一昼夜駆ける事が出来る者がおると言っておったであろう!! 何故千葉、真里谷にワシの命を届けられなかった!!」
権六と呼ばれた者が庭に平伏している。
「面目次第もございませぬ」
権六は伊賀の百地家の分家で、関東に下った者達が豊嶋家で重用されているとの噂を確かめ、関東の有力者が同様に伊賀の者を重用するか、仮に重用されないにしても金になるかを確かめる為に、手下を50人程連れてやって来た。
そして豊嶋家で伊賀の者が重用されているのを確認し、豊嶋と敵対するであろう古河公方である成氏に自分達を自ら売り込み雇われていた。
「面目次第もではすまんわ!!! その方の手の者が千葉、真里谷にワシの命を伝えておれば豊嶋が増長する事も無かったのだ!」
与えられた命を達成できず、叱責を受ける権六は、平伏したまま黙り込む。
「公方様、恐れながらこの者達を使ったのが誤りだったのではござりませぬか? 伊賀よりこの地に来て日も浅い者達、地理にも暗く、思うような働きが出来ぬのも当然かと」
「景春!! その方は余の判断が間違っているというのか!!」
成氏の怒りが権六から景春に向かうが、景春はさして気にする様子もなく落ち着いている。
「公方様のご判断は間違っておりませぬ、しかし権六の話では千葉、真里谷共に豊嶋の挑発に乗り軍を動かし続けていたとの事、そのような状況で命を伝えるのは困難かと。 しかも忌々しい事に里見が公方様に背いた事で…。 そう考えますれば、むしろ此度、功を焦りし千葉、背後を疎かにした真里谷に非があると思われます」
「分かっておる!! 分かっておるが…。 まあよい。 権六の働きでわが軍に紛れ込んでいた豊嶋の間者、そして紛れ込もうとした間者、確か風魔衆というたか、その者共の首を刎ねる手柄を挙げているのは知っておる。 紛れ込んだ風魔衆が流言を流したりする事を防ぐ事が出来ると分かったのだからな」
成氏がそう言うと、広間に集まった重臣達の多くが一様に頷き同意する。
成氏に同意し頷いた重臣達は己の手勢に豊嶋の間者が紛れ込んでいた者達だ。
実際には風魔衆ではなく、風魔衆に雇われた野盗などが紛れ込んでおり、定期的に風魔衆へ情報を流していたのだが、その多くが百地権六の手の者によって首を刎ねられていた。
首を刎ねられた者の数は54、成氏自身もまさかこんな多くの間者が紛れ込んでいるとは思っておらず、初めは信じていなかったが、目の前で拷問を受け、豊嶋の間者である事を自白する様を目にし、背筋が寒くなるのを感じだほどだ。
この者達が乱戦の最中、一斉に流言を流したら…、または味方と油断させて自分達に刃を向けて来たら…、と。
「権六! 古河に入り込んでおる豊嶋の風魔衆を一人残らず討ち取れるか?」
「恐れながら難しいかと…」
「何故じゃ? 軍に紛れ込んでいた者は討ち取れたであろう。 何故出来ぬ?」
「我らが古河に来て1月程経ちますが、風魔衆と思われる者を何度も見かけましたが、連雀商人に紛れており、また大店と思われる商人の中にも紛れ込んでおります。 それらしき者を討ち取る事は容易いですが、悪い噂が立つ恐れが…」
「悪い噂? どういう事…、いや、確かに間者とは言え商人等に化けて古河に入り込んでいる者が殺されたとなれば、商人達が古河を避けるという事か」
納得した表情を浮かべる成氏に、景春が言葉を更に付け加える。
「恐らく、商人に扮した間者を始末すれば、風魔衆が商人達に古河の治安が悪いなどと噂を立てる可能性もございますな」
「ふむ、では古河を嗅ぎまわる風魔衆には手を出せぬか…」
腕を組んでため息をついた成氏は、手に持った扇子をしゃくり近習の者に指示を出す。
すると、あらかじめ用意されていたであろう、袋に入った金を近習の者が庭に控える権六に投げ渡す。
「褒美じゃ! この後は関宿城城主である簗田成助の命に従え!」
成氏の言葉に権六は平伏し、地面に落ちた金の入った袋を手にしその場を後にする。
それを見ていた景春は一旦、千葉、真里谷の件は後回しにし、今後についての話を進めるよう成氏に促すと、成氏も過ぎた事で時を費やす事を無駄と思ったのか、その場を締めた後、今後については現在古河に呼び寄せている宇都宮、小田家、小山家、佐竹家、那須家、結城家、江戸家の当主達と一部の重臣で話し合う事にした。
そして翌日、古河城の一室に一同が集まり、床に置かれた地図を囲んで車座に座ると、成氏が口を開く。
「ここに居る一同は、余に従う忠義の者を集めた、わけは単純、その方らが信を置ける者達だからだ。 よいか、これから話す事は他言無用! もしその方らの家臣に話せば豊嶋の間者に嗅ぎつけられると思え」
成氏の言葉に、集まった一同が、無言で頭を下げる。
「皆も知っておろうが、余は関東管領である上杉顕定と和議を結んだ。 これにより関東で余に従わぬ者と言えば、常陸に所領を持つ一部の国人共と豊嶋、三浦、そして里見だ。 常陸の者共は所詮小物故捨ておくが、豊嶋、三浦、里見は捨て置けぬ。 特に豊嶋と里見は確実に滅ぼさねばならぬ」
里見は元々、成氏が先代を取り立て、嫡男に偏諱を与え里見成義と名乗らせたのだ。
にもかかわらず、成氏を裏切り豊嶋に同心し、真里谷の所領を攻め取った事で、成氏の中で豊嶋と同じく滅ぼさないと気が済まないといった感じだ。
「恐れながら申し上げます。 豊嶋はここ数年で勢力を拡大致しましたが、所詮は豊嶋に逆らえぬ国人共が従っているに過ぎぬかと。 公方様が大軍を率い攻め込めば、豊嶋に従っている国人共も公方様の元に馳せ参じましょうぞ」
「その通りでございます。 公方様には申し上げにくい事ではございますが、一度奇策で公方様に土を付けたことで、付け上がっているだけにございます」
「左様、あの轟音が轟く鉄砲なる物も手に入れ、鍛冶師に作らせておりますれば恐るるに足りませぬ。 それに手に入れて分かった事ですが一度放つと、次に放つまでに時がかかります。 最初の一撃を防げば後は役立たず」
成氏の言葉を聞き、集まった者達の多くが豊嶋を攻め滅ぼすのはたやすいと口をそろえる。
「皆々様に申し上げます。 豊嶋宗泰、あれは一筋縄ではいかぬ傑物でございます。 わが父もあの者を絶対に敵に回すなと常々申しておりました。 合戦で、あの道灌を破り所領を拡大しただけにとどまらず、公方様に土を付け、目聡く大義名分を作り、武蔵、相模、そして此度は下総と上総の一部を手に入れた手腕、甘く見てかかると痛い目に遭いまするぞ!」
豊嶋家など簡単に滅ぼせると息巻いている者達の視線が一斉に景春に向けられる。
「臆したか!! そのような事を申しているから関東管領殿も扇谷上杉家も豊嶋の手玉に取られたのであろうが」
「それは違います。 確かに扇谷上杉の愚行はございましたが、長きに渡り堀越に留まっていた足利政知を抱き込んでおります。 これは幕府を味方に付けたのと同じこと、数年前まで武蔵のいち有力国人だったにもかかわらずですぞ」
景春が豊嶋家の成長速度の異常さを説くが、集まった者の殆どが、景春に向けて弱腰と罵る。
「静まれ!!! 余も景春の言葉には一理あると思っておる。 だが余は負けるつもりはない! これより豊嶋を滅ぼす策を景春が説明する。 心して聞け!」
成氏の一喝で静かになった部屋で、景春が淡々と策を話し始める。
景春の策を聞いた一同は、反論する事も出来ず地図を見つめている。
「良いか、今は常陸の小物など放っておけ、里見も後回しだ。 合戦が始まれば三浦は加勢どころではなくなる。 豊嶋とそれに与する者を滅ぼし、鎌倉の政知を生け捕るのだ! 豊嶋を滅ぼし、政知を生け捕れば、関東を平らげるのは、赤子の手を捻るようなものぞ!」
成氏の言葉に一同が平伏する。
「それともう1つ、豊嶋を滅ぼした暁には、古河から江戸に本拠を移し、鎌倉は祭事を執り行う場所とする」
景春の策を聞き、成氏が場を締めたが、反論する者は居なかった。
なぜなら、その場に集まっていた者達は、景春の策よりも優れた策を思い浮かばず、また江戸の発展ぶりを耳にしており、古河よりも江戸の方が関東を統治しやすいと思えたからだった。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
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