和睦の条件
昼過ぎに始まった国府台での合戦は千葉・真里谷軍が総崩れとなり豊嶋軍が勝利した。
そして現在、暗闇の中で逃げ惑う千葉・真里谷の兵達にとって悪夢のような状況となっている。
下総は千葉家の影響力が強い為に、農民による落ち武者狩りは無いものの、後ろを振り向くと、無数の松明が連なり万の大軍が追いかけているという恐怖に駆られる。
実際の所はと言うと、追撃する兵達も松明を持っているが、通り過ぎた場所に後続の兵が農民などに金を渡し、松明を持たせ道沿いに立たせているだけで、追いかける兵は2000程に過ぎなかったりする。
連なる松明の灯が動かないのだから、冷静になれば気付きそうだが、恐怖に駆られた者達は、そのような余裕も無く、ただただ逃げる。
「上中里村の五郎太! 兜首を討ち取ったぞ~!!」
時折聞こえる首級を挙げたものの、聞こえて来る勝ち名乗りの声が更に逃げる兵を恐怖に駆り立てた。
夜を徹して行われた追撃は豊嶋軍が佐倉の入り口に当たる臼井まで進んだ所で止めて日の出までのわずかな時間を休息に充てる。
一方、真里谷軍を追う赤塚資茂と豊嶋泰明の兵も確実に真里谷の兵達を討ち取っていく。
こちらは風魔衆が所々で偽情報を叫び、逃げる兵達を惑わせ足止めを行った為に千葉軍よりも凄惨な状況になっていた。
「浜にお味方の船が来て退却する兵を乗せているぞ~!!」
走っていた兵達の耳にそんな声が聞こえ、藁をもつかむ思いで浜に向かうも、そこに船など無く、呆然として立ち尽くしている所に豊嶋の兵が襲い掛かる。
そして、逃げる真里谷軍の兵達にとっての悪夢は上総に入ってからだった。
上総国、江戸湾の沿岸部の国人衆が逃げて来た真里谷軍を狩り出したのだ。
江戸湾沿岸部の国人衆達は、以前、伊豆の海賊衆に襲撃を受けた後、江戸の商人を通じて豊嶋家から支援を受けており、海運を通じても豊嶋家と繋がりがあり、多くの家が豊嶋家に好意的な立場を取っていた。
そして国府台で行なわれた合戦で真里谷信勝が敗れたとの報を知らされ、反旗を翻したのだ。
小早船を使い、沿岸部の国人衆へ、豊嶋家に従うなら所領を安堵を約束する旨を伝えてある。
当然、里見軍が真里谷城を攻めている事も聞かされており、今、豊嶋と争い、仮に上総への侵攻を食い止めたとしても、褒美は望めず、それどころか真里谷信勝から里見攻めの為に兵を出すように命じられる可能性が高く、なれば豊嶋に従った方が良いと思う国人衆が多く居た。
実際、真里谷信興も数十騎の馬廻りと共に庁南城(千葉県長生郡長南町長南付近)へ向かっている途中で襲われ、庁南城まで辿り付いた頃には馬廻りは6騎まで減り、信興自身も腕に手傷を負っていた。
執拗な追撃で多くの兵を失った事に加え、江戸湾沿岸部に所領を持つ国人衆の寝返り、そして里見軍の上総侵攻により、これから上総国における真里谷家の影響力が低下して行く事が予測され、暫くは身動きが取れなくなるはずだ。
上総沿岸部の国人衆が豊嶋に寝返った事で、追撃をしていた赤塚資茂と豊嶋泰明の兵は、上総に入ると休息の後、豊嶋に臣従した国人衆の兵を糾合し真里谷家に従う国人衆を攻めながら君津まで兵を進めた。
一方、臼井まで兵を進めた豊嶋軍は、もぬけの空になった臼井城を接収し、一旦兵を纏め休息を取り、日が昇ると堂々と炊事を行い朝食を摂り、佐倉方面へ物見を複数放つ。
「殿、何故、本佐倉城へ兵を進めないのですか!! 勢いに任せ本佐倉城へ攻めかかれば一息に落とせましょうぞ!」
兵達に食事を摂るように命じ、俺自身も食事をしていると、追撃の指揮を執った平塚基守が米粒を頬に付けたまま本陣にやって来て今すぐにでも本佐倉城攻めを行うよう迫って来る。
「基守の言う事は尤もだ、だがそれでは兵を無駄に損じる。 今は兵達に休息を取らせよ。 それに今頃は本佐倉城は蜂の巣を突っついたような騒ぎになっているだろう、食事が終わってからゆっくりと本佐倉城へ進軍すれば良い」
「しかし、千葉に時を与え周辺から兵を呼び込まれ籠城されれば…」
「申し上げます!! 本佐倉城より、千葉家の使者と名乗る者が向かって来ておりまする」
更に食って掛かろうとする平塚基守の言葉を遮るように、本陣に物見に出ていた武者が駆け込んで来た。
「使者か…、予想以上に早かったな…」
「予想? 殿は千葉孝胤から使者が来るのを知っていたので?」
「いや、知ってはいなかったが、恐らく来るだろうとは思っていた。 佐倉一帯には風魔衆が、城に籠った者は豊嶋軍が撫で斬りにすると噂を流したからな」
「では、使者に千葉孝胤の首を持参せよと伝えましょうぞ」
「首を寄越せとは言わんが、とりあえず使者を出迎える。 古河公方である足利成氏に唆され兵を挙げたのはいいが、肝心の成氏は兵を返し、捨て石にされたのだ、話ぐらい聞いてやらねば不憫であろう」
そう言いながら、主だった家臣を本陣に呼び、引見の支度を始める。
優し~く、笑顔で引見してあげようと思ったんだが、う~ん、なんか主だった家臣を集めたら、なんか圧迫感が凄いな…。
本陣に主だった家臣が集まった頃、使者が兵に案内されて本陣へやって来た。
事前に使者は3人と聞いていたので、床几を3つ用意しておいたが、使者は床几に腰を掛けず、地面に腰を下ろすと平伏し名乗り始める。
「某は、千葉孝胤が家臣、原胤兼と申します。 この度は豊嶋武蔵守様にお目通りのお許しを頂きました事、恐悦至極に存じます」
「豊嶋武蔵守宗泰である。 してこちらに来られた用向きを聞こう。 原殿は豊嶋家の家臣になりたいのか?」
平伏し顔は見えないが、俺から豊嶋家の家臣になりに来たのだろう、と言われ明らかに不快感を表している原胤兼は、不快感を抑えながら面を上げる。
「恐れながら、我が主である千葉孝胤の命で、和議を結びに参りました。 此度の合戦、我が主は古河公方である足利成氏様の命に従ったまでであり、豊嶋家とは事を構える事には反対しておりました。 しかし公方様の命とはいえ、兵を挙げたのは事実ではありますが決して豊嶋殿に対して敵意は無く、我が主は豊嶋殿と誼を通じたいと申しております」
原胤兼という人物は確か千葉家の重臣との報告があったが、流石に殺気立つ諸将に囲まれている状況で堂々とした振る舞いは出来ないようだ。
なんか、言っていることがよく分からん!
圧迫面接を受ける就活生とかはこんな感じなのかな…。
「要は千葉孝胤殿は豊嶋家と争う気は無く、誼を通じたいという事か?」
「左様でございます」
「で?」
「で、で、と申されますと?」
「誼を通じたいという話は分かった、それだけか? わが軍は直ぐにでも本佐倉城へ攻め込む準備が出来ている。 そこに居る頬に米粒を付けた平塚基守など、俺が止めなければ、朝駆けして本佐倉城に攻めかかろうとしていたのだが、まさか誼を通じたいから兵を引いてくれと?」
「そ、それは…、まずは豊嶋様に兵をお引きいただき、改めて和議の条件を話し合う場を設けて頂きたく…」
「そうか…、話にならんな、和議を結びたいと言うのであれば、相応の対価が必要であろう」
「相応の対価でございますか? それは…」
「そうだな、千葉家の所領は下総の香取郡、海上郡、匝瑳郡、とし、他は豊嶋家の物とする。 当然、本佐倉城も明け渡して頂こう。 それと千葉孝胤殿は千葉家の正統な当主ではあるまい。 千葉の名を返上し、元の岩橋姓を名乗ってもらう」
「そ、それは…、そのような条件に我が主が首を縦に振るとは…」
「ならば攻め滅ぼすまでだ、豊嶋家としては今すぐ兵を進め、攻め滅ぼす事も出来るのだ、呑めぬのであれば既に多くの兵が逃げ出して数百程度の兵しかおらぬ本佐倉城に籠城するか? 戻って岩橋孝胤に和議の条件を伝えよ。 返答の刻限は本日の昼まで、それまでに返事が無ければ兵を進め本佐倉城を攻め落とす」
「お、お待ち…」
食い下がろうと口を開きかけた原胤兼は本陣に居る家臣達からの鋭い視線に気づき、それ以上言葉を発せず、再度平伏し、本陣を出て行った。
「殿! 米粒が付いていたのに気付いていたなら教えてくだされ!! 頬に米粒を付けた平塚基守などと…、それに他の者も気づいておったなら教えよ!!」
使者が帰った後、米粒を頬に付けたと言われた平塚基守が、誰も指摘しなかった事に抗議の声を上げ、直後、本陣から笑い声が響く。
「基守、良いではないか、頬に付いた米に気付かぬ程、直ぐにでも攻めかかろうとしていたと…、っぷ…」
真面目な顔をしてもっともらしい事を言おうとしたが、つい吹き出してしまった…。
俺が吹き出すと、基守と諸将も釣られて笑い出した。
さて、どういう返事をしてくるか。
まあ選択肢はないんだが。
それにしても家臣から使者が帰った後、甘いとの声があったが、攻め込んで千葉の姓を捨てさせた岩橋孝胤とその一族を討てなければ、岩橋に味方する国人衆達が兵を挙げる可能性があるのだ。
それをいちいち潰している程暇ではない。
ならば、今回は和議を結び見逃しておき、岩橋家が手を出せなくなった地域で岩橋に味方する国人衆を滅ぼし、豊嶋家の支配を確立する。
岩橋を滅ぼすのは、岩橋孝胤が次に兵を挙げた時で十分だ。
その為には…。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
宜しくお願い致します。
また評価、ブックマークありがとうございます。
良い評価を頂けると大変励みになります。
是非↓の★★★★★にて評価をお願い致します。




