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風牙VS八尺様の傀異 part2


 激しく振り回される触手のような髪は、先ほどよりも力を増している。

 俺は動きを見切った上で躱し、影斗を建物の外へ出した。


「ユルサナイ……ユルサナイ……!!」


 八尺様の傀異は怒りに任せ、俺を執拗に狙ってくる。しかし俺は、先ほどの戦闘で得た経験値から、流れるように攻撃をいなしていく。


「無駄だぜ。お前の動きは見切ってる」


 俺は触手のような髪の間を縫って本体に近づき、傀朧を込めた拳を叩き込む。


「っ!」


 やはり、殴るだけでは効いている感じがしない。このままむやみに攻撃を繰り出しても意味はない。


「ね、ねえ風牙!」

「危ねえから下がってろ!」


 影斗が何か言いかけたが、再び振るわれる髪が激しさを増したため、戦闘に集中する。

 ヒットアンドアウェイの要領で、攻撃しては離れ、攻撃しては離れを繰り返す。しかし、八尺様の傀異の纏う妙な傀朧が、俺の攻撃をすべてなかったことにしてしまう。


(よし。ここでいっちょやるか)


 俺はこの状況を打開するため、考えた秘策を実践することにした。

 少し危険かもしれないが、リスクを考えている余裕などない。一刻も早くこの傀異を祓わなければ、影斗が取り殺されてしまうかもしれない。

 俺は少し離れた位置まで後退すると、足を肩幅に開き、腰を落として息を静かに吐き出す。


 ――――――功刀流闘術くぬぎりゅうとうじゅつ三要素の最後、〈(ソウ)〉。

 想術は、想像を具現化する力だと言われている。想術師は己の傀朧をより鮮明に想像(イメージ)することで、術を発動したり、術の効果を増幅したりする。

 功刀流闘術において想像するのは、攻撃に対する破壊的な(・・・・)イメージだ。

 戦闘手段は様々ある。殴る、蹴る、撃つ、斬る、打つ、刺す――――――それを術者に最も適した形に絞り、己の戦うイメージとする。

 俺が選んだのは徒手空拳だ。あとはその手段と、攻撃に対するイメージを掛け合わせる。俺が掛け合わせたのは〈風〉だ。シンプルで、どこまでも自由で、激しさと優しさを兼ね備えるまっすぐな〈風〉。俺はそんな〈風〉のように戦う。


 八尺様の傀異は、俺を仕留めようと傀朧を凝縮させ始めた。先ほどやられた傀朧の砲撃、それが来ることは狙い通りだった。


 凝縮、砲撃。

 いわゆるビームのように打ち出された傀朧は、一瞬で俺の眼前に迫る。その時を待っていた俺は目を見開き、まっすぐにその砲撃の中心に向かって拳を突き出す。

 正拳――――――俺の拳は砲撃の中央に炸裂し、砲撃を構成していた傀朧すべてを巻き込みながら、攻撃を打ち返した。


「!!!」


 功刀流闘術、〈返し正拳青嵐(あおあらし)〉。

 ストレートに襲い来る強大な攻撃を返すカウンター技だ。一点集中して突き進む風圧が、傀朧の流れを包み込んで変えてしまうことで、相手の攻撃を巻き込みながら打ち返すことができる。

 威力が倍増した砲撃は、八尺様の傀異の正面に炸裂する。大きな衝撃音と揺らいだ巨体は吹き飛び、回転しながら、木々を打ち倒して止まった。


「へへっ。どうだ!」


 俺は鼻を鳴らし、拳を突き上げる。


「ああ……」


 俺が影斗の様子を見ようと振り返ると、影斗は心配そうに八尺様の傀異を見ていた。

 なんだが少し、調子が狂う。


「なんだよ影斗。敵の心配か?」

「え、えと……」


 影斗は何か言いたげに目を背ける。俺はその様子が気になって追求しようとしたその時、


「ガアアアッ!!」


 吹き飛ばしたはずの傀異が、凄まじい速度で俺たちに迫ってきた。

 八尺様の傀異は細い腕を伸ばし、鋭い爪で俺を切り裂こうと迫る。


「しまっ……!」


 俺の防御が遅れたため、爪が俺の首元に迫る。

 しかし間一髪のところで、ぴりっと青い電撃を放つお札が、八尺様の傀異の顔に張り付いた。


「ギャアアアッ!」


 札が張り付いた瞬間、顔から煙を上げ、八尺様の傀異は苦しみ始める。


「すみません! 遅くなったっス」


 振り返ると、巫女装束に着替えた門馬が上り坂を悠然と歩いて来ていた。

 そのオーラ―――身にまとう傀朧の質は、これまで見てきた門馬とは一線を画すものだった。


「後は任せて」


 門馬は俺たちの近くに寄り、優しくそう言うと、堂々たる立ち振る舞いで八尺様の傀異の前に立った。門馬は深呼吸をしてから、俺たちに微笑みかける。


「功刀さん。影斗さん。拙者ね、嬉しかったんです。失敗しても責めずにいてくれたこと。こんな私でも、努力は報われるって言ってくれたこと。だから、恩を返すことで証明してみせる」


 門馬は大きな四枚の式札を投げる。それらは吸い込まれるように八尺様の傀異の周囲に展開し、四角い結界を形成する。

 門馬はおさげの先のヘアゴムを投げ捨て、黒髪を解く。美しい黒髪が夜風に靡き、それと同時に丸眼鏡も外して投げ捨てた。

 その姿は別人のように美しかった。緑の宝石のように輝く瞳が、月明かりに反射し、神々しい輝きを放つ。


略式符丁(りゃくしきふちょう)


 静かに言い放たれた言葉に従い、術が起動する。すると光が収束し、右手に大きな祓串(はらいくし)が出現する。串にたくさんついている白い和紙からは、神気のような清浄な傀朧を感じ取ることができた。

 門馬はまるで八尺様の傀異に語り掛けるように詠唱を開始する。


青海(せいかい)大龍(たいりゅう)。天と地を結び、御身(おんみ)を現し(たま)大神(おおかみ)(かしこ)(かしこ)(もう)す。

 森羅万象の禍事(まがこと)一切衆生(いっさいしゅじゅう)の罪穢れを立ち処に祓い給へ、清め給へ。

 萬物(よろづのもの)の支配あらせ給ふ大神(おおかみ)なれば、一二三四五六七八九(ひふみよいむなやこと)十種(とくさ)御賽(みたから)にて、愚かなる禍、穢れを脱ぎ去らしめ給へ。

 我は(まこと)六根(むね)一筋に、御身にお仕へ申す。

 大願を成就さしめ給へ。恐み恐み白す――――――」


 詠唱の終了と共に、祓串から傀朧が放たれる。光そのものに成った傀朧は、八尺様の傀異の全身を包み込んでいく。


「顕現せよ。祓式御陵龍神(ごりょうりゅうじん)


 門馬の言葉と共に、白い光が龍の形に変化する。龍は激しくうねりながらその牙を八尺様の傀異に突き立てる。そして光が拡散し――――――。


「アアアアアアアッ!!!」


 激しい衝撃と共に、結界が爆散した。


「うわっ!」


 俺は思わず顔を腕で覆った。舞い上がった土煙の中、門馬は力尽きて倒れる。急いで駆け寄ると、門馬は青白い顔で俺を見た。


「大丈夫か!?」

「あはは……お恥ずかしいっス。偉そうなこと言っておいて、やっぱ傀朧が足りなかった。その上ちょっと、しばらくは動けないっス……」


 俺は門馬の実力に驚いていた。準一級とは聞いていたが、これほど強力な術が使えるとは思ってもいなかった。


「あんた……すげえじゃねえか!」

「功刀さんが弱らせてくれたからっスよ……普通なら詠唱が長くて躱されてしまうっスから」


 土煙が落ち着くと、俺は傀異の様子を確認する。まだ微弱ではあるが傀朧の気配が残っている。早く止めを刺さなければならない。

 俺は慎重に、八尺様の傀異に近づいていく。その姿は先ほどとは違って人間の形に戻っており、弱弱しく地面に倒れ伏していた。


「ま、待って!」


 その時、影斗が俺の腕を強く掴む。


「その女の人は……犯人じゃないんだ」

「犯人じゃない?」

「この事件はやっぱり……人の手によって起こされたんだよ。だってあの女の人は、おれを守ろうとしてくれて……」


 俺は眉を顰め、影斗の顔を直視する。自信なさげにおどおどとしているが、どうやら冗談で言っているわけではなさそうだ。

 その時、遅れてやってきた刈谷が、駆け足で門馬に近寄っていくのが見えた。


「遅くなりました。動けますか」

「あはは……ちょっと動けないっス。先行してすいませんっス……」


 門馬は気まずそうに頭を掻いて、手を差し出す刈谷から目を背けた。


「そうですか。なら……」


 その時だった。

 刈谷は何の変哲もないごく自然な流れで、ジャケットの内ポケットからスタンガンを取り出すと、門馬の首筋に当てた。


「え」


 門馬は驚く隙もなく、バチバチと音を立てながら放たれる電撃により、ぱたりと意識を失った。

 俺と影斗の視線は、刈谷の意味不明な行動に吸い寄せられ、時間が止まったように次の行動を注視している。刈谷は顔色一つ変えず、倒れた門馬を蹴飛ばすと、小さくため息を吐いて俺たちを見る。


「……ほんと、誰だよ」


 刈谷は舌打ちをすると、門馬に向けて唾を吐いた。そして先ほどまで冷静そのものだった表情が、みるみるうちに烈火のごとく豹変していく。


「誰がチクりやがったんだよクソがァァァ!!!」


 歯を食いしばり、持っていたスタンガンを地面に叩きつける。あまりの豹変ぶりに、俺たちは恐怖と困惑で体を動かすことを忘れ去っていた。


「完璧だったんだ。私の考えたビジネスは、完全無欠。だからこそ五年もバレなかったんだ。なのに……!!」


刈谷はメガネを上げ、俺たちを睨みつける。


「協会本部から応援が来ることになって、順調だった事業が台無しになった」


 刈谷は頭をぐしゃぐしゃと掻き、鼻で息をしてから、自身を落ち着けるそぶりを見せる。


「まあでも、危なかったよ。もう少し野上由佳(よしか)が遅く行動していれば、こうして強硬手段に出ることもできなかったかもしれない。それだけは感謝してやるよ……って、もう聞こえてないか」


 刈谷は俺たちの後ろで消えかけている女の傀異を鼻で嗤うと、ゆっくりと俺たちに近づいてくる。


「……どういうことだ。何であんたが」

「とはいえ、君が馬鹿で助かったよ風牙君。まあ、県警の連中が嗅ぎ付けてくるとは予想外だったけどね」


 刈谷は肩を竦め、邪悪に笑った。その表情は、これまでの刈谷からは考えられないほど悪意に満ちていた。それを見た俺は、ようやく冷静に事態を飲み込んでいく。

 一連の連続失踪事件の犯人は、この男だったのだ。刈谷が子どもたちを誘拐し、それを八尺様の傀異の犯行と見せかけていた――――――そう考えると、これまでの不可解な点が解消される。だが、なぜこの男が子どもたちを攫うのか。動機だけが見えてこない。


「何でって顔だね。どうせ君たちは今から神隠し(・・・)に遭うんだ。教えてあげるよ。私はね、傀朧を売って(・・・・・・)金にするビジネスをしているんだよ」

「は……? 傀朧を売る?」

「傀朧はね、今闇社会で猛烈に注目されている次世代の万能エネルギーなんだ。一般人のサルどもからすれば未知のエネルギー。奴らはいくらでも騙しようがあるけど……実際に素晴らしいエネルギーであることは間違いない。でも石油のように掘れば出てくるってわけじゃない。傀朧は人間の想像から生まれる想像の残滓。それを意図的に取り出し、エネルギーとして運用するには、それなりの設備と技術がいる」

「何、言ってんだ……」

「わからないかな? 馬鹿な君でもわかるように説明してあげるよ。私がガキ共を攫っていたのは、生きたまま傀朧を生み出してくれる素体として飼うためだ」


 刈谷はねっとりとした口調で、俺たちを挑発するように笑った。俺は奴の悍ましさに吐き気を催し、刈谷を睨みつける。


「てめえ……なんてことを」

「小学生ばかりを狙ったのは、想像の質が最も豊かだったから。大人の素体よりも純粋に感情を表出させてくれる子どもは実に扱いやすい。喜ばせれば犬のように喜び、痛めつければすぐ絶望する。最高に質の良い傀朧を生み出してくれる……!!」

「や、やめて……」


 影斗は真っ青な顔で、口を押えて蹲った。浅い呼吸を繰り返し、目が泳ぎ、今にも倒れてしまいそうになっている。


「影斗! 大丈夫か……」

「……」


 俺は、影斗が先日話してくれた過去のことを思い出す。影斗も人間に誘拐され、酷い目にあってきたのだ。目の前にそのトラウマを再燃させるような存在がいては、恐怖で過呼吸になるのも無理はない。


「そう! そうだよその表情! 今君からは絶望に染まりきった純度の高い傀朧が生み出されている……! 私はねぇ影斗君。今回の事態において、唯一良かったことは、君と巡り会えたことさ」

「てめえ黙れ!!」


 刈谷は狂気的な笑みを浮かべ、影斗をねっとりと見つめる。俺は沸々と怒りが湧き、影斗を庇うように前に立った。


「それ以上言うと承知しねえぞ……!」

「別にいいよ。門馬以外に戦えるのは君だけだ。邪魔な君を始末すれば、全て終わる。おっとその前に、その女を回復させてやらないといけないね」


 俺は消えかけていた八尺様の傀異、野上由佳に視線を移す。彼女は、全身から淡い光を放ちながら、刈谷を睨みつけていた。


「ゆる……さない」

「聞こえないなぁ。そもそもただの地縛霊だった君を、強力な傀異にしてやったのは僕だよ。感謝して欲しいんだけど」

「お前……だけはっ!!」


 野上由佳は何とか動こうとするが、先ほどの門馬の攻撃で消耗しきっており、立ち上がることすらままならない。

 そんな状況の中、影斗が俺の腕を引っ張ってくる。顔色は悪いが、俺を見つめる黄金色の瞳には、確かな怒りが籠っていた。

 影斗は何とか立ち上がると、恐怖を押し殺し、刈谷に語り掛ける。


「……隠匿の概念の傀朧は、八尺様だけではこんな量にならない。あなたが発生させたんですか?」

「そうだよ。闇社会には豊富な違法傀具(かいぐ)が出回っている。傀朧を増幅させる素敵な傀具を見つけてね。それを使って町にばらまいたんだ。壺の形をしていて、魔よけの効果があるって老人共に配ったら、思った以上に効果があったんだよ。誰だろうね、アレを作ったの。仕組みとかさっぱりわからなかったよ」

「そうか……だからここら辺の管轄だった三級想術師を殺したのか! 変な傀朧が町に充満したら、異変を察知しないはずがねえ」

「うん。真っ先に殺したよ。その時に、誘拐を隠匿する方法と同じ要領で死んでることを隠した。定期的に異常なしの報告だけはしないといけなかったけどね」

「この町を選んだのは、大女伝説があったから?」

「そう。傀異は伝承と結びつくことでイメージを具現化させ、存在を強固なものにする。偶然、実験的にさらった野上兄妹の母親が死んで、地縛霊になっていたから利用させてもらったのさ。概念を弄るっていうのはかなり骨が折れるし、それこそ専門的な術師がいないとできないんだけど……これまた素敵なご縁があってね。後は伝承と結び付けてしまえば勝手に町の人間が恐怖を想像し、その女を強くする……ほんと、役に立ってくれたよ」

「このクズ野郎が……!」

「あの人は、おれを守ろうとしてくれたんだ。攫われた子どもが、必ず女の霊を見たって言っていたのは、魅入られたからじゃなくて、守ろうとしていたからだったなんて……」

「質問はもういいかな。さっさと終わらせたいんだけど」


 刈谷は冷たく言い放つと、分厚い黒のグローブを右手にはめる。グローブの手の甲には奇妙な文様が刻まれている。そして懐から四本の太い釘を取り出すと、こちらに向けて投擲する。それらは吸い寄せられるように野上由佳の周囲に突き刺さると、結界が展開し、中に閉じ込められてしまう。


「野上さん!」


 影斗は野上由佳を心配し、結界を叩きつけるがびくともしない。


「さて風牙君。言い残すことはあるかな。君は役に立ってくれたし、命乞い以外なら聞いてあげるよ」

「……ああ。あるぜ」


 刈谷は結界を張れたことで安心したのか、俺たちに対する警戒感が薄れている。俺は影斗が質問をしてくれていた間、バレないように傀朧を拳に込め続けていた。後は足を強化し、刈谷に迫るだけだ。


「歯ァ食いしばってろ! てめえは絶対に許さねえ……!」


 俺は怒りのままに刈谷に飛び掛かり、渾身の力で頬をぶん殴る。

 刈谷は衝撃で回転しながら数十メートルほど吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。

 しかし、俺は妙に手ごたえがなかったことに驚きを隠せない。拳に込めていた傀朧が刈谷に当たる瞬間、かなりの量消えてしまったのだ。


「クッッソが……軽減してもこれかよ。痛ぇなぁおい……」


 刈谷は口からぷっと血を吐き出して立ち上がる。俺は拳を構え、警戒する。刈谷はメガネを地面に投げ捨てると、怒りのままに踏みつける。


「返してやるよ。クソガキ」


 刈谷は拳を振り上げ、俺に迫る――――――。



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