真実
頭がずきずきと痛む――――――。
「うっ……う……」
重い瞼を開いた影斗は、薄暗い部屋の中にいた。
ぼんやりとする意識が徐々に鮮明になる。真っ先に思い出したのは、意識を失う直前の出来事だった。
白い服の女と風牙が戦っていた。そこに、門馬と刈谷がやってきて車に乗せられ、安全だというシェルターに向かう途中、車の前方に白い服の女が現れたのだ。
門馬が急ハンドルを切ると、車はガードレールを突き破り、道端にあった大きな木に激突。そのまま衝撃で意識を失った。
「あ、あれ……ここ」
少しひんやりとした空気と、古い本の匂い。この感じは覚えがある。自分が寝ていた穴の開いたソファを見て確信する。
ここは、野上家だ――――――一番最初に被害にあった兄妹が住んでいたという家で、傀朧を採取したあの場所だった。
混乱する影斗は、深呼吸をして周囲の様子を確認する。先日来た時よりも部屋が整頓されているような気がした。床が少し綺麗になっていたり、棚の上にあった家族写真が丁寧に磨かれている。確か、お菓子の袋が捨ててあったりと、誰かが拠点にしているような気配があったはずだ。
「どういうことだろ……」
自分は白い服の女、八尺様の傀異に狙われていた。なら、自分をここまで運んだのは八尺様の傀異である可能性が極めて高い。では、なぜ八尺様の傀異は自分を〈野上家〉に運んだのだろうか。
影斗は改めて磨かれている家族写真に目を向ける。何の変哲もない笑顔の家族写真だった。兄と妹、父と母――――――それらを見ていると、強烈な既視感を覚える。
「もしかして……」
笑顔でほほ笑む優しい母親。その姿が、やけにあの女の傀異と似ているのだ。写真では肩くらいの長さの髪だが、長髪に白い服の姿にすればそっくりだった。
影斗はそれを踏まえて、思考を整理する。
――――――野上拓也と紗香は、五年前に突如失踪した。犯人は見つからず、事件捜査は難航。失踪から一年後に野上夫婦は離婚する。そして、母親の〈野上由佳〉が首を吊って自殺した。
――――――その後、一年の期間を置き、再び失踪が始まる。皆、八下田学園に通っている児童だった、ということ以外は共通点がなく、町を覆う隠匿の概念の傀朧により、事件発覚が遅れた。
――――――事件の犯人と思われていた八尺様の傀異が現れ、戦闘が繰り広げられる。
「……そうだ」
影斗はこの時、はっきりと思い出した。自分を攫う前、八下田学園で八尺様の傀異を
初めて見た時、確かに言っていた。
私が守る、と。
「!?」
その時、リビングと書斎を繋ぐ扉がぎいいと音を立てて開いた。身体をびくつかせた影斗は、ソファの後ろに回り込み、身構える。書斎に入って来たのは、あの白い女だった。 生気のない青白い肌に長髪を靡かせ、白いワンピースを着ている。しかし、大きさは先ほどとは違って普通の人間と変わらず、強い殺気や敵意はまるで感じられなかった。
女は影斗を見ると哀し気に微笑み、机の上にお茶の入ったコップを置く。
「……驚かせてしまったわね」
「えっ……喋れるの?」
「ええ……ここだけは」
女は家族写真の前に立つと、小さく呟く。女は何かを決心したように、影斗の傍に寄る。
「お願いがあるの。私と来て。じゃないと、いずれここも……」
「えっ……どういうことですか?」
「お願い。時間がないの」
女は影斗の腕を掴む。女の腕は氷のように冷たく、力強く握られた腕はびくともしなくなる。
その時、影斗の体に傀朧が流れ込んでくる――――――。
「うっ……」
傀朧は、影斗の体に溶け込むように馴染むと、影斗の脳に記憶も流れ込んでくる。
――――――子ども。守れなかった。
――――――子ども。また守れなかった。
――――――追いかけても追いかけても守れなかった。
何人も何人も町の子どもたちを守ろうと追いかけるが、守れずに逃げられてしまうといった光景だった。そしてその中に、一人見知った男が登場した。メガネをかけた想術師の男――――――間違いない、刈谷啓介だ。
刈谷が繰り返し子どもたちを攫っては消えて行く。
これが、この傀異が見てきた光景だということに気づいた影斗は、女性の腕を握り返す。
「あなたはもしかして……野上由佳さんですか?」
「ああ……来てしまった」
女は影斗の腕を離すと、壁を睨みつける。
「大丈夫。今度こそ、私が守り抜く」
女の体から、沸々と傀朧が滲みだしていく。それはすぐに爆発的に増幅し、部屋を覆いつくした。それと同時に、壁が突き破られる。激しい風が吹き荒れ、書斎の本や物が舞い上がる。破壊された壁から月明かりが差し込むと、影斗は現れた少年の姿に釘付けになる。
「影斗!!」
「風牙……」
破壊された壁の瓦礫を踏みつけ、険しい顔の風牙が手を差し出してくる。影斗は思わずその手を取ろうとし、躊躇した。
「私が守るわ……」
みるみるうちに臨戦態勢に入る白い女の体は膨れ上がり、髪が触手のようにうねると、殺気をまき散らし始める。それを見た風牙は拳を構え、戦闘態勢に入る。
「今度は負けねえ。ちょっと待ってろ。俺がすぐに助け出してやる」
「待って……違うんだ」
「絶対に……ワタスモノカァァ!!!」
「ま、待ってよ……!」
影斗の呼びかけもむなしく、風牙と女は再び戦闘に入った。




