風牙VS八尺様の傀異 part1
戦いの幕が上がる――――――。
黒く長い髪が歪な腕の形に変形し、俺に迫る。俺はそれらをすべて殴りつけ、風圧を起こして弾き飛ばした。敵が怯んだところへすかさず接近し、まっすぐに拳を叩きつける。
俺の使う想術は、シンプルな肉体強化だ。俺は七年前、故郷と両親を失ってから、一族に伝わる〈功刀流闘術〉を修めた。俺には想術の才能はなかったが、想術体系の一つ、〈強化〉をひたすら極めることで強くなることを目指した。
〈功刀流闘術〉は三つの要素からなる。
一つ目、〈剛〉。傀朧を極限まで練り、打ち放つことで大きな力を生むことができる。
――――――衝撃が八尺様の傀異の体に伝わり、倒れた勢いで土煙が舞い上がる。傀朧で強化した凄まじい威力の一撃を食らわせたつもりだったが、八尺様の傀異は何事もなかったかのように立ち上がり、もう一度髪の腕を伸ばしてきた。
「!」
俺は足の筋肉に傀朧を纏わせ、髪の毛の連続攻撃をステップを踏みながら躱していく――――――。
これは二つ目の要素、〈柔〉だ。敵の攻撃に合わせて体の部位をしなやかに強化する。それが反発性を生み、敵の攻撃から身を守ることができる。ピンポイントで敵の攻撃に傀朧を当てることで、衝撃をずらすこともできる。
「おらっ!!」
俺は伸び切った髪の腕を全身で掴むと、豪快に振り回して投げ飛ばす。
八尺様の傀異は森の方へ吹っ飛んで行った。木が何本も打ち倒されたが、やはりまたすぐに立ち上がる。
(変だ)
俺は相手をじっくり観察する。戦い方は、直情的に髪の腕を振るうだけで、まるでなっていない。でも、俺がダメージを与えている感触がまるでなかった。
「これならどうだ……!」
俺は髪の腕を伸ばされる前に地面を蹴り、高く跳躍すると傀異目掛けて飛び蹴りを放つ。髪ではなく両腕で防がれると同時に空中で一回転し、今度は横腹に蹴りを入れる。
やはり手ごたえが無い。確かに攻撃は命中しているが、感覚は空を切るようなものだった。返しに俺を捕らえようと、大量の髪の腕を展開してくる。すかさず距離を取り、仕切り直すが、迫ってきた髪の腕が俺の右わき腹に命中する。
「!!」
当たる直前、傀朧を腹に纏わせ、攻撃を受け流す。するりと抜けた腕は、地面に叩きつけられる。すかさずその腕を掴んで自分の方へ引き寄せ―――もう一度殴り飛ばす。
「……くそっ」
やはりダメージを与えている感覚が無い。
俺は目を細め、八尺様の傀異を睨みつけた。
「す、すごい……」
影斗は俺と八尺様の傀異の戦いを間近で見つめ、言葉を失っている。
俺は影斗の前に立つと、八尺様の傀異から遠ざかるよう促す。
「大丈夫だったか?」
「……う、うん。大丈夫」
さて、これからどうしたものか。傀異にダメージを与えるには、傀朧による攻撃を食らわせるしかないのだが、ダメージを確認するには、敵の傀朧を探知するしかない。もしダメージが入っているのなら、敵の傀朧は自ずと減少する。しかし、目の前の女の傀異から発せられている傀朧は、むしろ増加しているように感じる。俺と影斗に視認されたことで、力が増しているのか。
俺は拳に再度傀朧を込める。ダメージを与えるには、より強い力で攻撃するしかない。
「……ジャマヲ」
八尺様の傀異は、歪な赤い口を歪ませ、ギリギリと歯ぎしりする。怒りに呼応するように口元に傀朧を集結させていく。
「スルナァァァ!!!」
まずい。俺は咄嗟に影斗突き飛ばすと、ありったけの傀朧を全身に込める。
八尺様の傀異は口から凝縮された傀朧を衝撃波のように放出する。それは一瞬で俺の体を飲み込み、激しい衝撃が身体を包み込んだ。その波動は、辺りの木々をなぎ倒し、地面を抉る。
「ぐっ!!」
――――――俺は何とかその場にとどまったが、全身が焼けるように痛かった。
服がところどころ裂け、全身から煙が出ている。
「くそ……油断したぜ」
「大丈夫!?」
俺は、駆け寄って来る影斗を突き放す。
「あいつも、俺もちょっとだけ動けねえ。今のうちに逃げろ!」
「でも!」
「いいから逃げろ! あいつが先に動いたら……」
その時、良いタイミングで軽バンが俺たちの前までやってくる。スライドドアが開き、中に乗っていた刈谷が影斗に手を差し出す。
「さあ早く!! 乗ってください!」
俺は影斗を車に押し込むと、走り去るのを見つめながら、体に残った傀朧を巡らせる。
八尺様の傀異は再び髪の腕を伸ばし、軽バンに襲い掛かる。すると車の窓が開き、刈谷が八尺様の傀異に向けて大きなバズーカ砲を構える。
「門馬! 詠唱を!」
「あ、はいっス! 祓戸の大神等に恐み恐み白す……」
詠唱と共にバズーカ砲の先端についたロケット弾が白く光り始める。
「悪しき穢有らむ時、祓い給へ、清め給へ……!」
白い光と共に放たれたロケット弾が、八尺様の傀異に命中する。爆発の衝撃と光に包まれ、八尺様の傀異はようやく苦しみを見せる。
「アアアアアッ」
効いているようだ。これが、門馬たちが用意していた祓うための術なのだろうか。
いや、感心している場合ではない――――――俺もまだ倒れるわけにはいかない。今なら八尺様の傀異を仕留められるかもしれない。
「グウウ……マテ……」
しかし、八尺様の傀異は苦しそうに呻きながら、軽バンを追って移動を始める。このままでは逃げられてしまう。俺は何とか体を動かし、追おうとするが、焼けるように痛む体が言うことを聞かない。
何とか寺の麓の道まで出たところで、見覚えのある車が猛スピードで接近してきた。
「風牙ァ! 乗れ!」
灰狼と七楽が乗る銀色の普通車が、俺の前に停車する。
俺は考える間もなく、流れるように車に乗り込み、影斗たちの後を追うことになった。




