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「高時が反対してるってのはよかったよな」


 夕食後、寮の部屋で涼と麻穂は作戦会議を開いていた。


 涼は椅子の背もたれに向かって足を広げ、反対向きに座っていた。


「でも、どうしたら私が本人だって分かってくれるかしら」


 麻穂が困ったように口をへの字に曲げる。


 床に足を崩して座った麻穂は、上目遣いに涼を見上げている。


「別に、高時が反対してるんだから、そう理事長に伝えればいいんじゃねえの?」


 涼が髪をかきあげて言う。


「それもそうね。でも、私が今更、高時祐真も反対しているから婚約解消をって言ったって、信じてもらえるかしら」


「確かに。高時に直接反対の意思を伝えてもらったほうが説得力あるよな」


「どうしたら信じてもらえるかな……」


 話に行き詰まった二人が黙り込む。沈黙すると廊下に響く女子生徒たちの声がよく聞こえてきた。


 それを耳にした麻穂は、自然とため息が出てしまう。


「皆はいいなぁ、こんなことで悩まなくていいんだから」


 そんな彼女を見つめ、涼は目を細める。


「きっと自分で好きな人を見つけて、告白したりされたりして、付き合うんだろうな。そして好きな相手と結婚するんだろうな」


 麻穂はが心細げに膝を抱えた。


 小柄な麻穂がそうすると、とても小さく見えた。


「麻穂もそうなるために今頑張ってんだろ」


 涼が笑いかけるも、彼女の表情は晴れない。


「うん、そうなんだけどね……」


 麻穂がまだ悩んでいる様子を見て、涼はしばらく思案した後、口を開いた。


「よし、気分転換しようぜ」


「気分転換?」


 突然の彼の言葉に、麻穂は顔をあげた。


「ちょっと外行こうぜ」


 そう言って涼が片方の口角を上げて見せる。


 彼の提案に麻穂はびっくりした。何故ならもう寮の門限はとっくに過ぎているからだ。


「大丈夫大丈夫。今まで無断外出して、バレたことないぜ」


 そう言いながら、涼は上着を羽織った。


「でも、下駄箱に靴がなかったらすぐバレちゃうんじゃないの?」


 麻穂が不安げに尋ねると、涼は自分の机の下から靴箱を二つ取り出した。


「俺の無断外出用の靴。古いのがもう一足あるから、麻穂履けよ」


 あまりに用意周到な涼に、麻穂は呆れを通り越して感心してしまう。


「……この靴大きくない? 私の足のサイズ23なんだけど」


「これ、27だ。でも走ったりしねぇし大丈夫だろ」


 彼のあまりに大雑把な扱いに、男の子らしいなあと思うしかない。


 麻穂は言われるがままにパーカーを羽織った。そして部屋の鍵をかけ、寝ているように見られるように部屋の電気を消した。


 先に涼が靴を履いて、窓を飛び越えた。着地音のほとんどしない彼の動きは、運動神経がいいことも勿論だったが、相当無断外出慣れしていることを感じさせた。


 その後麻穂は涼の手を借り、窓からゆっくりおりた。


 窓を飛び出すと、背の高い植木が並んでいる。すぐ向かいは住宅街の道路だが、車通りは少ない。


 街灯のほとんどない暗闇を、麻穂は涼のあとを続いていく。涼は何度もこうして夜に無断外出しているのか、すっかり道を分かっているようだった。


 寮の裏口へ出る。窓から姿が見えないように腰をかがめて通り過ぎる。


 そしてようやく寮の敷地を抜け、住宅街の路地に辿り着いた。ここなら寮から確認されることもないだろう。


「涼っていつもこんなことしてるの?」


「だって寮って退屈じゃん」


 長い髪を夜風になびかせて、涼が笑う。風にのってシャンプーの香りがした。


 彼の案内で道を進んだ。麻穂はまだよく知らないこの街をきょろきょろと見回していた。夜に外出することはほとんどないので、非日常に自然と胸が高鳴った。


「こんな時間に外に出るってドキドキするね」


 麻穂が涼に興奮気味に話しかける。


「だろ? 気分変わるか?」


「変わりそう」


 涼の言葉に麻穂はにっこり笑った。


 二人は車通りの少ない道を進み、近所の大きな公園へと辿り着いた。


 麻穂がはしゃいでブランコに飛び乗るのを見て、涼は小さく笑った。


 公園には辛うじて街灯がいくつかあり、お互いの顔が見えるくらいには明るかった。


「ブランコなんて久しぶり!」


 昔の記憶を思い出してブランコをこぐ麻穂。


 涼は近くに落ちていたサッカーボールを拾って、器用にリフティングを始めた。


「涼、うまいね」


「普通だよ」


 ポケットに手を入れて器用にボールを足でさばく様子は、長い髪を除いては完全に男の子に見えた。


挿絵(By みてみん)


 走るのも速く、運動神経のいい涼。彼は男の子にしても身体能力が優れている方なのに、女の子として暮らしていて不審がられないのだろうかと麻穂は心底不思議に思う。


 麻穂がブランコから飛び降りると、暗闇に砂をはじく音が反響した。


「麻穂もやってみろよ」


 そう言って涼が、リフティングからそのまま麻穂にボールをパスする。


「うわわっ」


 いきなりボールが迫ってきて慌てた麻穂は、咄嗟にそれを手で受け止めてしまう。


「いきなりこっちに蹴らないでよ!」


「どんくせえなあ。サッカーボールを手で受け止めるなよ」


 麻穂が喚くのもきかず、涼は後頭部を掻いた。


「しょうがないでしょっ」


 麻穂は涼に向かってサッカーボールを投げ返す。


 しかし、そのボールは涼の頭上のはるか上を通り過ぎて行ってしまった。


「どんくせえー」


 涼が腹を抱えて笑っている。


 麻穂は唇をへの字に曲げて、ボールが飛んで行った方向へ走っていった。


 麻穂の背を見送ってから、涼は空を仰いだ。街の明かりが少ないせいか、星がたくさん見えた。


「冬になったらもっと見えるな、星」


「次の冬がきて、春になったら私たち高校生だよ」


 涼の漏らした言葉に、ボールを持って戻ってきた麻穂が返事をする。


 しかし涼は返す言葉を濁した。


「ん、あぁ……」


「高校生になったら、思いっきりスカートを短くしてみたいな。あと、学校の帰りに街に寄ったりしたいし」


 麻穂が高校への夢を語る。今の15歳の女の子なら、誰もが望みそうなことだった。


 彼女の言葉に反応を示さず、涼はじっと虚空を見つめていた。


「涼?」


「俺、高校は杉浦じゃねえんだ。男に戻って田舎に帰る。高校生になったら流石に体格的に男だっての隠せそうにないし、スパイの計画も中学生までだからな」


 笑うように言う涼を、麻穂は二つの大きな瞳で見つめていた。


「そう、なんだ。涼がいなくなると寂しくなるよ……」


 その目を伏せて、本当に残念そうに麻穂は言った。


 相手が男でも、涼は大切な麻穂のルームメイト。涼にも彼女のその気持ちが伝わっていた。


「ありがとな、そう言ってくれて。俺も麻穂が高校の制服着てるところが見たいぜ」


 そう言って涼はニッと笑った。涼の笑い方はいつも男らしい。


「そうだ。涼の田舎ってどこなの?」


 麻穂がボールを地面に置いて、ブランコの方へ歩きつつ尋ねる。


「北海道」


「えっ?! 遠くない?」


 まさかの地名に、麻穂は驚いて振り返る。


 涼は当り前だとばかりに「遠いよ」とさらっと言った。


「これからの時期は雪すげえし、さみいし、俺は東京の方が住みやすい」


 麻穂の腰掛けた隣のブランコに、涼も腰を預けて言葉を続ける。


「でも、やっぱ田舎は好き。父さんも母さんもいるし、空が広いし」


「そっかあ」


 麻穂は目の前のブランコに座った。


「私は出身がここ東京だから、そういう故郷があるのって羨ましいな」


 麻穂の言葉に、涼は違う切り口で切り返した。


「麻穂の家ってすげー豪邸のイメージなんだけど」


「えっ、そんなことないよ」


「家に門あるだろ」


「あるけど……」


「車は?」


「四台……」


「何階建て?」


「三階……」


「お手伝いさんは?」


「二人……」


「ほら、豪邸じゃん」


 涼が呆れたように指摘する。


「でも大したことないよ」


「嫌味かコラ」


「おじいちゃんの家の方がもっとすごいよ」


「ああ、理事長か」


 麻穂の祖父は杉浦学園の理事長。そして涼を女装させて女子寮に忍び込ませている張本人。


「お庭に池とか竹林とかあるし」


「すげー。庭でいいから住ませてほしいわ」


 理事長という立場だけあって金持ちだろうとは思っていたが、やはりグレードの違う金持ちのようだった。


 空は完全に闇に包まれ、夜風は肌寒い。月が天頂に昇りつつあり、地面に二人の影を小さく落としている。


「ねえ、涼」


「あん?」


「私、高時祐真を連れておじいちゃんのところに行ってみようと思う」


 麻穂は強い決意と共にそう口にした。


「二人で婚約破棄をお願いしてみる」


「そうか。いいんじゃねえか。本人たちが二人で反対してるんだし、うまくいくといいな」


「ありがとう」


 麻穂は涼に笑顔を向けた。


 それを直視してしまった涼は、赤くなってしまった顔を隠すように伏せた。麻穂からは暗くてよくわからなかったようだった。


「よし、そろそろ帰るか。寮長に見つかったらうるさいからな」


「はーい」


 勢いよく立ちあがった涼に麻穂も続いた。


 二人は薄暗い道を歩きながら絶え間なく会話した。お互いの今までのこと。これからのこと。


 麻穂は不思議と、涼といると明るくなれる自分を感じていた。涼はその存在と雰囲気で、自分の不安をかき消してくれる。そんな気がしていた。


 涼と友達になれてよかったと心から思うのであった。

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