拡張するセカイ ♯.11
グームに共に戦うことを依頼された俺たちは、パルタム、そしてグームの先導のもとポルト村の裏口から村の外へと続く一本道を歩いていた。
裏道は普段使われることが無いのかあまり整備されている様子は無く、雑草が至る所に生え、それまで歩いてきた街道に比べて歩き辛いと感じる。
それでもずっと平坦な道なのは幸いだった。ぞろぞろと連れ立って歩き、戦闘を控える身としては移動にはあまり体力を消費されたくない。
ボスモンスターに挑もうとしているのにも関わらず、ヒカルとセッカはまるで遠足に向かっているかのように明るく楽しそうに歩いていた。
ベルグは黙って先んじているパルタムとグームの後を追い、それを俺が追う。
最後に並んでいるカルヲに合わせるように、俺は自分の歩く速度を落としそれに並び小声で問い掛けた。
「なあ、聞いてもいいか?」
「何かな」
「さっきはあえて聞かなかったんだけどさ。カルヲは俺たちをその潔癖な国王の元に連れて行こうとしているのか?」
話を聞いた限りではあまり知り合いになりたくはない人物であることは確かだ。
「いいえ。あなた方を連れてくるように私に命じたのは現国王ではなく前国王です」
進行方向を見据えたままカルヲが告げた。
「その前国王ってのはどんな人なんだ?」
「えっと、とても人格者ですよ」
嘘臭い笑顔を向けられてしまうとそれ以上追及することはできない。曖昧な笑い声を合わせつつ進んでいくと、次第に幹の太い樹が揃う森のような場所に出た。
空を覆うほどの枝葉が太陽の光を遮っているせいで森の中は薄暗く、今が早朝であることを忘れさせるほど。
「この先にいるのか?」
「ああ。ゴブリン共も出てくるから油断するんじゃないぞ」
俺たちに注意を促すグームの後に続き俺たちは暗い森の中を進んでいく。
戦闘要因ではないパルタムは森の入口に残し、日が暮れての俺たちが戻って来なかった場合、森へ通じる通路を封鎖するように言ってある。
制限時間付きになってしまってはいるが、村の安全を考えると当然の処置のようにも思えた。
「ここには採集できそうな物はなにもないんだな」
滅多に来ることのできない森に来たということもあって、珍しい薬草か何かを発見出来たらいいと仄かな期待も抱いたがどうやらそれに関しては空振りだったようだ。
めぼしい採集ポイントはおろか、どこにでもあるようなアイテムすら見つけられない。
どうやらここはモンスターが生息しているだけの森らしい。
マッドベアを探して森の中を散策している最中、俺たちは次々と現れるゴブリンの襲撃に耐え続けた。一歩進めばゴブリンの群れ。別の方向に進んでもまた別のゴブリンの群れ。それはまるで一昔前のエンカウント率が異様に高いゲームをプレイしているような感覚だった。
「だー、もうっ。これじゃマッドベアを見つける前に疲れちまうぞ」
カルヲが纏っている者よりも古い騎士団の恰好をしたグームが持っている銀色の直剣を地面に突き立ててぼやいた。
自分から持ちかけた話だろうと文句を言おうにも俺も度重なるゴブリンの襲撃に応戦して、疲れてしまい文句を言う気力も残っていない。
NPCが消耗するのは文字通り体力。俺たちプレイヤーは気力の方をより多く消費する。
こんな状態でマッドベアを見つけたくないなぁ、なんて考えた自分に罰があたったのか、森の奥にある草むらが不自然に揺れた。
「ねえ、もしかして……」
同じように疲れを見せていたセッカが戦々恐々問い掛けてきた。
「嫌な想像させないでよ」
地面にへたり込んでいるヒカルが顔をしかめながら答える。
俺もヒカルの意見に賛成だが、このまま確かめずに立ち去るのはあまりいい選択とは呼べないだろう。
誰が問題の草むらを確認に行くのかと互いの顔を見合せながら窺っていると、グームが真っ先に立ち上がり、地面に突き立てていた銀色の直剣を引き抜き草むらへ近付いて行く。
緊張感が高まり、俺は草むらの向こう、そしてグームの動向に注目を寄せた。
何が現れてもいいように立ち上がり、腰のホルダーにある剣銃に手を掛け体勢を低く身構えた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
グームが軽口を叩きながら銀の直剣で草むらをつつく。
一度、二度と繰り返していくその後ろ姿を俺は真剣な眼差しで見つめているとその隣でセッカが小さく呟いた。
「……何か来た」
草むらから小さな影が飛び出してきた。
マッドベアか、と身構えたがその正体は何のこと無い。ただの雑魚モンスター。それもこちらから攻撃しないかぎり戦闘にならない類いのモンスターだった。
グームが剣でつついたのはあくまでも草むら。飛び出してきたモンスターに対する戦闘行為だとは判定されなかったらしく、そのモンスターは遥か彼方、森の奥へと消えて行ってしまった。
飛び出してきたのがボスモンスターじゃないのかと気が抜けたその刹那、俺たちの背後から大きな獣の唸り声と共に巨大な影が飛び出してきた。
「うおっ」
四人のプレイヤーと二人のNPCという特異なパーティの一番奥で腕を組み傍観していたベルグが咄嗟にその両腕で攻撃をガードする。
しかし、そのダメージは思いの外大きかったらしく、ベルグは自身のHPを二割近く減少させ、ガードしたその両腕には大きな爪で引っ掻かれたような傷跡が痛々しく刻まれていた。
「これがマッドベア」
現れた巨大な獣の全貌を見てヒカルが呟いている。
軽く俺の身長の二倍はありそうな体躯に、血走った眼。そして何より際立って見えたのはその全身から滴り落ちる泥。
「ってか、マッドベアのマッドって、泥の方かよ」
これまで俺が戦ったボスモンスターは冠詞に特徴を、名詞にその種族を示す言葉が宛がわれていた。このマッドベアも例外ではないのだとすればとマッドの意味をずっと考えていた。
直ぐに思い当たったのが狂ったという意味のマッド。しかし、現実は泥を表すマッド。
予想が外れたことよりもマッドベアがこれまで戦ったモンスターよりもモンスター然とした風貌に戸惑いを覚えた。
「フォーメーションはどうする?」
マッドベアが現れてすぐ、グームが誰にとなく問い掛けていた。
一体のボスモンスターを六人で囲む形になる以上、誰か司令塔がいた方が連携が取れるというものだ。適任なのは騎士団を率いていた経験を持つグーム、もしくは現在率いているカルヲ。それと普段三人組のパーティのリーダーとして活動している俺、か。
ヒカルとセッカは嫌がるだろうし、ベルグも誰かに指示を出すという柄ではない。
だとしてもこのパーティの編成は偏りが過ぎる。
後衛が出来るのはセッカ一人で後は全員が前衛。俺が唯一中衛が出来るというだけで戦闘を安定させるにはそれぞれの力量が必要になってくる編成だった。
「というよりも、このメンバーで連携が出来るとは思えないんだがな」
そう告げるのはこの中で誰よりも相手と密着して戦うこととなるベルグ。
「確かに。なら各自戦いやすいように動くってのはどうだ? 仲間の動きに合わせることくらい出来るよな?」
「誰に訊いてると思ってるんだ」
「私は団長と一緒に戦います。宜しいですよね」
「グームだつってんだろ。ったく、解かった。一緒に来い、カルヲ」
「はいっ」
「俺は一人で行くぞ。構わないな」
「好きにしろ」
NPC二人とベルグの立ち位置が決まった。
残るは俺たちだけだが、組み慣れた三人となれば戦い方は自ずと決まってくる。
「俺たちも俺たちで動くから大丈夫だ」
「そうか。なら、始めるとするか。泥熊退治開始だっ」
それぞれ自分に適した戦い方が決まったことで、俺たちは瞬時に四方向へ別れた。
正面に位置するのは全身をがっしりとした鎧で固めているカルヲとグーム。
後方には超近接距離で戦う必要があるベルグ。
右側に俺、そして左側にヒカルとセッカ。二人は前衛と後衛に分かれマッドベアに向かっている。
四方を囲まれた形になったマッドベアは誰に狙いを付ければいいのか迷っている感じはあるが、それは俺たちが動かずに攻撃の時を推し量っているからに過ぎない。
ここで俺たちの内の誰かが攻撃を仕掛けたその瞬間、マッドベアはその一人を狙い攻撃を仕掛けることだろう。
誰が戦いの火蓋を切るのか。
前衛を張る五人全員がタイミングを計る様に距離を詰め始めていくなか、痺れを切らしたように後方からベルグが突撃していった。
一度攻撃を受けたベルグが減ったHPを回復させた素振りは無い。それでも十分戦えると判断したのだろう。鋭く突き出した拳がマッドベアの背中を的確に打ち抜いていた。
マッドベアの上部に浮かぶHPバーは四本。それは低く見積もってもマッドベアが以前ポルト村の近くで戦ったゴブリンジェネラルの倍以上の強さを持っていることを表している。
「な、なんだコレ」
マッドベアの背中に拳を打ち込んでいたベルグの戸惑う声が聞こえてくる。
基本はマッドベアに注意を向けたまま一瞬だけベルグに視線を向けると、底なし沼のような泥の中で動かない腕を必死に引き抜こうとしている瞬間だった。
それがマッドベアの持つ特性なのか、ベルグの打撃は殆ど効いておらず、HPバーに大きな変動は見られない。その反面、動きを止められたベルグがマッドベアからの攻撃の危機に瀕していた。
「セッカはベルグを回復、ヒカルは俺と攻撃。左右から挟撃するぞ!」
手早く指示を送り、俺は反対側に立つヒカルとタイミングを合わせマッドベアに攻撃を仕掛ける。
戦闘が始まったばかりでは全身を泥で覆われたマッドベアに有効な攻撃はまだ判明していない。俺たちに出来ることといえば反撃を受けないように注意して攻撃することだけだ。
剣形態の剣銃でマッドベアの胴体を斬り裂く横薙ぎの一撃を出す。
しかし、返ってくる感触はまるで手応えの無いもの。それは生物らしくない、正真正銘泥で出来た人形に攻撃しているかのようなものだった。
「なにこれ、気持ち悪い」
短剣を振るうヒカルが自身に返ってくる感触に悲鳴を漏らす。
まるで意味の無い攻撃をくり返す俺とヒカル、そしてどうにか自身の手を抜こうとしてもがくベルグにグームの怒号が飛ぶ。
「下がれ、攻撃が来るぞ」
カルヲとグームの二人が俺たちの攻撃に参加しなかったのはこの為。成功するかどうかも解からない攻撃を仕掛ける俺たちをフォローすることこそが目的だったのだ。
振り回されるマッドベアの腕と爪が間近で動きを鈍らせている俺とヒカル、そして背中に腕を突っ込んだまま振り回されているベルグを襲う。
暴れ回るマッドベアの動きを止めるべくグームが銀の直剣で鋭い斬撃を放つ。
「カルヲ!」
「はいっ」
そして続け様にカルヲが追撃を行った。
泥で覆われたマッドベアに対して普通の攻撃はたいして効果が無い。そう思った自分の認識を覆す現実が目の前で起こったのだ。
俺とヒカルがマッドベアを斬りつけてもたいしたダメージを与えられなかった。しかし、この二人の攻撃は確実にマッドベアを切り裂いた。グームとカルヲが付けた傷は瞬時に元に戻ってしまうものの確実にHPバーは減少させている。
それは俺たちプレイヤーからすると効果があると判明しただけで十分だ。
モンスターを倒すには何も修復不可能な傷を与える必要などは無い。予め定められているHPバーを削りきればいいだけの話だ。
「うおっっと」
グームとカルヲによる連続攻撃で足を止めたマッドベアはそれまでの勢いを急激に殺した。その結果、背中に埋まっていたベルグの右手は抜け、遠心力に従って宙に投げ出されてしまった。
体勢を崩しながらも着地するベルグがすぐに拳を作り直し構えを整えた。
「無事かぁ格闘家」
「当然だ」
「攻撃が効かないのなら休んでいてもいいんだぜ」
「冗談。こういう相手にはそれなりの戦い方があるんだ」
「だったら見せてもらおうか」
「ああ、すぐに見せてやるさ」
強く拳を握り直したベルグがそれまでとは違う構えで駆け出した。
両手を引き、身体を水平にまで屈め、それは全身が一つの武器となっているかのような印象だ。
「くらえ、衝掌・散!」
眩いライトエフェクトを伴って勢い良く突き出されたのは拳ではなく掌底。それは拳による点の攻撃ではなく掌を使う面の攻撃。
掌底がマッドベアに当たった場所が丸く弾け飛び、中身っぽい黒い身体が露出する。直ぐに弾け飛んだ穴が埋まり元に戻ったのだが、減少したHPはそれまでの比ではない。
どうやらこのマッドベアというボスモンスターは泥で身を守り、プレイヤーの攻撃を受け流しているだけで、その耐久力は低い。三本もあるHPバーだがそれを削りきること自体は泥の防御さえ貫けられればさほど難しいことではないようだ。
とはいえ俺の出来る攻撃は限られている。剣形態で斬るのは線、突くのは点、銃形態の銃撃も同じく点。それではマッドベアに有効な攻撃が出来るとは到底思えない。
だが、悩んでいられる時間などあるはずもない。マッドベアはこちらの事情などお構いなしに攻撃をくり出してきているのだから。
突破口らしい突破口を見つけられないまま、俺はひらすら回避と防御をくり返した。
そうこうしている間に、効果のある攻撃を放つことのできる三人がマッドベアのHPバーを一本削りきってしまった。
仲間の活躍を喜ばないわけではない。だが、きっぱりと攻撃を棄てマッドベアのヘイトを引き受けているヒカルや、回復を中心に援護しているセッカに比べて今の俺はあまりにも役立たずではないだろうか。
「どうすればいい。どうすれば……戦える?」
自分に問い掛ける。
強化術を施しても上昇するのはパラメータだけ。根本的な解決にはならない。俺が使えるアーツも同様だ。あれらも威力と速度の拡張技でしかない。
必要なのは威力を高めるのではなく、俺の攻撃を効果あるものに昇華させること。
その方法は、何だ?
「気を付けろ、動きが変わったぞ」
迷う俺の耳にグームの声が届く。このグームの言葉を証明するかのようにマッドベアの姿が変わっていく。爪や牙がより鋭く、より攻撃的に。
脅威を増したマッドベアはただ一人まともに戦うことのできていない俺を狙い突進してきた。
速度を増し、迫力の増したその突進を俺は成す術もなく受け止めるしかない。
全身に力を込め、訪れる衝撃に身構える。
目を瞑り、減少するであろうHPを想像する。一撃でどれ程のダメージを与えられろうと、ごく僅かでも残っている限り瞬時に回復させてやる。そう胸に誓った。
ストレージにあるポーションを取り出し使用する自分の姿を想像しながらも、俺はいつまで経っても来ない衝撃を不審に思い、きつく瞑られている目をおそるおそる開く。
「なっ、どうして!」
そこにあったのは俺を庇い、マッドベアと組み合っているグームの姿。
元々傷だらけの鎧に真新しい傷が次々と刻まれていく。
「い、いいから、早くそこを退けぇ」
攻撃的になったマッドベアに徐々に追い詰められ始めているグームが額に汗を滲ませながら叫ぶ。
慌てて移動するとグームは闘牛士よろしく、組み合っているマッドベアを往なしてその進行方向を変えさせた。
たった今まで俺が立っていた場所を通り過ぎていくマッドベアを見送った俺の先で、急ブレーキをかけるように止まるマッドベアにカルヲが剣を振るう。
攻撃的になったということは反面防御をおろそかにしたということのようで、カルヲの直剣の一撃ごとに先程までよりも大きくHPが減少した。
攻撃を受け、鎧に真新しい傷を作ったグームはその場で膝をつき、大きく肩で息をしている。
苦しそうなその様子を見かねて俺が告げた。
「グーム回復を」
「――っ、無理だ」
「何故?」
「俺はポーションを持っていない」
「なら、これを使ってくれ。俺は……」
俺はダメージを受けるほど戦闘に参加できていない、この一言を言わずにのみ込んだ。
「遠慮なく使わせてもらう」
ストレージから取り出したポーションを受け取り、一気に飲み干した。
鎧に付けられた傷は消えずともその体が受けたダメージは回復させられる。すぐにでも戦線に復帰できる程に。
「行かないのか?」
離れた場所で戦うカルヲ達の元へ駆けつけようとするグームが立ち止まって振り返り俺に問い掛けてきた。
「俺は……」
「――っ」
戦闘中にも関わらず煮え切られない態度を取る俺のことなど構っていられないというふうに、グームはマッドベアの元へと走り去ってしまった。
残された俺はその後ろ姿を見つめるばかり。
無意識に剣銃を握る手に力が入る。
その姿を目の当たりにしたベルグがいつの間にか俺のいる場所の近くまで来ていた。
「まだ悔しさを感じるくらいは出来るみたいだな」
俺を見るその瞳は師匠のもとで修業と称して戦っていた時と同じだった。
責めるのでもなく、蔑んでいるのでもない。感情が無いようにも見れるが、確かにその瞳の奥には俺に対する何らかの感情が込められている。
「それで、お前はここで手を拱いているだけなのか?」
「そんなつもりはない。――けど、今の俺に有効な攻撃方法なんて――」
「煮え切らないんだな」
「何?」
「攻撃が通用しないのならばヒカルとかいう奴のように撹乱する側に回ればいい。銃形態を使えるお前ならより効率良く出来るだろうさ」
ベルグの言うようにすれば俺も戦闘に役立つことは出来る。そんなことは俺も考えた。考えた上でそれをしない、いや、したくないと思ったのだ。
したくないのに、別の事をする手段を持たないという事実が俺の足を、意志を止めてしまっていた。
「それは嫌という顔だな」
俺が頷いて見せるとベルグはその瞳にある種の喜びにも似た感情が宿らせた。
「ならばどうする? このまま何も出来ないと諦めるか、それとも……足掻き続けるか」
諦める。その一言を告げられて俺は初めて諦めかけていたことを知った。そして、それと同時に足掻くことが出来ることも。
目の前にこの二つの選択肢を用意されたならば、俺が選ぶのはただ一つ。
マッドベアとの戦闘が始まってから初めて、俺は自らの意思で戦闘の中心へと駆け出していた。
出来ることと出来ないことがあるのは前と何も変わらない。だからといって出来ることだけをするのは俺の意志ではない。
俺は出来ることをするのではなく、やりたいことをしたいのだ。
それが今は戦力の一端として戦闘に参加すること。
明確に解かってしまえば後はひたむきにそれに邁進するだけ。
手段など行き当たりばったりでも構わない。
「SPEED、SPEED、ブースト!」
浮かぶ同型の魔法陣を瞬時に握り潰す。
俺のHPバーの下に浮かぶ同じ形をした二つのアイコンが表す通り、走る速度が飛躍的に上昇した。
この戦闘が始まってすぐ、俺は唯一とも呼べる攻撃を行った。
与えられたダメージは皆無で傷も浅く小さなもの一つ。それを目の当たりにして愕然としたものだが、見方を変えれば今のままの俺でもそんな小さな傷なら付けられるということ。付けられるということは決して自分が何も出来ないわけではないということだ。
マッドベアを挟むように立つグームとカルヲの間を通り抜ける。
剣銃を大袈裟に構え、大きな傷を付けるのではなく、小さくても確実にダメージを与えられる攻撃をすること。その為には出来ることを広げる必要がある。
そのための速度の二重強化だ。
一発一発の威力が弱く効果的なダメージを与えられないのだとすれば、その分多く攻撃をすればいい。
一撃ではなく二撃。
二撃ではなく三撃。
同じ場所を的確に、与えた傷がより深くなるように、最小限の動きで斬り付けていく。
そうすることで泥の防御が少しずつ斬り開かれていった。
泥の奥に隠されている本体が見えた瞬間、俺は剣銃を水平に深く突き刺した。
マッドベアの絶叫が木霊する。
始めて俺の攻撃でマッドベアのHPが減少した瞬間だった。




