拡張するセカイ ♯.5
剣銃の刃と直剣の刃が交差する。
さて、この戦闘有利なのはどちらだろうか。
麻痺という状態異常を抱える騎士団の男を相手にしている俺か、たった一撃を与えるだけで俺のHPの殆どを奪い取れる可能性を抱く騎士団の男か。
麻痺の効果が切れる前に決着を付けられなければ不利になるのは俺の方だろう。
攻撃を当てたとして俺のHPを思ったほど削れないと知れば動揺するのは騎士団の男だろう。
均衡を保っているように見えて、微妙なバランスの上に成り立っている状況での戦闘は俺の精神力をガリガリと削っていった。
「ヌぅぅ、ちょこまかと」
騎士団の男が苛立ちを含んだ声を出す。
それは騎士団の男の思うように戦闘が進められていないからだろうか。それとも俺の攻撃が想像よりも強力だったからなのだろうか。
薄れゆく霧の中、俺は騎士団の男の動きを観察し続けた。
リリィの魔法の効果によって発生した霧がクリアに見えるのは俺たちだけで騎士団の男からすれば濃霧の中に立っているのと変わらないはず。
だがこうして至近距離で剣を打ち合う以上、霧がもらたしてくれるアドバンテージはないに等しい。だとしても一度たりとも攻撃にミスを出さない騎士団の男の技量には感嘆の一言だった。
「ユウ!」
霧が完全に晴れた時、ヒカルが大きな声を出した。
一瞬だけ視線をヒカルたちへと向けるとその足下には担当していた人数に加え俺が縛るはずだった騎士団も全員鎖で縛り上げていた。
四人の近くには鎖で縛りあげられた騎士団が床に転がされている。彼らは問題なく撒かれた麻痺薬に侵され身体の自由を奪われているようだ。
「こっちは気にするな。皆は手筈通りに」
「わかった」
視線を即座に騎士団の男に戻し告げた俺の言葉にパイルは軽く肯いて返事をした。それに続くようにリタとヒカルとセッカが自分が縛り上げた騎士団の男達を一か所に纏めようと運び始めた。
「貴様らの目的はなんだ?」
交差する刃越しに騎士団の男が問い掛けてくる。
「そっちこそ、何でこんなことをするんだ!」
感じている怒りはどういった種類のものなのだろう。
理解の及ばない行動を起こしたNPCに対するものなのか。
それとも人の邪魔をする行動を起こしたプレイヤーに対するものなのか。
どちらにしても確かなことは一つだけ。
騎士団の男は俺たちの、いや、俺の……敵だ。
「我々はこの町を守護する役目を負った騎士団だ。突然このような施設が現れれば検閲するのは当然のこと。貴様こそ自分のしていることがわかっているのだろうな」
その言葉に嘘はない。NPCが与えられた役から出た言葉であろうことはすぐに分かった。つまりこの男は心の底から自分の役割を全うしようとしているに過ぎないのだ。
「やっぱりアンタはNPCなんだな」
「何の話をしている?」
「こっちの話だっ!」
気合いを込めた横薙ぎの斬撃が長い鍔迫り合いを終わらせる。
互いに後ろに下がりできた距離と時間が乱れていた呼吸を整えさせる。
「……やり難いな」
剣銃を構え直しながら俺は呟いていた。
今回、騎士団の男との戦闘がこれまでの戦闘と大きく違う点が一つあった。プレイヤーともモンスターとも違う。NPCだからなのだろうか、騎士団の男の頭上には名前が表示されるだけで肝心のHPバーが見えてこないのだ。
名前も騎士団分隊長という役職を表したもので個人の名前ではない。
見えてこないものはいつも変な想像をかき立てる。今回の騎士団分隊長の男のHPバーもそうだ。ボスモンスターのように何本もあるのか、プレイヤーのように一本のHPバーの割合で減少度合いを示すのか、はたまたそのどちらでもないのか。
それにしても、HPの残量が分からないことがこんなにも戦闘に影響をもたらすとは思いもしなかった。最大にして最善の攻撃をし続けたとして、それがどの程度効いているのかも解からない。
まるで終わりの見えないマラソンを強いられているかのようだ。
困惑する俺の目の前で騎士団分隊長の男が剣を持たない手を開いたり閉じたりを繰り返す。
そして、にやっと笑い告げてきた。
「ふっ、やっと痺れが取れてきたみたいだぞ」
状況の変化を告げたのは騎士団分隊長の男の一言だった。
だが、この変化は俺にとって喜ばしいものではない。麻痺の状態異常という、たった一つのアドバンテージが消滅してしまった証拠なのだから。
騎士団分隊長の男がそれまでよりも速く動いて俺に攻撃を仕掛けてきた。
咄嗟に剣銃の刃で攻撃を受けながらも思い知らされることになる。
麻痺の状態異常というのは紛いなりにも騎士団分隊長の男の動きを阻害させていたようだ。鋭さを増した斬撃を受けつつ俺は騎士団分隊長の男の顔を睨みつけた。
「そら、どうした、麻痺がなければそんなものか!」
騎士団分隊長の男が振るう直剣の勢いが増していく。
均衡を保っていた剣戟が崩れ、徐々に押され始めていた。
重さを増し、鋭さを増し、威力を増していく騎士団分隊長の男が振るう直剣が確実に俺を追い詰める。
「まだだっ。まだ、負けてない」
「ならば見せてみるがいい。……たいして意味はないだろうがな」
「……くっ」
遊ばれている。そう感じてしまうほど俺と騎士団分隊長の男との力の差は歴然としていた。
これまで武器を鍛え、装備を整え、自身を磨いてきた。
なのに、この男には届いていない。
一体何が違うというのだろう。
俺とこの男に違いがあるとすれば何だ。
プレイヤーとNPCの違いだろうか。
「軽い。軽過ぎる。そんなにも軽い剣で貴様は向かってきたのかっ」
「――うおっ」
直剣に全体重を乗せる騎士団分隊長の男によって打ち合わせている剣銃ごと俺の身体が跳ね返されたのだ。
体勢を崩すまいと踏ん張りながらも俺は戸惑いを禁じ得なかった。
こんな経験初めてだ。
俺の攻撃力が劣っているわけではないはずだ。
武器や自身のパラメータのATKに差があるわけでもないはずなのに、俺の剣はあまりにも簡単に跳ね返されてしまう。
その反対に騎士団分隊長の男の剣はズシリと重く、一瞬でも気を抜いてしまうとその場で膝をつかされてしまうほど。
戦闘で状況を変える手段はそう多くない。俺ならば剣銃を銃形態へと変形させて戦闘スタイル事態を変えるか、≪強化術≫を使いパラメータを底上げするかのどちらかだ。
そして今、剣同士の戦いを繰り広げている以上、俺が選べる手段はたった一つ。
「ATK、DEF、ブースト!」
手のひらに浮かびあがる魔法陣を即座に握りつぶす。
視線の左上にある俺のHPバーの下に二つのアイコンが表示される。
攻撃力の増大した一撃も騎士団分隊長の男は軽々受け止め、返してきた。
「む、これは……だが、軽い!」
一瞬だけならば騎士団分隊長の男を怯ませることがきた。だが、俺ができたのはそこまでだ。
すぐに対応され、より強い一撃を繰り出してくる。
呆然としてしまう俺は騎士団分隊長の男の攻撃を正面から見ることしかできなかった。
それは俺が繰り出した斬撃と同じ軌跡を描き、回避も防御も容易く出来るはずなのに、俺は無防備な醜態を曝け出してしまった。
「ぐっ、あぁぁああっ」
痛みと衝撃が俺を襲う。
たった一度。そのたった一度の攻撃が俺のHPをみるみる削っていく。
それでも防御の強化術を施していたおかげかHPの減少は三割程度で止まった。
「ほう。それに耐えるか」
感心したような騎士団分隊長の男の声が響く。
騎士団分隊長の男の予定通りならこの一撃で俺は無力化されていたのだろう。最悪の場合HPを全損させていたかもしれないのだ。
膝をつき、顔だけを騎士団の男に向ける。
「ま、まだだ」
勝つ方法など見つからない。けれどこのまま負けるつもりもない。
一矢報いるなんてケチなことを言うつもりはない。絶望的な状況でも俺は必ず活路を見つけ出して見せる。
ふと左上のHPバーの下にある二つのアイコンを見た。
強化術を施したおかげで助かったのだろうがそれはあくまで運が良かったに過ぎない。なにより、普段の俺なら攻撃力と速さを上げる強化をしていただろう。しかし、この時発動させたのは攻撃と速さではなく攻撃と防御。
それは、無意識のうちに俺が怯えていたということ。
そして、俺の意識が完全には攻撃に向けられていなかったということだった。
ならば気持ちを切り替えよう。
今度こそ勝利に向かうために、いつもの自分を取り戻すために。
去っていく痛みの波にのまれる前に俺は立ち上がった。
これから第二ラウンドを始めるんだ。
「行くぜっ」
攻撃と速度の強化術を掛け直して俺は駆け出した。
攻撃を受ける前に俺が攻撃を仕掛ければいい。
騎士団分隊長の男に攻撃の暇を与えるな。
「こざかしいっ!」
繰り出される無数の斬撃を受け止める騎士団の男が力任せに俺を払い除ける。
できてしまった隙を逃さず騎士団分隊長の男は直剣を振るう。
今度は俺が防御に回る。
しかし、今度は守るだけではなく、回避も織り交ぜた。
直剣が掠る度に俺のHPが僅かに減少してしまう。けれどそれに構うものかと斬撃の合い間を擦り抜け剣銃を突き出して反撃する。
初めて俺と騎士団分隊長の男の戦闘が本当の意味で拮抗し始めたのだ。
シーソーゲームのように互いに攻撃と防御を入れ替えながら、僅かなダメージを蓄積させていく。
このままずっと変化しなければ先に倒れるのはHPの三割を減らしている俺の方だ。
だからこそこのままでいることは許されないが、気を抜いたりしてこの均衡を崩すわけにもいかない。
ぶつかり合う剣と視線のなか、俺は突破口を探し続けた。
「おぉおおおおおおお!」
気合い一閃。
剣銃を振り抜いたその時、永遠に続くかと思われていた均衡が突然終了する。
「うぐっ」
戦闘に集中し騎士団分隊長の男の些細な仕種にすら注意を払っていた俺に思いがけない衝撃が襲いかかってきたのだ。
短く小さな悲鳴を上げて騎士団分隊長の男がガクッと崩れ、俺の元に倒れ掛かってきた。
「な、何が……」
起こったのだろう。
そう思って周囲を見回した俺の目に苦悶の表情を浮かべ倒れ込んでくる騎士団分隊長の男の背後で無表情のパイルが無言で立っているのが映った。
その手には空になったポーション瓶。
見る見るうちに青ざめていく騎士団分隊長の男に俺はとある仮説が浮かび上がった。
「目的を忘れるな。これは騎士団を倒す戦闘ではない。この戦闘の目的は騎士団をここから掃討するためだろ」
瓶の中身はおそらくこの作戦が始まる前に渡された麻痺薬と同種のもの。だが、その効果の程は別格。パイルが所持している麻痺薬の中でも特に強力なものなのだろう。
「なにをしている? 早く渡した鎖で縛り上げろ」
「あ、ああ」
釈然としない結末だが、今更嘆いても仕方ない。
ストレージから鎖を取り出し、たった今ままで俺と熱戦を繰り広げていた騎士団分隊長の男を縛り上げていく。
これが当初の作戦通りなのだとしても、むしろ望んでいた結果だとしても、やはり俺は、
「不満そうだな」
「ああ」
「納得出来ないか?」
「そう、だな」
いつの間にか俺の隣に来ていたパイルが無表情のまま俺を見下ろしている。
空になった手をギュッと握りしめ、告げた。
「理解は出来る。これが最善だったんだって。でも、納得は出来ない。したくない」
「そうか」
もはやなんの感傷もないというようにパイルは騎士団分隊長の男を他の騎士団を集めている場所へ引き摺っていった。
静寂に包まれたギルド会館のメインホールの中心に立ち尽くす俺は胸に突っ掛かっているモヤモヤと熱くなっていた気持ちを大きな溜め息の乗せて吐き出した。
「お疲れ様。ユウくん」
晴れやかな笑顔を向けてくるリタは何故パイルとギルドを作る気になったのだろう。不意にそんな疑問が浮かびあがってきた。
けれど、それは言葉には出せなかった。
遠慮しただとか、気を使ったとかじゃない。なんとなくそれは聞く必要がないように思えたからだ。
「……大丈夫?」
「凄く強かった見たいですけど、平気ですか?」
セッカとヒカルが俺を心配する言葉を掛けてくる。
「どう? わたしも役に立ったでしょ?」
リリィがクロスケの頭に乗って近付いてきた。
「皆こそ、平気か?」
聞き返す俺に二人と一人の妖精は何が、というように首を傾げてみせた。
「平気ならいいさ」
実質NPCと戦ったのは俺一人ということになるのだろうが、他の皆もNPCに対して攻撃行為をしたということになる。罪悪感のようなものを感じるかもしれないという俺の心配を余所に三人はそれぞれ大変だったねと、一種のイベント戦のようなものの感想を言い合っていた。
「お前ら、こっちに来い。この人が話しがあるらしい」
と、パイルが俺たちを呼び寄せた先にはギルド会館に勤めるNPCが二人立っていた。
それは最初に騎士団に向かっていった一人と、俺たちを個室へと案内した人だった。
「今回は騒動に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
NPCの一人が告げると、二人揃って深々と頭を下げた。
「あ、そんな。大丈夫ですから」
というのはリタだ。
彼女はかしこまった対応をされるのに慣れていないなのか、逆に恐縮してしまっている。
「あれは何なんだ?」
パイルが纏められた騎士団を指差し訊ねていた。
確かにNPCのことはNPCに訊くのが一番だろう。プレイヤーは運営から知らされている情報しか知り得ないのだから。
「彼らはこの町を守護する騎士団、だと思います」
「はっきりしないんだな」
「申し訳ありません。装備は間違いなく騎士団のものなのですが、その騎士団がこの施設を攻撃するとは思えないのです」
「ふん。ならばあれは騎士団を騙る何ものかだとでもいうのか?」
「それも解かりません。すぐに確認しようと思いますが、確かな返事がされるのには時間が必要だと思われますので」
どうも歯切れが悪く感じるが、もしかするとこのNPCたちも状況が把握できていないのだろうか。
しかし、これがゲームでありNPCはそこにいる登場人物なのだとすると、そんなことありえるのだろうか。
語り部であり、話を進める役割を持つであろうNPCすら知らない出来事がNPCよって巻き起こるなど到底信じられない。
「まあ、それは今はどうでもいい」
答えが返って来ないと解かるとパイルは興味が無くなったように話題を次に移した。
「この施設は今も使えるのか?」
「とおっしゃいますと?」
「ギルドの設立は可能なのか、と聞いているんだ」
今の今まで忘れていた。
俺たちがここにギルドを作るために来ていたということを。
「申し訳ありませんが、それも後日になると思われます。今は彼らの処遇を尋ねなければなりませんので」
「尋ねるとは誰にだ?」
「王都にいる騎士団、もしくはその上になります」
「その上。となれば王族ってやつか」
「はい」
「分かるの? パイル?」
「ん? ああ、こういうファンタジーものの常だろ。なにより王都って言うくらいだし」
なんと言えばいいのか。
これまで俺にとってこの世界というのはあくまでプレイヤーが主役であり、世界観などはプレイヤーの気分を盛り立てるための演出に過ぎなかった。それがこうしてNPCと会話し、世界観のなかに入っていくかのような展開はイベントでも味わうことはなかった。
それだけに、俺が何に巻き込まれようとしているのか、そのことばかりが頭の中を木霊していた。
「では後日ここにくればおれ達もギルドを開設できるのだな?」
「はい。明日にでもできるように手続きだけは進めさせてもらいますので」
案外早いものだと思った。
そしてそれはゲームだからこその時間なのだろうとも。
現実で明日にならなければ進められない。それはある種プレイの自由度を狭めはしないだろうか。他のギルドを立ち上げようとしているプレイヤーよりは確実に遅れてしまうことになり、同種のギルドを作る人がいたとして、やはり後に作るよりは先に作った方が何かと有利なのはわかりきっていること。
商会というギルドを作ろうとしているリタはそれを心配したのか不安そうな眼差しをパイルに向けていた。
「いいの?」
「仕方ないだろう。ここで粘っていても無駄に時間を消費するだけなのは確実だろうからな」
「ユウくん達も?」
「俺らは元々そんなに焦ってるわけじゃないし、仲間内のギルドを作りたかっただけだからな。大して問題はないさ。だろ?」
「……うん」
「はい」
「……そう、なの」
思いの外リタが自身のギルド作りに乗り気なのに驚いた。
嫌々というわけではないのだろうとは思っていたが、それにしてもどこか焦っているように感じる。
「これ以上ここにいてもすることはないな。他のプレイヤーが現れる前に退散するとするか」
ギルド会館に勤めるNPCとの会話を打ち切り、パイルは颯爽とギルド会館の外へと出ていってしまった。リタはどこか落ち込んだ様子でそれに続き、NPCも拘束されたままの騎士団を連行してどこかに消えて行った。
メインホールに残された俺たちも互いの顔を見合わせて、それから無言のままギルド会館を後にした。
会館の外に出て街の様子を見てみると驚くほどいつも通りだった。
騎士団によって封鎖されていたはずなのに誰もそれを気に留める素振りすらない。
そして、今も俺たちと入れ替わるように別のパーティがギルド会館へと入っていったのだ。
「どういうことだ?」
思わず言葉に出していた。
同じ施設のはずなのに、騒動に巻き込まれた俺たちとこうして何事もなくギルド開設のためのクエストを受注していく他のプレイヤーが同時に存在しているのは何故なのだろう。
考え込み、首を傾げている俺に申し訳なさそうな顔をしてヒカルがいった。
「あの……今日はここで失礼させてもらいますね」
「ん、わかった」
心ここに在らず。
俺は耳を通り抜けるヒカルの言葉に半ば反射的に答えていた。
「私も今日は落ちるね」
ヒカルが去ってセッカも同じように告げた。
それに対しても俺はただ「わかった」と答えるだけ。
淡い光に包まれ消えていくセッカを見送ると俺は上の空で街の中をを歩きだした。
自分の工房があるウィザースターへと戻り、通い慣れた道をいく。
お決まりのルーチンと化していた道程のはずなのに俺はいつの間にか知らない通りに迷い込んでしまっていた。
「ここは、どこだ?」
見慣れない建物が建ち並ぶ景色はまるで別の街に来てしまったかのよう。
それでも自分の良く知る街に居るはずだと、俺はおもむろに進み始めた。
プレイヤーショップも、NPCショップも何も無い。
あるのは無人の空き物件だけ。
それはまるでゲームリリース当初の街外れにいるみたいだった。
飾り気もなにもない、ただ綺麗なままの建物が並ぶ中を進む。
隣に誰かいれば話ができる、気分も変えられるのにと思い、俺はクロスケとリリィを呼んだ。
しかし返事はない。
ギルド会館を出た時は一緒にいたはずだ。まさかどこかで逸れてしまったのだろうか。
心配になり指輪に語りかける。
だが、それにも返ってくる言葉はない。
≪魔物使い≫スキルによって繋がれているはずのクロスケすら今は何も感じられない。
「ほんと、どうなってるんだよ」
ポツンと一人立ち尽くす俺はコンソールからログアウトを選択しようとしてすぐにその手を止めた。
再びログインしてくる時は復帰する地点というものにある種の法則が存在した。エリアやダンジョンではセーフティゾーン以外ではその場で復帰することができずに自分が予め定めた地点に復帰するようになっている。なにも設定していないプレイヤーはログインして最初に訪れたりHPを全損した場合の復帰地点でもある神殿という具合に。
だが町中は話が別だった。
攻撃の危険が無いからなのだろうか、町中では常にログアウトした地点から復帰するようになっていた。
どこかのショップの前ならそのショップの前に。
自分の家の中なら家の中にというふうに。
俺は町中で迷っているのだからたとえここでログアウトしたとしても復帰してくるのは同じ地点になる。
それでは何の意味もないと思い直して俺は三度進むことを決めた。
同じ景色が続く街並みに独特の恐怖を感じつつも、俺は歩き続ける。
横にある建物のガラスに反射して映る自分の表情は想像していたよりも不安げだ。
「あれは?」
俯き、早足で進む俺の目にオレンジ色の暖かい光が飛び込んできた。
慌てて視線を上げるとそこには外装も何も無い建物から灯りが漏れているようだ。
まるで灯りに群がる羽虫のように俺はその明かり目掛けて走り出していた。
そして程なくして灯りの付いている建物の前に辿り着いた。
「ここは、店、なのか?」
それは俺の知る店の様相とはかけ離れている。
けれどこの時の俺はこの明かりの誘惑に勝てるはずもなく、その店の中へと足を踏み入れていた。




