拡張するセカイ ♯.4
パイルの手によって解錠された扉を抜け俺は騎士団のいるギルド会館のメインホールに続く階段の踊り場へと来ていた。
俺の手には黄色い液体の入った透明な瓶が一つ。
これこそが数分前に俺たちが立てた作戦の要となるアイテムだ。
部屋を抜け出す少し前、俺たちは停滞している状況を抜けだすための方法を話し合うことになった。
「作戦を立てようじゃないか」
それはパイルのそんな一言から始まる。
「作戦?」
「ああ、そうだ。おれ達がここから抜け出し、ここを不当に占拠する騎士団を掃討するための作戦だ」
固く閉ざされた部屋の中でパイルは何を突然言い出すのだろう、と首を傾げるものはここにはいない。
それは初めからその目的の為に色々確認し合う俺とパイルを見てきたからだろう。そして、そうする以外にここから出ることは出来ないと自然と感じている証拠でもあった。
「でも、他のプレイヤーのことはどうするんだ? リタが言ってたみたいに鉢合わせしたら面倒じゃないのか?」
「それよりもだよ。パイルは本当に私たちだけで騎士団を掃討できると思っているの?」
俺とリタの質問を受けるパイルは少しだけ考え込む素振りを見せ、
「普通の手段では無理だろうな」
と、きっぱり断言した。
「だったら――」
「だからこれを使う」
別の方法を考えよう。そう言いだそうとする俺に、パイルは自身のストレージから取り出した黄色い液体の入った瓶を五つ、誰も座っていない椅子の上に置いた。
「これは?」
「そこに入っているのは麻痺薬だ」
「おいおい、今状態異常を回復する必要なんてないだろ」
麻痺を受けているわけでも、ましてHPが減少しているわけでもない俺たちには無用の長物。
しかし、そう感じているのは俺一人で他の三人は反対に俺が何を言い出しているのかと不思議そうに見つめてきた。
「ん? ユウはこれを見るのが初めてか?」
と、パイルは意外だとでも言いたそうに聞いてきた。
「これはね、状態異常を直すんじゃなくてその逆なの」
「逆?」
「本当に知らないんですか?」
リタの言葉に聞き返す俺を見て驚いているのはヒカルだった。この位置からではセッカの表情は上手く読みとれないが驚いているのは間違いないだろう。
そしてリタが俺を見て心底呆れたように呟いた。
「ユウくんは本当にショップで買い物しないんだね」
「ま、待て、俺だってショップで買い物くらいするぞ。素材とか、食材とか、まあ、その、たまにだけど」
「よくそれでやって来れたな」
感心したように告げるパイルはどこか俺の反応を楽しんでいるように見えた。
そんなにその麻痺薬とか言うアイテムをを知らないということが珍しいのだろうか。
「これの使い方は単純だ。目標に向かって投げつける。そうすると瓶は割れ中身が周囲に撒かれるというわけだ。そしてこれを浴びた対象は麻痺の状態異常を引き起こす」
「そして麻痺した相手を攻撃するのよね」
「へえ」
次に感心させられたのは俺の方だった。
生産者の性のようなものだろうか。作ったことも使ったこともないアイテムはどうしても興味を惹く。誰も座っていない椅子の上に置かれたままの麻痺薬の一つを手に取りその説明文を見ようとしてコンソールを出現させた。
「……あれ?」
「それはまだおれの所有物という扱いだ。おれは常にアイテムの詳細を隠しているからな、見れないはずだ」
「何でそんなことしてるんだよ」
「理由は簡単だ。おれがこれを作り、これを戦闘に使うからだ」
「使う?」
「ああ、それはね、パイルの戦闘スタイルなの。パイルは複数の薬品を使い分けて戦う、だから通称『戦うくすり屋さん』」
からかうような視線を向けるリタにパイルはどこか不機嫌そうな視線を返している。
「その呼び方はよせと言っているだろう」
「だって、すごく的確じゃない」
「だからと言って本人が気に入っていないものを通り名にしようとはするな」
「いいじゃない。通り名なんて普通の人は持ってないんだから」
「ふん。それでユウは麻痺薬の詳細を見たいのか?」
「あ、ああ」
「だったらトレードすればいい。所有権がおれからお前に移れば隠蔽の効果も消えるはずだからな」
そう言うや否や俺の元にパイルからのトレード申請が届く。
「お前が渡すアイテムの欄は空欄でいいから早くしろ」
言われるがままトレードの了承ボタンを押すと俺の手の中にある麻痺薬の所有権が俺に移ったらしく、それまで見れなかった詳細な情報が開示された。
詳細欄にあったのは麻痺薬の効果持続時間や効果の強さなどの説明がいくつか。確かにこれを武器として使っている以上、持続時間というのは最も隠すべき項目となるのだろう。
「先に言っておくが、それはおれが作ったものだ。NPCショップなんかで売っているものよりも効果が高く持続時間が長いからな」
「分かってるって。それにこれの詳細とかは誰にも言うつもりはないから安心しろ」
「ならいい」
俺が知りたいのは作り方だったがそれは記されていない。
落胆するよりも早く自分がこの瓶を片手にモンスターと戦ってる姿を想像し、すぐに無いなと思い直した。
俺に使い道があるとすればどうしてもやり過ごせない状況に陥った時に使うくらいだろうか。そんな状況になる確率なんかよりも、事前にそうならないように対処策を講じるか何かする確率の方が高いだろうからやはり使い道はなさそうだ。
それに、どうやら俺は今の自分の戦闘スタイルが随分と気に入っているらしい。
「で、これをどうするって?」
トレードによって渡された麻痺薬を他の麻痺薬と同じ場所に戻し聞いてみる。
説明を聞かされてなお、俺はこれの使う用途が掴めきれていなかった。
「騎士団に投げつけて自由を奪う」
「あーなるほど。パイルが考えそうな作戦ね」
「モンスターなら一本で五体程度は麻痺に掛けられるが、プレイヤーなら三人くらいまで減少してしまう。NPCには試したことがないために確実なことは言えないが、おそらくプレイヤーに使った場合と同程度だと考えていいはずだ」
自身が作ったアイテムだからというわけでもないが、パイルも様々な状況での効果の程度を検証しているはずだ。しかし、これまでNPCに試すような機会はなかったのだろう。当然、町にいるようなNPCに麻痺薬を使ってもいいかなど聞くわけにもいかず、街道で出会うようなNPCに辻斬りのように麻痺薬を使うことも出来ない。
そういった意味ではこの騒動は類い稀なる機会であるとも言える。
「……たしか騎士団は十四人」
「数えてたのか」
「ずっと観察してたから」
ふんすと鼻息荒く胸を張るセッカにパイルは満足気な視線を向ける。
「となればこの本数で十分なはずだ」
「一本で三人、五本で十五人。確かに十分そうね」
納得するリタの隣でヒカルが不安げな表情でいった。
「でも、騎士団の人達ってみんな全身鎧を着てましたよね? なのに薬が効くんですか?」
「問題ないはずだ。これは薬品といっても飲んで使うものではないのだからな。この麻痺薬は瓶の外に出て外気に触れ気化した薬品を吸い込むことで効果が現れる類いのものだからな。いくら全身鎧を着たNPCといえど呼吸する隙間くらいはあるはずだからな」
「ってか、それを投げる私たちは大丈夫なの?」
液体を掛けられたことで効果が現れるわけではなく気化した液体を吸い込むことで効果が現れるのだとすればそれを投げ入れた俺たちも無事で済むはずがない。
普段から麻痺薬を使っているパイルならばある種の耐性を得るようなスキルを習得していたりするのかもしれないが、残念ながら俺たちがそれを覚えているという確証はない。
事実、俺はそのようなスキルを覚えていていないのだから。
状態異常耐性という点でいえば、装備しているアクセサリでカバーしているとなるのか。かといって現時点で俺がカバーできているのは毒と呪いの二つだけだった。
「当然おれ達にも影響は出てくる。だから皆には先にこれを使って貰うことになる」
と、今度は薄ピンク色の液体が入った瓶を四人分ストレージから取り出した。
「これは受ける状態異常を一定の時間だけ無効化するアイテムだ」
「一定の時間ってどれくらい?」
「二十秒だ」
「短っ」
「だから麻痺薬を投げ入れる直前に使用してもらうことになる」
コンソールに再びパイルからのトレード申請が届いた。今度も渡すアイテム欄は空白のまま了承ボタンを押すと俺のストレージにもう一つの瓶が収まった。
これを全員分繰り返したことで用意された二種類の瓶は全員に行き渡った。
「タイミングはフレンド通信でおれが指示するからくれぐれも間違えるなよ」
パイル以外の四人のストレージにアイテムが収まり姿を消すと話は次の段階に移行する。
「これで騎士団の動きを封じてどうするつもりなの?」
リタの疑問は当然のものだった。
自由を奪ったとはいえそれは時限付きのこと。それほど長い時間麻痺の効果が続くわけでもなくいつかは解放される。
だからこそそれまでの間に完全に騎士団の動きを止める手段を施さなければならない。
「麻痺を付けてからはこれを使う」
と、取り出したのはかなり長めの鎖だった。
「まさか、それで縛るのか?」
「そのまさかだ」
じゃらじゃら音を立てる鎖を何本も取り出し床に置いていくパイルは淡々と答えている。
「これはそう簡単に切れたりする代物じゃないからな。相手を拘束するには丁度いいだろう」
「元はどういう使い方をするんだ?」
「もとから似たようなものだ。モンスターに巻きつけ自由を奪う為に使う」
「なんか、パイルの出してくるのって物騒なアイテムばっかだな」
俺の手に握られている鎖を見ながら、何気なしに呟いていた。
『準備はいいか?』
ストレージから取り出した鎖を左手に、二つの瓶を右手に、気を引き締め直す。
記憶の逡巡は脳裏に届くパイルの声で終了を迎えた。
『大丈夫だよ』
『はい。準備できました』
『……完了』
『ユウくん? なにかあった?』
『あ、いや。大丈夫。準備はできたよ』
今俺たちはギルド会館のメインホールを囲むようにそれぞれ位置取っている。
「ユウ。騎士団ってのはあそこにいるので全員みたいだよ」
俺のもとにリリィとクロスケが同時に近寄ってきた。
予め見付かるなと言っておいたからだろうか、リリィは俺の耳元まで近づいて来て小声で報告をしている。
「分かった。助かったよ。リリィたちはどこかに隠れててくれ」
「あーい」
ひらひらと物陰に飛んで行くリリィを見届け俺は再びフレンド通信で皆に話しかけた。
『リリィからの報告だ。騎士団はあそこにいるので全員らしい』
『そうか。了解した』
パイルが答えると、微かに息を飲む音が聞こえてきた。
リリィとクロスケを偵察に使うことになったのはパイルによるアイテムの説明を終え、次の段階を相談していた時だった。
「大まかな方法は分かったけど、騎士団が隠れてた場合はどうするの? 一撃のダメージが私たちが見た通りなら見逃しましたってだけじゃ済まないわよ」
二種の薬品と鎖という状況を打破するために使用するアイテムをストレージに収めながらリタがパイルに問い掛けた。
「誰かが偵察に出れれば済むのだろうが」
返答に困った様子を見せるパイルは浅く椅子に座り、その背もたれに身体を預けている。
同じように困った顔をしてリタが呟いている。
「他のパーティに頼むわけにもいかないもんね」
むしろ危険性はそちらの方が高いのかもしれない。
なにより、いるかどうかすら分からない相手を探すというのは精神的にも疲弊することだろう。自分たちの安全のために他の人を差し出すような真似は出来るはずもなかった。
「っていうか、他のパーティと鉢合わせしたときのことはまだなにも決まってませんよね?」
「それだが、案外考えなくてもいいかもしれないぞ」
心配そうに尋ねるヒカルにパイルは殊の外平然と答えてみせた。
「皆はここにいるプレイヤーのなかで事態をどうにかしようって考える人がどれくらいいると思う?」
「どれくらいって、半数以上ですか?」
「もっと多いと思う」
思い思いに答えるヒカルとセッカはそれぞれ自分の感じたままを口に出しているようだった。
「おれはその反対だ。解決に乗り出そうとするプレイヤーは全体の一割にも満たないと思う」
「どうしてですか?」
「それはだな。合図が無いからだ」
「合図?」
「ああ。何かイベントが始まるようなアナウンスでもいい、それかクエストの発生でもいい。何にしてもだ、何かしらの合図がなければこの状況がどういう類いのものなのかどうかを知ることは出来ない。始まってもないイベントやクエストをクリアしようなんてヤツは居ないだろうからな」
なるほどと俺は声に出さず納得していた。
もし俺が一人でこれに巻き込まれていたとして、現状がなにも分からないままアクションを起こそうとはしないだろう。
パイルの言うようにクエストやイベントの発生を待っているかもしれない。
「逆に言えば、ここで動けばイベントやクエストの発生を潰してしまうかもしれないんだ」
その可能性に気付けばあえてこの状況で動こうとしないことを選ぶプレイヤーは少なくないだろう。そしてギルドを立ち上げようとするプレイヤーならそれに気付くだけの知恵があるはずだ。
「だったら私たちもそれを待った方がいいんじゃない?」
「まあ普通はそうなんだろうがな。それが発生しないとすればどうする? ずっとここに居続けるのか?」
別の可能性を問われ、俺たちは沈黙してしまう。
結局のところどちらが正解かなどここにいる誰にも解かるはずがないことなのだ。
「おれ達はそれが無いということを前提に動く。後から文句を言われるかもしれないが、そんな声は無視しろ。どうせあったかもしれない可能性の一つにしか過ぎないのだからな」
パイルの言い分はあるかもしれない可能性に賭けるのではなく、無いかもしれない可能性に賭けるということ。
確実にもたらされる結果としては浪費されるはずだった時間の確保。
そして、その後に訪れる自由だ。
「だから他のプレイヤーに助けを求めるわけにはいかないってことなんですね」
「まあな。おれ達と同じような考えを持っているパーティならばいいが、なにかの発生を待つと決めたパーティだったのなら揉め事が起こるだろうからな」
なにかを起こることを期待しているのなら動かない。
だからこそこのタイミングで事態の解決に努めようとしているプレイヤーの数は少ないということだ。
他のプレイヤーと鉢合わせする可能性が少ないのなら、俺たちは俺たちだけで出来ることを考えればいい。その方法と道具は都合良くもここに集まった。
「そこで偵察なのね」
「そうだ」
俺たちは騎士団全員がメインホールにいることを前提として話を進めてきた。
もし、誰か一人でも騎士団が別の場所にいるのなら、麻痺薬を使う直前に邪魔をされたとしたら、全員を掃討したと思った時に救援が来たら、と不安が津波のように押し寄せる。
「見付からないことが最低条件だ。おれ達が行動を起こそうとしていることに勘付かれるわけにはいかないからな」
となれば隠蔽スキルを持っているプレイヤーということになるのだろうが、あいにくここにはそのスキルを持っているような人はいない。
隠蔽というスキルは暗殺者や忍者といった類をロールプレイする人が真っ先に習得するもので、後はせいぜいソロで活動をしてなお且つ頻繁にエリア、それも比較的モンスターの出現頻度の高いエリアに行くプレイヤーくらいだ。
生産職であるパイルやリタはもちろんのこと、鎧を纏った魔法使いであるセッカや、軽装で速度重視のインファイターであるヒカルが習得している可能性は低いだろう。
俺も隠蔽は覚えていない。
いつかは、と思わなくもなかったが先に他の生産スキルを覚えてばかりで結局後回しにしてしまっていた。
ここにいるメンバー以外で誰にも迷惑をかけずに集まることができ、隠蔽が上手いものとなれば。
「……あ」
「どうした?」
「俺一人っていうか一匹だけなら心当たりがあるかも」
そう告げた俺に反応するようにセッカもまた何かに気付いたような声を出した。
「もしかして?」
「ああ。ここから喚ぶことができるかどうかは半分賭けみたいなものだけど、成功すれば偵察は任せられると思う」
それを喚び出す方法は単純だ。
予め定められたキーワードを言葉に出せばいい。
「いくぞ。《召喚・クロスケ》」
眩い光が俺を中心に現れる。
幾重にも重なる魔法陣の中から現れたのは最近俺の工房のマスコットと化していた小さなフクロウ姿のクロスケだった。
クロスケがホウと鳴き、俺の肩に泊まった。
「成功したみたいだな」
肩に泊まり目を細くしているクロスケを見て、ほっと安心していると、リタがこれまでに見たこともないほど目を輝かせ、
「ど、どうしたの、その子。ユウくんのペットか何かなの?」
両手をワキワキと動かしながら聞いてくる。
見慣れない様子のリタを心配したのか、ヒカルがパイルに小声で話しかけていた。
「リタさんって鳥好きだったんですか?」
「いや、あれはただの小動物好きだ」
「……はあ」
賭けるべき言葉が見つけられずに見つめているだけのヒカルたち三人の前でリタが遂に堪え切れなくなったという顔をして俺に近付いてきた。
少しばかりの恐怖を憶えながら俺はその場で硬直する。
「ねぇねぇ、触らせて貰ってもいいかな?」
「あ、ああ、多分大丈夫だと思うけど」
どうだと問い掛けるような視線を肩の上のクロスケに向けるとクロスケは何も言わず俺の肩から離れリタの立っているすぐ隣にある椅子の背もたれに止まった。
「こ、これって大丈夫ってことだよね?」
「だと思うけど、優しく扱ってくれよな」
「う、うん。努力する」
大丈夫かなと心配する視線を送っていると、
「うわー、ふわふわぁ」
満面の笑みでクロスケを触りまくっているリタの姿があった。
「それで、そのフクロウがどうかしたのか?」
と、聞いてきたのはパイルだった。
ヒカルやセッカはクロスケのことを知っている為に特別疑問を抱かなかったようだったが、そうではないパイルは別。俺がクロスケを喚び出したことよりもその意図が解からないというように質問を投げかけてきた。
リタは今もクロスケに夢中になっていてそれどころではないらしい。
「クロスケなら偵察に向いていると思うんだよな。元々隠れることに長けた種族のモンスターだからさ」
「モンスター? ペットじゃなくてか?」
「あー、詳しい経緯は省略するけど、クロスケは元々ダーク・オウルっている種類のモンスターだ。ダーク・オウルは自身の姿を隠すことができるからな。見付からないっていう条件ならクリアしてるだろ」
夜に限った特性のようなものだったものが、俺と共にいくつかの戦闘を経験したことで一つの技として目覚めたらしい。
姿を隠して背後から攻撃、なんてことがあの巨体でも出来るのだから、小型化している今なら尚更見つかり難くなっていてもおかしくはないだろう。
「でもさ、偵察に行くことができてもこの子が見てきた状況を報告することなんてできるの?」
満足するまで撫で触り続けたのだろうか。リタに抱えられたままのクロスケが心なしかぐったりしているような気がする。
「それならわたしにまっかせなさ―い」
「は?」
俺の左手中指に付けられている指輪が光を放つ。
「話はずっと聞かせてもらったよ。わたしならクロスケの言葉も理解できるし、一緒に行くことだってできるんだから」
水色の妖精がどこかの特撮ヒーローよろしく、右手を天高く掲げながら飛び出してくる。
「妖精?」
「そーだよ。わたしはリリィ。よろしくね、オネーサン」
「私はリタよ。で、そこの人が」
「パイルだ」
「よろしくー」
初対面の自己紹介を終えたリリィは全員の顔を見回すように空中を自由気ままに飛び回っている。
「ユウくんってさ、どんなプレイをしてきたのか気になるよね」
「ああ、そうだな。なかなか珍しいログを辿っていることは確かみたいだな」
俺に聞こえないように小声で話しているのだろうが、あいにくここは静かなギルド会館の一室だ。二人の話し声は俺のもとに問題なく届いてしまう。
「それで、偵察にはリリィちゃんとクロスケが一緒に行くってことなの?」
飛行を終えたリリィを手の平に乗せヒカルが問い掛けた。
「そーだよ。わたしならクロスケと一緒に隠れることができるからね」
「いいのか?」
「なにが?」
「危険かもしれないんだぞ」
「んー、大丈夫だと思うけど。わたしもそれなりに隠れるの上手だし」
そういえばリリィの使う水属性の魔法は自身の姿を隠すものがあった。
説明をするなら空気中の水分を固め水面鏡のようにして周囲の景色を反映させ自分の姿を隠すというものだったような。
『そろそろ始めるぞ。各自対抗薬を使用してくれ』
脳裏にパイルの声が響く。
対抗薬は使用すれば二十秒間あらゆる状態異常を無効化してくれる代物だ。
『カウント。5』
再びパイルの声がする。
ポーションのようなアイテムは全て飲むことで使用できる。
薄ピンク色をした液体を一気に飲み干すと視界に端に20という数字が表示された。
『4』
今度はヒカルの声。
『3』
セッカ。
『2』
そしてリタ。
『1』
俺が最後。
ゼロは誰も口に出さず、取り出していた麻痺薬の瓶を騎士団がいる真上の天井目掛けて投げることで現した。
五つの方向から投げ込まれる五つの瓶が示し合わせたようにぶつかり合い、ガラスの砕ける音共に中身を撒き散らす。
突発的な雨のように降り注ぐ麻痺薬を隠すためか突然霧が周囲に漂い始めた。
それは当初の作戦には無かったこと。
俺たちの中の誰かがしたことではなく他の誰かがしたこと。その誰かがリリィだったことは俺は後になって本人の口から知らされることになるのだが今はそんなことを気にしてられない。
麻痺薬の効果持続時間は対抗薬よりも長いとはいえ他の事にかまけているような時間など無い。その僅かな時間ですることが俺たちには数多くあるのだから。
『行くぞ。全員作戦通りにしてくれ』
『任せて』
『はい』
『……わかった』
『了解!』
騎士団の連中を麻痺にかけたら次は鎖による拘束。
俺たちの視界まで塞ぐかと思われた霧はどういう原理をしているのか俺たちの目には殆ど邪魔にならない。精々少し見辛いと感じる程度だ。
麻痺を受けその場で倒れ込む騎士団の男達を俺たちは持っている鎖で拘束していく。
人の拘束のやり方など知らない。上手くできるかどうか不安だったが、渡された鎖がその役割を持って作られたせいなのか驚くほど綺麗に拘束させることができた。
無論それは俺に限った話ではないようで他の四人も何の問題もなく騎士団の男達を拘束していった。
団員の全てを拘束し終えるその時、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響く。
誰かが失敗した?
そう思ったその瞬間、俺の目の前で何かが通り過ぎた。
「貴様ら。随分な真似をしてくれたな」
それは騎士団の先頭に立っている男だった。
肩で息をする男は必死に麻痺に抗っているかのよう。
手に持っているのは騎士団の旗が付いた槍。そして反対の手には一振りの直剣。それが俺の目の前を通り過ぎたのだと理解すると背中を嫌な汗が伝った。
「まあいい。貴様ら全員この俺直々に叩き伏してくれる」
向けられる敵意は俺を捉えて離さない。
「させるかよ」
腹を括るしかないようだ。
腰のホルダーから剣銃を抜き、剣形態へと変形させる。
「来い」
「行くぜっ」
霧の中、俺と騎士団の男の戦闘の幕が上がる。




