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理想の小妖精 ♯.2

 足早に転送ポータルの前まで行くと俺はそっと手をかざした。

 使い方は迷宮にあったものと同じ。転送ポータル専用のコンソールに表示された行きたい町の名前に触れればいいだけ。

 ホログラムのボタンを押すと俺の身体は淡い光に包まれ王都から姿を消した。

 転送はパーティを組んでいようといまいと個人で行うもの。それを証明するかのように俺から遅れること数秒、ヒカルが最初の町――ウィザースターへと転送されてきた。


「それじゃあ、俺の知り合いに短剣を直せるか聞いてみるでいいよな?」

「あ、はい。私はそれでいいですけど、知り合いって誰なんですか?」

「実際に会ってみた方が分かりやすいと思うけど、そうだな、本人は防具屋って言っているな」

「防具屋、ですか。その防具屋さんに武器の修理をお願いするんですか?」

「ああ。最近は武器も扱うようになったし、腕もいいからな。任せても問題ないだろう」


 などの話しながら俺とヒカルはウィザースターの通りを進んでいく。

 これまでの活動の成果なのか、王都に比べウィザースターはどこに何があるのかマップを見ずとも手に取るように分かる。


「ちょっと……待って……ください」

「ん?」

「歩くの、速すぎます」


 慣れた町に戻って来て浮かれていたのか、それともヒカルに早く彼女を紹介したいと思っていたのか、俺の歩くスピードは思いの外に速くなってしまっていたようだ。

 目的地を知る俺は問題ないとしても、どこに向かっているかすら知らないヒカルからすればこのスピードは若干配慮に欠けるということらしい。


「すまない。でも、ほら見えてきたぞ」


 歩く速度を落として進むと見えてきたのは防具屋とこの世界の文字で記された看板。そこに何が書かれているのかを理解できるのは俺たちプレイヤーには注釈として日本語の字幕のようなものが表示されるからに他ならない。


「あの店だよ」

「え? あれって……」

「知っているのか?」

「私が想像している人なら会ったことはないですけど、知ってます」


 このゲーム内での知り合いで、防具屋を名乗っているプレイヤーなど一人しか俺はしらない。ヒカルはどうなのかわからないために名前は出さずにいたが、どうやら杞憂だったらしい。

 そうなら最初から言っておけば良かったかも、と反省しつつ、俺は防具屋のドアを開けた。


「いらっしゃい、ってユウくんじゃない。珍しいね。なにか用かな?」

「そんなに珍しくはないだろ。まあ、用があるのは俺じゃないんだけどな」

「だったら後ろに隠れてるそのコかな?」

「ふえっ!?」


 いつもの調子でリタと挨拶を交わす俺の後ろにいつの間にか隠れていたヒカルが驚いたように飛び上がった。


「なにしてるんだ?」


 隠れる理由が解からない。

 無理矢理前へ押し出すようにするとどういうわけかヒカルは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

 仕方なくここに来た目的を説明しようと口を開くと、


「リタさん! ですよね?」

「嬉しいな。私のこと知ってくれてるんだー」

「当たり前です。リタさんの作る防具は性能がいいって評判なんですよ!」

「それまた嬉しいことを言ってくれるねー。ユウくんなんか一度もそんなこと言ってくれなかったのよ、その防具だって私が作ったのに」

「そうなんですか?」

「ああ。まあ。まだ始めたばかりの頃にちょっとな」

「もちろん今もバージョンアップを繰り返してるから性能は一級品だよ」

「……いいなぁ」


 ほうっと溜息するヒカルに俺とリタは思わず互いの顔を見合わせた。


「いつでもこの店に来てくれればいい防具作るよ。もちろんお代は貰うけどね」

「は、はいっ。その時はお願いします」


 挨拶にしては長い会話を交わしながら、俺たちは防具屋のカウンターの前にある椅子に腰掛けた。


「それで、えっと――」

「ヒカルです」

「うん。ヒカルちゃん、今日はどんな用事かな?」

「これなんですけど」

「短剣だね」


 鞘から抜かれた短剣をじっくり観察するリタをヒカルは不安げな表情で見つめている。

 NPCの鍛冶屋ではできなかったこともプレイヤーならばできるかもしれない。リタの腕も十分信用に足るものだし、何より自分の目にもそれなりの自信がある。

 俺の見る限りこの短剣はまだ完全に死んだ武器ではないのだが。


「ユウくんもこの短剣を見たんだよね?」

「ああ、ここに来る前に。ついでに言うと王都の鍛冶屋にも見せてきたところだ」


 小さくその意味はなかったと付け加えた俺にヒカルが驚いたような視線をむける。


「結果は聞くまでもないみたいだね」

「というよりも、全くの無駄足だったんだけどな。一応言っておくけど、もし行こうとしているのならオススメはしないぞ」

「あはは。話を戻すけどユウくんはこの短剣についてどう思う?」

「どうっていうと?」

「ヒカルちゃんはこの短剣を修理して欲しくてここに来たのよね」

「はい」

「一つ気になったんだけど、どうしてユウくんに直してもらおうと思わなかったの?」


 さも当たり前のことを聞くような感じでそうヒカルに問い掛けるリタに、意味が解からないというような眼差しを俺に向けてくるヒカル。

 二人の視線を受ける俺は居心地の悪さを感じ、顔を背けた。


「俺はリタのように店を開いているわけじゃないからな」

「まだそんなことを言っているの? ユウくんならいい鍛冶屋になれると思うけどなー」

「いいんだよ。俺は自分の武器のメンテさえできれば」

「あの……?」

「ヒカルちゃんは知らないかもだけど、ユウくんは私よりも武器の鍛冶に関してだけは腕がいいんだから」

「ホント、武器だけ……だけどな」

「そんなユウくんから見てどう? この短剣は直せると思う?」

「ああ。出来る」


 きっぱりと答える。

 使用限界などという言葉や見た目の状態などを考慮したとしても修理できないほどではない。それが俺の見立てだ。


「ただし、元の状態に戻すことは出来ないけどな」


 そう、これが俺が修理すると言い出せなかった理由だった。

 短剣として使えるものにすることはできる。けれど全く同じ短剣にはできない。俺が直すのならば刀身を全て新しくする以外の方法はない。それほどまでに短剣の刀身に広がっているひびは大きいのだ。


「どういう意味です? 今修理できるって言ったじゃないですか!」

「だからリタの所に来たんだよ。どうだ、リタなら修理出来そうか?」


 信じられないものを見たというような顔をして俺の服を引っ張るヒカルを宥めつつ、リタにここに来た理由を話した。


「うーん、多分無理だと思う」

「そうか」


 答え辛そうにしながらもリタはきっぱりと告げた。

 これが店を開いて幾多の装備を扱ってきた経験のなせる技なのか。だとすればやはり俺には無理だ。目の前でここまで落ち込むプレイヤーを見て直ぐに切り替えることなど出来そうにはない。


「理由を聞きたいよな?」

「……はい」


 それから俺はヒカルに短剣を元の状態に戻すことのできない理由を話し始めた。

 大きな理由として刀身に広がっているひびが大き過ぎること。そのせいで普通にNPCショップで行うような修理では効果がないということ。

 形こそ崩れてはいないものの、もはやこの短剣は真っ二つに折れているのと変わらない。そうなった場合は修理ではく、修復もしくは打ち直しが一般的なのだ。

 つまりは新たな剣を打つのと変わらない。それはリタも同意見のようで視線を向けると小さく頷いた。


「修理が出来ないっていうのは理解してくれたか?」

「……はい」

「納得はしていない、みたいだな」

「仕方ないよ。私だって同じこと言われたら直ぐには認められないもの」

「……まあな。けどヒカルは決断しなければならないんだ。ここで、この短剣をどうするのかを」


 俺がそういうとヒカルはビクッと体を強張らせた。


「別にそれを棄てて新しい武器を使えって言ってるんじゃない。どういう風に打ち直しをするかっていうだけだ」

「そんなにたくさん方法があるんですか?」

「ううん。今のところ二通りかな」

「一つは別の剣を合成する方法。これは直ぐに出来る代わりに剣の形が合成した剣と同じになってしまう。これにはもう一本剣が必要なんだけど、ヒカルは別の武器なんて持っていないよな」


 確認するとヒカルが小さく首を縦に振った。


「だったらこの店で探すことになるんだけど。リタ、この店には短剣は売っているのか?」

「勿論。って言いたいところだけど、今は無いの。ユウくんも知っていると思うけど私の店は防具屋なの。武器の品揃えはそれほど良くないのが現状なんだよね」


 リタが申し訳なさそうにいう。それを聞きながら俺は自分の工房に短剣はあったかなと思い出していた。


「もう一つはなんなんですか?」


 黙り込む俺にヒカルが問い掛けてきた。


「もう一つは簡単。新しい剣をゼロから作り出すんだ」


 ゼロからという一言にヒカルはまた暗い顔をした。


「安心して。今の短剣をインゴットに戻してそれを使って作るから完全な別物にはならないはずよ」

「これを……できるんですか?」

「ま、インゴットに戻すのに剣の状態は関係ないから、できるだろ」


 実際、古びた武器をエリアで見つけそれをインゴット化した経験もある。その時はあまり質のいいインゴットにはできなかったのだが。


「作り直す利点としては元の形にできるってことだろうな」

「ホントですか!」


 何気なしに付け加えた一言にヒカルが思いの他、食いついてきた。


「ああ。無理じゃないと思う、けど」

「言っておくけど私には無理よ」

「なっ!?」

「そんなことができる生産職の方が少ないんじゃないかな」

「そうなんですか?」

「まあね。≪鍛冶≫スキルのレベルとは別にプレイヤースキルが必要だから。余程たくさんの武器を作ったことのあるプレイヤーじゃないと無理だと思う。そこの人みたいにね」


 イタズラ心満載の視線を向けるリタに俺は咄嗟に視線を外そうと横を見たのだが、困ったことにそこにはヒカルの驚いたような顔があった。


「ここまで付き添って来たんだからそろそろイジワルしなくてもいいんじゃないかな」

「別に意地悪してるつもりはないぞ」

「お願いします。お金は好きなだけ払います。足りなければなんだって――」

「ちょっと待て」

「私の持っているアイテムも全部渡しますから」

「だからちょっと待てって」


 必死の形相で詰め寄ってくるヒカルを抑え、俺はそっと立ち上がる。


「別にお金もアイテムもいらないって。俺は店をやっていないんだから」

「ダメだよー、ユウくん。そんなにイジワルしちゃ」

「だから意地悪なんてしていないって」

「でも私にはもう、渡せるものなんて――」

「あー、もう。わかった。わかったから。そうだな、だったら一度だけ俺の手伝いをして貰うってのはどうだ?」

「手伝う?」

「ああ。さっき話しただろ。俺が王都の周りのエリアに来てたのは探しものをしてたからだって」

「そういえば」

「ちゃんと修理ができたらだけど、それでいいか?」

「はい。もちろんです」

「うんうん、それでいいんだよ。いくらヒカルちゃんが可愛いからってイジワルしてばっかってのは駄目だからね」

「はぁ、もうそれでいいよ」


 はにかんだような笑みを見せながらヒカルの頭を撫でるリタを目の当たりにして俺はただ疲れたと思うばかり。

 これなら最初から俺が修理するといった方が良かったのか? いや、リタが直せるといえばそれまでで任せたのだから単純にこういう状況になってしまっただけだと思おう。

 じゃなければやってられない。まるで自分の気遣いが全て空回りしたみたいじゃないか。


「ヒカル、短剣の鞘を渡してくれないか?」

「へ?」

「抜き身のまま持ち歩くわけにはいかないからな」


 鞘を受け取り、短剣を収め、俺はリタの防具屋から出て行こうと歩き出した。


「行くぞ。俺の工房もこの町にあるからな。作業はそこでするつもりだけど、いいよな?」

「は、はい」


 手を振って防具屋を出て行こうとするヒカルをリタが呼び止める。


「ヒカルちゃん」

「はい?」

「良かったね」

「はいっ」


 二人の会話は耳に入ってきたけど聞き流して俺は防具屋のドアを開け外の通りへと出ていった。

 リタの防具屋に比べれば俺の工房がある場所はこの町の郊外。

 小さな一軒屋を思わせる外観を裏切ることなく中も鍛冶と細工、そして調薬の道具でぎゅうぎゅう詰め状態だった。


「おじゃまします」

「遠慮しないで入ってくれ」


 といったもののこの工房にはあまり人を招き入れないがためにどこか落ち着かない。


「適当に座ってくれればいいから」


 預かっていた短剣を作業机の上に置き、ストレージに貯まっていた素材アイテムを並べていく。獲得したアイテムを全て並べ終えると随分ストレージが軽くなった。

 コンソールは消さずにそのまま、短剣のパラメータを表示させる。

 一度俺の手に渡ったことでこの短剣の細かなパラメータを確認できるようになったようだ。これはエリアで入手した装備品と同じ扱いということなのか。だとすると自分の専用武器はあまり他人に渡したりするのは止めた方がよさそうだ。


「短剣に使われているのは鉄と銀、か。なるほど。基本は鉄で銀はコーティング剤として使われているみたいだな」

「見ただけで解るものなんですか?」


 椅子に座っていると思っていたヒカルがいつの間にか俺の近くにまできて、まじまじと手元の短剣を覗き込んでいる。

 思ったよりも顔が近い。

 ここまで接近する必要など無いように思えるが。


「大体だけどな」

「へぇ」


 ヒカルが感心したように呟いた。

 実際、俺がこの鑑定眼とも呼べる追加効果を得たのは≪鍛冶≫スキルを5にまで上昇させた時だ。ドロップ品や専用武器なら基本となっている素材が解かるようになった。これにより相性のいい強化素材が解かるようにもなったのだから使える追加効果だ。もっとも鍛冶だけを重点的に成長させているプレイヤーならもっと早くこの追加効果を得ているはずだが、鍛冶だけではまともにプレイできないのだから上手いゲームバランスだ。


「この二つなら確かまだ余ってたはず」


 精錬したインゴットを纏めて置いてある棚を探す。

 一番多いの鉄のインゴットは最下段に纏めてあるからすぐに取り出せたが、銀のインゴットがどこにあるかが思い出せない。

 一つ一つ木箱を取り出し中を確かめてようやく見つけることができた。


「よし、あった。短剣だからそんなに数はいらないだろうけど、念のため……」


 取り出したインゴットはストレージに収まることなく直接俺の腕に抱えられるようにして作業机に置かれたいる短剣の隣に積んだ。


「先にこれを片付けるか」


 手付かずの状態のアイテムはストレージにあっても邪魔だけど、こうして机の上に置いたままでも邪魔だ。本来なら帰って来てすぐにインゴットにするなり何なりするつもりだったのだから仕方ないともいえるが。


「あの、それ私がしましょうか?」

「いいのか?」

「はい。だからユウには――」

「わかってる。短剣に集中するさ」


 ヒカルにアイテムの片付け場所を指示して、俺は炉に向かい合うことにした。


「とりあえずは、これからだな」


 炉に火を入れ厚手の手袋を付け鉄のインゴットをそのまま炉に入れる。

 十分熱されたところで取り出し、金槌を使い叩き始める。

 心地いい一定のリズムを刻むように叩いていくとインゴットは薄い金属製の板へと姿を変えた。

 実は≪鍛冶≫スキルのレベルが上がるごとに行う手順が簡略化されていった。何度も叩き、熱し、冷やすこの繰り返しで作っていた物が、今では一度熱し叩くとそれだけである程度の形にすることができる。この単調な作業が好きだった身としては、このままレベルが上がればどれほど簡略化されてしまうのかと危惧したりもしたが、簡略化されたのはレベルが3になるまでで、それ以降は出来る鍛冶のパターンが増えるだけだった。


「こんなもん、かな」


 出来あがったのはヒカルが持っている短剣と同じ形をした短剣。

 砥いでいないがために刃はないものの、見てくれは全くといっていいほど同じだ。


「それをどうするんですか?」


 アイテムを片付け終えたヒカルが聞いていた。


「どうもしないさ。これは言わば練習だ。さあ、始めるぞ」


 大体狙った通りの形にできることを確認し、いよいよ本番の鍛冶へと取りかかる。

 まず俺が手に取ったのはひびわれたヒカルの短剣。刀身を柄から外し取り出すと俺はそれを迷うことなく炉の中へと入れた。


「え? なんで?」


 片付けながらも一連の鍛冶を見ていたらしいヒカルが炉の中へと入れられた短剣を見て戸惑いの声を漏らす。インゴットは熱せられると赤くなる。それはどんなインゴットも同じだ。けれど短剣はそれとは別の反応を見せた。

 まるで焼き過ぎたパンのように黒く焦げてしまったのだ。


「ま、見てろって」


 黒く焦げた短剣を取り出して、金槌で数回軽く小突く。

 コンコンと金属を叩いているとは思えない音と共に、ボロボロと短剣から金属片が剥がれ落ちた。

 金属片が剥がれ落ちて残ったこの部分は刀剣の芯となるべき部分、ここが歪んでいても曲がっていてもいい武器にはならないという重要な部分だ。


「やっぱりここまでひびが入っていたか」


 黒い色をしているせいで今一分かり難いが、短剣の芯に入ったひびは無視できないほど。修理するのならこの場所から始めなければならない。

 ひびの入った短剣の芯の部分を炉の前にある作業机に置き、俺は横ながの作業机に置いたままの鉄インゴットを一つ金属製のバケツに入れ炉に入れた。

 融点の違う金属製のバケツは熱くなることはあれど鉄インゴットより先に溶けることはない。ドロドロに溶けた鉄インゴットを金属製のバケツごと炉から取り出して、その真っ赤な鉄の液体の中に短剣を浸す。

 十分短剣に鉄が馴染んだと感じた所で取り出し、金槌を使って叩いていく。

 リズム良く叩いていくと芯にあったひびは見えなくなる。これをあと数回繰り返すことで短剣の芯の修理は完了する。


「凄いっ。これで直ったんですか?」

「勿論まだだよ」


 目を輝かせるヒカルには悪いが、これはまだ下地の修理に過ぎない。重要なのはこれからだ。

 あまり納得していない様子だったので俺は芯の修理が完了した短剣を手渡してみることにした。


「持ってみるか?」

「あ、うん」


 目に見えるほどの落胆を露わにするヒカルに言葉を続ける。


「これは今までの強化を全部剥がしたような状態だからな。初期パラメータ近くまで減少してるだろ」

「そう、ですね」

「だから、ここからまた強化していくんだ。元の状態に戻るまでな」


 ヒカルから短剣を受け取り炉の前の作業机に置く。

 冷えて固まりかけていた鉄インゴットを棄て、新たに銀インゴットをバケツの中に入れた。

 溶けた銀インゴットを炉から取り出し、短剣を浸す。


「まずは一回目。の前に、一つ確認だけど、形はこれでいいのか?」


 自分ではできるだけ元の形にしたつもりだが、使っている本人からすれば多少の違いがあるかもしれない。それを修正するのなら銀インゴットに浸す前のこの瞬間がラストチャンスだ。


「あ、はい。形は問題ないです」

「よし。だったら始めるぞ」


 銀インゴットに浸した短剣の形を整えるために金槌で叩くところまでは同じだが、今度は砥石を使って磨き上げるという手順が追加される。

 一砥ぎするごとに銀の粒子が床へと削れ落ち、刀身に輝きが戻っていく。

 一度目の強化が成功した証のように短剣のパラメータが幾許か上昇を遂げた。


「どうだ?」


 この強化は前回からすればたった一回の強化に過ぎない。そのためにパラメータが元に戻るというわけではなく、少しだけ元の値に戻っているという程度だ。


「あれ?」

「なんか違ったか?」

「その、だいじょうぶ……です」


 ヒカルの反応はなんだか釈然としないが、問題がないのならこのまま強化を続けることにする。

 一度使った銀インゴットはまだ残っているものの、再び使用するには足りない。別の銀インゴットを溶かして同じ工程を繰り返した。

 短剣の元のパラメータは予めヒカルから聞いていた。それに近づくように強化しているが、実際のパラメータの上昇の仕方までは再現できない。その違和感なのだと思いもう一度ヒカルに短剣を渡してみると困ったことに先程と変わらない反応をした。


「何か問題があるのなら言ってくれないか?」


 このまま修理を進めたのではヒカルの納得がいかない短剣に仕上がるかもしれない。強化を行う側からすれば憂いを解消するためにも気になる所はバシバシ指摘して欲しいのだ。


「こんなことを言うのは変な気がするんですけど」

「なんだ?」

「私が自分で強化した時よりもパラメータの伸びが良いような気がするんですけど」

「ああ、それはNPCの鍛冶屋とプレイヤーの鍛冶屋の違いだな」

「違い?」

「まあ、簡単に言うとプレイヤーは自身のスキルによる補正で強化した武器の出来に差が生じてくるんだ。スキルのレベルが低ければあまり感じないと思うけど、それなりに高くなれば違いははっきり表れるってことだ。それに成功率にも違いがあるからな。NPCの鍛冶屋は成功率が高く設定されている半面能力値の伸びは少ない。プレイヤーの鍛冶師はその逆だな。成功率が低い半面伸びがいいんだ」


 話ながら次の銀インゴットを溶かし始める。


「後は、そうだな。俺の腕次第だ」


 ドロドロに溶けた銀に短剣を浸し二度目の強化を始めた。

 今度は叩く行程よりも研磨に時間を掛ける。そうすることで薄さは変えずに強化が出来る。


「と、これはどうだ? 持ってみてくれないか」

「あ、うん」


 より銀色の輝きが増した短剣をヒカルに手渡した。


「ふえっ」

「また何か変だったか?」


 鍛冶の行程にも選んだインゴットの種類にもミスはなかったはずだ。ヒカルが変だと感じたのはどの部分なのだろう。


「変じゃないけど、変です」

「だからなにがっ」

「これ軽いんです。私が短剣を強化したときは毎回少しづつ重くなっていったのに、これはさっきと、いいえ、先程よりも軽いんです」


 軽い、か。

 その原因は研磨をし過ぎたことか、それとも使っている素材に、


「ああ!」

「なんです? もしかして失敗しちゃったんですか?」

「いや、失敗じゃないけど、多分使ったインゴットが違うんだと思う」

「銀じゃないんですか?」

「銀は銀なんだけど、実は今使ったインゴットは俺の特製インゴットなんだよ」

「特製?」

「ああ。前に銀鉱石が余ってきたから試したんだ。どれだけ多くの鉱石を使って一つのインゴットを作れるかって」


 通常一つのインゴットを作るのに必要な鉱石の数はその種類によって定められている。規定数より少なくてもできないし、多過ぎても精製に失敗する可能性が増える。だからこそ流通しているインゴットやプレイヤーによって作られた武具に使われているインゴットは皆等しく一定品質を保っているのだ。

 俺がそれを試したのは単なる気まぐれ。

 まさか成功するなんて思わなかった。

 出来上がったインゴットは『特質な銀インゴット』流通しているなかでも性能のいいものが上質なという冠詞が付けられるのだがこれはそれ以上。複製できないものかと何回か試したものの、成功率は四割程度。二回に一回は必ず失敗し、精製するのに使う銀鉱石の数も普通の三倍と全く効率のいいものでなかったためにすっかり棚の肥やしになっていたものだった。


「どうする? 普通のインゴットでやり直すか?」

「このままじゃ何か問題があるんですか?」

「どうだろう? リタくらいの腕の鍛冶師に見せなければ気付かれないと思うし、今のままでも俺がする強化の回数が減るだけって感じだと思うけど」

「ならこのままでもいいですか?」

「ヒカルがそれでいいのなら」

「このままがいいです」


 俺の不手際で上昇したパラメータも元のそれよりは低い。あと一回は強化しなければ元に戻ることはないだろう。


「それなら、これが最後だ」


 ここまできたら同じだと俺はもう一つ特質な銀インゴットを使って強化を試してみることにした。

 自分の剣銃に使う時の練習も兼ねているなんてことは口が裂けても言えないが、このインゴットは強化に使うには通常のインゴットに比べて使いやすいうえにパラメータの伸びもいい。これは良い発見をしたと内心喜びながらも誠心誠意、短剣を磨き上げていく。


「出来たぞ」


 磨き終えた短剣は金属製と思えないほどの光沢を放ち、澄んだ銀色の刀身をしている。

 形状は同じなのだが、最後に使ったインゴットを特質なものにしたのがまずかったらしい。パラメータは元の状態よりも高くなってしまっていた。


「あー、ゴメン」

「なんで謝るんですか? 凄くいい感じですよ」

「でも、約束は元に戻すってことだったから」

「大丈夫です。こういってはなんですけど、正直元の短剣よりも今の短剣の方が好きです」

「そうか?」

「そうです」


 やり過ぎたと思い申し訳なく感じていたのだが、はっきりと喜んでくれたヒカルをみるとそれでよかったと安心することができた。

 依頼の鍛冶であろうと試したいことができると試してしまうこの性格ではやはり店を持つなんて止めておいた方がいいだろうな。


「それじゃヒカルの短剣の修理はこれで完了ってことでいいか」

「はい。次はユウの番ですね」


 そうだ。ヒカルの短剣を直す対価として手伝ってもらうことになっていたのだ。

 達成困難な目的だと知りつつも、思い切ってヒカルに打ち明けることにした。


「実は、少し前から探しものをしているんだ」



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