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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 19『来客ふたつ』


 工場のクローズネットが消滅したためにタブレット端末の画面は何も映さなくなっていた。タブレット端末の故障でないことは画面を閉じたときに多量なアプリアイコンが映っているホーム画面が現れたことからも明らか。

 やはり破壊されたのだと検証する間もなく、円は目の前のことから取り掛かることにした。

 まずはデミカメレオンであった副社長の確認。

 今度こそ接続が切れていることと体に不調がないかと確認してから念のためにと救急車を呼ぶ。

 それを終えるとようやく円は駆け出していた。

 心配に押し潰されそうな顔でそこを目指し飛び込んだ先では悠斗がぐったりとした様子で椅子に座り、電気の灯っていない天井を見上げていた。


「よかった。無事だったみたいだな」

「ええ。何とか」

「そうか。疲れているところ悪いが、話はできるか?」

「はい。大丈夫です」

「まずは私が知ることからだな」


 弱々しい笑顔で返事をする悠斗に円は現状を説明し始めた。


「えっと、その副社長の目的って何だったんです?」

「解からん。警察が事情聴取を行い色々と調べるだろうが、クローズネットそのものが破壊されたのではな。手掛かりが消されたも同然だ」

「それじゃあ、アンヘルの目的も……」

「いや、それは……」


 言い掛けて円が口を噤む。


「すまない。私もまだ確証が持てないんだ。その話はもう少し待って欲しい」

「別にいいですけど」


 軽い談笑をしながら過ごしていると程なくして救急車のサイレンが聞こえてきた。


「対応は私がしてこよう。悠斗はもう少し体を休めているといい」

「ありがとうございます」

「気にするな」


 そういって円が去った後、悠斗は全身から力を抜いた。

 押し寄せる痛み。倦怠感。それに何よりも圧倒的な敗北。その事実が悠斗に重く圧し掛かる。


「負けた……」


 半ば仕事として戦っていた悠斗の目に初めて強い意志の炎が宿る。

 元来の負けず嫌いな性格もあるが、自分が負けたことがどのような影響をもたらすのかを理解しているからこそこの敗北の意味が重い。

 強い責任感などあるわけではないが、引き受けた以上負けましたすいませんでは済まないことはわかっている。

 知らず知らずのうちに好戦的な笑みを浮かべ、明確な戦う意思を漲らせた悠斗は体を休めるためにと椅子の背もたれに身を預ける。

 余程疲労とダメージが積み重なっていたのだろう。椅子に体を預けたその瞬間に悠斗は気絶するかの如く眠ってしまっていた。


 後日。

 この時の悠斗の戦いがもたらした影響は彼自身だけではなく異常課やそれを管理している警察組織のなかにも大きな波紋を広げていた。

 自分たちが関知していないところで起きた事件。そして解決してしまった事件。それらが重大な問題として突き付けられてしまったのだ。

 より問題視されたのがこれまで事態を収束させていたのが他でもない悠斗――ヘンシンしているために正体は不明ままではあるが――であり、同時に異常課が運用しているGM05に対しても疑問視する声が目立ち始めたことだった。

 一つ、GM05に目立った戦果がないこと。

 一つ、異常課のみがそれを管理していることに対する不信。

 大きく分けてこの二つの意見が目立った。

 現状に不満を抱き、あるいは自分こそがそれを運用するに相応しいという野心を抱く者では異常課の現場トップである三雲が真摯に説明を繰り返しても納得するわけもなく、結局のところ”監査”という名目で内部ながら外部の人員が異常課を訪れるという事態が発生したのだ。

 異常課の事務所兼研究室を訪れた複数の男たち。それらはとてもクローズネットというものを理解しているとは到底思えないような、それこそ古い権力者然とした出で立ちの人ばかり。

 この日、監査があると事前通告された上で異常課に勤める大半の人員は別の場所に移動していた。理由は現地調査。自分たちが関与していない事件が起きたともあれば現地調査を行うことは当然という理由が立つ。表立って伝えられたわけではなかったが、それ以上に理解に乏しい人物が我が物顔で異常課を歩き回ることに対するある種の防護策という一面が強い。異常課に置かれている設備を移動することはできないが、その中身は別。動かせないものはやむを得ないとして動かせるものは全て持ち出した端末にデータを移動していたのだ。

 異常課の研究室に残ったのは三雲を含めて数名。もとより人員に余裕はない部署という事実が監査に来た人たちを黙らせるのに一役買っていた。


「それで我々にも情報を開示して戴けるのでしょうね?」


 嫌味たらしい顔が板についた男が三雲の出迎えにすぐそう告げる。ここで出る情報という単語は全てという意味だろう。

 異常課で集めたデータだけじゃない、GM05に関するものも全て。あわよくば技術を盗み得て自分たちで異常課と同様の組織を作りだそうとする野心が見え見えだった。


「ええ。そうするようにとお達しが来ていますから」


 にこやかに返す三雲だったが目の奥は笑っていない。穏やかな声に隠れた怒りを感じ取ったのは異常課に残っていた人たち。


「ですので、勝手にここの設備には触れないで頂きたいものです」


 流れるように付け加えた注意にここにあるPCに何らかの記憶媒体を挿入しようとしていた男の手が止まる。素知らぬ顔をして手の中にそれを隠し、平然とした様子で三雲の言葉を待つフリをする男に厳しい視線を送りながらも、三雲は部下に事前に打ち合わせしていた情報の開示を促した。

 ひときわ大きなモニターに表示される大量のデータ。一気に開示したのはそれだけの数を見せたのだから文句ないだろうという意思表示とその中に根幹を成すものが含まれていないことを隠すためのカモフラージュだった。


「当然のことですが部外秘の情報も含まれていますので、書面、データ問わずこれらを持ち帰ることはできませんが……了承して戴けますよね?」

 

 ぎろりと鋭い視線を三雲が送ると大量の開示に気圧された面々は頷くことしかできない。

 仮にここで持ち帰ろうものならば同じように自分たちが秘匿している情報を持ち出される可能性があるのだと理解していたからだ。


「だ、だが、ここで見る分には構わないのだろう?」

「ええ。盗撮などなさらないのであれば」

「あなたは我々を侮辱しているのですか?」

「まさかまさか。言葉の綾ですよ。皆さんがそのようなことをしないことは理解しているつもりです」


 男の一人が声を荒らげるとそれに同調するように他の男も野次を飛ばしてきた。が、三雲は平然とそれを受け流しあえて失言だったと表向き言葉にしないで謝ってみせたのだ。

 暖簾に腕押しとはこのことかと理不尽な要求であってもある意味受け入れてしまう三雲にどうにかやり込もう、あわよくば乗っ取ろうと企んでいた男たちも次第に言葉数を減らしていった。

 開示されたデータが理解できないのも大きな理由だったのだろう。

 一通り目を通してしまえば理解した口振りで納得したと言わざるを得なかったのだ。

 ものの一時間もしないうちに監査は終わった。この時、男たちが自分のプライドよりもちゃんと知識のある部下を寄越していれば結果も違ったかもしれない。しかし提示されたデータの意味も分からずに分かったフリしかできない男たちは最後の抵抗というようにGM05を自分たちの部署でも行ったらどうか。その方が多岐に渡る事件に対応できるのではないかと訴えてきたのだ。これには帰るしかないと思い始めていた面々も強く同調してみせた。そもそもからしてGM05という武器を自分たちが持っていない、異常課だけが持っていることが不満なのだ。同じ武器を持てば自分たちの方が上手く使える。その意思の矛先が事件解決に向いていればまだいいが、ここにいる男たちにとっては事件を解決よりもその先にある自分たちの権力増強にしか興味が無いように見える。

 監査の対応を話し合っていた時、一度ここにいる人たちに実戦を経験させてみればその考えも変わるという意見も出た。しかし自分にはできなくとも適任を見つけ出す、自分たちの部署には自分よりも適任者がいると言われれば反対にこちらが納得させられかねないと、未だ量産には至っていないこと。自分たちもまだちゃんとした成果を獲得できていないことを理由にやんわりと断ることにしたのだった。奇しくも皮肉なことにGM05がシャドーマンから変異した存在(デミ)を倒せていないことも根拠を補強することになっていたのだった。


「だが、我らも手ぶらで帰るわけにはいかないのだがね」


 監査に来た男たちのなかでも一番高齢の男がそう告げる。この人物を三雲は知っていた。まさか監査などに出るような人物ではないために見た時には驚きもしたが、やはり似た別人というわけではないらしい。要人警護を行う部署の上層部に名を連ねる黒川伸一郎(くろかわしんいちろう)その人だ。


「では黒川さんはどういうものが成果だとお考えで?」


 敢えてド直球に訪ねてみた三雲に黒川はにやりとした笑みを浮かべて、


「GM05。その詳細を開示していただきたい」


 自分の目的を隠すことなくこれまた直球で返してきたのだ。


「先程のデータの中にあったはずです。それにGM05に関してもここから持ち出すことはご遠慮いただきたいと申したはずですが」

「生憎と私はこういうものには不慣れでね。あんなものを見せられてもサッパリなのだよ。だからこそ私の部下に解析してもらう必要がある、そうは思わないかね?」

「部外秘は部外秘。例外は無いと思いますが、黒川さんはそうではないと?」

「ケースバイケースという言葉もあるだろう。成果が出ていないのもここだけで研究していたために行き詰っているからではないのかね?」


 だからその風も取り入れろ。黒川の言うことは尤もであるといえばそうなのだが、それを是とするほど三雲はまだ彼らの中に見え隠れする野心を受けいれてはいなかった。

 返答に困っていた三雲に助け舟を出したのは意外にもまさに外部の風。来訪者を告げるブザーがピリ付いた空気を切り裂いたのだ。


「三雲さん」


 と部下が声を潜めて来訪者のことを告げた。

 思案することもなく、どちらを優先するかは決まっていると三雲はキリっとした顔で男たちの前に立った。


「申し訳ありませんが、急な来客があったようです。私はこれで失礼させていただきます」


 深々と頭を下げると後は部下に任せてさっさと来客の方へと向かってしまう。

 普段自分が後回しにされることなどないのか、黒川は一瞬キョトンとした顔を浮かべるとすぐに怒りを滲ませた。


「君!」


 声を荒らげる黒川を余所に来客を招き入れる三雲。だが詰め入ろうとして黒川は足を止めてしまう。彼が招き入れた人物の正体に気付いたからだ。

 その人物はクローズネットを試験運用している国の役人。敵に回すには分が悪いかという損得勘定が働き、三雲の部下が監査の中断を申し入れるよりも前に切り上げることにしたようだ。来た男たちのなかで一番上の立場である黒川が退散するのならば他の人たちも粘ることはできない。

 ゾロゾロと異常課から出ていく男たちを見送って部下は大きくため息を吐き出していた。


「タイミングが悪かったですかね?」


 三雲にそう問いかけるのは質のいいスーツを着た若い男。短く切り揃えられた黒髪がいかにも役人然とした出で立ちだが、腰の低い物言いに不思議と親しみやすいとされている人物である。そのせいで外部との橋渡し役を担っている男の胸にはゲストではなく歴とした関係者であることを示すネームプレートには間宮白兎(まみやはくと)という彼の名前がしっかり印刷されている。


「いえいえ。ベストタイミングでしたよ」


 おかげで監査を追い出せたと暗に伝えてきた三雲に間宮は何と答えたらいいものかわからない曖昧な笑みを返していた。


「それで今日はどのような用件で?」

「はい。クローズネットのセキュリティ強化の目処が立ったことを直接お伝えしようと思いまして」

「ではシャドーマン対策も?」

「いえ、残念ながらそれはまだ。急がねばならないと分かっているのですが」

「中々ままならないものですね」


 肩を窄める間宮に三雲もまた彼と似た表情をして頷いてみせた。


「では、これを」

「確かに」


 持参したセキュリティ強化の情報を記した資料を手渡す。

 部外秘と赤い判が押されたその資料を手に、これを受け取ったことを監査に来た人たちに見られればなんと言われたことかと思わず三雲の口から苦笑が漏れた。


「それから――」


 これで用事は終わったと思っていた三雲とは対照的に間宮はここからが本番だというような面持ちで口を開く。


「一人、紹介したい人がいるんです」

「はい?」


 まるで結婚前の挨拶のようだなどと的外れなことを考えている三雲に間宮はその人物を招き入れた。間宮と同じように高そうなスーツを着た若い男。スーツ越しでも解かる役人とは思えないほど鍛え上げられた体。微笑を浮かべているさわやかな顔はどこかの俳優かと見紛う程で190近い高身長ということも合わせて表に出る仕事をすれば変に人気が出そうな出で立ちをしている。


「彼は――」


 と間宮が紹介すると三雲はあからさまに驚愕し、言われるがまま外に出ていた部下を呼び戻すことになったのだった。


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