境界事変篇 18『破壊者≠守護者』
有無を言わさない勢いで振り抜かれた大剣が眼前を掠め、悠斗は反射的に身構え足を止めていた。
空を切り、地面を強く打ち付ける大剣。それがクローズネットに存在する武器であるが故か幅の広い刀身には刃毀れどころか歪み一つ見られない。
敵、と瞬時にそれを見極めて悠斗が反撃に出るも器用且つ武器の自重をものともしない筋力でそれを持ち上げて振り下ろされる剣銃に合わせてきたのだった。
「お前は誰だ?」
鍔迫り合いを演じながら顔を近づけ、声を低く努めて改めて訊ねる。
「アンヘル」
「何?」
短く告げられたその単語がこの存在の名なのか、それとも別の何かなのか判別がつかず、目に見えて狼狽えている悠斗をアンヘルはぐっと力を込めて大剣を振り払うことで吹き飛ばした。
「それが俺の名だ」
ダンっと大剣を地面に突き立てて言うアンヘルを膝を付き冷静さを取り戻そうとしている悠斗はじっと観察していた。
「俺と同じ?」
見れば見るほど自分との共通点が浮かび上がる。
微細な鱗が集まり鎧となっていること。
顔を隠す仮面の如き兜を付けていること。
そして何より、それが纏っている空気感がこの世界で出会ったデミとは違いヘンシンした自分が持つ雰囲気と酷似していること。
どういうことなのかと円に訊ねようとして言葉を詰まらせる。自分たちのことを見ている者の存在を勘づかれてはいけないと直感したからだ。
「どうした? その程度なのか?」
悠斗を挑発するような声色でそう問いかけてくるアンヘルは突き立てていた大剣を引き抜き、あえてその切っ先を地面に付けたままゆっくりと距離を詰めてきた。
ガリガリ、ガリガリと大剣は床の表面を削る音が嫌に目立つ。
耳障りな音に神経が逆撫でられているような気分になった悠斗は珍しくも慎重さを欠いて飛び出していた。
「確かめてみろよ!」
剣形態の剣銃を構えて駆ける悠斗はそれでもまだ冷静さが残っているのか、アンヘルの正面から馬鹿正直に飛び込むような真似はしない。円を描くように駆け回り、攻撃の機会を窺っているのだった。
そして背後に立ち視界から外れたその一瞬、更に一歩深く踏み込み位置を変えて斜め後ろから斬りかかった。
「なっ!?」
仕掛けるタイミングをずらした一撃だったというのにアンヘルは悠斗の方を振り返ることなく大剣を縦に構えて受け止めてみせた。加えて基本的な身体能力にまで差があるのかどんなに押し込もうとしてもビクともしない。
受け止められたことに驚きつつもこのままでは先程の二の舞だと即座に離れる悠斗。
「始めからそうすると言っている」
武器を構え直した瞬間を見定めてアンヘルが飛び込んできた。
今度は悠斗が防御を強いられ剣銃を自身の前で構えて繰り出される一撃を耐える。が、武器そのものの重さの違いか、あるいは扱う者の身体能力の差か、吹き飛ばされることはなかったものの反撃など到底望めないくらいには抑え込まれてしまっていた。
「軽いな」
小さく呟かれたその言葉に反応するよりも早く悠斗の腹に強烈な衝撃が襲い掛かった。
武器の違いという意味ではその大きさが最たるもの。幅の広い大剣は身を守る時には盾として成り得るが、剣銃ではそうもいかない。刃を受けている横を強く蹴り込まれてしまったのだ。
重く鈍い痛みを受けつつ後退する悠斗をゆっくりとした足取りで詰め寄ってくるアンヘル。
「そして、脆い」
反撃を試みようと伸ばした手を軽々振り回す大剣が打ち払う。
刃を直接体で受けているにも関わらず切断されないのはヘンシンしたことで得ている防御力のお陰だろう。
攻撃を受けた時に体を覆う鎧と刃が激突し大量の火花が宙を舞う。
一度、二度と反撃の芽を摘むかのように繰り出される攻撃が悠斗を襲い追い詰める。
「はあっ」
それでもどうにか反撃のチャンスを掴んだ悠斗は攻撃を受けつつも銃形態に変形させた剣銃の銃口をアンヘルの体にぐっと押し込むがむしゃらにトリガーを引き続けた。
銃口と密着している体との間で光が弾けたことで押し返されそうになる剣銃を両手で掴み留めている悠斗とは対照的に光の破裂の勢いでわずかに後ろに押し返されていた。
二者の間にできた隙間が光弾の破裂音と共に徐々に広がっていく。
大剣による攻撃を受けたことで悠斗の体で弾けていた火花もまた今度はアンヘルの体で断続的に弾け続けている。
「ほう、それなりにはやるようだな」
同じ場所を連続して撃たれ、後退していたアンヘルは一定の距離下がったところで迫る光弾を大剣で弾き防御してみせる。
「………ふぅ」
何故か感心しているアンヘルを余所目に悠斗は深く息を吸い込み、呼吸を整えた。
「奴は強い。だから……」
気持ちを切り替えるかのように限りなく小さな声で呟く悠斗をアンヘルは怪訝そうな顔で――勿論表情など微塵も見えないが――で見ている。
「行くぞ」
落ち着きを取り戻した声で告げて悠斗は再度駆け出した。
しかし無謀無策な突撃ではないことは明らか。
アンヘルの正面から迫るのは背後や死角から攻めたとてさほど効果がないことが先程一度の攻防で証明されたからだ。
この時悠斗は体にある特徴的な四肢の先に伸びたラインに沿ってヘンシン時に体に満ちる力が流れているのを感じていた。
故に攻めに使う札には剣銃だけではなく自身の肉体による格闘も含まれている。
振り下ろした剣銃は大剣で防がれるも、その後に繰り出される拳や蹴りが確実にアンヘルにダメージを与えている。
奇しくもそれは先程アンヘルが見せた武器と蹴りによるコンビネーションと同様のものであることに当事者である悠斗はまだ気づいていないが、この一連の攻防を見守っていた円はこの二者に対してどうしても感じてしまう類似点というものに眉間に皺を寄せていた。
「アンヘル。奴のアクセスポイントの解析どころか、その場にいるはずだというのに対象の解析すらできないとはな」
二人の戦闘を見守っていた円が何度試しても防がれてしまう解析作業に愚痴を零していた。せめて持ってきているデバイスが普段使いのタブレット端末だけじゃなかったなら。ここに繋がっているのが事務所の設備だったならと思わずにいられないが、無い物をねだったところで無意味どころか無駄な苛立ちを感じるだけだと軽く頭を振って自身の考えを振り払った。
「私にもできることはある。……仕方ない。ここは頼んだぞ、悠斗」
映像は映したまま端末を手に円は部屋から飛び出していく。
空いている右手に握られているのは自身のスマホ。そこにはどこかの地図が表示されており、更に一つの光点が点滅していた。
円が走り出したことなど露知らず、悠斗はただ目の前のアンヘルと対峙している。
最初の頃とは違い今では攻防も拮抗しているように見える。しかしこの時点でアンヘルにはまだ余裕が見え、反対に悠斗は持ち得る手札の全てを駆使して対抗しているようでもあった。
「くっ」
一瞬の隙を狙ってアンヘルが突き出した大剣が悠斗の左肩を捉える。
突き刺さることはなかったものの大量の火花が舞い散り大きく吹き飛ばされてしまう。
床に手を伸ばして爪を立てて勢いを殺した悠斗が顔を上げるとアンヘルは大剣の柄を握る方の手とは反対側の手で刀身の根元を掴むと驚いたことに柄を大剣から引き抜いて見せたのだ。そしてすかさず柄を戻す。ただし、その角度を変えて。
柄が再度取り付けられた大剣に変化が起きる。その刀身の先端がボロボロと崩れて内部から砲門らしきものが露出したのだ。
ドンっと一際大きな音が轟く。
当たり前のように悠斗は実物を耳にしたことはないが、海賊船に取り付けられた大砲が重い砲弾を放つ時にはこういう音がするのだろう。
しかし目を見開いた先で放たれた砲弾は実弾ではなく、バスケットボールサイズの光弾だった。
咄嗟に回避した悠斗が立っていた場所に大きな爆発が起こる。
元の空間を吹き飛ばさんばかりの爆発は華美な装飾やそこに収められているデータすら破壊してしまい、そこに無残なクレーターを創り出していた。
「嘘、だろ……」
本来破壊不能なクローズネットのデータすらいともたやすく破壊してみせたアンヘルに悠斗は驚愕と困惑の声を出した。
荒らすことはできる。だが、破壊することなど。
試そうと思ったこともなかったために自分もできるのかは分からないが、少なくともアンヘルは悠斗が持つ以上の破壊力を持っていることが想像できた。
「お前もデミなのか?」
次の砲撃に備えている悠斗は少しでもそれを遅らせようと声を上げて問い掛けた。
「デミ? デミとは何のことだ?」
幸運にも悠斗の口から出た耳慣れない単語に興味を惹かれたアンヘルは初めて悠斗の言葉に正しく反応を返してきた。
「ここで暴れていたヤツの事だ。ヒトと何かが半分ずつだから”デミ”って呼んでいるんだ」
下手に誤魔化すような物言いをしても良いことはないと素直に返した悠斗にアンヘルは数度頷き、納得したように「なるほど」と答えた。
「単に改造体と呼んでいたが、確かに言い得て妙だな。良き名だ。俺も使わせてもらうとしよう」
何気ないように言うアンヘルに悠斗は強い警戒と猜疑の目を向ける。
そんな二人の間に流れる緊迫感とはまた別に切羽詰まった表情でそれを見る円が立っているのは同じ建物の別室。事務所に該当する区域の中でも一番立派な部屋。扉には”社長室”というプレートが掛けられている。
「気を失っているというよりも意識がここにはない感じだな」
口を軽く開けたままよだれを垂らして俯く男、先程見た顔写真からこれがデミカメレオンであった副社長であることが判った。その男を発見した時、円は先程の悠斗による攻撃で受けたダメージによって現実でも気絶しているだけだと思った。クローズネット内で大きなダメージを受けた時そういう事態になることはあるが致命的なダメージにはならないと判明しているだけにいつ意識が戻っても逃げられないように椅子に縛り付けて置こうとロープ替わりになりそうなものを探していたのだが、どうにも男の状態に違和感を覚えた。
何かがおかしいと探す手を止めて観察してみると驚くことに男が装着している機器がまだ機能しているではないか。現行モデルよりも二世代ほど昔のモデルのそれであっても問題なく使えるためにさほど気にしなかったのだが、未だこの男の意識は現実ではなくクローズネットの中にあるようだ。
縛ることを諦めて再度タブレット端末を見る。
「何!?」
驚愕する円の視線の先。そこでアンヘルが何もない虚空から人のようなものを掴み引き摺りだしていたのだ。
幽霊のように存在感が希薄なそれを掴むアンヘルに悠斗は表し様のない不快感を感じていた。
「何をする気だ?」
顔を顰めて問い掛ける悠斗にアンヘルが答える。
「折角だから見せてやろうと思ってな。改造体。いや、デミだったか。それはこういうものだろう?」
掴む幽霊の体が影に覆われていく。
徐々に存在感を増していくそれがアンヘルの手を離れて頭を揺らしながら立ったそれはまるでシャドーマンのよう。
言葉を失くす悠斗を面白そうに見てさらにアンヘルは虚空から何かを取り出した。それは不気味に光る緑色の結晶体。想像力が豊かならばそれがあのインジェクターの中身であることに気付けたかもしれないが、この時の悠斗にはアンヘルがこれから行おうとしていることに対する警戒が頭を埋め尽くしておりただ不気味な何かを手にしたようにしか映らなかった。
アンヘルが頭を揺らすシャドーマンの延髄近くに掴む緑色の結晶体を押し込むとシャドーマンは全身を強く痙攣させて体表を覆う黒い塊がボロボロと剥がれ落ちていく。
そしてその中から現れたのは先程悠斗が倒したデミカメレオン。しかしその細部は違っている。より凶悪になったというべきか、あるいは人ではなくモチーフの生物の因子が強くなったというべきか、より怪物の印象が強く感じられた。
『悠斗!』
不意に自分を呼ぶ声に悠斗は何もない空を見上げた。
『嫌な予感がする。奴にデミを倒させるな!』
クローズネットの中に響く悠斗だけではなくアンヘルにも聞こえている声。
ハッとしたようにデミカメレオンの奥に立つアンヘルを見ると砲門を向けた大剣をデミカメレオン越しに向けてくるのが分かった。
「くそっ」
円はクレーターを作り出すほどの砲撃を見ていたわけではないだろう。それでも感じ取った危険性に声を出さずにはいられなかったということのようだ。
堪らず悠斗は素早く剣銃のトリガーを三度引いた。先程の戦いを見ていたのならばそれが必殺の一撃を繰り出すための予備動作であることを知るアンヘルであっても焦る素振りもなくただ大剣に力が満ちるのを待っている。
「ハアっ」
剣銃を腰に戻し、思い切り跳び蹴りを放つ。
全身を駆け巡る力の奔流を集結させた一撃は現れたばかりのデミカメレオンを一瞬にして爆発させた。
「ハッ」
爆炎を吹き飛ばさんばかりの勢いで巨大な光弾が放たれる。
まるでそれが小型の太陽であるかのように空間の床やオブジェクトをも破壊しながら迫るそれを攻撃直後の悠斗は避ける術がない。
両手を体の前で組み身を縮め、襲い来る衝撃と痛みに身構えた。
『悠斗!』
自身を呼ぶ声を聴きながら悠斗の意識はかの世界から消えてしまう。
轟々と燃え盛る炎。
天高く立ち込める黒煙。
ひび割れ、無数のノイズが駆け巡る空間。
その中に立つアンヘルは徐に何もない虚空を見上げた。
「見ているのか」
『ええ』
それが自分に向けられただと感じた円は思わず息を飲み、あえて平静を装い答えた。
『貴方の狙いは何? どうしてこんなことをしているの?』
今すぐにでも悠斗の様子を確かめに行きたい思いを押さえ付け、強張る声で問い掛ける。
「俺の目的は”護ること”だ」
『ふざけないで。貴方がしていることはただの破壊よ』
「いずれ解かるさ。この俺こそが守護者であることが」
答えにならない抽象的な物言いをしてアンヘルは大剣を天に向けた。
再度放たれる巨大な光弾。
それが爆発した時、この空間は……消滅した。




