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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第二十一章
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境界事変篇 16『つぎのげんばへ』


 慌ただしくも円に連れられて悠斗がやってきたのはかなり大きな会社のビルだった。

 常に数名の社員が待機している受付がある一階ラウンジにはビシッと決めたスーツを着たサラリーマンに混じり、ラフなパーカーやシャツを着た人が雑多に入り乱れている。

 自動ドアを抜けてビルに足を踏み入れてからすぐに二人を代表して受付に向かった円が手慣れた様子で手続きをしていると程なくして、三基並んでいるエレベーターの内の一つから女性が一人現れた。

 悠斗たちが数日前に会った時とは違う雰囲気を醸し出すビジネススーツを着た彼女はメイクの感じや纏められた髪型も相まってすぐに悠斗は気付くことができなかったが円はそんなこと関係ないというようにその個人が誰なのか把握しているようだ。円が軽く手を上げて合図を送ったことで二人に気付き近づいてくるとようやく悠斗がそれが自身も面識のある井上なつみであることを知ったのだった。


「連絡が遅れて申し訳なかった」

「いえいえ。何事もなかったようで、安心しました」


 真剣な声色で謝る円になつみは慌てて手を振って問題ないと伝える。

 僅かな時間談笑しながらなつみが円の隣に並ぶ悠斗に軽い会釈をして笑顔をみせた。


「ではこちらへどうぞ」


 なつみの案内に従って二人はエレベーターに乗り込んだ。向かう階数は七階。エレベーターは全二十二階建てのビルの中腹よりも下の階層で止まった。


「資料は奥の会議室に用意してありますので」

「わかりました」


 円ではなく悠斗が答えるとなつみは首に掛けられた社員証を鍵としてドアノブの上に翳してロックを外しドアを開け広げた。


「どうぞ」


 二人を先に部屋に招き入れてからなつみもまた会議室へと入っていく。三人が入室してなつみがノブから手を離したことでドアが自然と閉じていく。バタンと音を立ててドアが閉まるものの自動で施錠されるわけでなくいつでも誰でも出入り可能な状態が維持されていた。

 ロの字に並べられたテーブルに二つの椅子があり、その前には数枚の紙が閉じられて作られた同じ資料が二つ。向かいの席にはなつみが座り彼女の手には紙の資料ではなくタブレット端末が用意されている。


「さっそく本題に入らせてもらいます」

「ああ」

「はい」


 同時に返事をした二人を前になつみは自分の企画をプレゼンするときのように資料を広げた。


「お二方に依頼したいのは、数日前から起きているとある事件の解決です」


 そういって始まった説明によるとなつみの所属する会社の子会社で原因不明な事故が起きたらしい。事故と言っても大きなものではない。多く見られるのは作成した資料の表記バグや稼働している機械の誤作動や不意の停止等々。当事者にとっては大事件ではあるものの、外部から見ればちょっとしたトラブル。まさによくある工場トラブルといえばそれまでだが、なつみたちはそこに何かしらの異常性を見出しているらしい。


「これは事件と言うよりは事故の範疇だと思うが」


 何度も資料を読み返してなお特異性が見つけ出せなかった円が素直に訪ねるとなつみははっきりといいえと首を横に振った。


「いいえ。それは――」

「クローズネットの実証実験を行っている所で起きたことが問題なのですよ」


 突然そう声を掛けながら男性が会議室に入ってきた。

 良く通る重低音の声。着ているのは糊の効いたグレーのスーツ。髪は短く切り揃えられていて、髭もない。皺がみられない顔の印象から年齢は比較的若そうだ。

 悠斗や円にとっては初めて会う人。しかし当然のことと言えばそうなのだがなつみはそれが誰であるか知っている。少なくとも許可を得ずに会議室に入ってきても咎められない人物であることだけは悠斗たちであってもすぐに察することができた。


「失礼。自分は三英桐(さんえいきり)。ここで技術主任を任されています」


 恭しくも頭を下げて自己紹介をする三英に円たちは慌てて立ち上がりそれぞれ自分の名前を告げた。


「今回、井上さんに貴方達に依頼をするように指示を出したのは自分なのです」

「そうだったのですか。失礼ながら、何故と尋ねても?」

「我が社がクローズネットの開発の一端を担っていることもあって、ここでクローズネットの計画が頓挫されるわけにはいかないのですよ」


 ふと見えたさも当然であるというように淡々と話す三英の手。手の甲に太い血管の浮いた指の長い手は技術者、それもコンピュータ関係の人であるわりには随分と年季が入っているように感じられる。


「シャドーマン」


 口火を切るように発せられた単語に悠斗はハッとした表情を浮かべるが、円は反面表情一つ崩さずにマイペースを貫いている。


「その出現を端に発して、今はさらに変貌した存在の出現が確認されている。しかもそれはクローズネットを超えて現実に影響を及ぼす悪意を伴って」


 悠斗の脳裏を過るいくつかの事件。公的には事故や単純なトラブルであったと報じられているそれは関係者には箝口令が敷かれ外部には漏れていないはず。ここで悠斗がそれを知っていることを知られるのが良いか悪いか判断に困っていると円は視線だけで黙っているようにと伝えてきた。


「今回お二人に依頼する件ではそれららしき存在が確認されているのです」


 紙媒体に出力されてはおらず、またなつみの端末にも送られていないデータを三英が持っている端末から会議室にあるモニターに映し出される。

 モニターの電源が入る刹那、三英の持つ端末によって窓にはブラインドが降りドアには鍵が掛けられた。


「しかも、この映像を分析するにただのシャドーマンには見えない。既に変貌を果たした状態であると推測されるのです」


 拡大鮮明化された画像には確かに影が人型を取っているシャドーマンではなく、何らかの特徴を併せ持つ人っぽい何かが映っている。


「ここは?」


 それまで黙っていた円が徐に口を開き尋ねる。


「先の話にもあった機械の誤作動が確認されている工場のクローズネットです」

「そこでは何をしているのですか?」

「ちょっとした部品を作っているのですが……そうですね、秘匿して戴けますね?」

「勿論」

「この工場で作っているのはクローズネットを形成しているサーバを作るための部品なのです。それがどの役割を担っているのかまではお教えすることはできませんが、ここにトラブルがあれば現在稼働しているサーバを増設することやメンテナンスすることが難しくなるとだけお伝えしておきます」


 思っていたよりも重要そうな工場であることに微かに表情を動かした円は自身の顎に手を当てて考える素振りを見せて口を開く。


「我々に依頼するよりも然るべき機関に通報した方がいいのでは?」


 ここで円が言う然るべき機関というのは以前に面識を得た”異常課”のこと。公的な部署ではないとはいえ大まかには警察の一部署。まず頼るべきはそこであると言えるのだが。

 当然のことである疑問を投げかけた円に三英は一瞬鋭い視線を向けてから頭を横に振った。その後に何かを言おうとして口を開くも音には出さず閉ざして、モニターに異なる画像を表示してみせる。

 本来は整えられた資料の画像だったのだろう。しかし今表示されているのは文字化けという言葉では足りないほどにめちゃくちゃなものになってしまっている。


「この資料(データ)は例のクローズネット内に保存されていたものです。どんなに復元しようとしてもできず、まるで元のデータから破壊されてしまっているかのようで」


 話題を逸らすかのごとく話を続ける三英に円は敢えて口を出さず耳を傾け続けている。


「それもこの存在の仕業だと?」

「それ以外に原因は思い当たらないのです。まあ、ただのシステムトラブルだと言ってしまえばそれまでなのですが」


 言葉をそこで区切った三英が手元の端末を操作する。

 モニターが暗くなる。

 ブラインドが開いてく。

 ドアのロックが外れる。

 立ち上がった三英は見下ろす形で二人に視線を送る。


「どうでしょうか? 部外秘の資料を差し上げますとは言えないのですが、我々の依頼を受けて頂けますか?」

「いいでしょう」


 間を置かずに円が答えると三英は微かに笑みを浮かべた。


「有難うございます」

「では後は井上さん、お願いします」

「わかりました」


 離席する三英を見送ってなつみは二人と再度向かい合う。


「まずはそのクローズネットがある場所を教えてください」


 ペラペラと資料を捲りながら円が告げる。


「それは――」


 となつみが示した住所を円が自身のスマホにメモをして悠斗に目配せをする。


「行くぞ」

「あ、はい」


 立ち上がった円に続き悠斗も席を立つ。


「とりあえずこのまま一度現地に行こうかと思うのだが、あなたも来るか?」

「え?」


 まさか誘われるとは思っていなかったのだろう。なつみがキョトンとした顔をして円の顔を見上げてくる。


「私達だけで行っても問題ないのですが」

「いえ、そうですね。わたしも同行した方が良いと思うのですが、生憎とこれから別の予定が入ってまして」

「なるほど。では私達が行くと一報を入れてもらえますか?」

「もちろんです」

「では、私達はこれで」

「はい。依頼の件、よろしくお願いします」

「ああ。任せてくれたまえ。必ず良い結果を出すとまでは豪語できないが、私達ができることは最大限行うと約束しよう」


 深々と頭を下げるなつみに見送られ二人は来た時と同じ道を順路を逆に進む。

 二人が去った後、なつみは準備していた資料の片づけを始めた。そしてふと疑問に思うのである。自分が任された一件だというのに何故三英が出てきたのだろうかと。開発部の責任者だからといえばその通りだが、今回事前の会議では二人に話すかどうか決まらなかった情報までも提示したのが謎なのである。まるで別の意図が隠されているような気がして、すぐにそんなわけがないと自身の考えを頭の隅に追いやっていた。

 それから数分後、悠斗と円の二人はビルの外に出て教えられた住所をもう一度確認しあっていた。


「それで俺たちが行く場所はどこなんです?」

「ここだ」


 円が自身のスマホの地図機能を使い目的地を表示させる。

 付近の店舗の詳細が表示されない程度の縮尺の地図にピンが刺さっている場所は今二人がいる近辺というよりかは異なる区にまで足を延ばす必要がある。しかも最寄りの駅が無いときた。


「ふむ。思っていたよりも距離があるみたいだな」

「みたいですね」

「ならば、一度事務所に戻るとしようか。それに、今回は私も同行したほうが良さそうだ」

「えっ?」


 円が現地に行くと言ったことが珍しいと悠斗が驚きの表情を浮かべる。

 普段現場では自分のやることが無いと豪語している円がそう言うからには何かあるのだろうかと悠斗は理由を尋ねようとして口を閉ざした。尋ねるよりも早く円が歩き出してしまったからだ。

 円が歩く速度は意外にも早い。それこそ悠斗が速足で歩くか軽く走る程度の速度が基本なのだ。置いていかれると慌てて追いかけるともう先程までいたビルの入り口からは遠く離れてしまっていた。

 電車を使って事務所に戻り工場に向かうのは円の車となった。

 助手席に悠斗が座る移動中、円にも何か思う所があるのだろうと思いながらもやはり気になりはする。適当な頃合いを見計らって悠斗が、


「どうして今回は一緒に来ることにしたんですか?」


 と問い掛けていた。しかし返答は曖昧な笑顔だけ。運転に集中しているからなのかさらなる追求を諦めた悠斗が抱いていた疑問の答えは現地に着いた瞬間に解消されることになった。なんとそこは稼働しているとは到底思えないほどに寂れた町工場だったのだ。

 想像もしていなかった光景に呆気に取られて言葉を失くして立ち尽くしている悠斗を余所に円は工場にあるドアに手を伸ばしていた。


「む?」


 怪訝そうな顔で動きが止める。

 何度ドアノブを捻ってみてもガチャガチャと音を立てるだけでドアは開こうともしなかった。


「鍵が掛かってるみたいですね」

「そのようだな」


 自分たちが行くことを事前に伝えてもらっていたはずなのにと円が睨むようにドアを見る。

 一昔前の民家よろしく近くに鍵が隠されているかもと視線を巡らせるも、ドアの周りには鉢植え一つ見当たらない。

 工場に入ることができずに途方に暮れていると程なくして二人がいるのとは反対側の方向からポケットの多い灰色のベストを着た小太り中年の男性が焦った顔をして走ってきているのが見えた。


「すみませーん」


 大きく手を振りながら叫ぶ男性を見ればその手に大きな金属の輪にいくつもの鍵が掛けられたものが握られている。


「すみません。えっと、高坏円さんと相馬悠斗さんですよね?」


 息を切らしながらも名前を呼んで個人確認をする男性に円と悠斗の二人は声を合わせて「そうだ」と伝える。


「わたしは竹井と言います。この建物の管理を任されています」


 まだ息が整わないのか必要最低限な情報だけを箇条書きのように告げる。


「いきなりですが、ここまもう稼働していないのですか?」


 閉ざされたドア。

 人気のない建物。

 そして、昔ながらの町工場もいわんというような風合いに円は思わずそう訊ねずにはいられなかった。


「いえいえ。今もバリバリ現役ですよ。ただ、最近は親会社の方から臨時休業するようにとお達しがあって、開店休業状態みたいですが」

「では従業員達は?」

「一応系列の別工場の仕事を紹介されたらしいですよ。この工場が再稼働すればいつでも戻って来られるようにって」

「なるほど」


 じゃらじゃらと音を立てて鍵の束からここのドアの鍵を探している竹井はその中から一つを選びドアノブにある鍵穴にそれを差し込んだ。


「あれ、あれ?」


 しかし選んだ鍵は先も刺さらずカチカチを小さく乾いた音を立てている。


「この色じゃなかったけ?」


 見れば鍵には紫色をした紐が結ばれている。

 どうやらその紐の色でどこの鍵であるかを判断しているらしい。


「えーっと、ちょっと待っててくださいよ」


 自身の記憶を頼りに別の鍵を探し始める。ぶつぶつと「これはあそこ」「こっちはあれで」などと呟きながら該当しない物を除外していった結果、最後に残った鍵には赤紫色の紐が括り付けられていた。余程古い紐なのだろう。所々くすんでしまっていて赤紫ではなく赤黒と言った方が近しいかもしれない。

 赤紫色の鍵を選びドアノブに差し込む。するとすんなりと根元まで刺さりガチャリと音を立てて錠が外された。


「ささ、どうぞどうぞ」


 まだ使われているという竹井の言葉は真実であるようで、見た目に反してメンテナンスが施されているドアは一切音を立てることなく開かれた。


「では失礼をして」

「お邪魔します」


 中には誰もいないというのに円と悠斗はいつもの感覚で一言断りを入れてから工場の中へと足を踏み入れた。

 二人が入り竹井も入る。

 ドアが開かれていた時は中も明るく見えたがドアが閉ざされれば夜のように暗くなる。


「ちょっと埃っぽいですね。少し待っていてくださいね」


 竹井がちょこちょこと走り閉ざされていたカーテンを開け、そのまま窓も開け放した。

 光が差し込み風が吹き込む。

 使われなくなって数日とはいえ埃は積もるらしい。吹き込んだ風によって舞い上がった埃に光が反射してキラキラと輝いて見えた。


「あーまだ暗いですね。たしか電源は生きているはず」


 壁際にあるスイッチを押して工場に明かりをつける。

 順々に天井の電灯に明かりが灯り薄暗かった室内が昼間のように明るくなった。


「それではこれを」

「は?」


 と竹井は有無を言わさずに鍵束から外した赤紫の鍵を悠斗に手渡してきた。


「わたしはこの近くの事務所にいますんで、用事が終わったら鍵を返しにきてください。あ、くれぐれも消灯と施錠だけはしっかりお願いしますよ」


 またしても返事を待たずに言い切って二人が呼び止める暇もなく竹井は工場から出て行ってしまった。

 いくら事前に連絡が行っているとはいえあまりにも不用心ではないかと悠斗が円と目を合わせてみるも、当の円は一切気にした様子もなく工場の中を散策し始めていた。


「随分古い機械に見えるが、これは……」


 などと呟きながら歩き回る円。仕方なく悠斗もそれに倣い手近な機械の前にしゃがみ込んでじっと見つめてみることにした。

 電灯の電源は入れられたものの機械の電源までは入っていない。稼働可能な状態で維持されていることはわかる。が、それだけだ。普段この機械が何を作っているかさえもわからない。近くに材料が残されていれば何か手掛かりになったかもしれないがそれもない。


「あれ? 円さん?」


 早々に分からないと諦めて悠斗が立ち上がった時には見える範囲に円の姿はなかった。


「どこに行ったんです?」


 自分の声が聞こえていないわけがないと思いながらも声を張りながら円を探す。

 先程の自分のように円もしゃがんで機械を見ているのだろうかと先程立っていた場所からは影になっていた所を覗き込むも誰もいない。再度あれと首を傾げて辺りを見渡してみるとそれまで開いていなかったドアが微かに開かれていることに気付いた。

 ドアを開けるとその先には長い廊下。どうやら母屋と工場を繋いでいる渡り廊下となっているらしい。


「この先かな?」


 冷たいコンクリート製の廊下に歩く自分の足音が反響する。

 工場とは違い明かりが灯っていないせいか、まるで暗い洞窟の奥へと向かっているかのような気分になる。

 とはいえそれほど長くもない廊下。少し進んだだけで更なる扉に辿り着いた。


「やっぱりこの先っぽいな」


 軽く掴んだドアノブはさしたる抵抗もなく回すことができた。

 よくよく見れば鍵が掛けられていないのではなく、元々鍵のないドアだったらしい。そしてこのドアも先の例に漏れず微かに開かれたままの位置で停止していたのだ。

 わざと自分が進んだ道順に手掛かりを残しているかのような感覚に引き寄せられるように悠斗はさらに奥へと歩を進める。

 母屋らしき建物に入ったそこは普段事務作業を行う部屋として使われているのだろうテーブルには複数のデスクトップパソコンが並び、壁際には大型のコピー機や大量の書類が纏められたファイルが並ぶ金属棚などがある。


「円さんはあの先に行ったのか?」


 この部屋にある電子機器には電源が入っていない。適当にパソコンの電源を入れたとしてもパスワードが分からなければ使うことなどできやしない。

 だとしたら円の目的地はここじゃない。来た道を真っすぐ進んだ目線の先に上の階に続く階段を見つけると悠斗はそれを慎重に上ることにした。

 渡り廊下はコンクリート製だったが、この建物は木製。年季の入った木の壁に手を添えて二階に出るとそこには未使用のコピー用紙や何かのパッケージらしき展開図状態の箱が積まれている倉庫のような場所だった。


「あれ? ここじゃない?」


 念のために天井にある電灯のスイッチを入れて確認するもやはりここに円はいない。そして三階に続く階段もない。空振りだったと来た道を戻り一階に出るとそこで工場にではなく別の場所に続いているであろう廊下を見つけた。

 先程はどうして見逃したのかなどと思いつつもその廊下を進むと次に出たのは従業員の休憩室らしき長いテーブルと備え付けのコーヒーサーバーがある部屋へと出た。テーブルの上には個包装されたお菓子が数種類大き目の籠に入れられており、簡素な流し台の網棚には洗った後のマグカップがいくつも逆さに置かれてる。


「円さん。よかった、やっと見つけましたよ」


 休憩室にあるテーブルの傍に立ち何かのファイルを見ている円がいた。


「ん? どうした? 何か見つけたのか?」


 自分を探していたなど微塵も思っていないのか不思議そうな顔をして悠斗に問いかけてきた。


「あ、いえ。特に何も見つけられてはないんですけど……」

「そうか。だったら悠斗もこれを見てみるといい」


 一言もなくどこかに行っては心配すると言おうとする悠斗を遮って、それまで読んでいたファイルをテーブルに滑られて渡してきた。


「これは?」

「この工場で作られているものの概要だ。聞いていた通りサーバに使う部品ではあるらしいが、実際そこまで重要な部品というわけではないらしい」

「まあ、工場を止めても大丈夫ってことですから、そうだろうとは思ってましたけど」

「であればなおのこと、何故このような工場を狙ったのか不思議に思わないか?」

「あっ」


 ハッとした顔をする悠斗を余所に円は先程の部屋へと戻っていった。


「待ってください」


 ファイルを小脇に抱えて円を追いかけた悠斗は円に並んで事務所使いの部屋へと入る。


「機械に直接介入されている可能性もあるにはあるが」


 そういいながら適当なパソコンの電源を入れた。

 案の定パスワード入力画面が現れたものの円はポケットから取り出したメモリをパソコンのスロットに差し込んだ。

 何処かの研究室で使われているのではなく民間のセキュリティ程度ならばものの数秒で解除できるそれにより開かれたパソコンを円は躊躇なく調べ始めた。


「ふむ」


 カタカタとキーボードを叩きながら頷く円。

 後ろに立つ悠斗は口を挟もうとはせずに黙って円の作業が終わるのを待っていた。


「悠斗。レヴシステムは持ってきているな?」

「それはまあ、一応」

「ならば一度ここに潜ってみてくれ」

「わかりました」


 椅子を回して告げる円が見せてきたのは旧来の工場のデータベースではなくクローズネット内にて形成されている空間のアドレス。ただ仮想空間に潜っただけでは辿り着かないそれもアドレスを知っていればそこに直接繋ぐことができる。

 近くの椅子に腰かけて準備を終えると悠斗はクローズネットに接続した。

 アバターとなり仮想空間に現れた悠斗を円は事務所のパソコンでモニターしている。


『準備はいいな?』

「はい」


 姿はなく聞こえてきた円の声に返事をしつつ、悠斗は目の前に現れた摩訶不思議な空間を見つめた。


「それにしても――」


 と声が悠斗に伝わらないように気を付けながら円が独り言ちる。

 悠斗が直接見ている世界。そして円がモニター越しに見ている世界。それは季節も何も関係なくベーシックな棚の代わりに木をくり抜いて作られたかのような棚や切り株をそのまま使ったテーブルに椅子。足元に敷き詰められているのはオレンジとブラウンのチェック柄のカーペット。現代的な灯りの代わりにと様々な野菜を使って作られたランタンというハロウィンみたいな飾りつけが施されている空間だった。


「ここまで自由に装飾されているのは初めてだな」



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