迷宮突破 ♯.32
「これで全員かな?」
迷宮から町に戻って来た俺たちはその日の夜にもう一度会う約束をして一旦別れることになった。
晩ご飯を食べて再びログインしてきた俺がリスタート地点である俺たちの拠点に来た時には既に他のメンバーも集合しているようで、どうやら俺が一番最後になってしまっていたようだ。
拠点に集まって来ているのは同じパーティを組んでいるハルとリタとマオ、そしてレイド戦を共に戦うことを約束していたライラ達四人。さらに一緒に迷宮から町に戻って来たムラマサも同じように拠点に集まって来ていた。
「ムラマサ、だっけ。あなたも一緒に戦うの?」
「いけないかい?」
「ううん、でもここまで一人で進めてきたんだよね?」
「まあね」
「それなのにあたし達と一緒でも本当にいいの?」
「勿論さ。それに、最後のボスはこれまでとは少し毛色が違うみたいだからね」
一つのテーブルを囲むように座る俺たちはフーカと話していたムラマサの言葉に耳を傾けている。
「どういうことだ?」
一瞬、真剣な眼差しを見せたムラマサにハルが尋ねた。一人で進めてきたというのはそのまま確かな実力がムラマサにあることを示してる。それだけに俺たちと共に戦うべきと判断した理由が気になっているのはなにも俺だけではないだろう。実際にムラマサの戦いを目の当たりにしていないライラ達ですら話を聞いただけでもその力の一端は理解出来ているようで、俺と同じようにムラマサの返答を待っている。
「君達は十五階層にいるボスモンスターのことをどれくらい調べてきているんだい?」
明日戦うことになるボスモンスターの情報は出来る限り手に入れておきたい。そう思ってここに来るまで掲示板などで調べてみたのだがめぼしい情報は何も得ることが出来なかった。単純に俺が調べることに慣れていなくて見逃しているだけなのかもしれないが、それにしてもここまで何も知ることが出来なかったことに不安を感じていてしまっているのも事実だ。
「名前くらいなら知っているけど」
「え?」
ハルがそう答えてみせたことに俺は思わず驚いてしまった。
「俺も調べてみたけどそんなのどこにも書かれてなかったぞ」
「あー、お前、公式の掲示板しか見なかったんじゃないのか? 公式の掲示板はネタバレになるような書き込みは制限されているんだ。攻略情報が知りたいならユーザーが作っている攻略掲示板を見た方が大概の場合詳しく載っているんだ」
「他の皆はどうなんだい? 皆も知っているのは名前くらいなのかな?」
ムラマサが他の皆の顔を見回すとそれぞれが首を縦に振ったり、肩を窄めてみたりして同じなのだということを現している。
「それじゃあ、オレの口から説明するよ。最後の階層である第十五階層で待ち受けるモンスターの名前は『レッサーデーモン』その名の通り、巨大な悪魔型のボスモンスターだ」
悪魔型と言われ俺が真っ先に思い浮かべたのは以前戦ったオーガだった。けれどあれはどちらかといえば鬼を彷彿とさせる姿をしていた。この迷宮で戦ったボスモンスターのトロルやサイクロプスもその大きさこそと違えど、ゴブリンなどの小人型モンスターの延長線上に位置する姿をしていた。
エリアに出て戦ったことのあるモンスターはどれも動物や昆虫をモチーフにしたものばかり、精々ゴーレムが違ったが、あれは動く鉱物そのもの。悪魔とは似ても似つかない。
「体の大きさはこれまで戦った二体と酷似しているみたいだけど、違う点がいくつかあるみたいだ。その一つがレッサーデーモンは武器を使用してこないということ。武器を使わない代わりに鋭い爪が備わっているようだ。それと背中には翼があるみたいなんだ」
「翼? ということは飛ぶのか?」
「どうかな? 聞いた話じゃこれまで以上の跳躍力を持っているみたいだけど、飛行したという話は聞いたことがないな」
「あとはブレス攻撃もしてくるらしい」
ブレス攻撃はコカトリスで経験済みだ。問題なのはその範囲と威力だが発動までに幾許かの時間を要することから対処できないわけではない。
「他には? 何か情報はないのか」
「んーレッサーデーモンに関することはそれくらいかな。後は階層自体に関することだ」
「階層自体ってどういうことなんだ」
「その話しをする前に、ライラ達は第十五階層まで辿り着けたのかい?」
「え、ええ」
「当たり前だろ。ハル達との約束だったからな」
ライラとフーカが笑いかけてくる。その横に座るアオイとアカネが力強く頷いてみせた。
「それなら見たんじゃ無いのかい? あそこで立ち往生している他のプレイヤー達を」
記憶の中にある景色は今も変わっていないようで、そこにいるのが別のプレイヤーになっても同じままだということらしい。
「扉を開ける鍵が砂時計の砂だってことは言ったよな」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたね。一体どういうことなんだ? 鍵が砂時計じゃなくてその中の砂っていうのも解らないんだけど」
「扉の前にあった祭壇を覚えているかい?」
祭壇、かどうかは解らないが、扉の前に石で出来た台のようなものがあったことは覚えている。
「その祭壇に最後のボスモンスターに挑むプレイヤー全員分の砂を入れることで扉が開くのさ」
扉を開くために使うものだから鍵。
砂という形であり、必要な量がレイド戦に参加するプレイヤー全員分というのも現実ではありえないものだが、それもゲームだからと思うことでどことなく納得できてしまうものがある。
「扉を通れるのも当然、砂を祭壇に入れたプレイヤーだけ。誰かが開けた扉を通ろうとしても無駄だということさ」
屈託のない笑顔を向けてくるムラマサは、あの場所で俺たちが来るのを待っている間に他のパーティが開けた扉に向かおうとしたのを直接見ていたのだろう。だからこそ知っている事実もあるのだ。
「それが扉の前で大勢のプレイヤーが立ち尽くしている理由なの?」
「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」
一つしかない扉だとしてもその先が一つしかないということはあり得ない。ボスに挑むパーティの数だけボスモンスターと戦う舞台は存在する。
扉を通る順番を待つ必要はあっても、その先で戦う順番を待つ必要はない。
「この砂時計の役割が迷宮に挑める時間を測るだけじゃないのは気付いているのだろう」
手の中で砂時計を弄びながらムラマサが問い掛けてきた。
「さすがにね」
ハルがストレージから取り出した砂時計を机の上に置いて答える。
「時間を知らせるだけならこれを用意する必要はないからな。何か別の役割もあるのではないかとは思っていたよ」
俺は単純な演出の一つだとばかり思っていた。そのためにハルがそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。
思い返せばハルが感じた疑問も当然のもののように感じる。コンソールを開けば常に現在の時間が表示されているデジタル時計があり、単純に挑戦可能時間を示すのならばそこにもう一つ別の時計表示を増やせばいいだけ。このようにわざわざアイテムを製作しなくてもいいのだ。
「加えてもう一つ。この砂時計には別の役割があるんだ」
納得しかけた俺にムラマサの言葉が刺さる。
「これは迷宮に挑む挑戦権そのものでもあるのさ」
放たれた言葉に拠点の中が静まり返る。
「え、でも、最後の階層に挑む時に壊すのよね?」
「そうなるな」
「だったら最後のボスモンスターを倒せなかったり、いいえ、倒せたとしてもその後は再び迷宮に入ることができなくなるってこと?」
ライラの懸念はもっともだ。
この迷宮の中だけで手にあいるアイテムもあるというのにクリアしてしまえばそれを手にする機会を失ってしまうということ。せめて迷宮をクリアできればいいが、出来なければこれまでの苦労が無に帰してしまう。
「どうする? 挑戦する時間をギリギリまで引き延ばすかい?」
ライラ達のパーティはともかく、俺たちのパーティは生産職のプレイヤーがその多くを占める。ここで手に入れることのできる素材アイテムを出来得る限り集めておきたいと思うのも当然のように感じる。
「いや、俺はこのまま明日挑むべきだと思う」
俺たちの中で唯一生産系のスキルを持たないハルが答えた。
「どうして? 迷宮に入れなくなるならその前にアイテムを回収しておいた方がいいんじゃない?」
とマオが言う。
「俺もマオに賛成だ。正直アイテムを取り逃すのは惜しい」
ここだけでしか手に入らないアイテムというものに未だ出会うことはなかったが、それでもこの迷宮の中にあることだけは明言されているのだ。残されている時間の内の一日をレイド戦に当てるとしてもまだ二日も残されているのだ。その時間で自分たちの強化を兼ねた探索をしても決して間違いなどではないだろう。
「そうだね。私たちも準備の時間できるし、最終日に挑んでも悪くないと思うけど?」
ライラが俺とマオに賛同する声を上げた。
同じパーティで同じ生産職であるリタと違って別のパーティでそれも戦闘職であるライラの言葉は俺たちのものとは違う意味合いを含んでいるようだ。
「それがそうもいかないんだ」
ハルが自分のストレージからこの階層で戦ったモンスターからドロップしたアイテムを取り出し机に並べていく。
同じパーティを組んでいるだけあって俺が手に入れたアイテムと同種の物ばかり。鉱石にモンスターからドロップする素材アイテム、それと薬草。これだけあればいつでも回復アイテムの補充も装備の修理も万全にできるだろう。
「これがどうかしたのか?」
「気付いていないのか。俺たちが踏破したのは十二階層から十四階層まで。その間の戦闘でモンスターから薬草系のアイテムがドロップしたのは十三階層までだ」
モンスター素材や鉱石が普通に落ちるので気にも留めていなかったが言われてみればそうかもしれない。十三階層が暗闇に包まれた階層で戦闘を避けて進んで来たから実際に薬草を手に入れることができていたのは十二階層の戦闘だけということか。
「それならポータルを使って下の階層に戻ればいいんじゃないか?」
「いや。それは出来ないよ」
町と迷宮の内部を繋ぐように、迷宮内の各階層の間にある転送ポータルは他の階層にある転送ポータルとも繋がっている。それを知っているからこそ出た台詞だったがそれは即座にムラマサによって否定された。
「言ってなかったけど、扉の前にある転送ポータルが繋がっているのは迷宮の入り口にあるポータルとだけなんだ。他の階層に行きたいのならもう一度自分の足で十四階層を逆走する必要があるんだ」
つまりはマップも無く、無駄に広いあの階層を往復してくる必要があるということ。一本道に近い十二階層ならいざ知らず別れ道の多い十四階層は容易く行き来できるとは到底思えない。
「知っていたのか?」
とハルに問い掛ける。
俺が見つけることの出来なかったのはレッサーデーモンの情報だけではなかった。最後の十五階層の情報も同じ。さらに言えばそれを見つけることに必死になり過ぎてそれ以外の階層の情報に目を通すことも怠ってしまっていた。
「ここに来る前に調べて知ったんだ。一日をもう一回十四階層の攻略に当てれば出来ないことも無いだろうけど、それじゃ意味無いだろ」
ハルの言う通りだ。俺やマオは一日をアイテムの収集に当てるつもりだった。しかし、その一日をもう一度十四階層の攻略に当てる必要があるというのならばあまり意味のある選択とは言えない。
勿論、多少のアイテムの収集は出来るだろうが、その結果が俺の望むものかと問われれば違うとしか言いようがない。
「だから、明日なのね」
黙って耳を傾けていたリタが納得したように言った。
「わかったわ。当初の予定通り明日最後のボスモンスター、レッサーデーモンと戦うことにしましょう」
俺やマオだけではなく、ライラ達もリタの言葉に頷いていた。
「装備は今日中に完全な状態に戻すから……」
「オレの装備もいいのか?」
「当たり前よ。明日は一緒に戦うんだもの」
八人分の武器の修理が九人分になろうとも使う素材の数も手間もあまり大差はない。
それよりも問題なのは回復アイテムが十分な数用意できるかどうかだ。
「悪いけど皆の持っている薬草を分けてくれないか?」
自分の持っている薬草をすべて使って、なお且つハル達の持っている分をすべて使ったとしても出来る数はやはり四人分に毛が生えた程度。九人分となるとライラ達にも薬草を分けてもらう必要がある。
「いいとも。是非使ってくれ」
そう言ってムラマサがストレージから大量の薬草を取り出した。
「こんな量……どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、オレは生産スキルが無いからな。ここで手に入れたのをそのまま放置していたらいつのまにかこれだけ貯まっていたってだけさ」
「これが私たちの分だ。好きなだけ使ってくれよな」
ムラマサが机に置いた薬草の数に驚いていると、それと同程度の数の薬草をアオイが隣に置いた。
「いいのか?」
「……勿論です!」
「そうか……有り難く使わせて貰うよ」
薬草の数は十分過ぎるほど集まった。
明日のレイド戦では回復薬の数を気にしなくても戦えるはずだ。
「他の素材も置いておくよ。これらも使ってくれて構わないからな」
「私たちもここに置いておくわね」
そう言ってムラマサとライラが鉱石やモンスターからドロップする素材アイテムを一纏めにして机の横に置いた。薬草が山のように机の上に積まれ、その横には鉱石類が積み重なってまるで小さな岩山のようになっている。
「ありがとう。任せて! これだけあれば皆の防具の修理は勿論、少しくらいは強化できるから」
「武器も修理くらいなら問題なく出来そうだ」
俺とリタは興奮冷めやらぬと言った様子で告げた。
リタが担当する防具とは違い武器は強化すると形を変えるものや威力が上がってしまいそれまでの戦い方を変える必要が出てくる場合が稀にだが存在することからボスモンスターとの戦闘の前に強化するのは避けることが定石となっていた。どうしても威力が足りず強化を強いられるのならばボス戦の前に何回か雑魚モンスターとの戦闘をこなす必要があるのだ。
九人分の武器と山のように積まれた薬草を目の前にして俺はこの拠点で作業に入る。
リタは全員分の防具を持ってライラ達の拠点へと移り、マオはムラマサの拠点で鉱石のインゴット化などの素材アイテムの変成をするために山のような素材をストレージに収め移動していった。




