迷宮突破 ♯.22
どっと疲労が押し寄せてくる。
迷宮のど真ん中だというのに俺はその場でへたり込んでしまっていた。
「ユウ、大丈夫か?」
ハルが心配そうな顔をして駆け寄って来る。
「早くポーションを飲んで」
その後に続いて来たマオが自分のストレージからポーションの瓶を一つ取り出し差し出してきた。
「全く、無茶し過ぎだよ」
腰に手を当て俺を叱るリタは安心したという笑みをみせてくる。
三人の顔を見上げ、マオから受け取ったポーションを飲みながら言った。
「悪いな。心配をかけた」
「ほんとだよ。なんであんな無茶をしたのさ」
「無茶、だったか。やっぱり」
苦笑する俺を三人が異口同音に肯定した。
あのプレイヤーを無事にやり過ごせたのは僥倖だったのかもしれない。しかしそれはあくまでこの場に限ってのこと。いつかまた剣を交えることがあるだろうと確信にも似た予感が俺の中にはあった。
「ああいうのがPKなのか?」
「みたいだね」
PK――プレイヤーキラー。文字通りプレイヤー同士の戦闘であるPvPに重きを置き、悪質なものであれば近くにいたという理由だけで攻撃を仕掛ける場合もあると聞く。
対人戦が可能なタイトルであれば必ずと言っていいほど現れるPKはオンラインゲームの逃れ得ぬ宿命のようなものなのかもしれない。どれだけ大多数のプレイヤーが健全なプレイを心がけたとしてもたった数人のプレイヤーが悪質なPK行為を繰り返すだけでその評判は悪くなる。結果として廃れていったタイトルも少なくは無いのだ。
「実際、あのPKはかなり強かった。よく戦えていたよ、ユウは」
ハルが感心したように告げる。
俺とPKの戦いに手を出してこなかったのは一対一の勝負を邪魔したくないという思いだけではなかったようだ。速度強化した俺がどうにかついていけるスピードの戦闘はここにいる三人の誰も手が出せない領域になってしまっていた。
「でも、なんで武器を二つも持っていたんだ?」
棄てられた大鎌の柄が完全に消滅する。
一人のプレイヤーに対して一つの武器。それがこのゲームの不文律のはずだ。ならばどうしてあのプレイヤーは新たに大剣を出現させて使うことができたのか。
「これ、店売りの鎧じゃないね」
脱ぎ捨てられた鎧の欠片を手に取りリタが告げた。
「どういうことだ?」
踏み潰され原形を保っていない鎧も大鎌と同じように今にも消えてしまいそう。
「たぶん、私みたいに防具を作れる誰かが作ったものだと思う」
「分かるの?」
「この鎧の作り方は既製品じゃないよ。あのプレイヤーに合うように微調整されているみたいだし」
「それを簡単に棄てたっていうのか?」
装備は壊れてもある程度の破損度ならば修復することができる。
俺の剣銃に貫かれただけならばその部分を取り換えることで再び使用することができる状態にまで戻せるのだ。わざわざ自分で踏み潰して完全に使用不能状態にまでする必要など微塵も無い。
それは大鎌も同じだ。
刃の部分が砕けてもしかるべき設備と必要な素材さえあれば復元できる。投げ棄てることはなかったはず。
「よくわからないけど、あの武器はどっちともあのプレイヤーの武器じゃなかったような気がする」
鎧を作らずにNPCショップで買って使用していたハルだからこそ気付いたことなのだろう。
「武器は何処かで手に入れることができるのか?」
「出来る。今回のイベントに限って言えば最初に運営も言ってたじゃないか。迷宮で装備を手に入れることができるかもしれないって。防具だけかと思ってたけど武器もあるみたいだな」
「……武器なんて何に使うんだ?」
専用の武器がある以上、新たな武器に使用用途はない。以前はそう思っていたが先程の戦闘で考えを改めた。寧ろ耐久度というものが設定された以上、以前より用途は増えたのかもしれない。
「前に話さなかったかな? ドロップした武器は強化に使うことでその形を自分の武器に移すことができるのよ」
「でも、あのプレイヤーは違った。別の武器を自分の武器のように使ってた」
強化のための素材としての武器ではない。形も大きさも違う二つの武器を戦いのための道具として扱っていた。
最初に選んだ自分の武器を使ったらあれ以上の強さを持っているというのだろうか。あえて対応する武器のスキルを習得したりしていない限り、後から手に入れた武器では技の一つも使えないということだ。未だ底の見えない実力に身震いさえ覚えた。
「とにかく俺たちは次のポータルを目指すべきだろ。時間だってそんなに無いからな」
深刻な顔を見せる俺を元気付けるかのように敢えてハルが明るい声で言ってきた。
強制的に転送されたプレイヤーを目の当たりにして俺たちはその危険性が無いことを知りながらもやはり自分たちは階段の中腹にあるポータルを使って町に戻りたいと強く思うようになっていた。
ストレージから取り出した砂時計を見ると残っている砂は五分の一以下になってしまっている。全部ある状態で五時間なのだから残りは一時間足らずだというわけだ。
「ここからそんなに遠くないはずだから行こうよ」
マップに刻まれた行き止まりになっていた二つの道を除外するとこの先に続くのはこの道だけ。一本道になっているのだから迷うことは無い。
当初の目的である第十階層への到達は叶わなかったが、それでもここまで進めたのだから十分だと思うことにしよう。
ポータルの光を目の当たりにして初めて自分が疲労していたことに気付いた。
足が震え、腰から提げている剣銃すら重く感じる。
浅い呼吸がHPではない実際の体力を削ってしまっているかのようだ。
「今日はこれで解散だな」
転送の光に身を任せ町に戻って来た俺たちに真っ先に告げたのはハルだった。
俺の疲労に気が付いているのか、それとも単純に制限時間を使い切ったことでこの日の冒険が終わったと考えているのか、どちらにしてもこの時の俺は言葉も出さず頷くことしかできないでいた。
「明日はどうする?」
「私が連絡するよ。メールでいい?」
「ああ」
「わたしも待ってるよ」
町の拠点に戻ることすらしないで俺はこの場でログアウトした。
意識が現実に戻っても全身を襲う疲労からは解放されずにHMDをしたままベッドに横たわり続けた。
思い起こされるのはPKを行ったプレイヤーとの勝負。こういってはなんだが、正直計り知れない実力を持つ相手との戦いは心が躍った。もし、あの時、時間切れが起こらずに再び剣銃を握っていたらどのような結果になっていただろう。
俺がやられていたか、それとも、俺が勝てていたのだろうか。勝てたとして俺はあのプレイヤーに止めを刺すことができるのだろうか。一度の敗北がイベントからのリタイアに繋がっていると知ってそれでもなんの抵抗も感じずに剣銃を振ることができるとは言い切れない。
十分ほど横になり続けてようやく俺は体を起こすことができた。
頭からHMDを外しベッドの脇に置く。
抗い切れない眠気に逆うことができずに俺は再びベッドに体を沈めた。瞼を閉じゆっくり呼吸をすると俺の意識は夢の中へと誘われていった。
翌日、早朝に目を覚ました俺は冷たい水で顔を洗うと机の上にあるPCの電源を入れた。
検索を掛けるのは他人のイベントの進行状況が書かれいる攻略掲示板。
四日目に突入し新たな情報が何か出ていないものかと一つ一つ確認していく。そこに書かれている大半は自分たちはここまで進んだ、このようなアイテムを手に入れたなどの自慢だったが、昨日の夕方から晩かけて一つのスレッドがもの凄い勢いで伸びているのが確認された。
そこに書かれていたのはある階層からリタイアしていくプレイヤーの数が激増したということ。階層を増すごとに難易度も増していくのは当然なのだからこのスレッド名自体にそこまで注目することは無かったかもしれないが、その階層が第八階層だとなれば話は別だ。
ボスモンスターがいるわけでも、コボルドのような強い雑魚モンスターが出現するような罠が仕掛けられているわけでもない。言ってしまえばボスのいる第六階層と第十階層の中間である通過点に過ぎない階層でそれほどの離脱者が観測されたとなれば俺が思い付く原因は一つしかない。PKを行っていたプレイヤーの存在だ。
メールの着信を示す音が聞こえてきた。
充電中の携帯を手に取りメールを開くとそこに書かれていたのは思いもよらないこと。
「……なんだ、これ」
唖然とする俺に電話の着信音が鳴り響いた。
『悠斗、大変だ』
「ああ、解ってる」
メールの内容。
それは迷宮の入り口が数十名のプレイヤーによって占拠されたということだった。




