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ep.09 『忘れ去られし街の聲⑧』



「ご苦労様でした」



 床に突っ伏したまま指先に触れる硬い感触。必死にそれを手繰り寄せて掴む。

 水面が揺れる壁や天井に囲まれた部屋、そこはシャムロックが待っている特異な空間だった。

 全身の力が抜ける。

 シャムロックの声を聞いたからではない。夜翼と戦っていた場所と今居る場所があまりにも違う雰囲気を醸し出していたからだ。



「ユート!」



 倒れたまま起き上がろうとしない俺にハルが駆け寄ってきた。



「無事か?」

「あ、ああ。大丈夫。生きてるよ」



 ゆっくり身を起こして返事をすると安心したのかハルも俺の傍にどかっと腰を下ろした。ハルは兜を外して体の前に置くと戦斧も背中から下ろして自身の傍に置いた。



「それが【夜翼】なのか」



 ハルが俺の手の中にある小さな置物を見ていった。

 黒曜石を削り出して作り出したかのような独特な天然の模様が見られる小型の彫像。モンスターの夜翼を彷彿とさせる小さな羽を持つ獅子のような獣が座っている姿のそれが乗っている台座を引っ繰り返すと何かの文字のようにも見える紋様が彫り込まれていた。



「ハンコ?」

「というか玉璽(ぎょくじ)ってやつだな。そうなんだろ。シャムロック」

「ええ。その通りです」



 床に直接座っている俺にシャムロックが手を伸ばしてきた。



「ああ。どうぞ」



 特に疑問を抱くことなく俺は【夜翼】を手渡した。

 両手でしっかりと【夜翼】を受け取ったシャムロックは部屋の奥の方に視線を向ける。途端海が割れる神話のように、揺れる水面のような壁が左右に裂けた。



「こちらへ」



 歩き出すシャムロックの後を慌てて追い掛ける。ハルは外していた戦斧と兜を両手で掴み俺に続いた。三人が新たに出来た通路の中へと入って行くと裂けていた壁は元の状態へと戻っていく。進む度に背後が壁に戻っていく様子は見ていて面白いものがあった。

 歩き進めて行くと程なくしてそれまでとは違う雰囲気のある部屋へと辿り着いた。

 部屋の中心には台座がひとつ。【夜翼】とネームプレートが取り付けられているそれは以前に見た台座と同じもののようだ。



「えっ、明るい?」



 部屋の中に入る前、ドアの無い通路から覗き込んだ部屋の内装は闇そのもの。だからこそ唯一台座が際だって浮かびあがっているように見えたのだ。なのに実際に部屋の中へと足を踏み入れてみると違った。光一つ無い闇に包まれているとばかり思っていた内装も本当は無数に煌めいている星々が輝いている星空だったというわけだ。それも壁や天井だけじゃない。床までも星空が広がっている。

 俺が驚いた明るさはこの星々がもたらす光だった。



「四方八方が星空に包まれているとさ、何か宇宙に来ているみたいじゃないか」



 殊の外楽しそうに興奮して言ったハルに「そうだな」と答えつつも、俺は不確かに見える床に若干の恐怖を感じていた。

 無言のままシャムロックは台座に【夜翼】を置いた。

 小さな玉璽が台座に収まったことで部屋の星々の輝きが一段と強くなった気がする。大小様々な星の光は部屋のなかに立つ俺達を優しく照らしていた。



「【夜翼】ってのはどういう美術品なんだ?」



 台座に収まるそれを少し離れた場所で見つめていたハルが問い掛けた。

 自分達が知るこの美術館にある美術品はシャムロックという街においてなんらかの事象を象徴とした意味を持っているものばかりだった。四季の一つを表した【豊穣】然り、それと並んで飾られていた他の絵画然り。だからこそ【夜翼】もそうなのではないのかと考えるのは自然なことだった。



「【夜翼】が象徴するのは“夜”」

「夜?」

「覚えていますか? シャムロックの街は夜になると息を潜めたように静かだったことを」

「ああ」



 記憶にあるシャムロックの街の風景を思い出して頷いた。

 大抵の街は昼より夜の方が静かになる。あるいは昼とは雰囲気の違う活気が出てくるものだ。しかしシャムロックの街はただ人の生活の気配というものが消えてしまったかの如く静かになった。そういう街だと思うこともできるが、異様だったといえばそうなのだろう。



「象徴を失うということは、それが現わす事象を失うも同然。故に【夜翼】を失っていたシャムロックの街は夜を失っているも同然だったということです」

「けど、ずっと昼ってわけじゃなかっただろう。現におれたちはシャムロックの街で夜を迎えたぞ」

「星の巡りは一つの街の影響を受けるわけじゃありませんからね。シャムロックの街でも夜という時間は等しく訪れるのです。ただし、街の中では夜を失っている。それは夜に起こるであろう全ての事象が消失しているということなのです」



 夜に街が静まりかえっていたのはそういうことだったのかと妙に得心がいった。

 その影響がプレイヤーにも及ぶのかはわからない。しかし夜の時間帯に何も起こらない街にずっといることはしないだろうなとも思う。プレイヤーはこの世界に遊びに来ているのだから。



「朝や昼があったってことはそれを象徴する美術品はここにあるってことなんだよな」

「はい。朝は【朝華(ちょうか)】昼は【昼滴(ひるしずく)】という美術品がそれぞれこの隣の部屋に置かれています」

「見せてもらうことは」

「申し訳ありませんが」

「いえ、大丈夫です」



 はっきりと断られてしょげるハルを横目に俺は問題無いと伝えた。



「これで街が失っていたものが二つ、あなた方の手によって取り戻されました」



 シャムロックがそう切り出した瞬間、自分達が立っている場所が変わった。

 先程までと同じ水面が揺れる天井と壁に包まれた空間。しかしその色合いが違う。まるで夕暮れ時のようにオレンジ色に染まっていた。



「黄昏、か」



 色が変わった部屋を見て真っ先に浮かんだ単語が言葉として出てきた。

 同じ色味ならば朝日もあり得たというのに俺はその色からどこか物悲しさを感じ取っていたのだ。



「次は何を手に入れればいい?」



 じっと揺らぐオレンジ色の水面を見つめている俺の隣でハルがシャムロックにそう訊ねていた。



「まだ終わりってわけじゃないんだろう」

「三度お力を貸して頂けるのなら」

「勿論さ」



 にこやかに笑って答えたハルに続いて俺も力強く頷く。そんな俺達の様子を見てシャムロックは嬉しそうに微笑んでいた。



「ではこちらに」



 【夜翼】を収めた部屋があるのとは違う方向の壁が開かれる。この時もそれまでとは違う現象が見られた。【夜翼】を収めた部屋に向かう時、壁の水面が裂けたように見えた。しかしそれはあくまでも壁がそう移動したというだけで本物の水が裂けたわけではない。床に水滴一つ付いてはおらず、空気にも霧雨一つ混じっていない。だからこそ初めてだった。左右に裂けて開かれた道に掛かる滝のような水をこの空間で目にしたのは。

 美術品に湿気は良くない。現実ならば当然のことも仮想空間だから無視できる。そう言われればその通りだと思うだろう。しかしそれはあくまでもプレイヤーにとってはだ。NPCにとっては此処が現実であり、気を配るべきことは現実のそれと同じように気を配っていると俺は知っている。

 舞い散る極細の水滴を浴びながら並んで歩く最中、防具についた雨粒よりも小さな水滴は拭わずとも消えていった。

 辿り着いた部屋は一際大きく、室内のレイアウトはこれまでのどの部屋とも異なっていた。まるで何かの遺跡の一室。壁一面に描かれた正体不明の文字と紋様と何かを象ったかのような絵。天井は雲一つない青空でよくよく目を凝らさなければ何もないと錯覚してしまいそうになるほど写実に描かれていた。

 思い起こせば自分が入ったことのある部屋はどちらも収めるべき美術品に関連していた。それに倣うのならばここは一体どういうものを収めるべきだというのか。



「台座のようなものも、絵画を掛けられるような壁もない、か」

「や、壁はあるだろ。ほら」

「でもさハル。これだけ壁画っぽいものがあるのにさ、それを隠すように何かを掛けると思うか?」

「あー、なるほど。ん? だったらここには何を飾るんだ?」

「それがわからないって言っているんだよ」



 遺跡のような部屋を見渡しながら話している俺は密かにシャムロックが答えをくれないかと期待していたのだと思う。だからシャムロックが黙って自分には汲み取りきれない感情が込められた視線を部屋に向けていることに僅かな疑問を感じたのだ。



「何がともあれ、探す美術品がなんなのか分からなければどうしようもないからさ」



 にこやかに笑みを浮かべてシャムロックの顔を見るハル。



「教えてくれないか?」

「いいでしょう。こちらです」



 部屋の中央に歩いて行くシャムロックは何もない所で地面に手を翳す。すると物音一つ立てずに床から円柱状の石柱が迫り上がってきた。

 大理石のような光沢と独特な柄。柱に刻まれている紋様が際立つそれに収まるべきものは何なのか。目を凝らして思考を巡らせても今ひとつ明確なイメージが沸いてこない。



「ここに収まるべき美術品は【悠久】。忘れ去られようとしているこの街を象徴する物です」



 完全に迫り上がった柱に見受けられる三メートル近い巨大な空白。もしその空白に【悠久】が収まるのだとすれば、それは他の美術品とは一線を画す代物となるだろう。



「【悠久】ってのは街のどこにあるんだ」

「誰も知らない場所です」

「誰もって、シャムロックもか?」

「ええ。寧ろ私だからこそ知らない場所なのかも知れませんね」



 どういうことだと問い掛けようとハルが息を呑んだその瞬間、不意に世界が切り替わった。

 シャムロックが消え、遺跡のような部屋も消えていた。

 俺達が立っているのは元のシャムロックの街。

 夜翼と争った痕跡も無い綺麗な街そのものだ。



「これが“夜”を取り戻したってことか」



 自分が立つ場所が切り替わったことをすんなりと受け入れているハルは深呼吸をしてから目の前の景色を見て呟いていた。

 気付けば聞こえてくる街の喧騒。それは夜の闇に包まれていたそれまでのシャムロックの街では耳にしなかったものだ。



「他のプレイヤーはおかしいと思わないのかな」

「どうかな。『夜も活動できるようになりました』的なアナウンスがあればすんなりと受け入れるんじゃないか。それにさ」

「ん?」

「今のこのゲームには街が無数にあるんだ。たった一つの街で活動可能な時間が変わったとしてもそこに特別な何かがあったりしない限りは誰も気にも留めないさ」



 どこか投げやりに思える台詞を口にするハル。

 実際このゲームは自分も知らない街が多く存在する。大小様々ありとあらゆる文化を持った街はその一つ一つに自分も知らないクエストやストーリーがあるのだろう。そしてその中には誰かがクリアしたら二度と繰り返されないようなものも。

 自分達が進めているこの美術品集めのクエストも同じなのかも知れない。事象を取り戻した街という結果だけが共有されるのだとしたら、もし進めているのが自分達ではなく、ただこの街を訪れていただけだとすれば、ハルが言うようにそういうものかも知れないと深く考えずに納得していたかも知れない。夜翼との戦いの間はずっと隔離されたエリアに送り込まれていたことを思えば、あながちあり得ないことではないと思えてしまった。



「さて。とりあえずもう一回街を見て回ろうか。どんな形なのかは分からないけどさ、あの大きさを思えばさ、案外簡単に【悠久】を見つけられるかもしれないだろ」

「そうだな。行くか」

「おう!」



 ハルの提案を受けて俺達は歩き出した。

 夜の時間。賑わいを取り戻したシャムロックの街に微かな違和感を抱きながら。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


レベル【17】ランク【3】


HP【9600】

MP【2680】

ATK【D】

DEF【F】

INT【F】

MIND【G】

DEX【E】

AGI【D】

SPEED【C】


所持スキル


≪ガンブレイズ≫――武器種・ガンブレイズのアーツを使用できる。

〈光刃〉――威力、攻撃範囲が強化された斬撃を放つ。

〈琰砲〉――威力、射程が強化された砲撃を放つ。

〈ブレイジング・エッジ〉――極大の斬撃を放つ必殺技。

〈ブレイジング・ノヴァ〉――極大の砲撃を放つ必殺技。

≪錬成≫――錬成強化を行うことができる。

≪竜精の刻印≫――妖精猫との友誼の証。

≪自動回復・HP≫――戦闘中一秒毎にHPが少量回復する。

≪自動回復・MP≫――戦闘中一秒毎にMPが少量回復する。

≪全状態異常耐性≫――状態異常になる確率をかなり下げる。

≪憧憬≫――全パラメータが上昇する。


残スキルポイント【7】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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