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ep.05 『幽冥の騎士④』



「よしっ。もう少しだ」



 武器をフランベルジュに変えたロード・ライカンスロープだったが、その実大して脅威度が上がったという印象は受けなかった。攻撃の速度、それと頻度が増しただけであり、攻撃一発一発の威力が増したという感じがなかったからこそだ。

 戦闘中に呼び出す死人兵とボーン・ドッグの数がそれぞれ一体ずつ増して三体ずつ出現するようにもなったのだが、個体の強さそのものに変化があるわけではなかった。これまでにも問題無くそれらを倒すことができていたからこそ大して手こずることなく処理することができていた。

 ロード・ライカンスロープ、死人兵、ボーン・ドッグ、これらに対する攻撃と討伐を繰り返しながらダメージを蓄積させていく。

 徐々にではあるが着実に勝利へと近付いているという手応えはある。それは減少を続けるHPゲージを見ても明らかだ。

 だというのに何故だろう。

 ちっとも安心できる気配すらないのは。



「雑魚は片付けた。次は――」



 ボーン・ドッグのHPが全損しガラッと骨が地面に落ちる音が響く。

 死人兵は倒される時に音も無く塵となって消えていく。

 ロード・ライカンスロープは幽霊のようにふわふわと浮かび揺らめきながら一対のフランベルジュを振るう。

 現状幽霊のような見た目をしているからかその剣技そのものは稚拙。初心者のプレイヤーに毛が生えた程度だった。



「まだ大鎌を使っていた時の方が巧かった気がするぞ」



 こちらの言葉が理解できているのかはわからない。けれど挑発するように声を荒げ簡単そうにその攻撃を打ち払ってみせることでロード・ライカンスロープの攻撃は自分に集中する。



「オレを忘れて貰っては困るかな」



 刀の射程範囲内に入った瞬間に敢えて声を掛けながら構える。



「<鬼術(きじゅつ)氷舞(こおりまい)>」



 至近距離から連続する氷の斬撃が放たれる。

 ロード・ライカンスロープの背中側に広がっていく氷の傷跡。

 透明な氷の欠片が舞い散り、同時に灰色のロード・ライカンスロープの欠片も散らばった。



「ユート。今だ」

「わかってる」



 氷に包まれ動きを鈍らせたロード・ライカンスロープ。

 フランベルジュを振るう攻撃の速度も遅くなり、容易く反撃の隙を見出せる。



「<光刃(セイヴァー)>」



 放たれる光の刃。

 自分には一度、一撃で倒せるまでの力はない。だからこそ何度も何度も攻撃した。自分一人だけではなく、仲間と、ムラマサと力を合わせて。



「砕けろおっ」



 拡大、拡張された光の斬撃がロード・ライカンスロープを斬り裂く。

 一瞬の静寂と停滞の後、両断されたロード・ライカンスロープが極細の光の粒子となって爆散した。



「倒した、の?」



 ムラマサの背後から顔を覗かせたキリエが徐に独り言ちる。

 しかしそこはプレイヤーとNPCの違いが明確に現れる。俺とムラマサが同じようなハッとした表情を浮かべて不安そうなキリエの顔を見た。



「な、何ですか?」

「んー、今の一言はね、オレ達の間だとあまりいい一言じゃないのさ」

「フラグになるかも」

「はい?」



 集まり何が起きても大丈夫なように備える俺達。

 戸惑い当たりを忙しなくキョロキョロと見回しているキリエを挟んで警戒し続けていると、案の定それは起きた。

 死人兵が倒されて消滅する際に変化する極細の塵。それがどこからともなく吹き上がった風に乗って渦を巻き、自分達がいる一室の上空に漂い始めた。



「こ、これは、何が起こるというのですか?」

「さあね。ただ、あまり喜ばしくない状況なのは間違い無さそうだ」



 薄暗い天井を見上げて呟くムラマサは刀を持つ手に力を込める。カチャッと鍔が鳴り、その音を合図にしたように上空の渦の中から無数の死人兵が降り注いだ。

 悪夢に出てきそうな光景が広がり俺は思わず息を呑んで動きを止めてしまう。

 文字通り死人兵の雨が降る。

 それだけならば全く良くはなかったとはいえ、まだ良かったといえる。魚雷のような自爆攻撃を繰り出してくる死人兵に当たれば決して少なくないダメージを受けていただろうと理解できてしまったからだ。しかも誰も居ない地面に衝突した死人兵はその身を塵へと変えて、塵はまた風に巻き上げられて上空の渦へと飲み込まれていく。

 これでは趣味の悪い永久機関も同然。

 今すぐにこの場から逃げ出すべきか、それともこの渦をどうにかするべきか。

 考えられる余裕はあまりない。

 素早くムラマサと目線を交わし、互いの意思を窺う。



「出来るのか?」

「んー、この位なら、なんとか、かな」



 刀を鞘に収めつつムラマサが言う。



「ユートはキリエを頼む」

「ああ。任せろ」



 剣で切っていたのでは距離が近すぎる。

 銃形態に変えたガンブレイズで自分達に命中しそうな死人兵だけと的確に射貫いていく。

 降り注ぐ死人兵のHPはそれまで戦っていたやつよりもかなり低くなっていて通常攻撃でも倒すことができた。だが、倒された死人兵は例えそれが空中であろうともその身を塵に変えて渦へと飲み込まれていき、次なる死人兵を生みだす素材となってしまっていた。



「<鬼術・氷旋華(ひょうせんか)>」



 アーツ名を宣言して放つそれは広範囲に及ぶ一撃。

 居合い斬りのようにして描く軌跡は氷の旋風。

 空中を漂う塵や上空で渦を巻いている風をも凍てつかせて飲み込んでいく極寒の冷気。灰色のくすんだ塵までも飲み込んで凍り付かせていくそれはまさにこの空間に咲いた大輪の華。

 完全に凍り付いた渦が止まり、降り注いでいた死人兵も氷の中へと封じられて停止している。



「これで、どうかな」

「さすがだよ」

「凄いの一言です」



 再び刀を鞘に収め、キンッと小さな音がする。

 次いで聞こえてきたのが大量のガラスが砕けるのと良く似た音。

 ムラマサのアーツによって凍り付いた風がその末端から崩壊していく。

 氷に包まれたことで渦は完全に消滅した。

 降り注いでいた死人兵も一体残らず消え去った。

 刹那、戦闘終了を告げるために出現したコンソールに浮かぶこの戦闘のリザルト画面。得たのは多くの経験値。そして、



「そっちはクエストが進んだみたいだな」

「ああ。次は【滅びを誘う捕食者を倒せ】だとさ」

「捕食者?」

「おおかたロード・ライカンスロープみたいなボスモンスターだろうさ。何せバアトの手には四つの宝石が――」



 そう言いかけてムラマサは動きを止めた。

 何もなかったはずの場所に赤く光る小さな宝石が浮かんでいるのだ。宝石の名は見た目通りの【赤の宝石】。眩い輝きを放っているために大きく見えるが実際は親指の爪くらいの大きさのようだ。



「キリエ、あれは」

「はい。間違いありません。バアトが奪った宝石の一つです」

「回収できるかい?」

「やってみます」



 真剣な面持ちで赤の宝石に近づき、そっと手を伸ばしたキリエ。

 その細く小さな指先が赤の宝石に触れそうになったその瞬間、天井が凄まじい轟音を立てて爆発したのだった。



「キリエ、戻るんだ」



 咄嗟に手を引いて体を引き寄せたムラマサは険しい顔をして上を見上げる。

 渦が消えて、終わったと思った、事実リザルト画面が出たことからもロード・ライカンスロープとの戦闘は終わったのだろう。ならば何が起こったのか。真っ先に思い浮かぶのは次なる敵の襲撃か。



「どうする? ここから離脱するか?」

「ですがっ、赤の宝石を放っておくわけには――」

「ダメだ。オレ達が崩壊に巻き込まれてしまうと元も子もない。それに瓦礫の中に埋もれてしまえばもう誰の手にも渡ることはないはず――」



 身を翻し駆け出そうとしていたムラマサがその足を止めた。

 まるで自分の言葉に疑問を抱いたかのような表情を浮かべ、睨み付けるように崩壊している天井を見た。



「そうだ。天井の崩壊がこのタイミングで起こったのだとすれば、偶然なんかじゃないのは明白。だとすれば、その元凶は今まさに、ここに――いるッ」



 キリエの手を放して崩壊の真下まで駆け出したムラマサ。

 左手で刀の鞘を握り、右手は刀の柄を掴む。



「<鬼術・氷柱(こおりのはしら)>」



 宣言して引き抜き、振るうは斬り上げの一撃。

 刀の切っ先の軌道をなぞり出現するは氷の道、氷の柱。

 降り注ぐ瓦礫と当たりながらも伸びる氷の柱は崩壊した天井の中心を穿ち、消える。



「手応えはない…だけど――そこに居る」



 それは崩壊の中にいた。

 夜の闇よりも深く暗い闇が消えた天井の向こうに広がっている。

 だが、今はまだ陽の昇っている時間。本来の天井の向こうに広がっているのは空であり、雲が在り、太陽がある。

 だが、それが見えない。

 つまり、それを遮る存在がそこにいるのだ。



「<琰砲(カノン)>!!」



 闇の中。闇雲に放った射撃アーツの光がその存在を浮かび上がらせた。



「成る程。捕食者とはよく言ったものだね」

「空中を泳ぐ鮫、【フォール・メガロドン】か」



 その全貌は巨大な魚の形をしていた。けれどその大きさが桁違い。同じモチーフを持っているモンスターの中でも上位に位置するであろうそれは瞳にロード・ライカンスロープのような光を宿している。ただし、その色は緑。

 闇夜に浮かぶ星のように煌めく緑色の光が流星のように動いていた。

 右に左に、自在に空中を泳ぎ回っているその存在が大口を開けて急な突進を仕掛けてきた。

 ロード・ライカンスロープよりも遙かな巨体はただ迫ってくるだけで十二分な恐怖を煽ってくる。



「ムラマサ! 赤の宝石は諦めるんだ。そこにいると喰われるぞ」

「くっ」



 自分達の元へ来るように呼びかける。あれを見ればキリエも赤の宝石を一旦諦めることだろう。恐怖に身を竦めているキリエの手を引いて俺はこの場から離脱するべく通路を目指し駆け出していた。



「赤の宝石が喰われた」



 振り返りながら走るムラマサが呟く。

 赤々と煌めいていた光は今やフォール・メガロドンの腹の中。

 妖しく緑色に光る瞳の上。ギョロッという効果音が聞こえてきそうな光景が見えた。本来は無かったはずのその場所に新しい目が現れたのだ。

 緑色をした目の上にある赤い目。

 四つ目の鮫は一度浮かび上がり、その高さを最大限に生かした急降下を行った。



「んー、これは、逃げられ無さそうだね」



 苦笑して立ち止まるムラマサは既に意を決しているようだ。



「<鬼術・氷壁牢(ひょうへきろう)>」



 ムラマサがロード・ライカンスロープの攻撃を完全に防いで見せたアーツを繰り出した。

 フォール・メガロドンと自分達の間に出現した半透明な氷の壁。ダイヤモンドのような表面に映る景色。絶対の防御力を持っているはずのそれを突き破ろうとして止まらないフォール・メガロドンが大口を開けて迫る。



「きゃああああああああ」



 キリエの悲鳴が粉砕された氷の音に掻き消され、俺達は逃れられない戦闘を始める。




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