ep.07 『危険な古代のロマン⑦』
「ようやっとその姿を捉えたえ」
一見すると無表情のなかに激しい感情を潜め険しい表情をするローズがワントーン低くなった声で呟いた。
まるでその呟きが聞こえているかのように寄生竜は稀薄だったその様をしかと現実へと顕現させる。そうすることで黒い煙、あるいは靄のようだった体が一段と濃い闇へと変わる。
溶岩竜の全身から立ち込めている黒い煙が頭部と頸部の外殻が重なり合う隙間から立ち込めている寄生竜へと吸い寄せられていく。
「どうする?」
寄生竜の出現から今に至るまで俺は攻撃を中断していた。なんらかの変遷が起きている、そう感じていたからだ。しかしローズの呟きを聞いて先んじて動くべきだと思うに至ったのだ。自問自答も同然の言葉にハルがすかさず、
「狙って攻める!」
と力強く言い切って戦斧掲げて走り出していたハルの後に続き俺も前に出るかと考えた矢先、自分達より先にローズが先制の一撃を繰り出していた。
ハルが渡した鉄扇を振るい空を切るようなモーションを起こした後に出現したのは四本もの真紅の爪痕。それは先程自分達を守ってくれた障壁を構成していたものと同様の光によって形成されている特別な攻撃。
黒い煙が集まっている寄生竜にローズの繰り出した攻撃の爪痕が刻まれる。が、それは寄生竜の体を霧散させるだけに留まり、それに対して有効打を与えることは叶わないでいるようだ。
「<穿孔爆斧>!」
溶岩竜の体から寄生竜を追い出すのに使っていたアーツを再び発動させてハルは戦斧を下から上へと力一杯振り上げた。けれどそれはローズの爪撃よりも効果が無く、それまで攻撃の命中時に発生していた爆発すら起らなかった。
「くっ、ユート!」
「分かってる。<琰砲>」
空振った戦斧の勢いに乗って溶岩竜を跳び越えたハルの声と同時に俺は銃形態のガンブレイズの引き金を引いた。銃口から放たれる一陣の閃光。それもまた寄生竜の体をすり抜けて遙か彼方へと消えていってしまう。
「だめか」
「さっきまでは効果があったのにどうして――?」
体勢を崩すことなく着地したハルが戦斧を構えて厳しい視線を溶岩竜、そしてその頭上に漂う寄生竜へと向ける。
「何か変な感じがする」
はっきりとしたことは何もない。けれど、俺やハルはおろかローズの攻撃までもをスルーしてしまっているのは妙だと俺の直感が告げていた。
「変だって? まさかこれはある種のイベントシーンを見ているとでもいうのか?」
ハルの口からでたのはある意味ではゲーム然とした回答だっただろう。しかし、それが事実ならば、この瞬間にも爪撃を繰り返しているローズがあまりにも道化ではないか。
抱いた微かな憤りに対してそれが真実なのだと見せ付けてくるような変化が寄生竜の身に起ったのだ。ありとあらゆる怨嗟の念を込めたかのようないくつもの眼。血走ったり、虚ろだったりとおおよそ直視できるような眼ではない眼が寄生竜の全身で開いた。
全ての眼が揃って正面に立つローズを見た。ギョロリという擬音が聞こえてくるかのようだ。
刹那溶岩竜の全身から黒い煙が吹き出した。
なんらかの攻撃の前兆であることには気付けたが、それが何の攻撃なのかまでは分からない。咄嗟に身構えるハルと溶岩竜の体を見回して煙のない安全地帯を探す俺。
ローズは顔を顰めて攻撃を中断するとバッと鉄扇を開き自身の前で構えてみせた。
「息吹? あるいは自爆爆発。どっちだ?」
それまでに見た脅威の度合いが高かった溶岩竜の攻撃を思い出しながら呟く。しかし現実は俺の予想通りに行くことの方が稀だ。何と言っても今回、攻撃を仕掛けてきたのは溶岩竜ではなく全身の眼を開いた寄生竜の方だったのだから。
寄生竜の体にある眼から放たれる複数の熱線。緑色をしたレーザーポインターを彷彿とさせる熱線が地面を、大気を焦がしながら周囲を焼き尽くしていく。
「くうぅぅぅ」
奥歯を噛み締めて熱線を耐えるハル。
「小賢しいっ」
と吐き棄てて障壁で防御するローズ。
そして俺はというと、防御ではなく必至の形相で回避し続けていた。
鼻をつく嫌な臭い。場所が火山であるということを度外視しても奇妙な臭いが充満し始めていた。
「頼むから、この臭いが毒の効果であるなんてことにはなってくれるなよ」
時間にして数十秒。
寄生竜の熱線から逃げ切った俺は息を切らすことなく言葉を漏らしていた。
注意深く自身のHPゲージを見る。暫く経ってもそこに新たなアイコンが浮かんでくる気配がないことに、先程危惧が杞憂に終わったことを実感した。
「さて、そっちの攻撃だけが通るなんてこと、あってくれるなよ――<琰砲>」
寄生竜の攻撃が意味を成したならば、その反対も然り。そうであるべき、そうであって欲しいと願いつつ射撃アーツを発動させた。
再びガンブレイズの銃口から放たれる光。
溶岩竜から出ているという姿である以上、大きく回避することはできない。今度は違わずその空に命中したのだった。
「よしっ。今なら行けそうだぞ」
「ああ。おれが見た直感を信じるとするのなら<轟爆斧>!」
ハルが使用したのは内部に指向性のある爆発エネルギーをぶつける<穿孔爆斧>ではなく、普段使う高威力の<大爆斧>よりもさらに威力を高めたアーツを発動させた。ハルが使うアーツは威力が高まるごとに爆発の勢いが増していくのは知っていたが、今回のそれは違っていた。普段の爆発が炎然とした色と熱気を含んでいるものだとすれば、今回のものはよりもっとゲーム的であり、ファンタジー的である白に近い黄色の爆発だった。
「どうだっ」
爆発に飲み込まれ風に揺れる旗の如くその身を揺らす寄生竜。
いつしかはっきりと見えるようになっていた寄生竜のHPゲージが大きく減少した。
「意外と柔らかいのか?」
「いや、そういう感じじゃ無さそうだぞ」
「え?」
「見ろ。溶岩竜のHPゲージが減っている」
攻撃を命中させてはいないはずの溶岩竜のHPも減っているのだとすれば寄生竜と溶岩竜はHPを共有しているのかもしれないと思ったが、今回のそれはより面倒な状況であると判明したのだ。
「寄生竜は回復している、か」
「つまり溶岩竜のHPを吸い取っているってことか」
冷静に分析しつつ交わした会話を耳にしたであろうローズが一人口を噤み苦々しげに溶岩竜と寄生竜を見つめている。その中に僅かに覗かせた別の感情。それがどちらに対して向けられているのかは想像するに難くない。
「寄生竜だけを倒すには溶岩竜のHPを吸収する前に倒しきらなきゃならない」
「だが、寄生竜は腐ってもボスモンスターと同等。一撃で倒しきることは難しいと思うぞ」
「わかってる。でも、やらなきゃ」
「そうだな」
俺達が会話に集中して攻撃の手を緩めてしまっていた最中ローズだけが必死に攻撃を続けている。稀に寄生竜の反撃が来るもそれは全て紅の障壁で防いでいる。
「おれが考え得る手段は二つ。ユートと俺が連続してアーツを叩き込むこと。もしくは二人で同時に必殺技を使うこと」
「いや、前者の場合、二人じゃない」
「ん?」
「三人、だ」
ちらりと見たローズが微かに頷いた。それを見てハルも納得したようにヘルムの奥で笑った。
「ハル! ローズ、行こう。寄生竜だけを倒すぞ」
号令を掛けて三方向からそれぞれが攻撃を繰り出す。
銃撃、爆発を伴う戦斧による一撃。そしてローズが使う爪撃。それらの攻撃が一斉に寄生竜だけを捉えた。
みるみる減少する寄生竜のHPゲージ。しかし減る勢いに勝るとも劣らない様子で回復していく。
「まだ威力が足りないのか。それに――」
ちらりとみた溶岩竜のHPゲージは減少を続けたまま回復する気配は微塵も感じられない。これでは一番先に力尽きてしまうのは溶岩竜ということになってしまう。それでは意味が無い。俺が倒したいのは寄生竜だけなのだ。
「手を緩めるな! 完全に回復されたら元も子もないんだぞ」
ハルの檄が飛ぶ。
「とはいえこのままだと駄目なのもまた事実、か」
苦虫を噛み締めたように渋い声を出すハル。
顔を隠す類の防具を着けていない俺の表情の変化と隠しきれていないハルの焦りを見たローズは一段と顔を曇らせると瞑目して一転決意を滲ませる表情を浮かべた。
「ローズ?」
「聴けっ、二人ともっ!」
目聡くその変化を感じ取った俺の呟きを無視してローズが凜と叫ぶ。
「溶岩竜のことは諦めよ。せめて、我らの手によって葬ってやることを慈悲とするのじゃ!」
微塵も声を震わせることなく告げたその言葉に俺は驚きを禁じ得なかった。だから即座に、
「ダメだッ」
と叫んでいた。
「助けることを諦めては意味が無い。意味が無くなってしまうんだっ」
「だが――」
「信じてくれ。俺達ならできると。必ずやり遂げてみせると」
戸惑うローズを一瞥して俺はハルを見る。
「俺に合わせてくれ!」
返答を待たずして走り出す。
一旦射撃の手を止めてガンブレイズを剣形態へと変える。そして動きが鈍くなった溶岩竜の外殻の凹凸を利用して駆け上がる。
「そこに実体が有ろうと無かろうと関係ない。全てを断ち斬る!」
決意を込めて言い切った。
一歩一歩しかと溶岩竜の体を踏み締めて前に出る。
「<ブレイジング・エッジ>!!」
躊躇いもなく斬撃特化の必殺技を発動させた。拡張強化された一撃が三日月のような形状をした光の軌跡を描きながら水平に放たれる。
「おおぉっ。<極大爆斧>!!」
ハルは自身のアーツを極めた先にあるであろう一撃を繰り出した。
俺が知るものとは違う必殺技だがそれは間違いなく今のハルが使う最大の威力を秘めた一撃であることは確信が持てた。
俺が狙ったのは寄生竜が溶岩竜と繋がっている所。植物で言うなら根の部分とでも言うべき場所。最大限に高められた斬撃がそれを断ち切った。加えてハルの放った必殺技の爆発が一瞬だけとはいえ繋がりの経たれた寄生竜にダメージを与えながら大きくノックバックさせたのだ。
「ダメージはどうだ?」
次の攻撃の準備を整えつつ俺は注意深く寄生竜と溶岩竜、それぞれのHPゲージを見た。
「寄生竜の回復、溶岩竜のダメージ、双方共に無しだ!」
ハルがそう叫ぶと、傍の方でローズがほっと安心しているように見えた。しかし次の瞬間、ローズは目付きを厳しくして、
「油断するでないわ!」
鉄扇を振るい出現させた爪撃を用いて俺達に襲いかかる寄生竜の熱線を相殺した。
「すまない」
「助かった」
互いに違う言葉で礼を述べる。そして、
「今度はこういう技でどうだ? <極大噴火斧>!」
刃に凄まじい熱を蓄積させた戦斧を地面に思い切り叩きつける。それから殆ど間を置かず地面に無数の亀裂が迸り、そこからいくつもの炎の柱が上がる。
あまりの熱と炎に触れることも叶わぬ柱が溶岩竜へと戻ろうとする寄生竜の行動を阻害する。それと同時に継続的なダメージを与えていた。
「決めろっ! ユート!」
「応ッ。<ブレイジング・ノヴァ>!」
銃形態へと変えたガンブレイズで繰り出す二種目の必殺技。
赤と黒の閃光が混じり合う極太の光線が炎の柱によって捕らえられている寄生竜を飲み込んでいく。
「ローズ! 君は溶岩竜を!」
「うむ。任されよ」
ガンブレイズの銃口を違えず、光線を照射し続けている俺が告げるとローズは余所目にも触れず溶岩竜の元へと駆け寄っていく。その後ろ姿は先程まであった威厳のようなものは鳴りを潜めている。
「というわけだ。お前の出番はこれまでということさ。だから、さっさと退場するんだな。寄生竜!」
気合いを込めて叫ぶ。
そして俺はその存在が完全に消失するまでの間ずっと力一杯に引き金を引き続けた。




