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R:ep.20『剣士、雷雨のなか戦闘を終える』



 アモルファスの腕にフォラスが捕らえられた。

 蛇が獲物を捕食するときのように全身すっぽり飲み込まれた形だ。その様子はあまりにも衝撃的でユートは動きを止めてしまっている。



「助けなきゃ」



 そう思い至るまでに掛かった時間は僅か十数秒。決して長くはないはずなのに、その僅かなタイムラグは致命的だった。

 ガンブレイズを構え、引き金に指を掛けたその瞬間、ゴキンっという何かが砕かれるような音が轟いた。周囲の音を掻き消してしまうかのような雷雨のなかだというのにその音だけは奇妙な程しっかりとユートの耳に届いていた。


 一拍の間を置いてフォラスのHPゲージが半減する。それはすなわちこの仕様になって一つ目のHPが消滅したという証だ。

 幸か不幸か、本来の戦闘では一撃で戦闘不能に追い込まれるような攻撃であったとしても、今はわずか一つのHPを消滅させられるだけに留まる。ダメージを受けたときに態勢を整えて再び戦闘に臨むこともできただろう。それが捕らえられた状況でなければ。



「――っ、フォラスさんを吐き出してもらうぞ! アモルファス!」



 続け様に引き金を引く、

 撃ち出された弾丸は全てアモルファスの腕に命中する。フォラスを捕らえ膨らんだ部位でもあるだけに狙うことは容易かったからだ。

 しかしダメージは軽微。というよりも何も感じていないかのように微動だにしない。



「効いていないのか。だったら――」



 ガンブレイズを剣形態に変えて思いっきりアモルファスの腕を斬り付けた。

 振り下ろされた刃は驚くほど抵抗を受けず、斜めに綺麗な切り傷を刻み込んでいる。なのに刃はフォラスが捕らえられている場所にまでは届いていない。あくまでもその表面を斬り付けているだけに過ぎなかった。



「くそっ」



 表情を歪ませながらもユートは懸命に攻撃を続ける。でなければこの次の展開は火を見るより明らかだからだ。



「<光刃(セイヴァー)>」



 アーツを発動させて威力を上乗せするもやはり届いていない。

 斬撃アーツの乱発によってみるみるうちにMPが減っていく。



「放せ……フォラスさんを、放せえええええええええええ!!」



 嘆願にも咆吼がユートの口から発せられた。

 苛烈さを増していく攻撃はアモルファスの腕に無数の傷を刻み込んでいた。縦、横、斜め。ありとあらゆる角度で刻まれたそれは、普通のモンスターであったのならば決して少なくはないダメージを与えられていたことだろう。

 けれど、本来という夢想と目の前の現実は違う。

 軟体生物が捕らえた獲物を取り込もうとしているかの如く蠢くアモルファスの腕は突如その動きを止めた。



「あ、ああ……」



 不意にガンブレイズを振るう手が止まる。

 視界の左端に映るフォラスのHPゲージが完全に消滅したのが見えたのだ。

 空気の抜けた風船のように萎んでいくアモルファスの腕。いつしか元の大きさに戻ったそれは何事も無かったかのように、まるで普通の人間の腕のように存在していた。



「くっ、この……」



 奥歯を噛み締めるように漏れる声は苦渋に満ちている。

 強く握り直したガンブレイズを構えてユートは平然とした様子のアモルファスに攻撃を仕掛けた。



「せやああっ」



 強く地面を踏みして、渾身の力で斬り上げる。

 何故か無防備を晒しているアモルファスはユートの存在など意識の中にないというように平然とそれを受けた。



「まだ、まだだ!」



 一撃で手を止めることはしない。

 斬り上げたのならばそこから振り下ろして、振り下ろしたのならば横に向かって振り抜いて。全てが一連の動作として流暢に繋がった攻撃は一筆書きのように延々とアモルファスを傷付け続ける。



「ハアッ」



 息を吐き出し、息を吸う。

 留まることを知らない攻撃の連鎖が繋がるも、何故だろう。手応えというものがまるで感じられなかった。



「ハァ、ハァ、ハァ……」



 実際に体力を消耗してはいないはずだというのに、不思議と息が切れ始めた。

 徐々に鈍っていく攻撃のキレ。いつしか途絶える攻撃の連鎖。

 ガンブレイズの動きが止まるのも時間の問題でしかなかった。



「…駄目だ」



 一旦攻撃を諦めてユートは後ろに大きくジャンプして下がる。

 それでも先程フォラスを捕らえたアモルファスの攻撃の射程圏内からはまだ逃れることが出来てはいない。

 最大限の警戒を向けながら、ユートは呼吸を整える。

 肩でしていた息も程なく落ち着き、普段と変わらない静かな呼吸へと戻っていた。



「どうして、効かない?」



 自問自答するように言葉を呟く。

 まるで何事も無かったように佇むアモルファスは明らかに異常だ。それも以前戦ったアモルファスには見られなかった異常。

 頭上にHPゲージ無いわけでは無い。だと言うのにその値は1ドットたりとも減少してはいないのだ。



「くっ、このままじゃ」



 フォラスの二の舞になる。

 言葉にしないで出た思いは嫌な感じで事象に汲み取られてしまう。

 それまでまるで興味を示さなかったユートにアモルファスが虚ろな視線を向けて来たのだ。



「――っ!?」



 突然のことに戦慄を覚え身を竦ませるユートの目にゆっくりと手を伸ばしたアモルファスが映った。

 おそらくフォラスだけではなく他にも大勢のプレイヤーをその毒牙に掛けたのだろう。何より正面に立ったことで初めてその異様さに気が付いた。

 息を呑み、体が硬直してしまう。

 それもそのはず、自分に向かって迫って来ているのは広がったアモルファスの腕などではなく、開かれた掌にはガバッと開かれた人間の口があったからだ。

 生々しく、不気味な口。どことなく嗤っているかのような印象のある口。

 白く綺麗に並んだ歯に真っ赤な舌、奥は果て見えない暗黒。

 雨に濡れているからなのか、元からなのか。気味の悪い光沢が見える。



「喰われてたまるかっ」



 咄嗟に迫るアモルファスの腕に向かってガンブレイズで斬り上げた。

 その時初めてアモルファスが明確に怯んだのだった。



「ダメージが通った!?」



 驚き喜ぶよりも先にユートは再び後ろに下がった。

 怯んだとはいえ完全にアモルファスの動きを止めることは出来ていなかったからだ。しかしダメージに怯んだことで狙いは逸れてユートのいない地面にぶつかるだけに終わる。



「このっ!」



 今なら攻撃が通る。そう思ってアモルファスの腕を斬り付けるもやはりダメージにはならない。となればアモルファスに効果のある攻撃が出来る場所は限られているということか。

 瞬時に攻撃を一点に狙いを定める。

 迫る腕の表面でも内側でもない。固く結ばれた拳の奥、口のある掌。そこだけが現状唯一攻撃が有効となる場所。


 普通に戦っていたのでは何時まで経っても攻撃は通らない。それに加えてこの状況。アモルファスから逃げてきたプレイヤーの大半はそのアモルファスによって倒されてしまっている。だからだろうか、他のプレイヤーがこの戦闘に加入してくる素振りはない。それどころかこの近くに他のプレイヤーはいない。そんな気さえしているのだ。


 援軍のないまま一人で戦うしかないのだと腹を括るよりも早く、アモルファスはユートに向かって手を伸ばしてきた。



「――ここ」



 素早く銃形態に変えて開かれた大口に向かって引き金を引いた。

 撃ち出された弾丸は吸い込まれるように大口の中へと飛んでいく。

 後ずさりながら繰り返される射撃は少しずつではあるもののアモルファスにダメージを与え続けた。



「限界かっ」



 攻撃を引き付けての反撃は半ば我慢比べに近い。それもまたHPの限られている自分の方が不利なチキンレースだ。

 転がってアモルファスの腕の射線から外れては再び立ち上がり距離を取るユートを追いかけるようにアモルファスの腕が湾曲した。ゴムで作られた出来の悪い模造品。そんなイメージのある腕が自身が蛇であるかの如く迫り来る。



「くそっ、追いかけてくるのか」



 最早反撃のことなど考える余裕もなくユートはただひたすら逃げ続けた。

 一度捕まってしまえばフォラスと同じ運命を辿ることになる。それだけは判っていたから。

 奇妙な追いかけっこが続く。

 どれだけ逃げ回っていただろう。いつしか息が切れて走られなくなってしまうかもしれない。その前に足が縺れて転んでしまうかも知れない。

 必至に逃げ回っている間、脳裏に浮かんでくるのはそんな嫌な想像ばかりだった。



「――あっ」



 それは不意に現れた。

 すっかり失念してしまっていたのだ。

 人と同じような体を持つアモルファスにはもう一本、左の腕があることを。

 突然目の前に現れたアモルファスの左腕には右腕と同じような口が――無かった。あるのはぎょろりと辺りを見渡す血走った眼球。

 暗く澱んだ沼の底を写し取ったような瞳には何も映ってはいない。それが例え正面に立っているユートの姿であろうとも。



「うわっ」



 瞼もなにもない剥き出しの眼球がユートの体を打ち付けた。いきなり襲いかかって来た衝撃に呻き、その場で膝を付いてしまう。尻餅をつかなかったのはせめてもの意地だったというべきか。

 パキンッと弾けるような音がした。

 それは紛うことなくユートのHPの一つが砕け散った音。



「こっちにもダメージ判定があったのか」



 当然と言えば当然のことなのに、ユートは悔しそうに表情を歪ませて言い捨てていた。



「このままじゃ――拙い!」



 体勢を崩さずとも足を止めてしまったことで背後から迫ってくる右腕から逃れる手段を失ってしまった。

 ガバッと開かれた大口がユートを飲み込もうと開かれる。



(ここまでか)



 何処にも逃げ場はない。諦めて覚悟を決めて腹を括り次に来るであろう衝撃に備えて身を縮ませた。

 じっと待ち構えること数秒間。訪れるであろう未来はいつまで経っても訪れることはなかった。

 恐る恐る目を開く。

 眼前に広がっていたのはアモルファスの掌にある口が自分よりも遙かに大きく開かれている光景だった。



「……何が」



 だというのにそれは止まっている。アモルファスも、降り止まなかった大粒の雨も、空の黒雲に走った閃光も、なにもかも。時間が全て停止してしまっているかのように僅かにも動かないのだ。

 虚を突かれ呆然としているユートの元にとあるアナウンスが届けられる。



『生存しているプレイヤーの数が一定になりました。これにて今回の戦闘は終了します。戦闘終了後、結果は各自コンソールのリザルト画面にて確認出来ますのでお確かめ下さい』



 淡々と告げて終わったアナウンスの余韻を感じる暇もないまま、ユートの体は淡い光に包まれた。それだけではない。宙に浮かぶ雨粒の遙か向こうでも同様の光がポツンポツンと見受けられた。驚いたのは建物を挟んだ向こう側では複数の光が重なり大きな光となっていたこと。

 さほど待たずしてユートは光に全身包まれてこの場から消えた。

 残されたアモルファスは時間の楔に繋がれたままその場に存在し続けるも全ての光が消えた後に煙のように霧散してその場から居なくなっていた。




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