R:ep.16『剣士、雷雨にうたれ』
全身を打ち付ける大粒の雨に曝されながらユートは肩で荒い息を吐いていた。
視線は慌ただしく周りを巡り、その手に持たれたガンブレイズの切っ先はまるで対象を失ったかのように一所に留まらず忙しなく動いている。
それまでの視界を奪うまでの雨ではない。それでも土砂降りなのは変わらず、あくまで戦闘できる程度の勢いになったというだけに過ぎないのだ。
突然、空が光る。
大量の雨を吐き出している黒雲に閃光が迸り、続いて耳を劈く雷鳴が唸りを上げる。
さらに戦場の至る所に雷が落ち雨の中に不気味な炎を生み出した。
「せやッ」
黒雲が空を覆い尽くし、降りしきる雨が視界を遮る状況のなか、ユートは気合い一閃ガンブレイズを振るう。
素早く身を翻し、後方から迫るプレイヤーを横一文字に斬り裂く。
「ぐああっ――」
攻撃を仕掛けてきたプレイヤーが苦悶の声を漏らす。直後その体を覆っていた光の膜のようなものが弾け飛んだ。
続けて返す刀で斬り上げる。
「――この、くそったれが」
二度の反撃を受けて襲撃者は瞬く間にその身を消滅させた。
僅か二度。その二度の攻撃を受けただけで目の前のプレイヤーはこの戦闘から敗退してしまった。自らの手で行ったこととはいえ本来ならばたったそれだけでプレイヤー一人を倒せるわけがない。それが出来ている原因はただ一つ。現在の自分たちは皆本来のHPゲージは適応されずに特殊な数値が適応されているからだ。たった二つのHP。つまり攻撃を二度受けるだけで敗北してしまうように変更されているのだった。
その発端はおそらく、雨が戦場の地面の至るところから吹き出した時。そしてその直後に広がった真紅の光。戦場の全てを覆い尽くすかのような光は全てのプレイヤーに平等に降り注いだ。それは建物の中に隠れているプレイヤーも、そうではなく積極的に行動しているプレイヤーも、個人のレベルが高いプレイヤーでも低いプレイヤーでも、誰であっても平等に。
この光がもたらした効果というのがプレイヤーのHPの固定。敢えて固定と称しているがその効果は一定の回数ダメージを受けると死んでしまうようになるというもの。強者も弱者も関係ない。攻撃の威力も関係なくたったの二回、システムにクリーンヒットと判定された攻撃が命中するだけでいとも容易く削られてしまう。
変容した戦闘のルールはプレイヤーに焦燥感を抱かせるには十分だ。
能力的に劣っていたプレイヤーには自分が勝利する可能性を高め、そうでないプレイヤーには敗北の可能性を高める。
開始されて間もなく停滞の雰囲気が漂いだしていた戦場がまさに一触即発の空気に包まれたのだった。
斯くして至るところで戦闘が勃発したのだろう。それまでより頻繁に襲われる機会が増えていた。その都度反撃して生き延びていたユートはたった今、襲いかかって来たプレイヤーが消えたことでほっと胸を撫で下ろし、とりあえずの平穏が訪れたことを実感していた。
ユートは武器を収めることなく刃を下げて深呼吸をする。そして意味が無いと理解しつつも顔を濡らす水滴を乱暴に拭うとまた違う場所へ視線を向けた。
「タークは……近くにいないのか」
ぽつりと呟いたその言葉は絶えず降り注ぐ雨音によって掻き消された。
「それにしても突然過ぎる気がする。この戦闘にだけ限ったことならいいけれどこれから先の戦闘が全部この仕様変更が適応されているのだとすると回復アイテムの意義も変わってくるだろ。ってかこの変更は毎回のことなのかな? ここにフォラスさんとかタークさんがいれば聞けるのに今は俺一人だし、それに他のプレイヤーはすんなりと受け入れている感じがあるし。異常なことではないんだよな。でも……」
延々と独り言ちるのは不安を掻き消すため。突然の出来事に戸惑っている自分を落ち着かせるためだ。
雷鳴が轟き一瞬だけユートの姿をを照らし出した。
突然の閃光によって浮き彫りなった光景は散々たるもの。晴れていたときよりも明らかに崩壊が進んでいると思わしき有様だった。原型を留めていた建物はいつしかその骨組みやどだいだけが残されているだけとなっているものも多い。
元々建物の窓にはガラスは残されてはおらず枠だけが残されていたのだが、今ではそれすら無くなっているのだ。
「とにかく、この仕様が今回の戦闘の最後まで続くのだとするなら。はあ、殺伐としてきそう」
近くに人影はいないと安心していられるのも束の間。雨音に混じり聞こえてきた戦闘の音。それは一つや二つなんかではなかった。断続的に無数に聞こえてくるそれは近くでありながら遠くでもあるような距離感の狂った音が絶えず聞こえている。
自分の真後ろからしたかと思えば、遙か彼方から聞こえているかのよう。
自ずと警戒心が高まるが現状だと大抵の場合は杞憂に終わる。
精神が疲弊していくのを感じているが、それでも警戒を解くわけにはいかない。せめて物陰に隠れることで当面の危険を避けられるのだったら良かったのだが、現状隠れることは認識外からの奇襲の危険を含んでいる可能性が高く、一度だけ遠目ながら目撃した一方的な戦闘はその奇襲を以て終始有利に進められていたのだ。
「――敵か!?」
不意にカンッと甲高い音がする。と同時に崩壊が進んでいた壁の一部が崩れ落ちた。壁を壊したのは小さな金属製の棒。投擲されたのか、あるいはボウガンの矢のように撃ち出されたものなのか不明な代物が瓦礫に混じって地面に転がっている。
「どこだ? ――どこから狙ってる」
身を屈めて出来るだけ狙われないように移動を始める。向かう先は一度目の攻撃が放たれたであろう先。おおよその場所を目算で付けて一気に加速する。
走るユートに連続した攻撃が行われた。
先程の壁だけではなく地面に当たってもカンッという独特な音が発生し、また着弾地点はそれがコンクリートで敷き詰められているであろう地面にすら小さな窪みを作り出している。
いくつもの窪みがユートが走ってきたところを辿るように刻まれている。その間隔は最初こそある程度の距離が出来ていたというのに、最後の方ではユートの背後すぐ傍まで接近しているではないか。
これは攻撃を仕掛けてきたプレイヤーの腕がいいのか、あるいは武器による補正なのか、はたまた習得しているスキルからなのか。どちらにしてもこのままでは何時ユートに直撃してもおかしくない。
「ようやくっ、見つけたあっ!」
自分に攻撃が直撃するのと攻撃者の発見のチキンレースはプレイヤーの発見の方が勝った。
一気に加速して件のプレイヤーへと接近する。
体を打ち付ける雨粒。
それと一層苛烈さを増したプレイヤーの攻撃。
雨粒のなか目を凝らして見たプレイヤーの武器は両手で構えるボウガンのようだった。矢を番える手間が必要ないのか自動的に装填される金属製の矢は途絶えることなく撃ち出されている。
「く、来るなっ」
二つというHPの固定。それは一見すれば遠距離武器を使うプレイヤーが有利になるように思えるが、実際はそうではなかった。腕は足の先だけといったそれまでダメージを与えることには成功しているが、致命的な一撃とは成り得ない体の場所に当てたのではHPは減らない。当然攻撃を受けたという判定には変わらず受けた場所に幾許かの違和感を感じるようになるし、度が過ぎれば動かなくなったり、四肢の端であってもHPが削られることもある。敢えてそれを狙う攻撃もありなのかもしれないが、頭や心臓などを狙った攻撃に比べれば効率が悪く思えてしまう。
近接攻撃だって例外ではない。盾や防具によって守られた箇所への攻撃ではよほどしっかりと命中させないとHPを減らすことはできないのだ。
それが分かっているのか、ボウガンを構えたプレイヤーは乱雑に撃ちまくっている。
ユートの防具にはボウガンの矢を防ぐまでの硬さはない。避けようともしないで受けていたのでは確実にHPを減らされてしまうだろう。だからこそ、
「来るなって言ってるだろっ!」
自分に当たりそうな矢だけをガンブレイズで打ち落としていくユートを前にボウガンのプレイヤーは焦ったように引き金を引く。
狙いを定めた射撃よりは乱雑な射撃の方が防ぎづらい。それでも直撃を免れる動きをしてくるユートは一度としてHPを減らすことなくその切っ先が届く距離にまで詰めていた。
「せやッ」
斬るのではなく突きを放つ。
狙いはプレイヤー本体ではなく矢を撃ち出しているボウガン。
武器を壊すことは出来ない為に、ガンブレイズの切っ先が捉えたボウガンはその衝撃によってプレイヤーの手から落ちた。
そして無防備になったプレイヤーこそが次に狙うべきもの。
「――えっ!?」
ガンブレイズを構え直して、攻撃を仕掛けようとするユートを突然の衝撃が襲う。
足元から感じるそれをもたらしたのはボウガンの矢のような小さなものではない。例えるのならば投擲された片手槍。まるでそれが突き刺さっているかのような感触にユートは顔を歪ませる。
「何が――攻撃? まさか、増援かっ!?」
振り返り攻撃を仕掛けてきた存在を探そうとするもユートの視界が捉えたのは黄色い光が火の粉のように舞い散る様子。
感じた衝撃波というのはまさしく投擲武器が地面を射貫いた際に生じる衝撃波だった。たった二つしか無いHPを減らすためにダメージを与えるよりもノックバック効果を発生させることを優先した攻撃だ。
それを放った人物はその影すら発見できていない。
完全な形での奇襲を成功させたというのに追撃が来ないことに疑問を抱いて警戒しているユートは暫くして繰り出された攻撃の目的を理解したのだ。
あれが増援による攻撃だったのならば。そして誰に対する増援だったのか、それを考えれば答えは自ずと浮かび上がってくる。
「――っ!?」
息を呑み、体の向きをボウガンのプレイヤーがいる方へと戻す。
油断した、と心の中だけで言い捨てて見たその先では案の定この衝撃波を受けている最中にボウガンを構えたプレイヤーはその場から逃走を果たしていた。




