迷宮突破 ♯.7
「こういうのも楽しいな」
迷宮第二階層で三度目になる採掘を終えたハルが呟いた。
肩にピッケルを乗せ、地面に転がる鉱石を手に取る姿はもはや立派な生産職プレイヤーだ。
「ハル君は完全な戦闘職だっけ?」
「まあな。だから採取なんて滅多にしないんだけど」
持っていたピッケルをリタに返し、ストレージに収まった鉱石類を確認していく。
「滅多にしないって、それじゃあ武器の強化はどうしてたんだ? 確かNPCに頼んでるって言ってなかったか?」
「強化の時は素材の分まで料金を払えばいいんだ。少し値は張るけど採集の手間を考えるとな」
他愛もない会話をしながら俺たちは迷宮の中の探索に勤しんでいた。
順調に埋められていくマップに満足感を得ながらも俺はどこか物足りなさを感じ始めた。
「どうかしたの?」
平気な顔をしていると思っていたが、微かに変化が見られたのだろう。マオが心配して声を掛けてきた。
「あ、いや。ここで手に入るのは鉱石とか植物ばかりだろ? それじゃ防具の修理に使う糸とか布は手に入らないんじゃないかってな」
金属製の武器や防具は鉱石でどうにか出来るが、俺やマオが着けている布製の防具はその限りではない。ハルが使っている鎧も、リタが着ている防具もその大半は金属を用いて作られた軽鎧と呼ばれるもので金属部の内側や防具の繋ぎ目には布素材が使われている。金属部分が丈夫になればなるほど繋ぎ目に使われている布も丈夫な物に変えなければならないのだと一度リタから説明を受けたことがある。
「そういえば、糸とか布ってどうやって手に入れるんだ?」
なんとなく気になったのか俺とマオの話にハルが割り込んで来た。
「それはね、羽根とか毛を使って精製するのよ」
「精製?」
今のところ自分では使う予定の無かった素材であるがために糸や布系のアイテムは完全にノーマークだった。それゆえにその作成のやり方も知らないでいるのだ。
「うん。インゴットを作るのと大体同じかな。いくつかの素材を使って一つの布やひと固まりの糸を作り出すの」
インゴットと同じと言われてもいまいち実感が持てないが、それが現実の糸の紡ぎ方と似て非なるものだということは想像出来た。ゲームとしてより簡単に出来るように幾つかの行程は省略してあるのだとしてもやはり専用のスキルを習得していないと難しいのだろう。
「あれ……階段じゃない?」
リタの説明に耳を傾けていると突然マオが奥の方を指差した。
第一階層から第二階層に続く階段とは違い、仄かな明かりが階段の中腹から漏れてきている。結局この階層では一度としてモンスターと戦うことなく次の階層に行くことになりそうだ。
「行こう」
まだマップの全てを埋めたわけではないが、それでもこの階層だけに固執するわけにはいかない。目標がこの迷宮の攻略なのだから下の階層に行ける時は迷わず進むべきだ。
「なんだこれ?」
階段の中腹にある光源を見つけた俺はそれが見慣れない形の台座のようなものだったことに驚いた。光を放っているの台座には光源になるようなものは何も無い。直接台座が光り輝いて見えるのだ。
「それは、転移ポータルだな」
俺の隣から顔を覘かせるハルが答えた。
「転移ポータルってことはこれを使えばここに直接来れるのか?」
「まあな。多分これが繋がっているのは迷宮の入り口だろうな」
当たり前のことだというように言うからにはなにか確信できる何かがあるのだろう。
「どうやって使うんだ?」
「簡単だよ。ポータルに手を掲げてみて」
「……こうか?」
光に触れるように手を翳してみると俺の視界にコンソールが出現し、転送先である迷宮入り口に行くかどうかという確認が表示された。今は入り口まで戻る必要がないのでそのままキャンセルするとそれまで視界に出現していたコンソールが消えた。
「なるほど、これで途中の移動を省略出来るってことか」
時間制限があるというのに毎回最初から迷宮を進まなければならないのかと危惧していたのだが、どうやらその心配はなさそうだ。
階段を下りて第三階層に出るとそこは遠くからでも見て分かる程にモンスターが闊歩していた。
迷宮の天井近くを飛んでいる蝙蝠は第一階層で戦ったのと同じ種類。その他にもダチョウのような大型の鳥にモコモコの毛に覆われた羊のようなモンスターがいる。
「ここならマオとユウ君の防具用の素材が集まるかも」
嬉しそうに告げるリタは今にも視線の先にいるモンスターに襲い掛かりそうな雰囲気を醸し出している。
目の前を通り過ぎていくプレイヤーに襲いかかることなくうろうろと迷宮内の一定の範囲を周回している鳥のモンスターはどうやら初心者エリアのモンスターを同じくこちらから手を出さなければ戦闘に突入しないようになっているようだ。
「ユウ。一体だけをこちらに引き付けることは出来るか?」
この中で遠距離攻撃が出来るのは俺だけ。それを知っているハルだからこその質問だった。しかし撃ってくれと頼むわけでもなく聞いてきたのは、俺が使う剣銃の実際の射程がどこまでなのかを知らず、なお且つ片手銃という形状であることからそれほど長距離の射撃に向かないと考えたからなのだろう。
近接武器だけのパーティが複数のモンスターの中から特定の一体を誘き出すことは難しいとされている。
それは複数いるモンスターの中で一体だけを狙った攻撃でも戦闘範囲に他の個体が存在すれば強制的に戦闘に巻き込まれることになるからだ。
戦闘範囲の特定は攻撃を加えたプレイヤーの周囲数メートルに限られ、その広さの測定にはプレイヤーの武器種と所持スキルの補正が加算される。基本的には近距離武器の戦闘範囲特定は広くなるように補整が加わり、反対に長距離武器の戦闘範囲特定は小さくなるようになっている。各武器種の戦闘スタイルに沿うようになっているとのことだが、これに関してはかなりプレイヤー有利だとも言える。
現状攻撃を仕掛けるのはプレイヤーに限られ、自分が有利となる距離で戦うことができるからだ。
「やってみるよ」
一応近くに他のプレイヤーがいないことを確認して俺は銃形態の剣銃をダチョウのようなモンスターに向けた。
即座に表示されるモンスターの名称は『ドードー』となっており現実では数十年前に絶滅してからというものファンタジー系のゲームなどには巨大な鳥のモンスターとしてよく登場するものだった。
名前の下にあるHPバーは一本。通常のエリアに出てくる雑魚モンスターと大差ない。
ドードーにターゲットマーカーが浮かび上がってからしっかりと狙いを定めて引き金を引いた。
「来るぞ!」
撃ち出した弾丸がドードーに命中すると同時にHPバーがガクンッと減少した。
減った分のHPの割合から想像するにドードーはそれほど強いモンスターではないようだ。
短い羽を広げその場で飛び跳ねたかと思うと次の瞬間、驚くほどのスピードでこちらに向かって突進してきた。
四人がそれぞれ武器を構え向かってくるドードーに対抗しようとした。ハルは柄の長い斧をリタは自分の身長ほどもある大剣を、そしてマオは両手で構えるハンマーを。それぞれの武器が持つ攻撃力は一級品なのだろうと容易に想像できる。だが、それを同時に、自分たちとさほど大きさの変わらないモンスターに振るうとしたらどうなるのか。
久方ぶりの戦闘に舞い上がってしまっていたのか、それともただ忘れていただけなのか、同じタイミングで飛び出した三人の武器はドードーに当たる前に互いの武器にぶつかり甲高い音を立てて凄まじい衝撃を生み出した。
これがまともに当たっていたのならドードーのHPは瞬く間に消失していただろう。だが現実は一際大きな衝撃を生み出しただけで問題のドードーは無傷で変わらずに突進してきている。
幸いなのは攻撃が成功しなかったが故に三人がドードーのヘイト値を上げなかったことと咄嗟に足を止めて攻撃に参加しなかった俺の元に真っ直ぐ向かって来ていること。
「ATKブースト!」
全身に赤い光を宿し、剣銃を剣形態へと変形させる。
突進を正面から迎え撃つつもりはない。こちらの攻撃を避けられない距離まで引き付けた後にすれ違い様に斬りつけるだけだ。
僅かなタイミングを逃すまいと剣銃を構え、集中する。
ドードーの突進スピードはかなりのものだが以前戦ったボスモンスターの突進よりは遅い。
嘴が俺に届く前に一歩体を横にずらしドードーの直線上から外れる。
「はああ!」
気合い一閃。横薙ぎにドードーの身体を切り裂いていく。
無数の羽根が宙を舞い、瞬く間に減少するHPバーが消えたその瞬間、ドードーの身体も細かい粒子となって消え去った。
「ナイスアタックだな」
どこか照れくさそうに近付いてきたハルが言う。
「どうしたんだよ? らしくないじゃないか」
「いやーちょっと気張り過ぎたかな」
「ゴメンねー私達もダメダメだった」
いくら生産メインだからといえどここまで戦えないというのは不思議に思えてならない。数日前リタと一緒に戦ったときはかなり動けていたように感じていたのだ。だからこそこの戦闘に限って下手になったとは思えないのだ。
「もう一回、同じ奴と戦いたい」
余程この戦闘内容が不満なのか、重そうなハンマーを軽々振り回してマオが告げる。
都合のいいことにこの近くには別のドードーがまだ数体残っていて今にも攻撃を仕掛ければすぐにでも戦闘に突入できるだろう。
「そうだな、それならもう少しドードーと戦ってみるか? このパーティでの戦闘の精度を上げた方がいいだろうし、素材も集めたいんだろ?」
「うん。出来ればそれなりの数が欲しいかな」
「よーし、やるぞー」
やる気に満ちたマオが我先にとドードーに向かって行こうとするのを止めて、俺は思い付いたことをくちにする。
「なあ、戦闘だけでもハルが指揮した方がいいんじゃないか?」
パーティリーダーはリタだが彼女は戦闘に不慣れなようだ。リタもβ版ではいくつもの戦闘を経験してきたのかもしれないが製品版で見られる多少の誤差と新たなモンスターに戸惑っているようにも見える。そのうえマオは単純に戦闘時における自分の立ち位置というものがいまいち把握しきれていないようで、ハルは新しいメンバーとの連携が上手くいっていないようだ。
リタ達のクエストを手伝った時はハルが主導で戦闘を組み立てて前線に立ったのは俺とハルの二人。リタとマオは後方から隙を見つけては追撃をするだけに留まっていた。
これは攻撃力の違いや相手の動きをどこまで理解しているかなどの要素から導き出したということではなく、四人同時に攻撃を仕掛けると時折先程のようなことが起こってしまっていたからだった。
「そうね。私もその方が良いと思う。ハル君の方が戦いに慣れてそうだし」
「俺でいいのか? このパーティのリーダーはリタだろ?」
「リーダーって言ってもパーティを組んだ時になし崩しでそうなっただけみたいなものだし、今みたいに攻撃が被ったらいけないと思うの。この先クリアを目指すならもっと上手く連携出来るようにならなきゃね」
「リタがそれでいいなら私もハルの指揮でいいぞ」
先程の戦闘で一番悔しさを感じているように見えたのはマオだった。
冷静に状況を見極めたリタと次に勝てる手段を選ぼうとしているマオを見ると、どうやらこの二人は戦闘に不慣れなだけで戦闘が下手という訳ではなさそうだ。
元々ハルは戦闘職だけで構成されていたパーティを率いていた経験もある。俺たちの武器の特性を考慮したうえで最も適した戦術を導き出せるのはこの中でもハル一人だけのように思える。
「わかった。それなら今日は残り時間ギリギリまでここで戦闘の練習をしてもいいか?」
いくつもの連携を試して自分たちに最も合った形を見つけ出すには時間が必要だった。迷宮以外で戦闘が出来ないことになっている以上、練習をするにはここに駐留するしかない。
「大体三時間ってところね」
取り出した砂時計を見てマオが告げる。
「武器の修理は俺に任せてくれ。四人分くらいならさっき採れた鉱石でどうにか出来るからな」
「防具も大丈夫だから思いっ切り戦おう」
皆を纏めるのはリタの方が上手いように感じる。
戦闘を仕切るハルとそれ以外を纏めるリタ。俺とマオはそれぞれ得意なことをすればいいだけ。想像していたよりもこのパーティはバランスがいいのかもしれない。
「それじゃ、行くぞ!」
ハルの掛け声を切っ掛けにして、近くにいる別のドードーとの戦闘が始まった。




