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ep.66 『影の浸食』


 色を変えながら横一線が放たれるのと時を同じくして、冷たい風と煌めくダイヤモンドダストが舞う。

 地面に沈むフーカの偽物の体の周りに漂う蠢く影。まるで生物の如く動くそれに得体の知れない不快感を抱きながらも目を凝らした先でフーカの偽物の内部に違う誰かを見つけた。

 瞬きをする間にも似た一瞬の時間。そこにいたのはおよそ個人としての特徴を何も持っていない美術で使うモデリング人形みたいな人影。



「はっ、ハルは!?」



 傍目に有利に戦闘を進めていると分かるムラマサは安心していられるとして、防具を失いながらも突貫していったハルが心配になり首だけを動かして探してみる。

 程なくして見つけたハルは防具が揃っているときよりも遙かに苛烈に攻撃を繰り出している最中、といった様子だった。

 戦斧を軽々と振り回し、大鎌を持つリントの偽物を圧倒してみせているハル。ハルは常にアーツを発動させているらしく、戦斧の攻撃がリントの偽物に命中する度に小規模な爆発が起こり、さらにはその度に起こるノックバックがリントの偽物の反撃を防ぐ役割を果たしているようだ。


 二人の危うげのない戦闘に安堵しつつ、俺は目の前で倒れているセッカの偽物に視線を戻すとそこではフーカの偽物の体から煙のように影が立ち上がっていた。

 影が偽物の仮面を剥がしていくかの如くどんどん剥き出しになっていくその中身。

 いつしかフーカとしての外見全てを失った偽物は先程一瞬その正体を覗かせた人形のような姿のまま完全に沈黙しているのだった。



「どうやら二人とも無事みたいだね」



 そう声を掛けてきたムラマサの傍にも自分の目の前にいるのと同じ人影が横たわっている。



「まあ、なんとかね」

「まだだ。まだ後一体……」

「ハル?」

「どうしたんだい? いつもの君らしくないじゃないか」



 心配する俺たちを余所にハルは変に昂ぶった表情(かお)のまま戦斧をだらりと下げて氷に阻まれて近付いてこられないもう一体の偽物に向かって歩き出していた。

 慌ててハルの後を追う。

 問題なのは止めるべきか、あるいは加勢するべきか明確な答えが自分の中で出ていないことと全ての偽物を討伐することが正解なのかどうかすら分からない状況で二の足を踏んでしまっていること。



「んー、迷っていられる状況じゃないみたいだね。どう考えてもハルの様子が変だ」

「分かってる。だからどうにかしたいんだけど、どうすればいい?」

「強引に止める…しかないと思うのだけれど……」

「――だな。けど、できるのか?」



 おそらく単純な力はハルの方が俺やムラマサよりも上。不可抗力ながらも防具という速度を抑えていた要因が消えた今、その歩く速度も自分たちと遜色のないもとなっている。

 つまり、



「凍らせても良いのなら――」

「や、それは最終手段にしよう。それに、状況が変わるのは何も悪くなる場合だけじゃないはず!」



 氷を砕くハルのアーツが号令となり、最後に残されたセッカの偽物との戦闘が始まった。

 とはいえど、三対一では結果は見えているも同然。

 一瞬とまではいかないものの僅か数度の打ち合いでセッカの偽物は物言わぬ人形と化した。



「次ッ!! どこだッ!!」



 なおも好戦的に周囲に敵意を向けるハルが叫ぶ。

 俺とムラマサは互いの顔を見合わせると左右からハルの腕を掴み、



「そこまでだ、ハル」

「落ち着け。どうしたってんだよ?」



 ハルの動きを止めようとした。



「うるさいッ! 放せッ! まだだ、まだ何処かに敵がいるはずなんだッ」

「え?」

「放せェェェッ!」

「うわっ」

「これは……!」



 力任せに両腕を振り回すことで俺たちは強引に振りほどかれてしまう。

 地面に転がされた俺たちには興味が無いというように視線を外したハルはなおも周囲を見渡し、彼の言う敵を探し続けているみたいだった。



「ハル?」

「いったい、どうしてしまったというんだ」



 困惑する俺とムラマサの目の前で、ハルはいよいよ戦斧を無作為に振り回し始めた。

 まるで見えない敵と戦っているかのように振る舞うハルの体がゆっくりとその足元から黒く染まり始めたのだ。



「――ッ、多少強引になってもハルを止めるぞ。あの影はどう考えても拙い」

「あ、ああ」



 刀を構えるムラマサに続いて俺もガン・ブレイズの切っ先をハルに向ける。

 あくまでもその動きを止めるため。そんな風に考えている俺たちにハルは明確な敵意を抱いた瞳を向けて来た。

 仲間から向けられた敵意に戸惑い半分、驚愕半分。どちらにしても気圧されてしまった俺にハルは叫びながら戦斧を振りかざした。



「嘘、だろ」



 ハルの目には自分が『敵』に映っているのか。そんなことを考えながらもいつも以上の速度で繰り出された攻撃をガン・ブレイズで受け止める。

 他の誰のものとも違う衝撃が全身を通り抜ける。



「…ぐっ……おいおい、本気かよ。ハル! 正気になれよっ」

「………」

「だめだ。全く聞こえていないみたいだ」

「まるで暴走だね」



 せめて拮抗できると考えていた俺の予想が甘かったのだというかのように押し潰されそうになる俺を助けるためにムラマサがその刀を突き出した。

 あえて見える場所から突きを放ったムラマサだったが、ハルは平然とそれを回避してみせた。



「大丈夫かい?」

「ああ、でも、影の侵食が進んでる」



 この短い時間で足元から上がってきている影は既に腰にまで到達している。さらには戦斧の柄の部分にまでその影は広がっていた。



「ハル! 俺の声が聞こえないのか? 正気を取り戻すんだ!」

「………!」



 再び俺を押し潰そうとして戦斧を振り下ろしてくる。それもガン・ブレイズで浮け止めはできるが、前のめりになり体重を掛けてくるハルに俺は思わず片膝を地面に付けてしまう。



「ハル!」



 両手でガン・ブレイズを支えながら耐える最中、俺はハルの名前を呼んでいた。しかしハルに反応は見られない。まるで俺の声など届いていないかのように。



「<鬼術(きじゅつ)氷旋華(ひょうせんか)>」



 氷の斬撃がハルを捉える。

 ちょうど影と無事な部分の境目を穿ったその一撃がハルに大きな衝撃を与えていた。



「…………!」



 体を仰け反らせたことで離れた戦斧の刃がムラマサに向けられる。

 左から右へと通り過ぎる戦斧をムラマサは瞬時に後ろに下がり避けてみせた。



「……、……、………!」



 先程のムラマサのアーツが及ぼした追加効果。それは『氷結』。対象の動きを凍らせて止めるというものだ。

 ハルの膝から下が凍り付き、地面とくっついてしまっている。

 氷結を解く方法はいくつもあれど、最も簡単なのが無理矢理氷を破壊すること。具体的には外から硬い物で叩いて壊したりする他に内側から強引に蹴り破るのがある。今回ハルが行ったのはまさにその後者の手段。

 ピキピキという破壊音を伴って砕けた氷が足元に散らばり、自由になったハルが忌々しそうに足元の氷の残滓に戦斧を叩きつけた。



「そう簡単に解かれるような拘束じゃないはずなんだけれどね」



 感心したように呟くムラマサが意を決したように、闘志を高めていくのが伝わってくる。だが、この闘志は歓迎すべきものでも何でも無い。最悪の同士討ちを覚悟したに過ぎないものだ。



「………」



 無言のまま、ハルが戦斧をムラマサに向けた。

 それに反応してムラマサも己の武器の切っ先をハルへと向けていた。



「なあムラマサ。まさか本気で戦うつもりじゃないよな?」

「さあ、どうなるかな。こちらにそのつもりが無くともハルは本気でこちらを倒すつもりみたいだ」

「でも――」

「どちらにしても無抵抗になるわけにはいかないさ」



 言い切るや否や即座に攻勢に出たムラマサにハルもまた迎撃の構えをとった。

 ぶつかり合う二人を前に俺は、



「止めろって言ってるんだッ!」



 自らの体を二人の間に滑り込ませていた。



「ちょっと――!」

「………」



 驚いて急停止したムラマサ。それに反して躊躇することなく戦斧を繰り出してくるハル。俺が防御しなければならいのは当然ハルに対してだけ。



「いい加減にしろ! 何が起きたか知らないけどさ、そんな影に操られるみたいに俺たちのことを簡単に見失いやがって。お前はそんな奴じゃないだろうがッ」



 我ながら理不尽だと思うが、躊躇いも無く攻撃してくるハルに少しずつ苛立ちを募らせていたらしい。

 無意識のうちに言葉と同時に手が出ていた。



「オレを止めて置きながら容赦の無い一撃。流石だね、ユウ」

「はえ?」



 苦笑交じりに告げられたムラマサの一言に俺は自分のしでかしたことを実感した。

 アーツこそ発動させていないものの、その一撃は腰の入った一撃。しかも所謂クリティカルヒットの様相を呈しハルの腹を打ち抜いていたのだ。

 腹を抱え苦しそうに蹲るハルがこっちを見てくる。



「あ……だ、大丈夫。このゲームのフレンドリーファイアは威力がかなり減衰されるはずだから」



 と、誰に向けられたのでもない言い訳を口にする俺を前でハルは戦斧を杖代わりにして立ち上がると、



「………!」



 痛みを堪える素振りを見せながら大きく息を吸い込んだ。そして、



「<………>!」



 何か宣言するように口を動かすとその体の内側からとてつもない力の奔流が迸った。



「そこまでするか!?」



 俺が竜化という急激な自身の強化手段を持つように、ハルも巨人化という特殊な強化手段を持っている。加えてそれを発動させるときに見られる追加エフェクトがこのアニメによくある気力の爆発にも似た現象だった。



「うおおおおおおおおお!!!」



 ハルの絶叫が木霊する。

 力の奔流が収まり、その中心地に姿を現わしたまさに文字通り巨人と化したハル。

 異常に発達した筋肉が全身を肥大化させ、その手に持たれている戦斧がまるで小さな片手斧のようになってしまっている。



「これで負けないっ……って、あれ?」



 巨人となったハルが突然きょとんっとした顔をした。

 全身に漲っていた敵意もどこにいったのか。キョロキョロと辺りを見渡しながら、



「今の今までここにいた変な真っ黒な敵は何処に行ったんだ?」



 いつものような口調で問い掛けてきた。



「そんな奴はいないよ」

「というか、暴れてたのはハルの方だし。どうにか止めようとしてたのが俺たちだし」

「マジか……」

「まじまじ」



 突然冷静さを取り戻したハルはまるで覚えがないというように俺とムラマサの顔を交互に見ている。

 大袈裟に頷いてみせるとハルはその巨体で自分の頭を抱え、



「えぇ-」



 深く落ち込んでいた。



「んー、ハルはもう平気みたいだね」

「や、でも何でああなったのか分からないままだぞ」

「それは多分、あの浸食していった影が原因だったんじゃないかな。どういう原理なのかは分からないけど、さっきの偽物を形作っていたのもそれっぽかったからね」

「じゃあ、ハルが元に戻ったのは?」

「それはやはり、巨人化が影響しているんじゃないかな。実際問題、今のハルに黒い影の浸食は見られないわけだし」



 などと言いながら今のハルを観察するとムラマサの言うように黒い影はその残滓すら微塵も見受けられなかった。

 原因不明ながらも事態を脱したと判断した俺たちは揃ってハルに近付いて行き、



「そろそろ落ち込むのをやめろって」

「まあ、お互いに無事だったんだからね。気に病むことはないさ」



 いつもの調子で声を掛けたのだった。



「でも……」

「良いから。それに今は四人を助ける方が――」



 先だと四人が(はりつけ)にされていた結晶の塊の方を見た。

 するとそこにいたはずの四人が忽然と姿を消しているではないか。



「ハル、ムラマサ」

「ああ。わかってる。まだ終わっていないってことだろ」

「んー、確かに。何も解決してはいないみたいだ」



 ムラマサが顔を強張らせながら言った。

 戦々恐々と詳細不明な状況に置かれそれぞれが緊張感を高めていく最中、突然パチパチと小さな手を叩く音が聞こえてきた。

 全員が揃って音のする方を見ると、そこにはそれまで居なかったはずの一人分の人影が逆光に曝されながら浮かびあがっていた。




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