ep.55 『五連の一撃』
ムラマサの額に青と緑の角が生えてからというもの、戦況は著しくプレイヤー有利に転化していった。
純粋な攻撃力の増加に、攻撃速度の上昇。実質それの影響があったのはムラマサ一人だけだが、その恩恵にあやかれたのは全員だ。攻撃力の増加はそのままレグルズに防御を強いることに繋がり、反撃はともかくも基本的な攻撃の回数というものは下げられていた。さらに攻撃速度の上昇はレグルズに反撃の隙を潰すという結果にも繋がっていた。
総じて戦局は終盤へと推移していく。
「オレたちが有利なのは間違いないが……」
どうしても拭えない焦燥感にムラマサは一対の刀を振るいながら独り言ちる。
「鬼化術を発動している以上オレの攻撃力は上がっている。それにまだ誰も倒れてはいない。MPもこの戦闘の間に切れることはないだろう。HPも十分。だが……」
ちらりと仲間の方を見る。
優勢でありながらも、追い詰められていると感じているのはムラマサたちの方だった。
刀を振るい、反撃を回避し、また接近する。ムラマサとレグルズとの間に作る距離は人一人分だけ。それだけ近付いているのはそうしなければ自分が不利になってしまうからだ。
大盾を使い近くのプレイヤーを払い除けると出来た隙を狙い突撃槍を突き出す。それがレグルズの基本的な攻撃パターンの一つ。特殊な攻撃を繰り出してこないのはレグルズにその手段がもたらされていないからだとは思えない。ムラマサたちとの戦闘がまだそれを使うには至っていないのだとすれば、やはり余裕を持っているのはレグルズの方で持ちうる術のなかから有効なものを選び使っているのはプレイヤーの方だ。
(決め手に欠けるというのか)
今度は声に出さずに表情を歪めていた。
相手が普通のモンスターだったならば、おそらくムラマサたちは勝利を手にしているだろう。例え戦闘に参加しているメンバーが最大数よりも少なかろうともだ。
しかし、今相対しているレグルズは違う。
プレイヤーの攻撃を無効化するほどの防御力が高いわけでも、特別な防御方法があるわけでもない。ダメージは通常のモンスターと同じように入っている上に見えるHPゲージは正しく減少している。
だが、それだけだった。
このままHPを全て削り切ることで倒すことが出来るはずなのに、どういうわけかムラマサはその時の光景を思い浮かべることができなかった。
「――っ! ムラマサ、フーカ、リント、気をつけろ! やつの動きが変わった」
戦斧を大きく振り回したことで図らずも出来てしまった隙をどうにか潰すべく強引に後ろに下がり体勢を整えていたハルが突然叫んだ。
反撃されないように接近していたのはムラマサだけじゃない。同じように近接武器を使っているパーティメンバーなら全員がそうしているのだ。だから攻撃の勢いに呑まれ距離を作ってしまったのは失策となるはずだった。
幸いにもレグルズの挙動を視認出来たが故に注意することができた。しかし、その声に即座に反応できたのはフーカだけ。
より近くで刀を振るっていたムラマサは一拍遅れ、長い槍を振り回していたリントは自身の体躯と小回りの利かない武器のせいでさらに三拍、距離を取るのが送れてしまった。
「うおっ――ッスっ」
レグルズの変化した挙動。それは突撃槍と大盾を腕と同化したためにできたより自然な攻撃と防御。大盾と同化した腕を引けば身を守り、突撃槍と同化した手を伸ばせば強力な突きが放たれる。
大盾に阻まれたリントはバランスを崩して前のめりになって地面に片手を付いていた。
ムラマサには突撃槍が突き出され、交差させた刀で防御するもそのまま奥へと押しやられてしまう。
「拙いッ!」
「私が。<アイス・ベール>」
後方へと追いやられたムラマサよりも、その場で地面に手を突いていたリントの方が急を要する。
防御しいようとしても無防備を曝してしまっていることに加えて、大盾を相手を潰すための武器として使おうとしているレグルズの攻撃は生半可な防御は軽く貫いてしまうだろう。
それをカバーするためにライラは氷の膜をリントの上に出現させた。攻撃用の魔法アーツではなく、防御用の魔法アーツ。それも広範囲を守護する類のアーツだ。これを使用できるようになるまでには≪氷魔法≫スキルのレベルをかなり上げなければならない。
ガギィンっという音のあとに氷の膜が砕け散った。
ライラが使った<アイス・ベール>という魔法アーツは一度だけ、許容量のダメージを完全防御するというもの。強力だが使い勝手があまり良くないと称されているのはどんな攻撃も一度だけ防いでしまうが所以だった。どんな攻撃でも貴賤なくというのは裏を返せば防御しようとしている攻撃との間に弱攻撃を命中されてしまえばその効果が消滅してしまうということ。
即時発動できるのは余程熟練したプレイヤーだけ。それでも意識外からの妨害がされやすいという点で、防御用のアーツとしては信用度が低いと称されてしまうのは無理もない話だった。
「た、助かったッス」
砕けた氷が舞い散る様を見上げながらリントがほっと胸をなで下ろしていた。
ゆっくり立ち上がり再び槍を構えようとするリントにハルが声を荒らげる。
「まだだッ。気を抜くな」
「へっ!?――うあっ……」」
虚を突かれたというように暢気な声を出したリントは次の瞬間、横薙ぎにされた大盾によって殴り飛ばされてしまった。
「リント君! 早く回復を――」
ゴロゴロと転がり動かなくなったリントにライラが駆け寄りストレージからHP回復用のポーションを口に宛がう。するとリントは槍を手放した右手でライラの手を掴み、そのトカゲの大口の中にポーションの瓶ごと放り入れた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」
「はい、助かったッス」
笑いながら答えるリントにライラは良かったと呟き続けて、
「それにしても瓶ごと飲み込むなんて、口のなか切ったりしなかった?」
「あ、はい。大丈夫ッス。≪噛み砕き≫スキルってのがあるッスから」
「そ、そう」
≪噛み砕き≫というスキルは所謂ネタスキルの一つ。どんなに硬く、どんなに歯が立たないものでも食べられるというもの。残念なのは不味いものは不味いまま。食べるという行為である以上、適さないものには効果が発揮されないという点。
魔人族の一つ。リザードマンになったことで得られる特殊スキルとも言われているスキルだ。
今回のリントはポーションの瓶をも噛み砕いて飲み込むという離れ業を披露して見せたのだった。
「こっちは大丈夫よ」
「ッス」
自分たちの無事をアピールする二人をムラマサは喜色の込められた視線を向けて頷き、突撃槍となっているレグルズの腕を斬り付けた。
右と左。それぞれ二色の軌跡を剣閃が描いていく。
ダメージを受けレグルズが吠える。その咆吼に反応してレグルズの全身から星空を宿す闇が迸った。
「…くっ」
闇の奔流に飲み込まれムラマサは再び後方へと押し込まれてしまう。
闇に押し込まれたのはムラマサ一人ではない。至近距離で回復していたリントとその隣に居たライラも同様で、離れていたハルとフーカはどうにか闇から逃れることができていた。
「フーカ、俺たちが前に出るぞ」
「わかったっ」
闇が収まった瞬間を狙いハルとフーカが走り出した。
押し込まれる形で後方にきたムラマサたちと入れ替わるようにレグルズの前に立ち塞がった二人はそれぞれ爆発と閃光を伴ったアーツを放つ。
二種の斬撃を受けてレグルズは僅かに体を硬直させた。
「今だ。<連ナル爆斧>」
連続する爆発が巻き起こる。その数、九つ。
一ヶ所を狙い続けた爆発によってレグルズが片膝を突いた。
「ハアッ」
爆発の中を一筋の光が駆け巡る。
それがフーカの使用するアーツの光であることは明白。
片膝を突いたレグルズの足を足場にして剥き出しの獅子の頭を斬り付けていたのだ。
ダメージを受けること以上に目の前を行き交う光の線が余程鬱陶しかったのか、レグルズは突撃槍となっている腕で乱暴にフーカを払い除けようとしている。
それを妨害しているのがハルが繰り出す爆発だ。
ムラマサが何度も斬り付けていた時以上に行動を阻害することに成功していたその連携に、再び戻って来たムラマサの剣閃が混ざっていく。
爆発と閃光、そのなかに加わる氷と風の剣閃。
その向こうからはライラの放つ氷の矢の魔法アーツ。
さらに氷の矢に混ざるリントが使う螺旋の一撃。
寄せては返す波のような連続する連係攻撃は瞬く間にレグルズを追い詰めていった。
「好機は今!」
声を張り上げ皆の気持ちをまとめ上げる。
敢えて散らしていた攻撃のタイミングが重なったのはその僅か後のこと。レグルズが攻撃を受けたことによって大盾を外に向け、突撃槍の穂先を天に向けたその瞬間だった。
「<極鬼術・氷旋華>」
まずムラマサが二つの純粋なエネルギーを放つ一撃を繰り出した。それが放たれた後に残るのは一輪の花。水晶のように輝く氷の華が咲き誇る。
「<爆砕轟斧>」
氷の華の下。何もない空間に黄昏のような色の爆発が広がる。
仲間の氷は溶かさずに、対峙する相手だけを焼き尽くす一撃が凄まじい衝撃を伴って放たれた。
「<トライトニング・スラッシュ>」
ハルが爆発を広げたその刹那、氷の華の周りに三角形を描く光が迸る。
光はレグルズの体を斬り裂き、独特な傷跡を残した。
「<螺旋ノ雨撃>」
一番高い場所から攻撃を仕掛けたのはリントだった。
そのアーツ銘の通り雨のように無数の回転する刺突撃がレグルズの体を打ち付けた。
「<アイス・エクスプロード>」
その全てを纏め上げるのがライラが発動させた魔法アーツだった。
得意とする氷の属性を極めて使える、別の特性を有する魔法。
炎はなくとも十分な爆発が、氷の華を、真紅の爆炎を、光の三角形を、螺旋の雨を、それら全てを巻き込んで、レグルズをも飲み込んでいく。
連なり重なる五つのアーツが放たれた場所には獅子の頭を消失させたレグルスが呆けたように佇んでいた。




