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ep.36 『迫るあし』


 HPゲージというのは基本的に直線で描かれている。そこに違いがあったとすれば色と本数くらいだろうか。色というのはHPゲージに何らかの保護が施されている状態であることを示し、プレイヤーが一本しかないそれが複数本存在することこそがボスモンスターの証のようなものだからだ。

 しかし、地面を這い蹲る巨大な虫のようになったモノリスの頭上にあるそれはこれまでに見てきたそのどれとも違っていた。真っ直ぐではなく、波を打つように不規則に歪み、僅かではあるが増減しているようにも見えた。

 人形の手が別の人形の足を掴み、その足がまた違う腕を謎の力で繋げている。モノリスの側面にそれが無数に生えて蠢き、百足のような見た目なったことで、まるで生物のように動き回っているのだ。


「はあぁっ」


 誰かに狙いを定めるような素振りもなくただ漠然と暴れ回っているモノリスの横を通り抜けたその瞬間、勢いよくガン・ブレイズを振り抜いた。ビスクドールの頭のように粉々に砕けるモノリスの脚。大小様々な破片を撒き散らしながらもモノリスの挙動には何の影響も及んではいない。せめて片側の脚を複数本失ったことでバランスを崩してくれれば良かったのだが、生憎と未だ何本も残っている別の脚が脚を失い生じた空白を補っている。さらにはモノリスの側面でもある脚の付け根部分から失ったはずの脚が再生を果たしていた。


「効き目は薄いか」

「痛覚自体あるかどうか分からないような見た目なんだ。そのくらい覚悟の上さ。そうだろっ!」


 ハルが俺を跳び越えて戦斧をモノリスの体に叩きつけていた。当然<爆斧(ばくふ)>のアーツも発動済みだ。モノリスの背中の上で巻き起こる爆発は凄まじい熱を伴ってモノリスの体表を焦がす。ハルの攻撃の間に行われている足の再生を黙って見ているつもりはない。攻撃を加えることで再生を妨害できるのなからそれでもいいが、違うのならば別の足を切り飛ばすだけだと振り返りざまに回転斬りを放つ。その際使用したアーツは<サークル・スラスト>。銃形態でのみ使用できる範囲攻撃だ。

 円を描き切り飛ばされる片側の脚がいくつも砕け散っていく。


「ったく、ダメージが通っているだけまだマシってか」


 爆風を背負いながら降り立ったハルは、すかさず脚が砕け出来た空白に身を滑り込ませた。


「こっちはどうだああああああ!」


 モノリスの真下から凄まじき爆発が巻き起こる。

 前後左右、隙間という隙間から漏れ出す爆炎が周囲に熱気と黒煙が広がった。


「凄っ。一瞬だけど、モノリスの体が浮いたわよ」

「リタ? どうしてこっちに? 反対側でアラドと一緒に戦っていたはずじゃ」

「えっと、ね? そっちは私が居なくてもなんとかなりそうかなって」


 申し訳なさそうに困り顔を向けてくるリタがちらりと向けた視線の先。そこには竜化したアラドの爪と背中の尾の剣がモノリスの脚をいくつも吹き飛ばし、その奥の胴体に深い傷を与えていた。


「あー、確かに。それならこっちを手伝ってくれるか?」

「もちろん。それで何をすれば良い?」

「これまでと大して変わらないさ。脚を切り飛ばして、その奥の本体を叩く!」


 断続的に聞こえてくる爆発の音。それに混じって微かに聞こえてくるいくつもの破砕音。

 苦痛を感じているとは思えないモノリスだったが、絶えず繰り返されるアラドとハルの攻撃を受けその体を大きく捻らせている。


「遅れるなよっ!」

「誰に言ってるのさ!」


 モノリスが攻撃範囲に入ったその瞬間を狙いガン・ブレイズを振り下ろす。リタは力を溜めて勢いよくその大剣を振り上げていた。俺の攻撃が横の一撃だとするのならば、リタの攻撃は縦の一撃。この二つの斬撃を受けたモノリスはダメージを受け歪んだHPゲージを大きく減少させていた。

 モンスターといえど対峙して伝わってくる意思がある。それは動物型、昆虫型、植物型問わず。攻撃の意思、あるいは敵意と呼んでもいいだろうそれが大小に違いがあれど自分に向けられる。だが、このモノリスはそうではない。敵意どころか感情そのものすら感じられないのだ。


「もう少しで一本目が削りきれるぞ。みんな警戒するんだ!」


 モノリスの下で自ら生み出した爆風を浴びながら攻撃を続けていたハルが叫ぶ。歪な形状をしているといってもその役割まで変わるわけじゃない。残存している生命力を表わしているそれは確実に減少を繰り返したことで遂に一本目のHPゲージ消失手前まで追い込まれていた。


「砕けた!」


 叫んだのはリタだ。この声を聞いてハルはすかさずモノリスの下から脱出し、アラドはいつもの尻尾を駆使した超跳躍を繰り出していた。俺は竜化によって強化されている脚力を活かし素早く後ろに飛んで距離を作ると、リタは大剣を背負い直し、全速力で駆け出していた。

 一本目のHPゲージを失った途端、モノリスに変化が現われた。全身の側面に備わっている脚が全てボトボトと外れ落ちたのだ。当初の板の状態に近くなったモノリスの体表には無数の傷と焦げ痕が付けられている。綺麗な光彩など微塵も見受けられなくなったそれが独りでに捻られていく。この間ずっとモノリスの周囲には半透明の壁が発生し、こちらの攻撃を阻んでいた。


「うげっ」


 思わず顔を顰めた。全身を捻らせたモノリスに再び無数の脚が付いていた。捩れた体に沿って生えている無数の脚がある様は決して百足などではない。芋虫でも蛇でもなく、常識外の化け物というのが現在のモノリスを表わす言葉として一番相応しいような気がする。体の側面からだけではなく、背中や腹の下にも備わっている脚は一つ一つが独立して動き出していた。足が動き、手が動き、体表の模様と化していた顔がそれぞれ様々な感情を浮かべていた。


「ほんっと、気持ち悪い!」

「全く以て同感だ」


 ハルとリタが変容したモノリスを見て眉を顰めていった。

 回転しながら蠢くモノリスが移動を再開した。百足のような形状をしていたこれまでのモノリスは重力に従い地を這うように動いていたが、今のモノリスは床だけではなく、壁や天井までもその全身の脚を使い這い動いている。

 石の壁や天井をペタペタと這い回る音が木霊する。攻撃を加えるたびに返ってきた感触は固い陶器を殴り付けたような感覚。しかし、この這い回る度に聞こえてくる音は柔らかい人間の手が硬い石を叩く音に近かった。


「チッ、硬いわけじゃねェってのに……」


 真っ先に攻撃を仕掛けたアラドが小さく言い棄てていた。これまで容易く砕き切り落としていたモノリスの脚が自らの爪を弾いたことに驚きと苛立ちを感じているのは見て明らかだ。


「<爆斧>」


 炎熱を伴う攻撃ならばどうだと言わんばかりにハルがアーツを発動させる。しかし、今度は脚を吹き飛ばすことなく、また焦げ痕が付くこともなく変わらぬ姿を見せつけてきた。俺は咄嗟に見た目には変わらないまでもダメージは通っているはずとモノリスの頭上の歪んだHPゲージを見た。だが、そこにあった現実は僅かな減少と素早い回復が繰り返されている様子。決して有効なダメージを与えられているとは言えないものだった。


「<インパクト・ブラスト>」


 近付いて攻撃することを躊躇わせる外見のモノリスを前に俺はガン・ブレイズを銃形態へと変えて攻撃を加えていた。ハルの爆発のアーツやアラドの竜化状態での攻撃でも効果が薄かったとなれば、当然俺が行う攻撃は威力特化の攻撃。しかしながら、銃口から放たれる光の弾丸がモノリスに命中するも残念なことに大して意味は無かったようだ。


「ユウ君、危ない! <轟断>」


 これまで近距離攻撃ばかりしていたから知ることの無かったことだが、どうやらモノリスは離れた場所からの攻撃に対する自動防御があるらしい。距離を取ったまま銃撃を放った俺にモノリスの体からいくつも繋ぎ合わせた脚が二本伸びてきた。脚といいながらもその先に付いているのは人の掌。青白い生気の無い手が大きく開かれ俺を捕まえようと迫って来た。リタは大剣を高く掲げその重さを活かして振り下ろす。アーツによって強化された一撃が俺に迫るモノリスの腕を叩き折った。


「あれでも斬れないのか!?」


 そう、斬ったのではなく、折ったのだ。それは裏を返せば斬ることが叶わず、大剣という武器種に重さがあった故にどうにか折ることで攻撃を防ぐことに成功していたというわけだ。けれどそれはリタの武器が本来発揮すべき威力ではない。

 あり得ない方向に折れ曲がったモノリスの脚がシュルシュルと床を這って戻っていく。そして今度は別の脚が迎撃したリタに向かって伸びてきた。


「<インパクト・ブラスト>!」


 素早く二回発動して伸びてきた脚を撃ち落とす。今までなら弾け砕けていただろうそれは僅かな勢いを弱らせるに留まりリタがしたように完全に攻撃を中断させることは出来なかった。それでもリタが回避するだけの時間は稼ぐことが出来たようで、モノリスから伸びる脚がリタの立っていた地点を穿ったときには既に離れた場所に移動することができていた。


「くそっ、またかッ」

「油断してンじゃねェ!」


 空振って床を抉り取ったモノリスの脚を迎撃しようとしたことで、再び俺の元へ別の脚が伸びてくる。それを止めたのはアラドの背から伸びる尻尾。離れた場所からでも自在に動かせるそれを的確に駆使し他よりも破壊しやすいであろう関節を狙い打ちすることで俺に迫る脚を貫いていた。

 俺を狙う途中で止められたモノリスはまた別の脚をアラドに伸ばす。そしてそれはハルが戦斧を振り上げることで止めた。そうなると当然次に狙われるのはハル。また別の脚が伸びるとそれはリタが大剣で打ち払っている。

 誰かへの攻撃を誰かが防げばその誰かが狙われる。この繰り返しは俺たちに防御を強要させ、モノリスへの攻撃を防ぐことに成功していた。


「これじゃあ堂々巡りだぞ」

「わかってる! でも、ここで賭けに出るには勝算が少なすぎるだろ」


 思い浮かぶ賭けに使える札は一枚。通常のアーツよりも高威力である必殺技(エスペシャル・アーツ)の使用だ。けれどそれぞれ何らかの制限がある必殺技の使用は、それが功を奏しなかった場合のことを考えると二の足を踏まざる得ない。


「だが、このままじゃジリ貧どころか、千日手にしかならんぞ」

「……くっ」


 勇猛果敢に攻めることを得意としているアラドも今は防御を強いられている。個人の強みを発揮することも出来ないままでは、どうにもならないというのはハルと同意見なのだが。


「わかった。それなら俺とハルの二人だけで――」

「出し惜しみしてる場合じゃねェだろうがッ」

「なっ!?」

「そうよ! どうせ私とアラド君を温存したってどうにかなるとは限らないんだから、全員で攻撃すべきだわ」

「わかった。それなら皆の必殺技が最大限効果を発揮できるようにするべきだな。どうすればいい?」


 必殺技が持つ特性。それは個人によって異なる。俺の場合MPの消費が必要となるように、アラドが与えたダメージ値を威力に変換させるように。


「私は溜めが必要なの」

「それなら、一番最後に発動すれば良いんだよな」

「ええ!」

「ハルは?」

「俺か? 俺も溜めが必要と言えば必要だ。だから暫く攻撃することは出来なくなるけど」

「分かった。それならこれからモノリスの脚の迎撃は俺とアラドでどうにかするから下がっててくれ。アラドもそれでいいよな?」

「ああ」


 二人と入れ変わるように俺とアラドが位置を変えた。

 迫るモノリスの脚を叩き落としながらアーツを使い続ける俺と、純粋に強撃を繰り返すアラド。数分間の時間を経てアラドは脚を叩き落とさずに掴んでみせた。


「そろそろ良いか」

「ええ! 十分よ!」

「ああ。これだけ溜まれば行けるはずだ!」


 見ればハルの戦斧は真っ赤に熱されており、リタの大剣はドクドクと脈打ち始めていた。


「行くぞ!」


 俺の号令に続いてアラド、俺、ハル、リタの順番でそれぞれの必殺技が発動した。



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