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ep.35 『モノリスのなかみ』


 変化が完了する前に倒すことこそがドールの攻略法なのだと気付いた俺たちは出現と同時に何体ものドールを葬ってきた。そう、何体もなのだ。全員が目の前に出現したドールを倒した次の瞬間、またしても捩れたモノリスが虚空から現われ、モノリスの表面から次のドールが同じ数だけ這い出てきた。それすらも手早く倒し続けること数十分。今では当初の倍以上の数がモノリスから現われるようになってしまっていた。

 一体ずつではなく複数を同時に相手取るようになって分かったことがある。自分たちを模倣するための変化を起こす時の兆しとしてその全身が水面に映ったかのように揺らぐのだ。そしてその時こそドールの防御力が著しく低下する時でもあった。それぞれが威力を高めた攻撃を繰り出すことにより変化が完了する前に討伐することが出来ていた。

 変化しないドールは有象無象もいいとこ。例を出すならば特撮番組に出てくる全身タイツ姿のザコ敵のようだと思い始めていた。


「また来るぞ!」


 見える範囲のドールを掃討したその時、ハルが叫ぶ。

 出現したモノリスはこれまでにないほど巨大化しており、そこから現われるドールの数も回数を重ねる毎に増していく。

 奇妙なのが数が増えていく度に個体としては弱くなっていっているように感じるていることだ。戦闘が終わっていない今、自分たちが強くなったとは思えない。そもそもこのゲームの仕様では経験値が入るのは戦闘後なのだ。レベルが上がることもなく、パラメータが上昇することもない。さもすれば自分たちの武器や防具が消耗してしまうだろう。

 様々な要因を考慮した結果、俺はドールがその数と反比例して個体としての強さを失ったのだと結論付けた。


「大丈夫。問題無いわ」

「俺もだ。この位だったらなんとかなるさ」


 ドールの陰に隠れてしまって見づらいがリタが大剣を振り回しているのが見える。左右に激しく大剣が振られることによって何体かのドールが宙を舞った。

 俺は迫るドールを迎撃するべくガン・ブレイズの引き金を引く。耐久力までも低下しているのか、銃撃を受けたドールの腹部には拳大の穴が開き、霧散する前に膝から崩れ落ちている。

 アラドはハルの一言に返事を返すこともなく、いつものように自由気ままに動き回っている。竜化していることに加えて自力の違いがあるからか、複数体現われだしてからはドールを倒している数は彼がトップを独走していた。


「それにしてもどうしてわざわざ複数体呼び出すようになったんだ?」


 浮かんできた疑問をそのまま口にした。

 ドールの数が一人に対して一体の時は変化こそ完了していれば自分たちに切迫するくらいの力はあった。だからこそ俺たちは変化させる前に倒すことを選んでいたのだ。この作戦が功を奏したようで最初の衝突を除いて一度とたりとも変化を完了させた個体はいなかった。それに対して焦燥感を抱いたのが複数体出現させるようになった原因なのだとすれば愚策もいいとこ。確かに手間は掛かるが負ける気がしなくなったのもこの戦局の変化が訪れてからのこと。

 優位に立ったはずなのにどういうわけか拭いきれない不信感に苛まれながらガン・ブレイズを振るい続ける。バラバラに崩れ落ちるマネキンの如くその体を崩壊させるドールだったが、今では全滅させなくとも一定数から減ることはなくなっていた。モノリスが絶えず出現しており、そこから次々とドールが這い出てきているからだ。


「おいっ、どうする? このままじゃキリがないぞ」


 戦斧を構え回転し近くのドールを根刮ぎ切り飛ばしながら声を掛けてきた。


「わかってる。こうなると大元を絶つしかないだろ」

「大元っていうと……成る程な」

「でも、これじゃあ辿り着けないわよ」


 まるでホラー映画に出てくる登場人物に群がってくるゾンビの如くドールは俺たちに向かってきている。どんなに倒しても倒しても一向にその総数を減らすことができずにいた。かつては全体像が見えていたモノリスもドールの陰に隠れてしまっている。


「だったら俺が道を作る。二人が一気に駆け抜けてくれ! <爆斧>!」


 言うよりも早くハルが戦斧を地面に叩きつけていた。引き起こされるは高温の炎を孕む爆発。指向性を与えられた爆発が目の前のドールを飲み込んでいく。轟音を上げて前方へ抜けていった爆発が残したものは一筋の道。コンクリートで固められた床は焦げることも融解することもなく無事なまま。ただ、ドールという存在がその道の上から消失しているだけ。


「今だっ!」


 感情などないドールはこの攻撃にも怯むことなくすぐにもこの道を埋め尽くすほどに出現してしまうだろう。走り出した俺とリタはそれぞれの武器を定位置に収めている。攻撃よりも移動の速度を優先している証だった。

 程なくしてモノリスの近くから順にドールが道を塞ぎ始めた。


「そんな、間に合わなかったの?」

「大丈夫。そうだろ」

「はっ、知らねェよ」


 視線を向けることなく問い掛ける。すると俺たちの後方から頭上を飛び越え一つの影がドールの群れの中に飛び込んでいった。竜化しているアラドだ。彼は両手の爪で左右のドールを引き裂き消滅させると、刃を備えた背中の尻尾が縦横無尽に駆け巡り前方のドールをなぎ倒してみせた。

 再び出来た空白に向かって俺たちは速度を上げて突っ込んだ。


「リタ!」

「ええ!」


 二人の助力のもと辿り着いたモノリスの正面。すかさずガン・ブレイズを取り出すと剣形態へと変形させる。リタは背中から大剣を抜き去り、正眼で構えている。

 互いの顔を見合わせタイミングを図ると、


「<インパクト・スラスト>」

「<轟断>」


 アーツを発動させてモノリスに向かってそれぞれの刃を叩きつける。

 揃い振り下ろされる二色の斬撃を受けてモノリスは驚くほど簡単にHPを減らしている。それは上級者が初心者向けのエリアに出てくるモンスターを倒すときのようにオーバーキルを彷彿とさせるHPの減り方だったが、俺は安堵よりも先に違和感を感じていた。


「手応えがなさ過ぎる。これじゃまるで倒されるために出てきたみたいだ――」

「どういうこと?」


 二人の強撃を受けてダメージを負ったモノリスが再び全身を大きく捻り始めた。最初の頃よりも大きく捻らせたモノリスはそのまま小さく押し潰されていく。ミシミシ、メキメキ、メリメリと耳障りな音を立て始めたその時、俺たちの周囲にいる全てのドールが活動を停止していた。


「終わった…とは思えないよな」


 動かないドールの群れに出来た道を歩きながらハルがいった。その隣には竜化したままのアラドが。

 この二人も同じ違和感を感じているのだろう。決して臨戦態勢を崩すことなく、それでいて僅かに緊張を解いているようで、アラドは手から力を抜き、ハルは戦斧の先を地面に向け自然体で持っていた。


「まァ、終わってねェみてェだな」


 鋭い視線が前へと飛んでいく。

 軽く前のめりになりながら指先まで戦意を漲らせていっているのが見て取れた。


「――ッ!」


 一様にドールが崩れ落ちる。ガラガラと無機質なプラスチックの崩壊の音に驚き振り返ると、そこにはいくつもの人形の壊れた体のパーツが床一面に転がっていた。

 折り重なり積み重なっているそれらからドロリとした液体が滴り落ちて、床に黒い染みを広げている。


「何だ、この臭いは」


 咄嗟に口と鼻を塞ぐ。

 ゲーム敵にいえば何かしらの状態異常を受けるわけではない。ただ、何かが腐ったような、それでいてどことなく甘い香りが微かに漂い、それが混ざり合うことで形容し難い不快感を煽ってきているのだ。

 ボコボコと泡立ち始めた染みの中に沈んでいくドールの体のパーツ。

 床に吸い込まれるようにして消えていった黒い染みとドールの体のパーツが消えたことで、この場所に一時の平穏が訪れた。

 しかし、力任せに捻り潰された状態で宙に浮かぶモノリスは未だ健在。四人の視線がモノリスに集まる。

 次の瞬間、モノリスが吊されていた糸が切れたマリオネットのように突然落下してきた。

 響き渡るガラスが砕ける轟音。

 周囲に散らばるモノリスの欠片。大きさも形も様々な欠片はその一つ一つが薄気味悪い玉虫色に輝いている。

 この落下を号砲にしたようにまたしても黒い染みが壊れたモノリスを中心にして床一面に広がった。


「……」


 言葉を失くし立ち尽くす俺は自然とガン・ブレイズを持つ手に力が入る。体が強張り背中に嫌な汗が背中を伝う。

 落ち着きを取り戻すべく一度目を閉じる。そうして深く息を吐き出すと、ようやく冷静さを取り戻せた。臭いは未だに感じるが、それでも最初よりはマシに思えた。

 口に手を当てたまま視線を凝らす。

 この異臭の出所は明らかにあの崩壊したモノリスだ。

 じっとその場所を見つめていると突然黒い染みに無数の波紋が発生した。

 端から中心へ。

 中心から端の方へ。

 黒い染み全てを共鳴させるかのような波紋は次第にモノリスへと伝わっていく。

 染みの四方から伝わってくる波紋がモノリスの表面を揺らす。ヒビが入り、割れ、砕け、少しずつモノリスの欠片が剥がれ落ちる。

 モノリスの欠片が床に落ちたときに聞こえてくるガシャッという音。その最中微かにぐちゃっと肉が潰れたような音が混じっているのに気が付くと、俺の耳はその音だけを捉え始めた。


 ぐちゃぐちゃぐちゃ。

 まるで何かの咀嚼音のようにも聞こえてくるそれを耳にしている間。俺の体は地面に縫い付けられたように動かない。

 指先一つ動かすことも、顔の向きを変えることすらも叶わずその音とモノリスに波紋が集まっていく様子を眺め続けさせられた。

 一体どのくらいの時間が経っただろう。

 ものの数十秒だったような気もすれば、数十分以上経っているようにも感じられる。

 程なくして咀嚼音が止んだ。この次点でモノリスは原型を留めてはおらず朽ちた石壁(せきへき)の成れの果てのようになっていた。

 真下に散らばる欠片もその全てが輝きを失っており、黒い染みはいつの間にかドロリとした粘性を持ち始めていた。

 コールタールのようになったその染みが突然不規則な凹凸(おうとつ)を繰り返し始めた。それはまるで生物の脈動の如く、何かの唸り声を表わした音声の波線グラフの如く。

 あるいは心電図のモニターに表示されるあれだろうか。

 兎にも角にも、生物的でも機械的でもないそれが何度も何度も繰り返されていた。


 黒い染みの脈動が徐々に一定のリズムを刻み始める。遂に俺はそれが生物の鼓動なのだと漠然とだが理解してしまった。

 正体不明で謎の鼓動を直視しながら、その音を全身で感じている。

 自分の心臓の鼓動がそのリズムと同化してしまうのではないかという荒唐無稽な恐怖を感じつつも俺は必死に自分を鼓舞し続けた。

 徐々に鼓動の音も目に見える脈動も小さくなっていく。

 それが正体不明な何かに死が訪れたのではなく、そこまでの音も脈動も必要なくなったのだと気付いたその時、モノリスだった石壁の中から何かが彼方へと飛んでいった。

 突然の出来事とあまりの速さでその正体を見極めることができなかったが何かが飛んでいったことが切っ掛けだったかのように俺の体は自由になった。


「≪ソウル・ブースト≫」


 そしてすかさず自制していた竜化を自身のHPやMPを回復させることなく発動させた。

 浮かぶ魔方陣が自分の体を通り過ぎると、俺の体は全身を鎧に包んだそれへと変化していた。


「ユウ?」


 俺の突然の竜化に戸惑ったのだろう。ハルが訝しんだ視線を向けてきた。


「や、この臭い、キツいだろ?」


 竜化すれば顔も全て鎧が覆い尽くす。それがマスクのように外気に対するフィルターの役割を果たしているのだと説明するも返ってきたのは何を言っているんだとより強い疑問を孕んだ視線。


「まさか、ハルはこの臭いが平気なのか?」

「何のことだ?」


 自分ではとても耐えられないと感じているそれを平然とした様子でいるハルに驚きの声をあげた。


「ねえ、臭いって何なの?」

「え!?」


 リタまでも全く分からないと言ったように訊ねてきた。


「この何かが腐ったような臭いだよ。さっきドールが消えたあたりからしているだろ?」

「ドールが消えた? 何を言ってるんだお前は。よく見てみろよ」


 そういって指差した先には動きを止めたまま立っている無数のドールがいた。それどころかモノリスを中心にして床一面に広がっていた黒い染みまでもが綺麗サッパリ消えている。


「そんな……バカな………どうして?」


 意味が分からないと言うように狼狽える俺をハルとリタが心配そうに見つめてきた。

 二人と噛み合わない会話に焦る俺をアラドの尻尾が軽く叩く。咄嗟に顔を向けると竜の顔をしたアラドと目が合った。


「アラドも俺の話を嘘だと思うのか?」


 自分と同じ竜化という力を持つアラドが最後と命綱だというような視線を向けた。どうやら自分が思っていたよりも遙かに疲弊してしまっていたらしい。


「いや。思わねェよ。俺も見たからな」

「本当か!」

「嬉しそうだな、オイ」

「や、だって、二人は見てないって言うし」

「みてェだな」


 俺とアラドだけが共感し合っていることに戸惑ったのか、ハルとリタが揃ってモノリスを黙って見つめている。


「どっちにしろ今は分かんねェよ。あそこにはもう居ねェみてェだからな」


 おそらくあの飛んでいった何かがそうだったのだろう。

 いつかは対峙することになるのだろうと、この時の俺は予感にも似たそれを確信してしまっていた。


「ユウ! アラド! 何かが来るぞ」


 一瞬、飛んでいった何かが戻って来たのかとも思ったがどうやらそうでは無いらしい。

 崩壊直前のモノリスがバラバラになって散らばっているドールをそれまでとは逆に吸収し始めていたのだ。

 一体、また一体と吸い込まれていったドールは遂にその全てをモノリスの中へと吸収されていた。

 ガラッとしたこの場所に残されたのは俺たちと崩壊直前のモノリスだけ。そしてそのモノリスにも変化が起きた。

 何体ものドールを吸収したからだろう。

 平面の体から不規則に手や足が生え、その付け根や関節に生気の無い顔が浮かび上がっていた。バランスなど考えずに手足を生やした為かバタンッと勢いよくモノリスが前に倒れてきた。


「こうなると最早モノリスじゃないな」

「ンなもン見れば分かンだろうが」

「ま、そうだな」


 先程の光景を見ていたからだろうか。俺とアラドは変に冷静さを失わなかった。それに反してハルとリタはポカンとした顔をして変貌したモノリスを見上げている。

 気味悪く手足を動かすモノリスを表わすのは百足(ムカデ)だろうか。しかもその無数の足はドールの腕やドールの足。つまり人の形をしたものだ。モノリスが元になっている為に胴体は複製された板が何枚も繋がられたような感じだ。だが、その関節となっているのがドールの手足が複雑に絡まり合い出来ているのが見て取れた。

 体表にはいくつもの顔。

 蠢くモノリスはまさに虫。


「とりあえず倒さないとどうにもならないって感じだな」

「上等ォ」

「ハル! リタ! 二人ともシャキッとしろ」

「お、おう」

「ええ」


 二人に声を掛けてすぐに戦闘が再開した。

 先程までのドールとも、何体ものドールを吐き出していたモノリスの動きとも違う。

 明確な意思もなく、本能の赴くままに暴れ回るモノリスの頭上に歪なHPゲージが二本現われた。



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